第十五部
「何の話をしていたんですか?」
車がアパートを離れると山本が聞いた。
「まだ、私のことを山本警部の彼女だと思ってるみたいでした。」
「すみませんね。何かと面倒を見てもらってるので悪く言いたくないのですが、思い込みの激しい人なので。」
「いえ、悪い人ではないことはわかってます。
あの方とはどういう関係なんですか?」
黒田は今までの会話の流れからかなりの親密さを感じていたので、二人の関係を聞いた。
「さっきも言いましたけど、仕事で助けたのがきっかけで、色々とよくしてくださるんですよ。」
「何か身の危険から救ったということですか?」
「いえ、殺人事件の容疑者になってたところを俺が事件を解決して、別の人を捕まえただけです。」
「なるほど、でもそれなら他の刑事さんにも同じようなことをされてるんですか?」
「いえ、その場にいたほとんどの刑事が犯人は土屋さんって感じだったんです。」
「でも、刑事が事件を解決しただけで、そんなに恩を感じてくださるなんて、珍しいですね。」
「いや、俺その時刑事じゃなかったんですよ。」
「どういうことですか?」
「交番から近かったので、一番乗りして、色々と見てたんですけど、その時点でこの人は犯人じゃないなと思って、捜査して、違う犯人を見つけたんですけど、交番勤務の意見が通るわけなくて、ほとんどの刑事から『お前に付き合ってる暇はない』と言われました。
そんな中で、現場を仕切ってた人が『その子の言うことが正しいかどうか検証してみてもいいんじゃないですか?』って言いだして、でも、ほとんどの刑事は反対したんです。そしたら、その仕切ってた人の直属の部下の若い刑事が『じゃあ、こいつの推理は僕がしたことにして、この推理があってたら僕の手柄にしていいですか?当然、間違ってた場合は僕が責任を持ちますから』って言ったんです。
どうやら他の刑事はその若い奴が嫌いだったみたいで、間違った推理の責任を取らせようと考えたのか、俺の推理の検証を始めたんです。
結果は俺の推理があってて、手柄は若い刑事のものになりました。
でも、他の刑事が引き上げた後、その若い刑事が俺のとこ来て、
『お前凄いな、刑事にならないか?』って言ったんです。さすがに俺も『いや無理です』って言うと、若い刑事が現場仕切ってた人に向かって『いいと思いません?』て聞いたんです。
聞かれた人は怖い顔して俺を睨んだかと思うと満面の笑みになって『いいんじゃない』って言ったんです。俺はその場だけの話だろうと思ってたんですけど、翌日出勤すると署長室に呼ばれて、刑事課への異動を命じられたんですけど、署長も見落としてたことがあったんですよ。」
「何かあったんですか?」
「俺、警察学校の実習で交番勤務してたんで、異動とかそういう話をされる立場じゃなかったんですよ。」
「待ってください。実習中の巡査でもない人間が現場に一番乗りして、捜査して事件解決したんですか?」
「結果そうなりますね」
「いや、凄すぎですし、まず、そんなことする人、前代未聞ですし、今後もきっといないですよ。警部に怖いものはないんですか?」
「ありますよ、さすがに」
「何ですか?」
「黒い虫とかですかね?」
「そうですか・・・」
山本が真面目に答える気がないと思った黒田は、
「それで、どうなったんですか?」
「簡単なことですよ。実習先が交番から刑事課に変わっただけでした。」
「その現場を仕切ってた人の影響力がそこまで強かったということですか?」
「それは、まあそうですね。後に警視総監になる人ですから。あの頃から凄い影響力があったんでしょうね。」
「武田総監なんですか?じゃあもしかして若い刑事って」
「上杉さんですよ。」
「そういう繋がりだったんですね。」
「まあ、もう15年くらいの付き合いになりますからね。あの人達がまさかここまで偉くなるなんて、あの時はコメ粒ほども思いませんでしたけどね。」
「そうですか。総監が警部の優秀さを発見したんですね。」
「まあ、そういう意味では感謝してますよ。あの時俺の推理を信じてくれたから、土屋さんが冤罪にならずに済んだし、俺が今、警部までなれてるのもあの人たちのおかげですからね。」
「そうですか。
そういえば、総監から指示されていたことを一つ思い出しました。」
「何ですか?」
「警部の有給消化率が悪すぎるので、勤務状態の管理するように言われていたんです。」
「俺は別に有給が欲しいとは思ってないのでいいんじゃないですか?」
「いえ、警部の場合、普通の非番も取られていませんし。去年の出勤記録では一年中出勤されていました。しかも、一日の労働時間も8時間以上です。これは労働基準法に違反する犯罪行為です。
警察が犯罪行為を見逃すわけにはいきませんので、今後は非番はもちろん有給も取ってもらいます。」
「別にいいんじゃ・・・・」
山本が黒田の勢いに負けかけていると黒田が
「ダメです。上司が休まないと部下も休めません。そうなると課員の皆さんが大変になるんです。上司こそしっかりと休暇を取って部下にも休暇を取らせるべきなんです。わかりましたか?」
「わかりましたが、非番にすることもありませんし、休みたいとも思わないのですが。」
「じゃあ、今まではどうしてたんですか?」
「基本的に宿直室で寝てるだけだったりですね。」
「ダメです。これからは部屋に戻ってきてください。私が何かご飯を作りますので部屋でゆっくりと体を休めてください。」
「何で、そんなことまでされるんですか?」
「そ、それは、その~、あれです。お部屋をただで貸してもらうので、何かお礼をしないと気が済まないからです。
それとも私の作った物など食べれないですか?」
「いえ、ありがたく頂きます。」
「そうですか。次の非番を楽しみにしといてくださいね。」
「了解しました。」
山本はやけに楽しそうな黒田を見て、土屋が何か吹き込んだことだけはわかったが、その真意まではわからなかった。