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勝利への渇望

 斬ったのは空だった。

 肩口から脇腹にかけて、真剣なら両断出来る程の力を込めて振り下ろした。


 が、ウェンの目の前には誰も居ない。

 石橋の手摺が見え、その向こう側には大運河の水がうねりを上げて流れている。


 一番驚いていたのは、リリアノでもアリアでも賭け事をしている商人でもなく、ウェン自身であった。


 外す筈が無い。あの距離で、完全完璧に隙を突いた。


「危ない危ない......まさかこれを使わされるとは......」


「うしっ......!」


 背後からのハニアの声に反応し、体を守るように剣を盾にして使い、振り向いた。


 木剣に騎士の一撃が当たった。

 それは先程までの非力な攻めではなく、剛腕唸る大男から放たれたと言っても過言では無い程の一撃。


 実際、ウェンの体は足が宙に浮き、石橋を横切るように吹っ飛ばされた。


 何とか木剣だけは手放すまいと、握力を込め、橋の手摺に凭れるようにして持ち堪えた。


 ハニアの姿を確認したウェンは心底驚いた。


 見間違いでは無い、ハニアの鎧に、身体の周りに光の粒子が舞い、浮遊している。

 それは彼女の身体を守るように存在しており、加護されているような印象を受ける。


「......魔法」


「ご名答。使うつもりは無かったんだけど......負ける訳には行かないから」


「くっそ、反則だっての」


 先程までとは比べ物にならない尋常では無い速さ。残像のようなものが目に残り、通り過ぎた気配と直感だけで察知し、何とか剣を受ける。


 木剣でもそれなりの重さはあるが、今のハニアにとっては空気を掴む程度の負荷だろう。


 いつの間にか後ろに回られ、攻撃を受けたと思ったらまた後ろに居る。


「だぁぁぁ! 聞いてねぇぞこんなの!」


 一転、形成は完全に逆転し、ウェンは致命傷を受けない程度に防御するのが精一杯。


 顔や身体には青あざが出来、さっきまでの余裕は既に何処にも無くなっている。


「うああぁぁぁぁっ!!」


「うるせぇ! 何なんだお前!」


 突如頭を抱えて叫び出すアリアに苛立ちをぶつける。


「魔法とかもう勝てないよ! 終わりだよ......うぇぇぇん!」


「うっせぇ黙れ! 勝つって言ったら勝つ!」


「約束だからね! 破ったら許さないかんね!」


 アリアの方を向くと、心配そうに顔を青くしているリリアノが見えた。

 それを見てウェンは人知れず歯軋りをする。


 彼女にそんな顔をさせる自分が情けなくて、苛立って。

 何としても勝たなければ。リリアノにとって自分は必勝の人間でなければならない。


「......お前ら魔法使いは嫌いだ」


 ハニアの攻撃をギリギリ弾き、距離を取って呟く。


「へぇ、それは何故?」


「俺達の努力をあっという間に超えていきやがる。選ばれし人間だか何だか知らねぇが......あまり調子に乗るなよ」


「それは申し訳無い。でも、生まれつき使えるんだから仕方ない事。私が貴方より強いのも、仕方ない事では?」


 一足で距離を詰めてウェンに斬り掛かる。傭兵団のドレイクと戦った際にウェンが見せた動きに酷似している。


 木剣で受けた時、嫌な音がした。

 ぴしり、と剣の根元からヒビが入り、あまりの攻撃力に耐久の許容範囲を越えようとしている。


 額から汗が滲む。剣が破壊されれば否応なしに敗北濃厚。

 これ以上マトモに受けるわけには行かない。ウェンは剣を縦に使うのではなく、軌道を逸らすようにして防御する。


「こりゃ騎士の勝ちだな。儲けさせてもらうぜ」

「やっぱり逆張は無理だったかー......」

「まだ分かんねぇだろ! まだ......」


 商人達は口々に意見を言い合うが、ウェンを支持する者は比較的少ない。


「好き勝手......言いやがって、よっ!」


 ウェンはハニアの動きを見切り、攻撃に転ずる。


「残念、ハズレ」


 起死回生の一撃はまたもや空を斬り、無情にも相手に掠りもしなかった。


 そして、観衆から声が上がる。


 ハニアの横一閃がウェンの胴体に直撃し、衝撃は防具を貫通して内臓まで伝わる。


 帝国で作り上げた丈夫な体に、鋼の精神。

 それでも尚、その一撃はウェンの顔を歪ませるのには充分過ぎて、血反吐を吐きそうになりながら橋の手摺まで後退する。


「ゴホッ、ゴホッゴホッ!」


 背後には河。最早グロッキーな状態で、目の前には勝利を確信した騎士ハニア。

 多少の消耗はあるが、未だ健在。


 リングのロープみたく身体を預け、敗北を逃れようと剣は手放さない。


「これで、終わり!」


 これ以上は止めようとするリリアノ、やめてと叫ぶアリア。そして最後の一撃を放とうとするハニア。


 ウェンにとって、観衆の声が小さく聞こえる。

 脳内物質の過剰分泌か、ダメージよる朦朧なのか、それは分からないが、一つ確信している事実があった。


「......あぁ、これで、やっとお前の居場所が分かった」


 今まで以上に目は爛々と輝いていた。

 背後は端、逃げ場はない。だが、裏を返せば敵が向かって来る方向は限られる。


 今まで微かに見える姿と直感のみで戦ってきた。

 今は違う。騎士ハニアの姿が、振り抜こうとしている木剣が、驚きの表情までが鮮明に見える。


 その体で何が出来ると、一時は驚愕したハニアだが、速度は緩めない。


「......フッ!」


「......っ!」


