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理不尽な検問

 帝国と王国それは遥か昔からいがみ合っていた隣国。

 絶対王政で完全軍事国家、弱肉強食を絵に書いた厳しい帝国と、民主主義で民の事を一に想う王国。


 帝国が黒なら王国は白。それが民衆の共通認識になっている。


 両国は相容れない仲であり、宿敵のような、憎むべき相手であった。


 早い話を言うと、両国とも互いを滅びろと思い続けており、内乱で帝国が滅亡したのを王国側は笑いが止まらなかっただろう。


 実際、帝国の内乱には王国の手助けがあったのではないかと示唆されているが、真意は定かではない。


「わぁぁぁぁぁ! スゴイスゴイ! でけー!」


 現在、国境となっている大運河を横切っている。

 アリアは初めて見る光景に荷台から身を乗り出して叫んでいる。


 ウェンは『うるさい』だの『落ちるからやめろ』だのを七回言ったのだが、聞く様子が全く無く、ある意味見捨ててしまっている。


 だが、はしゃいでいるのはアリアだけではない。

 森生まれ部屋育ちのリリアノにとっても、この河は目を見張るのには充分で、アリア程積極的にでは無いが、荷台から顔を出して眺めている。


「この先の大橋を渡れば王国領、やっと鬱陶しい盗賊共とお別れ出来るってワケだ」


「あー、まぁ嬉しいことだね。うん」


「まぁな。平和が一番だ」


「うぇっ!?」


「......何だよ」


「......戦うの好きなんだと思ってた」


「そんな訳あるか。やられるからやる、それだけの話。そもそも俺は自分から吹っ掛けるマネはしねぇよ」


 やる方が悪いに決まっている。

 それは大部分の共通意見ではあるが、それならやられる方は正しいのか。


 それも違うだろう。虐げられるだけの弱者は、下を向いて耐えているだけでしかない。耐える事は、正しい事ではない。


 ウェストの街人らのように、幅を利かせる相手に良いように扱われ、まるでサッカーボールのように蹴られるだけ。


 彼はそれが嫌いだった。


「いやぁ、ははは。......とてもそうは見えないなー、なんて」


「降りたら覚えとけよお前......」


 平和なやりとりを繰り返し、河のずっと先に国境となっている石橋が見えた。


「そう言えば、あの橋って昔神様が作ったって話知ってる?」


「あったなそんな話。昔本で読んだ」


 人間に伝わる言い伝えのようなものがあり、遥か昔の神話時代に天を貫く体躯の巨人が、河に入って橋を創造したと言う逸話がある。


 帝国兵時代に本で読み、一応知識はあるようで、ウェンは懐かしみながら言う。


 一方リリアノはそんな話見た事も聞いた事も無いらしく、きょとん顔アリアを見た。


「本当なのかな?」


 アリアの純粋な疑問に、ウェンは鼻で笑った。


「な、わけねぇだろ。眉唾物だ。実際の巨人だってあの河に入れる程でかくねぇよ」


「やっぱ現実的な事言うなぁ。ねぇリリアノちゃん、夢は大きいほうがいいよね、ね?」


 アリアはウェンに話題を振っても無駄だと悟り、神話に興味を示したリリアノへ矢印を向けた。


 リリアノは何度も強く頷き、アリアへ神話の続きをせがむ。

 あまり欲を見せないリリアノが積極的に迫り、その貪欲さにたじろいでいる。


 魔法の知識はかなりのものだが、彼女も神話にはそこまで詳しくないみたいで、取り繕うようにつらつらと述べる。


「ええーっと、そこで水の巫女さんが白い竜に交渉して......み、皆殺しに」


「物騒な話だなおい」


 あまりに本編から脱線したアリア特製神話の途中で、ウェンは痺れを切らして食い気味に止める。


「白い竜は王国の象徴だ、そんな真似してねぇよ。国の名前にもなってる初代国王マルクスが竜と契約して今の王国が誕生した......ってこれじゃ歴史だな」


 完全に神話とは別方向の話題になってしまった。

 ウェンはどうにか話を戻そうと考えた。


