愛と絆
「魔道隊は死霊魔術の対策を! 第一、第二憲兵隊は市民を守れ! 救護隊は怪我人の治療を頼む! 騎士達の中で動ける者は私の配下に入れ! 何としてもこの城に奴等を近付けるな!」
城に入ると、その中庭でハニアが声を荒らげて指示を出している。
その惨状を見るに、彼女達も死霊魔術の片鱗を見たのだろう。
兵士の中には怪我をして横たわっている者や、忙しなく動いている者が大多数だ。
「ハニア!」
「ミハイル、来るのが遅い! 街中に死体が蔓延っているが、憲兵達が市民を守っている。......本当に死体が動くとはな」
「......僕も驚きだよ。許せる事じゃない」
「その通りだ。だが今は感情的になっている場合ではない。生きている人間を守る為、容赦はしないぞ」
「......あぁ」
ミハイルは苦虫を噛み潰したような顔でウェンを見ると、唇を噛み締めてハニアに向き直した。
彼にとって愛すべき市民を手にかけるなどあってはならない。
それが例え死体でも許せない事であるが、それ以上に術者へ更なる憎悪を覚えた。
「来てくれたか。お前が居ると頼もしいな」
「そりゃどうも、報酬は期待してるぜ」
ヘラヘラと冗談半分に話すと、木陰から見知った顔が見え、
「ああーっ! リリアノちゃーん!」
猛ダッシュで近付いて来たと思うと、ウェンの後ろのリリアノへ抱き着いた。
「寂し怖かったよー! もう死ぬかと思った......」
「それは死霊魔術的な意味でか、ハニアの猛攻的な意味でか」判断がつかない言葉にミハイルとウェンは頭を悩ませた。
アリアとリリアノの邂逅を生暖かい目で見守るハニアは、火照った顔で涎を拭くと、すぐさま元の真剣な表情に戻った。
「んで、術者は何処に居るか分かったのか?」
意図的に操っている魔法であれば、術者を倒せば効力は切れるのではないかと考え、疑問を言葉にした。
「それが、まだ分からないんだ。トレイル様が情報を集めているらしいが、今朝から姿が見えなくて......」
「まぁアイツのやる事だ、何か意味があるんだろ。ムカつく奴だが、頼りにはなる」
トレイルが巻き込まれたとは一切考えず、情報待ちだと知るやいなや中庭に植えられている木の根元に座り込んだ。
「......君にそこまで言わせるとは、やはりトレイルさんは只者ではないのか。見た目は麗しい女性だが」
「見た目で判断するな。あの方は騎士団長とも対等に話せる御方だ。それよりウェン」
ぐうの音も出ないミハイルを尻目に、欠伸をしてボーッとしているウェンにハニアは話し掛けた。
「君はリリアノちゃんとアリアちゃんだけでなく、トレイル様まで篭絡しようと言うのか......意外と女たらしだな!」
「何言ってんのお前。そんな事を言ってる場合かよ、今はこの周辺を守るべきなんだろ」
「......まぁそうだが、君に言われると凄くムカつく」
「めんどくせぇなお前......」
仕事に戻ったハニアと入れ替わるように、騎士団長とトレイルが城から肩を並べてこちらへ来た。
「やぁ、良い報せと悪い報せがあるけど、どっちから聞きたい?」
「来て早々面倒な問答すんなよ。勿論良い報せからだ、心に余裕が出来るからな」
「えー、私は悪い報せからがいいなぁ。美味しい物は最後に取って置く派だし」
リリアノと一方的にじゃれていたアリアが天然を発揮した。
冷たい視線でそれを見下すと、トレイルは無視して話し始めた。
「では良い方から。死霊魔術師はこの国に居ない、騒ぎに便乗して逃げたらしい」
「それは本当ですか。じゃあ何でこんな混乱させるだけの行動を......」
ミハイルの疑問も最もで、死霊魔術師が行った事は国民の十数人を殺し、操っただけ。
