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火蓋

 目覚めたリリアノを連れ、奪われていた馬車へ向かっていた。


 傭兵団が街人らに指示し、街の中核辺りに存在する馬小屋に押し込んでいた。


 奪われる可能性はあっても、殺される可能性はゼロに等しかっただろう。

 限りある資源、特に貴重な馬を殺す事は、傭兵団にとってもプラスには働かない。


 場所を聞き出せば、逃げるのではないか疑われる所ではあるが、「闘いの為に必要な物資を取りに行く」と嘯けば、簡単に教えてくれた。


 最早縋るしか出来ない人々は、希望を失うまいと奮闘する。

 ウェンの機嫌を損ねれば、それでも街は終わってしまうのだ。


 ある意味、支配していた者がすり変わっているような、そんな感覚。


「それで、いつまでこの街にいるの?」


 事の顛末を告げると、アリアはこれ以上無い程分かり易く苦い顔をする。


「俺とリリアノはもう出るぞ、お前はどうするんだ?」


「え、一緒に行くよ? ......もしかしてさっきの本気?」


 アリアは「そんなまさかー」と笑いながら飛ばすが、顔は至って真面目に見える。


「......まぁ、盾には使えるか」


 展開を一緒に聞いていたリリアノは未だ理解が及ばないようで、首を傾げる。


 彼女の中では、『協力する』と言ってしまったのに、『街を出る』と言っている矛盾が合点いっていない。


「リリアノ、言いたい事は分かる。約束を破る事を良く思ってないんだろう」


 リリアノは頷く。


「だが、最初に約束を破ったのは向こうだ。こっちに約束を守ってやる義理は既に無い」


 内心は、「殺されなかっただけでもありがたく思え」と考えているが、二人の前ではあまり言いたくない言葉。


「じゃあ、このまま街を突破するって事?」


「そうなるな。今奴らは傭兵団の残党と戦う準備をしている。戦いが始まったならその騒ぎに乗じて逃げる」


「なんか夜逃げみたいだね......」


「聞こえ悪いな......間違ってはいないけど」


 それにしても、不気味ではある。

 頭が倒れたとは言え、荒くれ者の傭兵団がこうも大人しくなるだろうか。


「杞憂だといいが......」


 ウェンの呟きは、誰にも届かなかった。


「他に何か作戦はあるの? 突破って言っても、すんなりは無理でしょ」


 アリアの言葉に、ウェンは驚きを隠せなかった。


 確かに、彼女の言う通り今の状況では仮に強行突破しようものなら傭兵団と裏切りを知った民衆とで挟み撃ちになる。


 そんな格好の的になる事は、絶対に避けたい。


「おぉ、お前でも頭使えるんだな。飾りかと思ってた」


「......はぁーっ!? これでも私、頭良い方だよ?」


「何を根拠に......今までお前の頭悪い所しか見てねぇよ」


「ぐぅ......!」


 二人を遣り取りを見ていて、突然リリアノが背中を向いて蹲った。


 当然、何事かと思った二人は喧嘩を中断し、リリアノの元へ駆け寄った。


 どうした、と声を掛ける。

 リリアノは背中を震わせ、堪えながら振り向いた。


 リリアノは笑っていた。

 らしくないと必死に耐えながらも、飽和した分が我慢を貫いて出ている。


 笑顔だ、ウェンは微かな嬉しさを感じた。


「リリアノちゃん、笑ったらとっても可愛い! 元々美人さんだけど、笑顔の方がずっといいよ!」


 惚けた顔で、アリアは怒りを忘れてリリアノにはしゃいで話す。


 この変わりようにはウェンも若干引いている。

 だが、確かにリリアノの笑顔は貴重で、美しかった。


 自分では引き出せない感情を出させたアリアに、ウェンは軽い嫉妬心すら覚えた。

 しかし、それ以上に喜びもあった。


 会って間も無いが、二人は、と言うよりアリアは彼女と話をするのを心の底から楽しんでいる。


 --これが『友達』と言うものなのか。


 彼はここで初めて、アリアを引き入れて良かったと心の底から思った。


「......お前は、リリアノの事を大事に思ってくれるんだな」


 照れるリリアノとべた褒めするアリア。

 その二人を見て、困窮する状況だと言うのに、この空間だけは暖かかった。


 優しい顔で微笑むウェンに、アリアは満面の笑顔で、


「そりゃそうだよ、リリアノちゃんは私の妹みたいなものだからね!」


「......は?」


----


「作戦なんかもうねぇよ」


 と、アリアの問いにようやっと答えると、彼女は「じゃあ突撃するだけ? 信じられない」と悪態をついた。


 実際は考えこそ存在しているが、それを作戦と大々的に呼べる代物なのかは不明。


 そもそも、ウェンは戦術はまだしも、戦略を立てる事は苦手としている。


 管轄外だ、と言ってしまえばそうであるのだが、その一言で片付けてしまうのは怠惰とも言えるだろう。


「まぁ任せとけ。そうビクビクするな。ビビったら負けだぞ」


 最後、二人にそう言い残し、馬小屋を後にした。

 悪臭漂う場所に少女二人を放置するのは心痛いものだが、致し方ない。


 しかし、これから起きるであろう鮮血のドラマには、二人の存在はあまりにも不格好だ。


 さっきの場所まで戻って来た。

 まるで昔からの仲間の如く迎える街人達。


 店の前にある大通りに列を成し、ある者は剣を持ち、ある者は農耕用の斧や鎌など武器になりそうな獲物を手に持っている。


 どうやら、戦えそうな男を集め、女子供は隠したようだ。


「準備は終わったか? 奴等は街の奥に固まっているみたいだ。叩くなら......」


「あぁ、分かってるさ。この機は逃さない」


 烏合の衆の前に立ち、ウェンはこう言い放った。


「アイツらは調子に乗り過ぎた......俺達は虐げられるだけの弱者じゃない事を教えてやる。なぁ?」


 「そうだ」「やってやる」と所々から声が上がる。


 闘志に滾る街人を見て、ウェンは心中ほくそ笑んだ。


「平和を脅かしたクズ共を、共にこの街から追い出すぞ!」


 「おぉ!」と武器を掲げた。


「これから残党を叩く。一人たりとも残す気は無い。全員で街に潜む敵を討つ。いいな?」


 指揮するウェンの一声で群衆は奮起し、狩られるだけのか弱い街人から反逆する。


 決起した彼らによる怒号を開始の合図とし、武器を持って街へ繰り出す。


 街の運命を賭けた戦いが、今始まった。

 未来に希望を得る為、闘いの空気に陶酔する。


 --其処に独り嗤う、傭兵団なぞ可愛く見える悪人を除いては。

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