「あぁそうだ。その時の竜が争いを諌める為に怒りの雨を降らせ、この河が流れたって話もあったな、これは神話の類だけど......」


 もしかしたら、歴史に尾鰭がついて神話に昇華しているのかも知れない。

 その逆も然り。神聖な王国の名前を広める為に神話に乗っかり、作り話を広めたのかも知れない。


 卵が先か、鶏が先か。

 若干のミステリーに旨が躍るが、それこそ管轄外。


 背中で静かに耳を傾ける二人へ、ウェンは反応を見るべく振り向いてみる。


 リリアノは尊敬の眼差しで、アリアは青い顔で頭を抱えて口を開けている。


「この私が、知識で負けるなんて......こんな脳まで筋肉で出来てそうな奴に......」


「お前降りたら裸にひん剥いてから埋めてやる」


 アリアの中では勝負事になっていたのかもしれない。

 彼女は知識量でウェンに負ける事など微塵も思っていなかった。


 寧ろ、知識に関しては内心若干見下していたのだが、思わぬ敗北に心の底から落ち込む。


「......ふっ。今回は私の負けでいいよ。意外と頭が良かったみたいだね」


「全く嬉しくねぇな」


「本当に意外。そんなに王国の事に詳しいなんて、もしかして元々王国の人だったの? まさか騎士だったとか? 無いと思うけど」


「あー、まぁ色々あったのさ」


 「俺は元帝国兵だ」そんな事は言うべきではない。

 そんな物、普通はなんの自慢にもなりはしない。

 人によっては恐怖心を煽り、憎んでいる者すらいる。


 彼女がどうかは分からないが、他人の事など信用出来るものでは無い。

 少なくともウェンは、未だアリアに対して深い信用は無かった。


 アリアは時々鋭い時があるが、基本的には察しの良い方では無い。


 そして、有耶無耶にした過去を掘り返すほど失礼な輩じゃない。


 「ふーん」と素っ気なく答えると、アリアはいつものようにリリアノへ話し掛ける。


「うおっ、何だありゃ!」


 ウェンがらしくない声を上げた。


 橋が徐々に近付き、その大きさを主張し始めた頃、その周りに集まる馬車や人、何かの順番待ちをしているかのように其処に居る。


 彼の声に荷台で話していた二人は会話を中断させ、外を見た。


「うわぁ、これじゃ通れないね......」


 それはまるで交通規制のような、様々な馬が列を成して、自分の順番を今か今かと待っている。


 橋を管理し、我が物顔で馬車に出入りしているのは、白を基調とした小綺麗な服に簡易な防具、背には剣やら槍やらの武器。腰には弓。


 傭兵団の子汚い格好でも、帝国兵の黒や灰色の防具では無い。


「王国兵か......」


 こちら側はまだ帝国領の筈だが、王国の兵士と見られる者達が検問を行っている。


『何?』


 心配で飛び出したリリアノがしかめ面のウェンに聞く。


「こっちが聞きたい、と言いたいが大体の事情は分かる。多分だが、王国への移民を査閲してるんだろう。帝国には胡散臭い奴が多かったからな」


「でも、あの量は異常だよ。何かもっと他に理由があるんじゃ」


 アリアの言う事も最もだ。

 仮にあれが商人であれば、もっと早く動いていてもおかしくはない。


 不況や危険を避ける為の貧乏移民が、荷台付きの馬車を持っているとは思えない。

 馬の持ち主らはそこそこの金持ちか、ウェンと同じ営みをしている者か。


「とにかく、此処を通れなきゃ話にならねぇよ。事情を聞いてくる。ちょっと待ってろ」


 最後尾に馬車を着け、後ろの二人に合図すると馬を降りた。

 そして、一人の苛立った太った中年男に狙いを定めると、一直線に歩を進めた。


 その男の肩に手を置き、「なぁ」と話し掛ける。


「うおっ。何だアンタ」


「いきなり悪いな。俺は運び屋のウェン。この橋、今どうなってんだ?」


 前方で繰り広げられている無益な遣り取りを危惧して、ウェンはこの上なくストレートに聞いた。


 正直な話、彼は商人と言う人種が苦手で、嫌いだ。

 理由を上げればキリが無い。金に汚く、がめつく、商売敵でもあり、直ぐに足元を見て、その上情の欠片も無い。


