表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/53

箱庭の兵士

 撹乱しようとも、漏れはする。

 ウェンは森へ行くまでに数組の敵と会い、交戦した。


 流石に全ての敵を無傷で倒せるわけもなく、顔や身体に浅いながらも生傷が見える。


 それでも疲れを見せないのは、帝国兵時代に鍛え上げられたお陰か。


 垂れる血を拭い、地面を蹴る。


 森まで走り、入口と思われる場所へ立つ。

 馬を止める場所があり、井戸があり、ご丁寧に『関係者以外立ち入り禁止』の看板まで用意されている。


 森とは言っても、広大なモノではなく、ノースにも存在していた裏山程度の広さである。


 これなら二人を見付けるのに、さほど時間は掛からないだろう。


 森への第一歩を踏み出す。


「っ!?」


 ただ、悪寒がした。


 細かな空気の変化か、歴戦の第六感かは不明だが、体の芯から湧き出た警笛に反応し、思わず仰け反った。


 髪の毛を数本切断し、轟音と共に立ち並ぶ木の幹へ突き刺さった投げ斧。


「良い反応するじゃねぇかァ。今ので脳天かち割ってやるつもりだったのによお!」


 ドスドスと地鳴りのような足音で、忘れもしない強面とヴァイキングのように強靭な体躯。


「......ドレイク」


 ウェンは呟いた。


「あー? テメェに名乗った覚えはねぇが......まぁいい。仲間の敵、取らせてもらうぜ」


 まさかのまさか。

 最終目的にしていた標的が、重い腰を上げてウェンの前に姿を現した。


 両手には手斧を構えており、街人が扱うには些か大きめの斧が、ドレイクの巨体で小さく見える。


 背中には巨大な戦斧。手入れが行き届いておらず、刃には黒くなった血糊が見える。


「お前は生きたまま手足バラバラにして、馬で引き摺ってから街中で晒してやる」


「酒が抜けてねぇのか......人生最期の酒は美味かったか? 心臓を一突きにしてやる」


「言ってろクソ野郎ッ!」


 開始のゴングを鳴らすように、ドレイクは両手の手斧を投げる。

 剛腕で投擲された斧は回転しつつも高速でウェンに向かう。


 それを最小限の動きで避けると、投擲と同時に走り出していたドレイクと向き合う。


「ぅラァッ!」


 これが本命か、背中の戦斧を、力任せに横に振り切る。


 仮に剣で受けようものなら剣ごと身体が真っ二つ。

 超重量武器の特性である遠心力と、本人の腕力が合わさって、空気ごと切り裂く。


 その攻撃範囲に、前も背後も右も左もにも逃げ場は無い。


 ウェンは一瞬の判断で地面へ伏せ、頭上の一閃を躱す。


 鎌鼬でも起きそうな風切り音に肝を冷やす。


「甘ぇんだよ!」


 ウェンは信じられない、と言った様子。

 戦斧を振り切った後、バランスを崩すこと無く下方にいるウェンへ蹴りを繰り出した。


 咄嗟に剣を盾にし、直撃を免れる。

 剣の鍔に当たった蹴りで、体格で負けるウェンの体は宙を舞い、背後の木へ叩き付けられる。


 木を背にして項垂れたウェンの額には大きな切り傷が出来、派手に血が垂れる。


「ハッハー! どうだァ!」


「......中々やるじゃねぇか、ちょっと本腰入れてやるか」


「何強がり言ってやが......」


 目に掛かる血だけを袖で拭き取り、一息吐いた。

 そして、邪魔だと言わんばかりに手甲を取り、ドレイクに投げる。


「おっと。はははっ、フラフラじゃねぇか。諦めた方が楽だぜ」


 ドレイクは何の事は無い、と飛んで来ただけの手甲を弾く。


 ウェンは剣を構えようとするが、左腕を見て顔を顰め、右腕だけで剣を持つ。


「はっ、腕がイカれたか。あー、早く死んでくれねぇかなぁ。こっちはお前をバラした後、女二人を犯して奴隷商人に売り飛ばす仕事が残ってんだ」


 下品な笑いが山に木霊す。


「やっぱテメェら只の盗賊だな。傭兵なんて聞こえの良い事言いやがって」


「はっ、世の中強い奴が支配するもんだ。帝国がそうだったようにな。だから、元帝国兵であるこの俺が、この街を支配する」


「......帝国が強いなんざ、周りの意見さ。内部を見りゃ、反乱は秒読みだった」


 スーッと息を吸い込むと、ウェンは確信したような顔をした。


「お前は帝国兵じゃない。名前を利用しているだけの小物さ。本物の帝国兵なら、対峙しただけで分かる」


「ッー! 言ってろ雑魚がッ!」


 動いたのはウェン。