 追い詰めた後の追撃。駄目押しの攻撃は防御したウェンの木剣に当たり、根元から砕いた。


 必死の防御で勢いを殺しても尚、ハニアの剣戟はウェンの身体にめり込んだ。


 木屑となる剣。半分が宙に舞い、もう半分は石畳の上へ落ちようとしている。


「......勝った」


 ハニアは崩れ行くウェンの身体を見て、勝利を待った。


 --勝利は、待つものではない。


 ウェンの手は剣を手放していた。

 それはハニアの攻撃で息絶えようとし、力無く落とした訳では無い。


 一撃二撃貰うのは、覚悟の上だった。

 ウェンは落ちて行く折られた木剣の片割れを咥え、がっちりと歯を立てる。


 そして、全身の筋肉を駆動させ、刃先をハニアの喉元目掛けて全力の突きを繰り出した。


「しまっ......!」


 完全に油断していたハニアは、攻撃の反応が遅れ、ウェンの抵抗をその身に受けた。


 胴ならダメージは少なかっただろう。しかし、息を吐いて攻撃した後、気道に木剣で不意打ちを受ければ、そのダメージは防具や魔法では防ぎ切れない。


 喉元へ受けた攻撃に耐え切れず、ハニアは仰向けに倒れた。

 一時的な呼吸困難と、その痛みに少しばかり悶えると、大の字になって動かなくなった。


 ウェンの口から木剣が落ちる。唾を二回吐き、こべりついた木屑を口から出す。


「あー、歯ぁ削れるわ......これで俺の勝ちだな?」


 ハニアの最後の攻撃が防御出来ていなければ敗者は彼の方だっただろう。

 木剣の片割れがあらぬ方向へ飛んでいても、負けていただろう。


 決して確信があった訳では無い。生か死かの賭けだった事も確かである。


 只、彼はひたすら勝利を追い求めた。

 強欲に貪欲に、ハニアとの差は勝利への渇望以外に無いだろう。


 歓声、かと思いきやそうでもない。

 どちらかと言えば、リリアノとアリアは言葉を失い、商人達は口々に勝ち負けを競い、王国兵達は、


「ハニア様が負ける、とは......」

「ど、どうする......?」

「まさか王国の白き矛が敗れるとは......」


 意外な勝敗に対処が出来ないでいる。

 彼等の中では騎士は不敗で、ハニアは勝利して当然だと思っていたようだ。


 何処の馬の骨とも知れない男に負ける筈が無い。夢想は砕かれた。


 流石にダメージが大きいウェンは、フラフラと覚束無い足取りで二人の元へ戻ろうとする。


「やっっったー! 正直もうダメだと思ってたけど、やれば出来るじゃん!」


「うっせーな......勝つって言ったろ......」


 アリアのキンキン響く声はウェンの頭を揺らした。


 リリアノはホッと胸をなで下ろし、ウェンの手を取った。


「......リリアノ?」


 小さい手で包み込まれたウェンの片手に、彼女は己の額を当てた。

 心配するように、そして安心するように手の力を強めると、リリアノの手が微かに光を放つ。


 それはハニアが使った魔法に似た光だが、蛍のように小さく、弱い光。


「魔法......?」


 手が優しい温もりに包まれる。太陽のように暖かく、安心する。

 そして、肘から先の痛みと傷がみるみる内に癒えて行く。


 効果範囲は小さいものの、確かにそれは選ばれし者だけが使える魔法で、ウェンはその事実に驚愕した。


「リリアノちゃん、凄い......魔法、使えるなんて......」


 それを見て、アリアは嬉しさ半分憂い半分と言った感情を抱く。

 確かに、自称火花しか出せない彼女は焚き火に火をくべる程度しか出来ないだろう。


 しかし、今のリリアノは傷を癒す事が出来、三人の中で得ていたアリアの唯一のアイデンティティは崩壊した。


「リリア......うおっ!」


 魔法が切れると、リリアノは前のめりに倒れた。

 見るに、電池切れ。ウェンが傷めた身体で受け止める。


 眠っているだけの彼女を確認して、一つ頭を撫でる。

 ほんの少しだけの体力回復だったが、ウェンはそれ以上に彼女からの気持ちが嬉しかった。


 アリアの怯えた声が聞こえた。それに反応し、ウェンは背後を向く。


「お前ら、よくもやってくれたな......」


 背後には王国兵が長槍を構えて三人、迫っていた。

 妥当な判断だろう。賭けの延長とは言え、自分らの上司に当たる人間が討たれたのだ。


 リリアノを守るようにして兵士らに向き合う。


「......何だお前ら。向こうまでの案内か?」


「馬鹿を言うな。お前らに案内するのは牢獄だけさ」


 舌打ちするウェン。

 賭けに重んじていた商人達は我関せずと言った顔で、とばっちりは受けまいと逃げに走る者も居る。


「そうなる所以が無いな。お前らじゃ話にならん、そいつを起こしてくれ、死んではないだろ?」


 気絶して未だ石橋に倒れ、他の王国兵に介抱を受けているハニアを指差す。


「ハニア様は動けない。大人しくしろ、犯罪者」


「犯罪者......ねぇ?」


 ウェンはリリアノをアリアに預け、気怠そうに頭を掻いた。


「......なら、捕まえてみろよ」


 長槍は戦いにおいて有利だ。

 歴史上、様々な戦場で使われた実績もある。歩兵に槍を持たせれば馬兵をも倒せる。


 相手は素手。一対三。手負い。相手の圧倒的不利は明らかである。

 しかし、目の前に立ちはだかる男は何だ、全く怖気づかない所か、一歩も引きはしない。


 四人は静止したまま、暫くの時が流れる。いつの間にか槍を向けている兵士の方が威圧感で息を切らして、汗を垂らしている。

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