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非情な決断

 森を降りる時、数人の街人に会い、彼らが拠点にしているザビの家に向かった。


 ザビは商人で、街の人間の中では広い家を持っているが、店中に商品は殆ど並んでいない。


 恐らく、傭兵団に盗られたのだろう。


「ねぇ、それ......」


 建物内に入り、安心出来る環境が整ったところで、アリアはリリアノを背負うウェンに恐る恐る問い掛けた。


 深々と裂けていた傷に、血は止まって固まり、痛々しさを増加させている。


「大丈夫。この程度ならほっといても......」


「ダメッ!」


 思わぬ剣幕にウェンは珍しく怯んだ。

 憤怒しているアリアの顔を見ると、まるで自分の事のように心配しているのが分かる。


「ちゃんとしないと、治らないよ」


「いや、俺は......」


 ウェンはそれでも、何た言いたげにアリアの言葉を断ろうとする。

 が、意思の硬そうな彼女の膨れっ面を見て諦めた。


「......じゃあ頼む」


「うん!」


 応急処置に必要な物を取りに行くアリア。

 その間に、リリアノを敷いた布団に寝かす。


「その子は、エルフだったのか」


 腕を組んで二人の遣り取りを見ていたザビは、適当な椅子に座り、リリアノを見た。


「あぁ。理由あってウチで働いてる」


「奴らに捕まってたらと思うと、考えたくねぇな」


「......それをさせない為に俺がいる」


 リリアノの顔を覗き込む。

 精巧な人形のように美しく、絹のように綺麗な髪。人間とは比べ物にならない。


「......間に合って良かった」


「ほんとほんと。もう少しで危なかったよ......」


「居たのかお前......」


 安堵の呟きを聞かれ、若干の恥ずかしさを感じた。


 汲んできた水と、処置する為の道具を引っ提げて適当な場所に並べている。


「俺はやる事がある。用が済んだなら、アンタらが泊まっていた宿屋に来い」


 ザビは出入口から出て行った。


「さー、座って。パパッと終わらせるから」


「はいはい」


 ウェンはなるべく丈夫そうな椅子を選び、アリアの前に座った。


「えー、先ずは水で濡らした布で血を拭きます」


「口に出さなくていいからとっととやれ」


「む......」


 高いテンションに面倒くささを感じ、ウェンはアリアに苦言を投げた。


 アリアは不機嫌を顔に貼り付け、ウェンの傷周りを乱暴に拭く。


「あんな事、出来るんだね」


「あんな事?」


 アリアの言葉に考えを巡らせる。

 何の事だ、と恍けるつもりは無いが、心当たりが多くて当たりをつけられない。


「ほら、その、抱き締めてた、じゃん?」


 アリアの手が止まった。

 恥ずかしそうに目を逸らし、目線をあちらこちらに配る。


 恐らく、意外とでも言いたいのだろう。

 普段のアリアに対するウェンは横暴で乱暴で口が悪い。


 見た目も優男とは離れており、粗暴で近寄り難い。


 そんな男が見せた優しい一面。それを意外性という。


「あれは、ついだな......」


 人は他人の体温を感じると安心するらしい。ウェンはそれを無意識に行った。


 思い返してみると、少しの羞恥を感じた。


 再び手を動かしたアリアは、ウェンの傷を見ると、怪訝な顔をした。


「......あれ? 意外に浅い? と言うかもう治って......?」


 血を拭き取り傷口を見ると、予想外に浅い傷が見える。


 もう殆ど塞がりつつある傷を見て、アリアは首を傾げた。


「......そう言えば、お前魔法使って追っ払えなかったのか?」


 ウェンはまるで話を逸らすように話題を変えた。

 その話は素朴な疑問であり、アリアの程度を知る為の質問でもあった。


「え? だって私、火花しか出せないしー」


 ヘラヘラと笑いながら爆弾を落とすアリアの前で、ウェンの表情は固まった。


 彼の記憶の中では、一流の魔導師は平均して、一兵卒十人以上の戦力を持っている。


 当たり前の話だが、訓練を受けていない彼女に対してそこまでの期待はしていなかった。

 だが、身を守る程度プラスアルファの戦力はあると踏んでいた。


 その、最低限のラインすら満たしていないと理解し、ウェンはひたすら落胆した。


「よし、お前クビ。馬車から降りろ」


「はぁっ!? 何でいきなり!?」


 消毒を終え、包帯を巻こうと背後に回っていたアリアに衝撃の一撃を浴びせる。


 アリアは突然のクビ宣告に動揺し、包帯を落とした。


「魔法使えると思ったら、こりゃ詐欺だぜ」


「はー? 魔法使えるし、と言うか、それが目当てだったの?」


「それ以外何があんだよ」


「そ、それは......」


 包帯を拾い、巻き直すアリアは頬を赤く染めた。

 ウェンにはそれが見えないが。


「わ、私に一目惚れ、とか......?」


「やっぱお前アホだろ」


 「ガキに興味ねぇよ」と吐き捨て、ウェンは後ろを向いた。


「子供じゃないし......」


 意外だった。

 烈火の如く怒ると思いきや、アリアはしょんぼりと消沈している。


 ウェンはアリアから包帯を取ると、かなり雑にだが自身の頭に巻いた。


「一応、感謝はしておく」


