告白
「あ、おかえりーって凄い顔してるよ?」
「......色々あったんだよ」
馬車内で本を読んでいるリリアノと、外で魔法の練習をしているアリアがウェンを出迎えた。
思わぬ出費を被り、眉間にシワを寄せながら商人という種族への怒りを再認識する。
とは言え、自身の甘さが招いた出費であり、致し方ない事は理解している。
頭では理解しているが、それだけに怒りがふつふつと湧くものだ。
「とにかくだ、此処は暫く通れないらしい。迂回ルートも考えちゃいるが、似たり寄ったりだろうな」
「えぇー! そんなのってないよ! んじゃあ河渡ろう、船で!」
「どこにあるんだそんなの?」
「......呼ぶ、とか」
言葉の最後は小さく萎んでいた。
そもそも、貿易先の帝国が無いのだから、こちら側に船を寄越す物好きは居ない。
アリアの提案も机上の空論で無に帰し、三人は完全に詰んでしまった。
リリアノの声と顧客の確保を目的とした旅は最大の壁に衝突し、万策は尽きた。
「このままノコノコと帰れってか、くっそ。強行突破......した所で王国からは犯罪者扱いか......」
ウェンは旅に出て一番頭を回転させた。
が、敵を切り倒してどうにかなる問題でも無く、どう頭を掻き毟ろうにも打開策は出ない。
こんな時トレイルが居てくれれば、何かしらの突破口を有償でくれるのだが、そう上手く事が運ぶ筈も無い。
ウェンは心の奥底から、デウスエクスマキナを切望した。
しかし、こんな横暴を商人らが見過ごす筈も無く、徐々に兵士らに対する批判的な意見が増える。
それは堰を切ったように、怒涛の勢いで群衆の怒号と化し、王国の兵士らを襲った。
ウェンは声こそは上げないものの、この勢いで関門を突破出来るのではないかと夢想した。
「静まれ!」
横一列になっている兵士達の後ろから、か高い一声と共に一人の女性が前に出る。
凛とした顔付きに、メディアムショートの金髪と金の刺繍に白の甲冑。顔には自信が浮かんでおり、強さを内包していた。
美しい顔には似合わない荒々しいハルバードを背に、その女性は暴徒と化す寸前の商人達の前に躍り出た。
「皆の者聞け! 私は、王国白翼騎士のハニアと言う。今日、この場を預かる身として、一つ周知すべき事実がある!」
透き通る声に、群衆は一時の静寂を見せたが、怒号は再燃した。
そして、飽和した怒りは言葉ではなく行動に向かい一人の商人が落ちていた石を拾い、彼女へ投げた。
乱雑に回転し、見事なコントロールで騎士の顔面へ向かう石ころ。
当たる、誰もがそう思った。
コンマ数秒後、投げられた石は石畳に落ち、軽い音を出した。
避けた。只避けただけでは無い。
背中の重厚な武器をものともせずにその場で跳び、一回転して石橋の端にある手摺へ着地した。
しなやかに、まるで猫のような、背中に羽根でも付いるのではないかと疑う程の動きにウェン達三人を含む人々らは驚きで口を開いた。
「聞けと言っている、分からないなら......」
その先は言わない。言わずとも全ての人間は把握している。
掴んだ。最も大事な物を。
話し合いにおいて、最大の肝は相手に話を聞いて貰う事。始まりであり、再重要事項である。
彼女は荒れ狂う群衆を圧倒し、話など聞く耳を持たない荒くれ者達の心を掴んだ。
「漸く静まったか。では改めて、私は王国白翼騎士のハニアと言う者だ。今日、我らがマルクス王よりこの橋の管理及び決定権を委ねられた」
最早彼女を邪魔する者は居ない。
この石橋に居る人間の中で一番高い場所で、他者を見下しながら話す。
どよめく人間達の前で、ハニアは続ける。
「我が国マルクスは、『諸事情』により現在入国不可である。この橋を渡っても国には入れない。そして、その諸事情に対する調査により、マルクス領に入る事も制限させてもらう」
「ふざけ......!」
「文句があるなら、私が話を聞く」
一方的な宣言に、一人が声を上げようと怒りのままに踏み出すが、ハニアの威圧感を含んだ一言に止まる。
男女差などものともせず、寧ろ反論しようとした男を黙らせる力量に、ウェンは尊敬の念すら覚えた。
誰も反論はしなかった。
事務仕事をこなすように淡々と話すハニアはまるで機械のようで、近寄り難い。
騎士は一喝で場を黙らせ、仕事を終えたと手摺を降りようとした。
「えぇーっ! ねぇねぇどうしよう! あっち行けないんじゃ、私の夢がぁー!」
ハニアの言葉を飲み込み、怒りとは全く関係の無い感情を爆発させた自己満足の叫びをアリアは放った。
ウェンとリリアノ、交互に抗議するが、二人に言っても無駄というものだろう。
「うるせぇなお前......今考えてるからちょっと黙れ」
「ふへっ!? らってぇ......!」
ウェンがストレス解消にとアリアの頬を左右に引っ張る。
無理矢理に広がった口でアリアは未だ喚いているが、言葉になっていない。
静寂を切り裂いたアリアの声は、その観衆の中で最も悪目立ちし、周りの商人や王国兵士だけではなく、手摺を降りようとしていた騎士ハニアも注目した。
