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冤罪

「教会」


 そう呟いたアリアは、目の前の建物を見上げる。


 整備された綺麗な土地、真新しい白い壁。

 馬車だけを宿屋に預け、一行は街の端に位置する教会へと足を運んでいた。


 それと言うのも、折角街に着いたのに宿も取れず、野宿濃厚である三人を見かねた店主が、親切心で泊まれそうな場所を教えてくれたからだ。


「王国からの宣教師か。帝国が無くなった途端にこれだ。奴等が反乱軍共に肩入れしていたって噂もあるが、本当かもな」


「そういうこと言ってると、泊めてもらえなくなるよ」


 ウェンが呟くと、怒り混じりのアリアが苦言を呈した。

 協会の敷地内へ入り、聖堂へ続く大掛かりな木製の扉を開ける。


 先ず、目の前に飛び込んで来たのは王冠を被った女性の石像

 祭壇のような場所で祀られ、光を受けて神々しく在る。


 左右に配置された長椅子に座る者はおらず、教会内の人間は石像の下で祈りを捧げている。


 道のように敷かれた赤い絨毯を歩き、その内の一人である、神父と見られる祭服を身にまとった男の後ろまで来た。


「......何か、困り事ですか?」


 跪き、祈っていた初老の神父はこちらが声を掛けるでもなく、立ち上がり、優しい微笑みを掛けながら振り向いた。


「あぁ。それが泊まる場所が無くて、どうにかならないかと思いまして」


 リリアノは綺麗なお辞儀をし、アリアはそれに倣ってぎこちなく頭を下げた。


「ええ、今日一日であれば、泊まって行きなされ」


「どうも、ありがたい」


「やったー!」


 ウェンは軽く会釈をし、アリアは全身で喜びを顕にしている。


「その代わり」


 神父の一言に、三人はピタリと動きが止まった。


「少し、手伝いをしてもらいます」


「......意外と人手が足りてないのか?」


「大した事ではありません。ほんの少し、すぐに終わりますよ」


 笑顔の神父に圧され、ウェンは後ろの二人を見た。


「労働に対する対価、じゃなかったっけ?」


「ぐ......」


 してやったり、と神父とは対照的な笑顔でアリアは言い返した。

 早くも、先程の自分の言葉を後悔した。


 小馬鹿にしていたアリアに上手く丸め込まれてしまい、雑に頭を掻くと、神父の要求を聞き入れた。


----


「神父さんはこんな事もしてるのか?」


 ウェンは二人と分かれ、協会裏にある畑で延々と雑草を抜いていた。


 神の前で無粋だと、腰の剣は没収され、見た目は丸腰。


「ええ、まぁ。色々ありましてね」


「にしても、こんな広大な畑は要らないだろ。教会さんも資金繰りか?」


「いいえ、この野菜は街の方々へ無料で配布しています」


 ウェンの顔が引き攣り、手が止まった。


「このご時世。いつ食糧難が来てもおかしくありません。ですから、少しでも蓄えを、と考えたのです」


 神父は慣れた手つきで野菜を触りながら、続ける。


「それに、私達は来たばかりですから、まだ認められていません。少しでも皆様の役に立ち、認められて行きたいと考えているのです」


「......そりゃ、高尚な考えな事で」


 理解は出来ないが、と再び手を進めながら言う。


「二人は何を?」


「お二人には教会の掃除を手伝って貰っています。いつも、シスター一人には荷が重いと思っていたので」


「はっ、そりゃそうだ。まぁリリアノはともかく、なぁ......」


 ウェンは二人の事を考える。

 リリアノは先ず心配無いが、もう一人の少女が気掛かりになっている。


 見た所、リリアノよりは社交性に長けているが、頭のネジが二、三本取れてしまっている印象。


 実際の所、ウェンの思惑は的中しており、今現在教会内では凄惨な事が起きている。


 料金を請求されるのではないかと冷や冷やしているウェンの対面で、神父は厳格な面持ちで彼の方を向いた。


「......貴方は、帝国兵ですね?」


「......気付いていたのか」


「先程預かった剣に紋章が刻んでありました。今は何を?」


 剣の紋章の事をすっかり忘れてしまっていたウェンは、神父の真剣な面持ちを見る。


「今は運び屋をやっている。鳴かず飛ばずだがな。あの二人は同業者ってとこだ」


 顔に飛んできた虫を払いながら言う。


「そうですか、踏み入った事を聞いてしまいましたね。貴方の行く道に光がある事を祈ります」


「神の加護を、か。生憎だが信じたことは無いが」


「それでもです。前へ進む者へ道を与えて下さる。それが希望になるのです」


「......希望、ね」


 ウェンは手の雑草を見て、何かを考える。


「さて、そろそろ戻りましょうか」


