表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/53

竜の祠にて

「おー、此処が竜の祠......か?」


 山の中腹にある泉の前で馬を止め、適当な木に固定した。


 竜の祠と大層な名前をしている割にはあるのは小さい泉の真ん中にあるこれまた小さい竜の像。


 鉄で出来ているらしく、所々錆びて光沢は失われつつある。


「......なんかしょぼいな。オーラもありがたみもゼロ」


 ウェンは真剣な面持ちの四人の中で、ただ一人否定の感想を述べる。


 それにミハイルは反応し、


「これだからお前は......どうせ飯か金にしか興味無いんだろ。まぁ見てろ」


 ミハイルは何を思ったか、迷い一つ無く泉へ足を踏み入れ、水に濡れる事を厭わないまま中心部へ歩き出した。


 此処の水はお世辞にも綺麗とは言えない。

 周りは木に覆われているし、落ち葉も浮いていれば、虫だって居るだろう。


 どれだけありがたい効能があろうと、好き好んで濡れに行く輩は居ない。


 水をかき分けて進むミハイルを、ウェン以外の三人は真剣に見守る。


「......私が名は白翼騎士団ミハイル。王と契りし竜よ、此処に道を示し給え」


 水深は太ももの辺りまで迫った。

 その中でミハイルは自身の騎士団章を手を取ると、竜の口に銜えさせた。


「......何も起きないぞ」


「黙って見てろ、田舎者」


 腕を組んで見守るユアンは、ウェンの野次に一言突き刺すように言った。


 数秒の静寂の後、像の下、ミハイルの前から光が見える。


 ぼう、と鈍く輝きを放つ泉に見入る三人。

 その光はまるで道を示すように広がり、奇跡のように水を割った。


 像の下部分から見えたのは石造りの階段。

 三人の居る場所まで泉が割れたにも関わらず、水は階段へ流れず、その場で静止している。


 観光名所の不思議体験ような感覚に襲われ、ウェンはポカンと口を開けた。


「おい、何だこれ。魔法......?」


「はぁ、無知はこれだから......カーラ、説明してやれ」


 ユアンはここぞとばかりにウェンを攻撃する。

 話を振られたカーラは嫌な顔一つ見せず、寧ろ待ってましたと得意気に話し出す。


「これは昔、マルクス王と竜の邂逅を記念して建てられた、竜の力を込めた像です。白翼騎士団以上の方が与えられた章を嵌める事によって開かれます。この光は見ての通り魔法の力ですね。魔法技術と言われており、最近王国でも研究されているんですー」