これでは国を揺るがす所か、連続殺人犯の悪戯に過ぎない。
「悪い報せを聞いてねぇな。続きは?」
「もう一つは、その死霊魔術師は国を出て、近場に潜んでいるという事だ」
「ますます分からん。それじゃまるで......」
「こっちに来いって言ってるみたい」
ウェンとトレイルの思惑を射抜くアリアの言葉に、二人は固まってキョトン顔の彼女を見た。
「......お前、頭使えたんだな」
「意外だ、何も入ってないと思ってたが」
「二人共酷すぎる!」
鼻息荒いアリアは怒りを顕に此処から離れ、リリアノの元へ駆けて行き、愚痴を垂れ流した。
「だかまぁその通りだな。相変わらず犯人の思惑は分からねぇが、どうやら誰かをお誘いらしい」
「......あぁ、多分そうだろう」
多分。
トレイルは顔に陰を作り、彼女にしては曖昧な物言いをした。
「誰か、と言うのが誰を指すのか......どう思うよ」
ウェンは真剣な眼差しでトレイルへ意見を求めた。
「さぁ。確定ではないが、推測なら幾らでも出来る」
「聞かせろ」
上から目線の物言いに小さく溜め息を吐いた後、
「前に言ったよな、死霊魔術はその昔帝国で開発されていた人間の倫理に逆らう魔法だと」
「......そんな事言ってたな」
「君ならよく知ってるんじゃないか。箱庭の兵士と呼ばれた君なら」
トレイルの言葉にウェンは舌打ちして、嫌悪感を示した。
唸りながら頭を掻き、大きく溜め息してみたり、空を仰いだり、とにかく落ち着きが無かった。
「......思い出させんな」
「私が言いたいのはそれと似たようなものだという事だ。恐らく帝国の人間であるその人物は、箱庭の兵士だった君に会いたいんじゃないか」
「......参ったな、はぁー......片想いされるってのは辛いな」
「ま、あくまで推測だ。頼りにはするな」
「とは言ってもなぁ......」
「お前の推測は当たるんだよ」、そう口に出すと本当に当たる気がして、ウェンは思考を無理矢理頭の奥底へ押し込んだ。
いつの間にか、王城の中庭にはしとしとと雨が降り注いでいた。
雨から逃げるように屋内へ退避し、先程のトレイルの推測を交えた話を関係者各位へ説明した。
ウェンが元帝国兵士と言う事は伏せ、犯人派王国の転覆を目論んでいると仮定して。
王城の近くに建てられている騎士団宿舎の食堂で、彼女の話を改めて聞き、一同は戦慄した。
「......本当に、一人で国を落すつもりなのか」
トロンはテーブルの上に手を組み、深刻な面持ちで天井を見た。
「にしても、本当にお前の情報網何なんだよ。まるで敵と内通してるみたいだな」
空気を読まず笑いながら冗談を言うウェンをミハイルは睨み、彼が何か言う前にトレイルは口を開いた。
「馬鹿はいい加減にして欲しい。死霊魔術師は此処の側にある河の上流、君達が竜の祠と呼ぶ場所に居る」
「竜の祠......その昔、我らが王が竜と契約したと言われる神聖な場所......私欲で聖地を汚すとは、許せんな」
「騎士団長殿、判断をお聞きしたい」
静かに怒りを貯めている騎士団長へ、トレイルは問うた。
「そうだね......全軍突撃と言いたいが、ここの守りもある。私は王の元から離れる訳には行かないし、他の白翼騎士団は各地に赴いてる......」
迷いを見せる騎士団長にトレイルは内心ほくそ笑んだ。
「悩むようなら、そこのそいつを使えばいいですよ」
トレイルは思考を張り巡らすトロンに、それはもう適当に、眠そうに瞬きをしているウェンを指さした。
他国の事など興味の外と言うのは変わらず、ウェンは指名された事に数秒気が付かなかった。