 神父は腰を上げ、土を落とすと教会へ向かった。

 それに次いで、ウェンも作業を止め、教会へ入った。


----


「一部屋しか無いが、申し訳ない」


 夕食後、神父の言葉にウェンは「寝床だけでもありがたい」と返し、聖堂とは別にある、居住区へ向かった。


 部屋は狭くも無く、広くも無く、無料で泊まれるのであればこれ以上無い程綺麗であった。


 ベッドは二つにソファー。必然的に誰かがソファーになる。


 ウェンは相談も無くソファーに近付き、返してもらった剣を傍らに置くと、横になった。


「ねぇ、明日はどうするの?」


 ベッドの上で、リリアノへ一方的に喋っていたアリアがウェンへ向けて口を開く。

 二人の話していた内容は先程までの手伝いの話で、やはりリリアノは卒なく仕事をし、アリアは皿を数枚割ったらしい。


「明日はこの街道を真っ直ぐ進む。何も無ければ暇な一日の筈だ」


「ふーん」


「その後はウェストって街まで行って、明後日には王国領に入る」


 何もなれけば、と再三付け足し、足を組む。


「難しい事はよく分かんないけど、もうすぐ着くって事だね」


「難しい事なんか言ってねぇだろ......」


 呆れ顔に眠気を混ぜて、それを欠伸に変えて放出する。

 アリアの相手は疲れる、と今日一日で気が付いた。


 彼女の興味は既に旅路に無く、ベッドに二人向かい合って座り、アリアは持参していた本を広げて解説している。


 リリアノは知識に貪欲なようで、興味津々で話を聞いていた。


 長時間馬に揺られ、疲労困憊の体であり、ウェンはアリアのか高い声を聞きながら、睡魔に身を委ねて行った。


----


 ......外が騒がしい。


 ウェンはソファの上で目を覚ます。

 鉄の擦れる音も、悲鳴も聞こえない、戦闘の騒がしさでは無い。


 何か抗議をしているような、そんな声が微かだが、部屋に聞こえる。


 傍らに置いた剣を差し、ちらりとベットを見ると、綺麗な顔で寝息を立てているリリアノと、大口を開けて涎を垂らしているアリアが見えた。


「少し寝すぎたか......」


 ウェンは一人部屋を出た。


 居住区の階段を降り、神父がいるであろう聖堂へ向かう。


 途中、慌しく渡り廊下を走るシスターとすれ違い、声を掛けた。


「何があった?」


「え、いや。その......」


 シスターの目線が上下左右に乱舞する。

 そして、覗き込むようにウェンの顔を見た。


 疑惑の目。

 恐怖心と猜疑心の混ざった、負の感情しか見えない眼。


 目は口ほどに物を言う。

 そんな諺の通り、彼女は口を開いていないが、ウェンは何となく何が言いたいか理解した。


「何も無ければ、か」


 シスターに背を向け、再び聖堂へ足を向ける。


 件の聖堂へ着くと、声は更に増したように感じた。

 教会の外で、街の住人数名が声を荒らげており、それを神父がどうにか止めている。


「アイツだ!」


 一人の男が中のウェンを見付け、指をさしながら叫んだ。


「あー、やっぱりか」


 複数の怒号が降り注ぐ中、顔色一つ変えず観衆へ近付く。


 神父の心配そうな顔を一瞬だけ見て、代わりに先頭に立った。


「何か用か?」


「何か、だと!? 恍けるなよこの野郎!」

「そうだ、お前がやったんだろ、この墓荒らしが!」


「墓荒らし? 心当たりが無いな」


 住民達から謂れのない疑いをかけられ、どう対処しようか考えを巡らせる。


「てめぇ、ぶっ殺してや......」


 頭に血が上った住人の一人が、恐らく護身用であろう剣に手をかける。


 刀身の三分の一も抜かず、その手は止められた。

 男の喉元数センチ先には鋭い剣先が置かれ、身動き一つ取れない。


 先に動いたにも関わらず、ウェンに先手を取られ、言葉一つ発せられない。


「それは穏やかじゃねぇな。疑いをかけられただけではなく、殺されそうになるとは......」


 剣を構えたままピクリとも動かず、冷徹な眼で観衆を見る。

 その迫力に、怒号を飛ばしていた人間達は一人も声を上げれず、固まっている。


 普段のウェンはその場におらず、一昔前に恐れられた、冷酷無比な帝国製の殺人機械が、目の前に現れた。


「動くなよ。仮にお前達全員が掛かって来ようもんなら、全員殺してこの街から出る。それだけだ。どうする? お前らの妻も、子供も皆殺しだ。容赦なんかしない。向かって来る奴は、全員だ!」


 剣を持つ男の目を真っ直ぐ見詰め、怒涛の連撃で揺さぶりをかける。

 男は心中、意気揚々と剣を持った事を後悔し、恐怖で手を離す事も出来ない。

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