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異変

 それは虫の知らせに感じた。


 珍しく熟睡した後の朝、ウェンは目を覚ました。


 閉め切られた部屋で、今の時間は分からないが、寝過ごした事は確かである。


 頭には寝起きの靄が掛かり、空腹は容赦なく訪れる。


「......て......!」


 確かに聞こえた、そして、壁を叩く微かな音。

 隣の部屋にはリリアノとアリアが居た筈だ。


 ウェンの目が切り替わったかのように光を取り戻す。

 これでも訓練された元兵士であり、覚醒までの速度は常人のそれと比べ物にならない。


 床に置いた剣を持ち、部屋の出入口である木扉を蹴り開ける。


 轟音と共に扉は吹き飛び、ひしゃげながら宙を舞って、吹き抜けを落ち、一階に叩き付けられた。


 飛び出した身体は二人の居た部屋の方を向いており、手には帝国製の剣が握られている。


 殺意の眼差しで捉えた光景は、ウェンの怒りを買うに間違いない事柄であった。


 軽装だが防具を纏った男が四人、昨日酒場で見た顔も居る。

 一人はアリアの胸倉を掴んで持ち上げており、一人はリリアノの髪を力一杯握って離さない。


「なん」


 第一歩でリリアノの髪を掴む男の腕目掛けて振り下ろす。

 一撃は皮膚を裂き、肉を断ち、骨を砕いて切断した。

 鮮血と悲鳴が同時に噴出する。

 あまりの出来事に敵は一瞬止まり、遅れて臨戦態勢に入る。


 その一瞬を見逃さない。


 もう一閃を、アリアに対していた男の喉元を切り裂く。

 喉を深く切り裂かれた男は、瞳孔を開かせ後ろに倒れる。


 男の手からアリアが滑り落ち、尻餅をついてへたり込む。

 アリアは青い顔で掴まれていた喉元を抑えて咳をし、


「あぶ、ないなぁ......! ごほっ。当たったら、どう、するのさ......!」


「そんだけ無駄口叩ければ充分だ。リリアノ連れてとっとと逃げて隠れてろ」


 突如繰り広げられた凄惨な現場に、遺る二人は一歩引く。

 この期を逃すかと二人の間、敵の前に立ちはだかる。


「うん、分かった!」


 「決断早いな」と心中突っ込みを入れるが、この場合はありがたい。

 未だ苦しそうなアリアは空元気振り絞り、リリアノの手を取って階段へ走る。


「くそ、逃がすか!」


 残す二人は痩せ型の男と小太りの男。内一人が追い掛けようと踏み出す。が、


 目の前には怒りの形相萎えさせないウェン。

 先程の動きを見て、彼が只者では無い事は知られている。


 警戒の二人は剣を抜き、ウェンに相対した。


「オイ、仲間逃がしてよかったのか? 圧倒的不利だぜテメェ」


 激痛に未だ蹲る一人は戦闘不能。

 喉を裂かれた一人は血の泡を口から出して絶命している。


 二対一の盤面に、二人の内痩せ型の男は剣を構えてニヤリと笑う。


「仲間二人? ......そうだな、仲間と言えばそうかもしれねぇが、それは違う」


 確かに、ウェンの状況だけを見れば数の利は失われている。

 だが、彼の表情に曇は無かった。むしろ、


「......足手纏いがいなくなったって言うんだよ」


 傭兵のにやけ面など可愛く思える邪悪な笑顔を、隠すこと無く見せた。


 先に動いたのは相手側、ウェンの剣へ最大限の注意を払い、仕掛ける。


 一歩を踏み出そうとした時、男は顔面への衝撃に驚愕し、『何か黒い物体』によって視界を遮られる。


「なんっ......!?」


 ウェンは剣を動かしていない、動かしていたのは、足。


 驚くべき事に、切り落とした手首を蹴り、敵の顔面へ的中させた。

 生まれた隙を逃すまいと、剣を振り翳す。


「させるかァ!」


 片割れが攻撃を仕掛けたウェンへ剣を振る。


「......あぁ」


 知っていた、と言わんばかりに一言。

 攻撃はウェンへ届かなかった。代わりに全力の回し蹴りが男の腹に突き刺さり、小太り男を吹き飛ばした。


 先程、ウェンが蹴り破った扉のように一階へ落ち、広場のテーブルを一つ破壊する。


「やっべ......」


 ウェンの一言は美品を破壊した事では無く、入口のある階へ敵を落としてしまった事にあった。


 状況を冷静に観察出来る余裕を見せながらも、残った一人の攻撃を躱して距離を取る。


「なぁ、どうする? 言ってた数の利も無くなっちまったぜ? さっき蹴ったアイツ、ありゃ暫くは動けねぇ」


「......化け物め」