 猪突猛進にドレイクへ突っ込む。


 返り討ちにせんとドレイクは戦斧を再び構え、今度こそ息の根を止めようと駆動する。


 滑り止めの巻かれた戦斧を握り、振り切ろうと力を込める。


 ドレイクの目に飛び込んできたのは、回転しながら迫る手投げ斧。


 ウェンの左手から放たれた斧は、ドレイクの体目掛けて直線を描く。


「いつの、間に......!」


 自分の投げた武器が利用され、刹那に思考を張り巡らせる。


 ウェンが手甲を投げた時、あの時だと確信し、頭に血が上る。

 手甲を投げたのは注意を逸らす為。苦しそう左腕を気にしたのは、残す右腕に引きつける為。


 全て、計算の上に成り立っていた。


「うぉぉぉぉ!」


 全く同じだ、先程のドレイクと。

 投げ斧に注意を向かせ、自分は突進する。


 このままでは直撃。


 ドレイクの取った方法は、予想の斜め上を行った。


 投げ斧が、ドレイクの鎧の如く重厚な身体に突き刺さり、骨まで届いて止まる。


「だ、から......どうしたァ!」


 深々と突き刺さった斧を見ても尚、怯まない。

 垣間の遅れと共に、戦斧を動かした。


 眼前まで迫ったウェンの身体を真っ二つにせんと、殺意を込めて。


 動作に入った時、ドレイクの両目は視界の大部分を失った。


 剣の攻撃範囲ではない、では何だ、と驚くのも、後回しにして、そのまま戦斧を薙ぎ払う。


 骨が砕け、肉を断つ音、彼にとって聞き慣れた快音は、嘘のように聞こえなかった。


 遅れて理解した。

 目を覆うものは、赤く、少々のぬめりけを帯びた液体は、血液。


 ウェンは額から溢れ出す自身の血液を目潰しとして使い、ドレイクの不意を突いた。


「消え、た......?」


 それはまるで幻影のように、ドレイクの目の前から姿を消していた。


 微かに見える視界で、さっきと同じく下に避けたと予想し、見るが、影形無い。


「その攻撃じゃ、手足バラバラに出来ねぇだろうが」


「うしっ......!」


 がら空きになった背中から、ドレイクの身体を剣が貫通した。


「俺は宣言通り、『心臓を一突き』だ」


 超重量武器の弱点である、初動の遅さ。

 それが決定的な分け目となった。


 ウェンが剣を引き抜くと、蛇口を捻ったように血が吹き出し、ドレイクは二、三歩前に進むと、うつむけに倒れた。


 血で汚れた剣を一振し、血を落とす。


 ドレイクの身体からは止めどなく血液が流れ出しており、仮に手当をしようと無意味な事が素人目でも理解出来る。


「飛ん、で、躱すとは......化物か......」


「まだ生きてんのか、デカイだけあって流石にしぶとい」


 ドレイクは光が失われつつある目でウェンを見上げると、驚きに顔を歪めた。


「帝国、兵......」


 見たのは剣。知らぬ者は居ない帝国の紋章が入ったウェンの愛剣。


「本物には、勝ち目なんか......無かったって訳か......」


 口を開く度に血反吐を吐いて、顔色は青白く、生気を失って行く。


「に、しても、強、過ぎる......そうか、お前は......」


 何かを確信したドレイクは最後の力を振り絞り、ウェンを見上げた。


 死に体のドレイクを見下すウェンの顔は、抜け落ちたかのように感情を感じられず、まるで機械のように冷たい。


 戦いの最中だけ目覚める、冷徹無比な帝国兵の姿が、そこに在った。


「箱庭の兵士......単なる噂だと、思って、いた......が......」


 恨めしそうに最期の言葉を吐く。


 死んだ。

 自らの体から吹き出した血の湖に沈み、目を開いたままに絶命した。


 戦いは終わった。

 無残に、無情に、悲惨に、勝者と敗者をくっきり分けて。


「その呼び方、久し振りに聞いたな......」


 『箱庭の兵士』。そう銘打たれたウェンは虚空を見詰め、何かを思い出す素振りをした。


「......俺にとっては、悪夢でしかなかった」


 力の象徴である帝国を、騙っていたとは言え得意気に話していたドレイク。


 彼が帝国兵ではないと言うのは、ウェンは最初から分かっていた。


 帝国で育った兵士なら、嬉々として語る筈は無いからだ。


 怪我をした額の血は止まり、固まっていた。

 ウェンは二人の事を考え、ドレイクの死体を後にして森への道を急いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