その時、目立つ二人を見たハニアの目付きが変わった。
瞳孔を開き、動きが固まり、手が震えている。
明らかにおかしくなった様子に、周りの人間達は疑問符を浮かべた。
ハニアは手摺を降り、神妙な面持ちでウェン達の方へ歩き出す。
真っ直ぐに、何の躊躇いも無く。
「わっ、なんか来た!」
抵抗して漸く言葉を発せるようになったアリアはウェンの背後から迫るハニアに驚き、声を上げる。
つかつかと石畳を蹴り、背後まで迫った所で、ウェンは声に反応して背後を見た。
元帝国兵と王国の騎士が向き合う。
身長差はあれど、強者と強者が目を合わせる。アリアは慌て、リリアノは怯えた。
ハニアは一旦目を閉じ、呼吸を整えると口を開いた。
「一目惚れしました。私と来て貰えますか?」
「......は?」
観衆は驚きのあまり声を上げた。それは先程の反乱より大きく、大袈裟に聞こえた。
リリアノは怯えから驚き、疑問へとコロコロ表情を変える。
アリアは突然の告白に年頃の娘らしく照れ、両手を頬に手を置き、火照った顔を冷やす。
流石のウェンも一時は動揺した。
何故? まさか、いやそんな。と考えを張り巡らせ、再び彼女を見て一つの事実に気が付いた。
ウェンの事を見ていない。目線はそれより下、そして少し右。
「ねぇビックリだよ私! 貴方ってモテるんだね! 意外!」
紅潮させた顔で二人を交互に見るアリア。彼女の頭には最早橋を渡れない問題は消滅している。
騎士ハニアが見ていたのはアリア。
男のウェンではなく、どこからどう見ても女のアリアに愛の告白をしていた。
しかも、冗談や嘘の類ではない。彼女の真っ直ぐな目には期待と不安が混ざっていて、アリアの返事を今か今かと待っている。
自体が把握出来たウェンは、騎士を見る。
もしかしたら、見た目が女なだけで中身は男ではないだろうか、と言う一縷の希望に賭けてだ。
しかし、ハニアはどう見ても女で、装備している胸当てを見るに明らかである。
「やはり私の目に狂いは無かった......」
ウェンをスルーし、アリアの両手をガッチリを包み込む。
「このクリクリとした丸い目。パッチりと二重の瞳に、きめ細やかな白い肌。憂いを感じさせない太陽のような表情......人格を写すように明るく、綺麗な髪の毛。あぁ、可愛い。......舐めたい」
「は、え? えぇ? ええぇー?」
未だ自体を飲み込めないアリアは彼女の手から体温を感じつつ、放心状態で思考した。
数回呼吸すると、情報を処理したアリアは突然、
「えぇぇぇぇぇ!? わ、私ぃ?」
「はい! 貴方しかありません。さぁ、私と共に人生を歩みましょう! この男臭い不快な場所に咲いた一輪の花。此処は貴方に似合いません」
「そ、そんな事急に言われても、と言うか、女の子同士じゃ......」
「いいえ、寧ろそれしかありません! 自画自賛になりますが、これでも私は騎士の上位の騎士。家柄、収入、貴方に不自由など与えません! 私の愛玩......パートナーとなってくれればそれでいいのです!」
動揺して目を回すアリアと、怒涛の攻めを繰り返すハニア。隣のウェンはドン引きし、一歩前に下がった。
「り、リリアノ。人間には、こういう世界も、あるもんだ......」
リリアノは無表情でウェンのフォローを聞くと、持っていた紙に情景を書く。
書き始めてすぐに、ウェンはそれに気が付いて取り上げた。
「......メモは取らなくていい」
解釈を間違うと、俺も誤解される。その危惧が彼の心中にはあった。勿論その気は無いが。
「えっと、えっと。私は向こうに行きたくてぇ、だからその」
「王国に行きたいのであれば私と共に来れば良いのです。安全にお送りしますよ?」
「で、でも。それじゃ......」
混乱した頭で、アリアはリリアノを見た。
裏切れない、そんな固い意志が彼女に見えた気がした。
「ちょっと待った」
アリアとハニアの間に、ウェンがこじ開けて入る。
手は離れ、二人の間には少しの距離が空いた。
開放されたアリアは後退し、再びウェンと向き合ったハニアは敵意をその瞳に込め、彼を睨む。
「......何? 邪魔する気なら」
二人は一色触発、まるで破裂寸前の炸裂弾のような雰囲気を放つ。
「俺達、王国へ用があるんだ。通してくれないか?」
ウェンの言葉を聞くと、ハニアは一瞬だけ止まり、鼻で笑った。
「さっきの話を聞いていなかった? 此処は通れない、その子以外は」
「アンタが許可すればいいんだろ? 騎士様よ、俺達はこの子の仲間だ。通る理屈はある筈だ」
「いいや、無い。通さないと言ったら通さない。喩え誰であっても」
「......そうか、なら」
ウェンは座り込んでいたアリアの手を取り、無理矢理立ち上げる。
「アリアは渡せない。コイツは俺の仲間だ」
真っ直ぐに、王国騎士の目を見て言った。
その目に迷いは無く、正真正銘嘘偽り無い言葉だった。