騎士団数人が彼に視線を向け、漸く白羽の矢に刺された事に気付くと、
「は? 何で俺が。俺は」
「おお、それは助かる! ではミハイルと共に死霊魔術師を倒して来てくれ!」
騎士団長の大声にかき消されて、ウェンの抗議の声は抵抗虚しく消失した。
恨みの目線をトレイルに向けるが、彼女の勝ち誇った目付きを見付けただけで、機嫌の悪さを加速させた。
「はい! このミハイル、必ずや死霊魔術師を倒して来ます!」
「頼んだぞミハイル。君にこの国の命運を託す。他の戦力は配下の騎士を数人連れて行くがいい」
「おい、話聞け......」
やる気充分なミハイルに対して、ウェンは立ち上がっては未だ抵抗を続けるが、それは無為だと気付いて椅子に腰を下ろした。
ヤケになってテーブルにあった紅茶を飲み干し、味も分からぬまま立て掛けた剣を持って外へ歩いた。
こうなれば恩を売って大金を請求してやろうと奮起し、祠とやらに向かおうと食堂を出た。
「あ、終わったみたいだよ」
食堂前の廊下で待っていたリリアノとアリアは、扉が開いて見知った顔を見ると、近付いた。
どうだった、そう言いたげなリリアノの表情を汲み取り、ウェンはありのままを口にした。
「俺はミハイルとこの国を出て敵を討ちに行く。お前達は此処に居ろ。王城は無理でも、近くの安全な場所にな」
「うん、でも......」
二人の目は同じく、心配を浮かべていた。
今までも敵と相対していたが、今回は得体も知れず、遠く離れてしまう。
食堂から話し合いを終えた騎士達がゾロゾロと出て来る。
その中にはウェンを押したトレイルの姿もあり、二人を気にかけるハニアの姿もあり、ミハイルはウェン達の会話が終わるのを壁に背を掛けて待っている。
雨は止まない。
まるで此処にいる者達の心を表すように暗く降り注いでいた。
「前にも言ったろ。心配するなって」
「でも」。
リリアノの言いたい事がウェンには理解出来た。
彼女の表情が、仕草が、目線が、長く時を過ごすにつれ染み込んでくるように、手に取るように分かった。
「俺は負けない。必ず戻って来る。......約束、しようか」
右手の小指だけを立たせ、目の前の彼女へ差し出した。
リリアノはそれを見ると、歪ながらそれを真似して指を重ねた。
「あ、私も私もー」
アリアも無理矢理小指をねじ込み、「約束だからね!」と笑顔を作ると、手を離した。
永遠の別れになる訳では無い。
ウェンは死ぬ気など皆無で、早とちりに金の使い道を考えていた程だ。
「約束だからね! ......帰って来てね」
アリアの陰を見せた表情を見て、ウェンは鼻で笑った。
「話は終わったか?」
タイミングを見計らっていたミハイルが、三人に近付く。
「おう」と答えたウェンは二人に見切りをつけ、振り向こうと体を捻った。
彼の前で俯いていたリリアノは、急に顔を上げて、行こうとするウェンに抱き着いた。
ウェンだけではなく、アリアとミハイルも驚きのあまり声を失った。
しかし、抱きついた当の本人であるリリアノ自身も顔を真っ赤にさせてウェンの身体に顔を埋めた。
「......どうしたんだよ、いきなり」
怪訝な顔で見下ろすと、リリアノは上目遣いで彼を見る。
行かないで、と言いたいのかと頭を過ぎったが彼女の表情を見て確信した。
絆と深まった理解が、言葉の壁を乗り越えて心に響いた。
「--あぁ。必ず君の所に戻るよ」
暴れるリリアノを安堵させた時のように優しく、彼女の頭を撫でてやると、一回頷いてもの惜しそうに離れた。
「......じゃあ」
ぽかんと口を開けたミハイルの肩を叩き、今度こそ二人から遠ざかって行く。
心做しか、雨は小雨になった気がした。




