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決闘

 アリアは感動していた。

 彼女は正直、ウェンに近付き難い雰囲気を感じていた。それは『敵』に対しての容赦無い攻撃や、傍若無人な振る舞い等が起因しており、自分の事を仲間と見ていないのではないかと考えていたからだ。


 何処かで、怖がっていた。

 人間だが、人間味を薄い彼を見る度、いつか自分も手に掛けられてしまうのではないかと。


 しかしそれは正反対で、ほんの数日の間ではあったが、自分達の間に絆が生まれていた。アリアはそう感じ、ウェンへ熱の篭った眼差しを向ける。


 リリアノも同意するように頷き、アリアは目に涙を貯めた。


「......確かに、君達の仲間を無理矢理引き剥がす訳には行かないか」


 ハニアは一時的に身を引き、顎に手を当てて考えた。

 彼女なりに考えた後、指をパチンと鳴らした。


「なら、君達も此処を通そう。それならどうだろう?」


「よし乗った。橋を渡り切ったらアリアを渡す」


 それを待っていた、と言いたげに悪人顔でノータイムで答える。

 泣いて馬謖を斬る、と言う訳では無さそうだ。まるで喜んでいるような、そんな気さえする。


「待って! 何で即答するの!? 仲間じゃなかったの!?」


「何言ってんだ、これは俺もお前もあの騎士も得をする取引だぞ。よく考えろ」


「そっちこそよく考えてよ!」


「いーや、俺は考えてる。お前は騎士に守られて安全に王国まで行ける。俺はこの橋を渡れる。アイツには夜の相手が出来る。ほらな? 皆得してるだろ?」


「やだよ、それって人身売買じゃん! 大体何なの夜の相手って!」


 アリアは一瞬でも抱いた感動を後悔した。

 実際、ウェンの言っている事は間違いでは無いのだが、それはあくまで感情の入らない理屈。


 人間には感情があり、時にそれは理屈をも凌駕する。


「お前がどう言おうとそうさせてもらう。俺には俺の目的があるんでな」


 無情だ。アリアはウェンに失望した。


「交渉は成立だ。この馬鹿でかい橋を--」


 それならば、こっちにだって考えがある。

 向こうは手段を選ばず、他人の事などまるで頭に無い。


 アリアは今まで、その優しい性格故他人を想い、情を与える。彼と正反対な性質をしていた。


 そんな彼女が、最後の策にとウェンに迷惑をかけるだけの抵抗をした。


「わっ、私には心に決めた人がいます! そ、それはこの人です! この人は私と将来を誓い合い、えっと......色々な事もしました!」


「ウェっ!?」


 腕にしがみつきながら放ったアリアの錯乱した虚言でウェンは喉の奥底から声をひり出し、未だかつて見せた事の無い驚愕の表情で彼女を見た。


「お前何言って......!」


 殺気。


 突然襲い掛かる猛獣のような敵意に、剣に手を掛けて臨戦態勢。

 勿論放っているのは騎士ハニア。先程割って入った時とは比べ物にならない程の尋常ならない気配に空気が張り詰める。


「だから......貴方とは行けません。ごめんなさい」


 アリアの追撃にハニアは肩をビクリと震わせ、その目は敵を目の前にしたウェンのような、容赦の無い目をしていた。


「あー、今のはコイツの妄言って言うか、あれだ......」


「勝負だ」


「いやだから話を」


「私とお前で闘い、勝った方がアリアちゃんと結婚する。それで遺恨は無いな?」


「あるわ。勝負なんて御免だ」


 言葉とは裏腹に、ウェンは腹を括った。

 目を見れば分かる。目の前の女は、こんな言葉で諦めたりはしない。


 獣のように付き纏い、確実に襲い掛かってくるだろう。


 しかし、これで戦えば何の利益も無い。

 無意味で、徒労に終わる。それならばもうひとつ引き出さなければ。


「ほう、逃げるのか?」


「いいや、コイツとの結婚なんて要らん。それより他の条件が」


「言ってみろ」


「俺が勝ったら此処を通せ」


 それを聞いて、ハニアは少しの間の後、高笑いした。

 天を仰ぎ、大口を開けて。


「......勝ったら、か。面白い。私に勝てば通してやろう。か、て、れ、ば、な?」


「覚えとけよ、頭打たれて忘れましたは通じねぇぞ」


 あぁ、思い通りだ。

 ウェンは表には出さないが、ハニアのように高笑いしたい気分であった。