「研究って、解明はされてないのか」


「それは......」


「ファーファ様が亡くなられた今、停滞している」


 言葉に詰まったカーラに、ミハイルは助け舟を出した。


「第一人者が死んだからか。聞いただけの話だが、優秀な人物だったらしいな」


「......国一番の魔導師だった。あれさえあれば城壁が無くとも魔物を退ける手段が発見出来ただろう」


 自分達を守る壁が住処に無い者達は、日々を魔物に怯えて過ごしていた。


 帝国も王国も、多くの人間が住むう場所にはそれを守る壁を建築していたが、流石に全部という訳には行かない。


 魔物に恐怖せず日常を送れる事は、ある意味夢のような話だったのだ。


「それを壊した奴を、今から倒しに行くんだ。これは生まれる筈だった技術の弔いでもある」


「......さっさと殺して戻ろう」


 四人はミハイルを先頭に、開けた階段を降りる。


 視界は水の中に沈んで行くのに、身体は自由のままなアンバランスさに違和感を感じた。


 それぞれの靴音を響かせながら、洞窟のような祠の入口を歩く。


 少し歩くと、竜の紋章が刻まれた扉が出迎えた。

 古く、強く押せば壊れてしまいそうな脆さが目に見えた扉を、ミハイルは開いた。


「......お前が死霊魔術師か」


 中の広間になった場所の真ん中で、怨敵を見付けた。


 入口周辺の古さからは予想だにしない豪華さ。


 炎が灯っていないにも関わらず、光を放つ松明。

 中央奥にはさっきの像が玩具に見えるほど豪勢な龍の像があり、それは鱗の一つ一つ、牙の一本一本が精巧に作られている。


 そんな明るい広間に、不釣り合いの黒装束。

 背中を向けていて顔は見えないが、竜像を恨めしく見ているのは明らかだ。


「王国の為、ファーファ様の仇、巻き込まれた罪無き人々の為......此処で朽ちてもらう」


 ミハイル初めユアンは剣を抜き、カーラは弓を引き、モーリスは槍を向けた。


 ウェンも剣を抜いたが、三人ほど肩に力は入っていない。


 目の前の、敵であろう男があまりにも無防備な事に警戒した。


「ふっ、ふふふふふ......はははははっ......」


 両手を広げ、天を仰ぎ、気でも触れたかのように笑い出す死霊魔術師に、ミハイル達も警戒し始め、様子を見た。


「ははは......思ったより反応が早いですね......お陰で準備不足だ」


「準備、だと?」


「えぇ、人を救う準備です。まぁ......仕方ありませんね......」


 高笑いを止めたその男は、ゆっくりとこちらを向いた。


「初めまして。自己紹介をしましょう。私はネクロ、人々を救う者です」


 フードから見える男の顔は半分が焼け爛れ、原型も無い程に醜悪で、その両目はどことなく悲しさを映しているように見える。


「救う......? お前のような人殺しが......? ふざけるなよ」


「私は送っているだけです、安息の地へ」


「何が安息だ、ファーファ様まで手に掛けて......」


「ファーファ......? 知らない名前ですね」


「っ! 惚けるなぁっ!」


 激動に身を任せて突進して行くミハイルを、ウェンは見下した流し目で見ていた。


 感情に身を任せる人間は弱い。

 感情は形に出て、怒りによって染められた形には綻びが生まれる。


 仮に突っ込んで行ったミハイルが殺されたなら、自分がやればいい。

 少しの縁がある彼がどうなろうと、その程度の感情だった。


「向かって来ますか。では相手をしてもらいましょう」


 向かって来るミハイルへ冷静な態度を崩さずに手を翳すと、怒りに囚われた彼だけではなく、後ろの三人も驚愕した。


 巨大な像の陰から、もう一つ巨大な姿が現れる。


 直接的な表現をするなら二足歩行の牛。

 しかしそれは三メートル近くはあろう巨体にそれに見合った棍棒。


 血走った目はネクロの前に固まった四人へ向けられている。


「こ、これ、は......!?」


「......ミノタウロスか......? どうやって入ったんだよ......」


 一歩歩く度に鳴り響く地鳴り。

 威圧感は充分に与えられている。

 その証拠にユアン、カーラとモーリスは頭の整理が追い付かずに未だ固まっている。


「おい、しっかりしろよ。死ぬぞお前ら」


 ネクロはミノタウロスをも操っているのか、四人を順番に指差す。


 操られている魔物はそれに合わせて巨体を震わせて突進する。


 ハッとした三人はその攻撃を避け、散り散りに別れ、それぞれ攻撃態勢を取る。


「では、後はよろしくお願いします。私には大いなる目的がある」


「ッ、待て!」


 出口から出て行こうと歩くネクロに手を伸ばしたミハイルは、ミノタウロスの棍棒による一撃で行動を絶たれた。


「......時間稼ぎか」


「時間稼ぎならいいが......こりゃ下手打つと死ぬな」


 体格差、なんて生易しいものではない。

 圧倒的なまでの種族差が目の前で暴れていた。


 人間には向き不向きがある。犬には犬の、猫には猫の向き不向きが。


 目の前にいる魔物は、人間より遥か優れた闘いに向いている種族。


 一振りで全てを奪い去れる攻撃力を持ち、剣や弓などものともしない頑丈さに加え、死霊魔術による操作がされている。


「死を恐れない戦闘兵......」


 ミハイルが呟いた言葉に、ウェンは何かを思い出し、歯軋りした。


 既に姿が見えないネクロを追うでもなく、ミハイルは一息吐いて、


「......敵は一体、数では有利だ! カーラは距離を保ちつつ目を潰せ! ユアンとモーリスは機動力を削ぐんだ! 僕達二人でトドメを刺す。攻撃には絶対当たるな!」


 冷静さを取り戻したミハイルの指示に、三人はそれぞれ返事をすると、指示通りに散開して攻撃に移った。


 雄叫びを上げるミノタウロスは、四人の誰を狙うでもなく、文字通りに暴れ回った。


 棍棒は竜像に当たり、無残にも片翼を奪い去った。


「......今チラッと見えたんだが、肩の後ろに魔法陣があった。だが、あれだけ暴れられたら手が付けられねぇ」


「あぁ、そうだな......にしても、今までの奴等と何かが違う」


「お前もそう思うか。今までのは目の前の敵を攻撃するような動きだったが、今回はまるで......」


「......苦しんでいるようだ」


 それはまるで頭痛にもがき苦しんでいるような暴れ方で、今は直接的に攻撃をして来ていない。


「何にせよ隙だらけだな。相手する必要は無い。とっととあの野郎を追い掛け--」


 来た道を戻ろうと踵を返したウェンは、ミノタウロスの瞳が変化したのを見逃さなかった。


 何かが、切り替わった。


 暴れ回る猛牛は、突然意識を取り戻したかのようにピタリと止まり、ウェンとミハイルを見付けると棍棒片手に突進する。


「何っ!」


「マジかよ!」


 それぞれ驚きの声を上げて横っ飛びで回避する。


「驚いた、何だ急に......」


 ミノタウロスはミハイルに追撃する。

 当たれば良くて重症、悪くて即死の悪魔の一撃が迫る。


「な、めるなぁッ!」


 横振りされた棍棒を回避し、流れた身体に剣を一振り。

 深々と斬られた胴から血が流れ、ミノタウロスは鼻息を荒くして後退した。


「今だ!」


 怯んだその隙に、ミハイルの声が祠に響いた。


 ミノタウロスの顔に矢が突き刺さり、ユアンとモーリスの攻撃は確実に足にダメージを与え、片膝をつかせた。


「協力ってのは、懐かしい気分だ......!」


 ウェンは巨体を登り、目を爛々とさせて眼前まで迫り、握り潰そうと出した魔物の指を数本切断した。


 そして目を両断し、ミノタウロスの光を奪う。


「ちっ、やっぱり使い辛いな......」


「やった!」


 ミハイルの喜びの後、抵抗により暴れるタイミングで、恨めしく剣を見ていたウェンは身体を離れ、着地して距離を取った。


「よし、僕の命令通りだな。このまま魔法陣を破壊する」


「お前の命令に従ったつもりはねぇが、それしかないな」


「畳み掛けるぞ! 油断はするな!」


 ネクロの思惑を懸念しながら、四人は闘いの終焉を予期していた。


 視力を失った敵を前に、勝利を確信して、攻撃を仕掛けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