「仕掛ける相手を間違えたな。お前にはもう俺を殺すか、殺されるかしか道は無い」


 相手は明らかに動揺している。

 自分と相手との差が歴然だと確信したからだ。


 極度の緊張で息も荒い。剣を持つ手が微かに震えて、脂汗が垂れている。


「うああァァァァっっ!」


 刺し違えるつもりか、男は剣を構えて一直線に距離を詰める。

 到底、命を捨てた程度で縮まる距離では無い。


 斬り捨てて終わりだ、ウェンは数秒後の未来を予想して迎撃体制を取る。


 剣を振り抜き、相手の首を飛ばす。

 まるで赤子の手を捻るように簡単な事だ。


「っ!?」


 突如、体の自由が失われなければ。


 ほんの少し前、ウェンが腕を落とした男が、動きを封じる為に這いつくばりながら忍び寄っていた。


 残す腕で腰辺りまでまとわりつく。

 痛みに耐えて息は荒く、血が足りないのだろうか顔は青い。


 迫り来る仇敵。

 敵二人は勝利を垣間見た。


 ほんの、刹那の希望。


「......雑魚でも頭は使えるみたいだな」


 短い、とても短い時間だったが、傭兵二人はウェンの溜息混じりの声をしっかりと聞いた。


 ウェンは慣れた手つきで、素早く手を動かし、何かを投げた。


 ウェンが投げた、鋭利に光る短剣は、迫っていた敵の喉元に突き刺さり、「ぐぇ」と言う呻き声を響かせた。


 何が起こったのか分からないまま、首から夥しい量の血を流し、ヨタヨタと力無く数歩足踏みして、喉を抑えて倒れた。


「そん、な......」


 絶望の声が、眼下から聞こえた。


 ウェンは標準を変え、纏わり付く男を殴打する。

 男は倒れ、残す体力で這って逃げる。


 ウェンは喉元に突き刺さる短剣を回収するべく、一度背中に剣を突き立て、絶命を確認すると短剣を引き抜いた。


 残り一人。

 最後の一人にとっては彼の足音はさぞ恐怖心を煽っただろう。


 短剣の血を拭いながら歩くウェンを振り返りざまに見て、「ひっ」と息を呑む。


「おいテメェ何で俺らを狙う?」


 喉元に剣を突き付けた状態で、既に戦意喪失している男に聞く。


「そ、それは。お前らが、墓荒らしをするから......」


「......何?」


 墓荒らし、昨日も再三に渡って聞いた、食傷気味の単語。


「死体をかっさらってどっか隠したんだろ! 俺達は、防衛の為に......」


 どうやら嘘は吐いていない様子。


「なら何故二人に手を出した? 俺ではなく。何故話し合いが無かった?」


「......部屋にある筈の証拠を見付ける為だ」


「違うな、証拠を『作る』為だろう。仮にも傭兵を生業にしてる連中が、捕まえられませんでした。犯人は分かりません、じゃやって行けねぇもんなぁ?」


 男は首を横に振って恐怖に震える。


「まぁ、いい。何にせよ、お前らは俺達に手を出した......覚悟しろ」


「や、やめて。殺さ......!」


 ウェンは命乞いなど耳に聞こえないように、剣を横一線に振り切った。


 精密機械のように一寸の狂いも無く、剣は男の首へ向かい、頭と体を両断する。


 飛ばした首が最期に、「悪魔」と呟いた気がした。


 転がる死体には目もくれず、剣の血を払い、拭き取る。


「また墓荒らしか......死体なんて食えもしねぇのに、どこのどいつだ」


 ウェンは不幸に悪態をついた。


「後は下に飛ばしたのが一人か......伸びててくれりゃいいが」


 階段の軋みを聞きながら降りると、広間には人一人見当たらなかった。


 店主も、他の客も姿形すら無い。勿論、小太りの男もだ。


「ちっ、腹の脂肪で防がれたか。道理で蹴り心地が良かったワケだ」


 イラつきを顕にし、扉をチラリと見る。


「妙だな......」


 あれだけの騒ぎに、敵を一人逃がした、なのにこれだけ静かなのは不自然だ。


「......待ち伏せか......?」


 考慮する可能性としては、十二分に有り得るだろう。

 効率的で、決まれば会心。


 ウェンは物音がしない様にそっと窓を開け、敵が居ないことを確認して外へ出た。


 コッソリと入口を見ると、やはり敵が二人張っていた。


「先ずはアイツらを探さなきゃな......捕まってなけりゃいいが」


 敵の数は知れず、何処に潜んでいるかも不明。

 敵地のど真ん中で、ウェンは二人を探して走り出した。

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