 場所は橋の入口。滅亡した帝国の兵士と、血に飢えた騎士が激突する。

 周りの商人たちもこのカードに興奮している者もおり、いつの間にやら賭けまで行われている。


 しかし、ハニアが見せた離れ業のお陰でウェンの人気は低く、圧倒的にハニア優勢と見られている。


「ぜっっっったい勝ってね! 私を賭けの道具にしたんだから、責任取って!」


「言われなくても負けねぇよ。ただ......」


 背のハルバードを降ろして、他の兵士に預けているハニアを見て、溜息混じりに呟く。


「......今回はちょっと苦労するかもな」


 戦いに必要なだけの場所を開け、ウェンはウォーミングアップにと軽く身体を動かす。


 その途中に、これを、と王国の兵士に差し出された木剣を受け取った。兵士が演習で使うような、丈夫な木剣。


 曰く、「私は無益な殺しはしたくない」だそうで、ハニアの提案で武器はこれ一つとルール付られた。


 彼女が自分の得物を降ろしていたのが今になってやっと理解出来た。

 ウェンもそれに習い、剣と懐の短剣やら色々をリリアノに預ける。


 不意打ちとして使っても良かったのだが、ルールを決められると約束を反故にされる恐れがある。


 正真正銘の正々堂々と言う訳だ。


「アリアちゃん待っててね、今迎えに行ってあげる」


「ほんと結構です......」


 木剣を一振し、既に勝った気のハニアは余裕綽々でアリアにウインクした。


「さて、始めるか。負けを認めるか、倒されれば負けだ」


「あぁ、臨む所だ」


 互いに距離を取って向き合い、剣を構えた。

 喩え訓練用の木剣でも、当たりどころによっては人を殺めるのも可能。


 兵士と騎士、場所は違えど訓練を積んだ者同士なら、それは更に容易く行われるであろう。


「......おい、動かないぞ」

「何してんだアイツら......」


 賭けに賛同していた商人らが、開戦しているのにも関わらずピクリとも動かない両者に苦言を投げる。


 理解している者もいるが、大多数の人間が二人の間を行き来している熾烈な戦いが分からない。


 達人同士の戦いならよく聞く、牽制の仕合である。

 ほんの少しの身体の動きや、仕草、剣の動き、フェイク、駆け引きが二人の間を交差する。


 ハニアの頬から汗が一滴落ちた。


「......ふっ!」


 先に動いたのはハニア。騎士らしく勇猛果敢に突進し、カウンターを恐れず突撃する。


 ウェンはそれを受け、流した。


 一撃は速く、流石に騎士を名乗っている事はある。

 繰り返される剣戟の中で、お互いに相手の力量を掴んで行く。


 ウェンは相手の速さに驚いたが、非力故ダメージは少なく、徐々に慣れて行く。

 ハニアはウェンの軽い発言からは想像も出来ない冷静な捌きに四苦八苦している。


 見た目だけではウェンの防戦一方だが本質は違い、ハニアは目の前の男が予想以上に強かだと認める。


「......この程度か」


「ッ!?」


 ハニアの一撃を上方へ流し、ガラ空きになった胴へ剣を振るう。

 咄嗟に後ろへ引き、寸での所で躱すと、距離を取った。


 息を切らすハニアの前で、汗もかかず無表情で立つウェン。

 意外と楽できそうだ、と心中ハニアを甘く見ているようだ。


「......ははっ。言葉の割には消極的じゃないか。反撃は出来ないのか?」


「お前が怖がって飛び退いちまうからなぁ。......次は当てに行くか」


 見に回っていた状態から反転し、次はウェンから攻める。

 男女差、体格差、様々な要因はあるだろうが明らかに攻撃力に差がある。


 ハニアもウェンの一撃一撃を受けるのは消耗が激しいらしく、顔を歪めて何とか受けている。


「くっ、そ!」


 防戦じゃ勝てないと踏み、一瞬の隙を突いて剣を振るうが、それは誘いであり、ウェンは軽く躱した。


 そして、低くした上体から身体のバネをフルに使い、蹴りをハニアの腹部へ放った。


「ごっ......!?」


 甲冑を着込んでいるとは言え、衝撃は芯まで響く。

 背へ飛び、たたらを踏んで立ち止まると、膝を着かずに何とか持ち堪える。


「終わりだ。意外と呆気ないな」


 女だからと言って情けをかける男では無い。

 怯んだ隙に追撃し、『負けを認める』所か意識ごと飛ばす勢いで、力まかせに木剣を振り下ろした。

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