 拙いながらもアリアは奮闘していた。

 彼にとって珍しくもある思い遣りに、何処か機嫌が良さそうだ。


「それとな......」


「?」


「あの時、リリアノを守ってくれて、ありがとう」


 背中を向けてぶっきらぼうに、投げ捨てるように言った。


 あの時のアリアの行動が無ければ、あの傭兵はもっと早く二人を攻撃していただろう。


 あの男は否定していたが、確実に意味はあった。


 ウェンは決して態度には出さないが、そんな彼女に対して感謝と尊敬を抱いていた。


「えー? なになにー? もう一回言って?」


 ポカンと口を開けた間抜け面から一転、嬉しさ半分嫌味半分にウェンに催促する。


 ねっとりと小馬鹿にしたような、彼の怒りを積もらせているのをつゆ知らず、アリアは続けた。


「ふふふん、やっぱり私に一目惚れしでっ!?」


 ウェンの拳骨が、アリアの脳天に落ちた。


----


「あの子は大丈夫なのか?」


 指定された宿屋に一人やって来た。

 散らかしたモノは片付けられており、ザビの他に数人、見知った顔が見える。


「気を失ってるだけで、怪我は無い。今は安静にさせてる」


 ザビの対面に座ると、ウェンはテーブルにあった水の入った適当なグラスを持つ。


 一口飲み、喉の乾きを潤すと、グラスを置いた。


「......ドレイクを殺したのか」


「あぁ。これで門は開けてくれるんだろ?」


 やっと終わりだ、と騒動の終わりを予想する。

 が、ザビから出た言葉は予想に反したものであった。


「残念だが、それは出来ない」


「......何だと?」


 聞き間違いかと思う程正反対な言葉が帰って来る。


 無意識の内に眉間に皺を寄せ、目の前に座る男を威嚇していた。


「話し合った末、それは出来ないと結論を出した。済まないが、もう少しだけこの街に居て貰う」


 その言葉を聞いて、肩を竦めた。


「何自分勝手な事言ってやがる。反故にするなら、こっちにも考えがある」


 立ち上がり、椅子を蹴り飛ばす。

 椅子は壁に叩き付けられると、木片に変わり、宿屋の床に散らばった。


 その大音を聞いて、周りの仲間達は臨戦態勢でウェンを囲む。


「人数が居れば勝てると思ってるのか......?」


 武器を持つ街人達を順番に見て、剣に手を掛けると、睨まれた男達は冷や汗を流し、或いは青ざめ、固まった。


 当たり前の話だ。

 誰もかなわず、見過ごす事しか出来なかったドレイクを倒し、街人が手を付けられなかった傭兵団を、目の前のたった一人の男は壊滅寸前に追い込んでいる。


 まるで、人の形をした魔物のような、畏怖すべき存在であると。


「待ってくれ、争う気は無い! ......話を、聞いてくれ」


 ザビの振り絞るような声に、ウェンは顔色一つ変えない。


「話してみろ。喋れる内にな」


 情け容赦など微塵も見えない。

 剣を抜き、ザビの喉元に突き付けた。


「っ、ドレイクが率いていた部隊は、エルガルド傭兵団の一つに過ぎない。つまり、ドレイクをやっちまったら他の奴等が報復にやってくる可能性があるって事だ」


「ほーう。それで?」


「だから、アンタにこの街を守ってもらいたい。守りを固めて、戦闘を教えてくれ!」


「はははっ、断る」


「っ......報酬は出す。待遇だって」


「黙れ。この街がどうなろうと俺に関係無ぇ。滅びるなら勝手に滅びろ」


 元より、利害の一致のみで共闘していた。


 仲間意識なんてものは、彼にはこれっぽっちも無い。


 剣を喉から離し、脅しの為に目の前のテーブルを一刀両断した。


 唾を飲む音が聞こえ、周りの人間はウェンに投げていた暴言に近い言葉を引っ込めた。


「頼む、この通りだ......!」


 静寂を切り裂く一声。


 ザビは恥も外聞も無く、頭を床に擦り付けて頼み込んだ。


 今日行ったウェンの行動は、街人らの信頼を集め、希望となってしまった。


 それを逃すまいと、街人が躍起になるのも分かる。


「このままじゃこの街は......俺達の故郷を......助けてくれ......」


「そうだ、この通りだ」

「俺達の街を助けてくれ!」

「報酬だって幾らでも払う! だから......」


 街人達は口々に説得の言葉を投げる。

 惨めで、自分勝手で、恥も外聞もありはしない。


 それでも護りたい物がある。

 そんな意志を感じる。


「......はぁ」


 ウェンの溜息が部屋に木霊した。


「負けたよ......」


 ウェンの絞り出した声が街人らの耳に届いた。


「取り敢えずは残党刈りとでも行くか。その代わり、お前らも戦え。俺一人じゃ手に余る」


「あ、あぁ! ありがとう! 街のみんなに伝えて来るよ!」


 ザビはウェンに最大限の感謝を送り、縋るように握手した。


 一人は情報を共有しに部屋を出、他の仲間達は安心して顔が緩んでいる。


 希望が見えてきた、そう言わんばかりに雰囲気が軽くなるのを感じる。


 街人はやる気に満ち溢れ、未来を渇望して思い思いを呟く。


 その部屋の誰も気付いていなかった。

 笑顔で握手している彼の、ウェンの目は、心の底からは笑っていなかった事を。

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