 しかし、背に腹は変えられぬと決断した。


 突然自分より大きく、威圧感のある男に話し掛けられ、男は混乱していた。


 が、すぐに我を取り戻し、


「どうも。俺はルーカス、商人だ。王国へ向かう途中なんだが......あれが厄介でな」


「あれ? 検問の事か? なら待ってりゃ通れるんじゃ......」


 一組の商人が馬車を差し出し、王国側の査閲が始まろうとしている。


「実はそうは行かねぇんだ。今王国兵共が査閲してんだろ? 奴等、なんかに難癖付けて、三日の間に人っ子一人通してねぇ」


「三日......そりゃねぇぜ」


 ウェンはトレイルに出発を遅らされた事を思い出し、丹念に準備した事を密かに喜んだ。


 仮に、もっと早く出発していたなら、此処で三日近くの間野宿だった訳で。


 しかし、未だ橋が開通する兆しは見えない。

 それどころか、待っている商人の列は数を増やし続け、運び屋一行は顔を顰めた。


 他にもこの大運河を架ける橋はあるが、似たような状況だろう。


「......にしても、何でこんなに厳戒態勢なんだよ。帝国兵の残党でも流れ込んだか?」


「帝国兵では無いが、質の悪い連中が王国領土内へ不法侵入したって噂はあるぜ」


「噂?」


「あぁ。何でも、死体が人を襲うんだと」


「死体......」


 彼は思い出していた。この旅先で犯人にまで間違われ巻き込まれた、盗まれた死体。二人の言っていた動く白骨。


 自分らの旅先に先回りするように、偶然か、王国へ向かっていた。


「まぁあくまで噂に過ぎねぇ。そんなホラ話は信じてねぇよ。俺が信じるのはコレだけよ」


 ルーカスは大事そうに抱えた皮袋からジャラジャラと金属音を響かせる。

 商人と言うのはいつもこれだ、帝国の内乱の時も、武器や物資を売って大儲けの事だけを考えていた。


 無理もないだろう。争いは経済を発展させる。現に様々な戦争の道具が形を変え、日常生活に利用されている。


 商人にとっては、戦争などは商売チャンスの一つに過ぎないのだろう。


「それに、俺には管轄外だ。金勘定は得意だが、そっち系はなぁ」


「そっち系?」


「魔法、だよ。当たり前だろ、そんな事が出来るとしたら、『選ばれた人間』だけに使える魔法って訳だ」


 ウェンの脳裏にアホ面した橙色の髪色の少女が浮かぶ。今はリリアノ相手に馬車で元気に空回っている頃だろう。


 ウェンは、あれが『選ばれた人間』とは信じたくはない、と頭に浮かんだ考えを消す。


「つまり、国のどっかに術者がいるから入国規制か。人間が増えて見付けづらくなるのは厄介だからな。だが単に弾くだけじゃ軋轢を生む。だから難癖つけか」


「そんな所だろうと睨んでる。現にほら、今の奴も入国拒否だとよ」


 一組の査閲が終わり、王国兵が首を振っているのが分かる。

 その目の前で、商人と見られる男は講義しているが、受け入れられそうにない。


 奴等も理由が欲しいのだ、難癖でも何でもいい、要は国に足を踏み入れさせない理由作り。


 そして、これだけ商人が群がっているのは内乱が終わり、商売の場を隣国へ移したがる者がいるから。


 帝国が滅亡した今、経済はあってないものであり、それこそマルクス王国が帝国を食って建て直さなければ商売どころでは無いだろう。


 むしろ、端々の街が成り立っているのが不思議なくらいである。


 そして、情報収集も佳境に差し掛かり、ウェンは商人でもお喋りな『良い人が』居るものだ、とほんの少しの感心を抱いた。


「ありがとよ、良い事聞けたよ」


 必要な事は全て聞いた、と判断して自分の馬車に戻ろうと離れる。


「あっ、おい待て!」


 ルーカスの声で、足が止まり、ウェンは怪訝な顔をしながら振り向いた。


「情報料! 銅貨三枚でいいぜ!」


 にこやかな醜い顔に、ウェンは懐から取り出した銅貨を、全力で相手の顔面に叩き付けた。

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