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傭兵団の街

 その後は静かな旅になった。


 壊れたラジオのように騒音を発し続けるアリアは気を失い、うなされながら眠っている。


 一枚しかない毛布を折り畳み、枕代わりに敷いてやったリリアノは、飽きもせず読書を続けていた。


 夕刻になっても未だ街には着かず、日が沈んで少しばかり無理をした所で本日の目的地であるウェストの街まで辿り着いた。


 ノースと同じく、外門に囲まれた堅牢な街で、警備中の人間へ身分と目的を告げると、暫し待たされた後街に入れられた。


「リリアノ、そのアホ起こせ。ほっといてもいいが、後がうるさそうだ」


 リリアノは一つ頷くと、アリアの体を揺する。


 ウェンは馬を降り、街に入った挨拶とばかりに近付く防人と向き合った。


「運び屋のウェンと言う。今日泊まれる宿を探してる。馬も見てくれる所がいいが、知らないか?」


「あ、あぁ......」


 何か違和感を感じた。


 近付いてきた若い男は、防人と言う雰囲気ではなく、普通の街人がそこに立たされているような、まるで命じられたから来ている、子供のお使いのような雰囲気。


 それに加えて、キョロキョロと挙動不審でもある。

 ウェンは怪しさを感じ取ったが、特に気にする様子ではない。


「この道を行って、突き当たりを右、だ」


「ありがとう。行ってみよう」


 馬を引き、道なりに歩くが、違和感は拭えない。

 街全体が暗く、住民らも思いつめた面持ちで話をしており、活気が無いように思える。


 無理もないだろう。

 帝国が崩壊してからというもの、治安は乱れ、非常に不安定である。


 四方の街で帝国から最も遠く、影響の少なかったノースはまだマトモではあるが、他の三つの街はそうではないだろう。


 それに、ウェストは国境の街でもある。

 大運河の石橋を超えればすぐに王国領であり、重要な拠点として帝国も扱っていた。


 それだけに影響が強く、失った物は大きかったと言う事だろう。


「どう、どう」


 宿屋前にある馬宿に馬を止め、いつものように荷台から必要な物だけを取り出す。


『起きない』


 荷台を覗き込んだウェンに筆談でそう書いた紙を見せながら、リリアノはアリアを指さした。


 アリアは気絶から本格的に寝に入っており、眉間に皺を寄せた苦しそうな表情から一転、気持ち良さそうに涎を垂らして眠っている。


「......ほっとけ」


 今朝最も遅く起き、特に働きもせず寝るとは、呆れを通り越して感心する。


 一晩固い荷台に放置する事を決め、リリアノを呼んで宿に向かう。


「......お人好しだな、勝手にすりゃいいが」


 リリアノは打って変わって惰眠を貪るアリアを背負い、ウェンに着いて歩く。


 二人はまるで友達のように見え、ウェンは背後のリリアノに悟られないように微笑む。


 やはり、猜疑心の残る彼女にとって、アリアのように真っ直ぐで人懐こい人間は親しみやすく思えるのだろうか。


 ウェンは考えた。

 もし自分がアリアのようにリリアノへ接したなら。


「......くっ」


 そのあまりの滑稽さに笑いが込み上げ、飽和した感情が意志とは逆に溢れ出る。


「......?」


 突如笑い出した目の前の男に、リリアノは怪訝な顔をした。


 宿屋に入り、手続きを終えて二部屋借りる。

 二階の再奥の部屋と、その一つ手前の部屋。


 残念ながら大きな部屋は無く、精々二人が雑魚寝出来る程度であり、ウェンと二人で別れて部屋に入った。


 外壁に囲まれたそこそこ大きな街ではあまり無いことではあるが、防犯面を考えるのなら同じ部屋にした方が良いに決まっている。


 そうではあるのだが、流石に年頃の女子二人、特にアリアは気にするだろう。ウェンの微妙な配慮であった。


「鍵は掛けて俺以外開けるな。後は夜、何かあったら壁を叩け」とリリアノに伝える。


 日が沈んで一時間程度だろうか、まだ寝る時間でもない。


 この辺りや、王国周辺の情報収集も兼ね、一人酒場へ向かった。


 木造りの扉を開けると、大声で騒ぐ酔っ払いの声が耳を貫いた。


 大きな四角テーブルが真ん中に置かれ、他の小テーブルは端へ乱雑に退けられている。


「あぁ? 今日は貸し切りだぜ、何だお前は」


 酒をあおる大柄の男、獣のように鋭い目付き、顔にある横一文字の刃物傷が特徴的である。

 体付きは大きく、背はウェンより大柄。


 その周りには小判鮫のように添えられている三人の男。

 テーブルに所狭しと並べられている料理や酒を口に運んでいる。


「単なる運び屋だ。なんだ、貸し切りとは知らなかったな」


「はっ、ここはもう一月は貸し切り中だ、なぁ?」


 大柄の男はカウンターでグラスを磨いている髭面の老人に投げ掛ける。

 老人の顔はゲッソリとしており、疲労困憊なのが見て取れる。


「は、はい。そうですね......」


「ほーらな? 最近この辺は物騒だからなぁ、俺達がこの街を守ってやってるって訳だ。エルガルド傭兵団って聞いた事無いのか、田舎者」


 傭兵団。

 そう名乗った酒場の集団は大きく笑う。


 よく見れば胸元に剣の紋章があり、他の三人も同じ紋が刻まれている。

 その目印は、ウェンの剣に刻まれている、帝国の象徴とよく似ている。


「さぁ? 聞いた事無いな」


 街の人間に澱んだ空気が流れていた事も、何もかもの辻褄があった。


 帝国が消えた途端に発足したエルガルド傭兵団とやらの息が掛かり、端的に言うと支配されてしまったのだ。


 力が無いため追い出すことも出来ず、仮に追い出せたとしても他の盗賊らに蹂躙される。


 どちらにしても、この街は乗っ取られる運命にあったのだ。


「だろうと思ったぜ。おい、今は気分がいいから見逃してやる。とっとと出て行け腰抜け野郎」


 機嫌が悪ければどうなっていたのだろうか。ふと考えるが、無意味だと悟り、振り返る。


 危害を加えれるのならそれなりの対処をするつもりではあっただろうが、無駄に騒ぐ必要は無い。

 元来た戸を開け、外へ足を踏み出した。


「何か問題を起こしてみろ、元帝国兵の俺がバラバラにしてやる」


 背後から聞こえた声は、予想だにしないワードが耳を掠め、頭に残った。


「元帝国兵、ね......」


 無論、彼以外にも帝国兵の生き残りはいるだろう。

 方や傭兵になっていても不思議では無い。


 そもそも、ウェンには男の言葉を虚言だと断定する材料が無い。

 勿論顔など知らないが、超軍事国家であった帝国の一兵士など把握している筈もない。


 所属も等級も知らないんじゃ、特定の余地もない。


「......結局、得られる物は無しか」


 徒労だった、後悔こそしてはいないが、夢見は悪くなりそうだ。


「そう言えば、剣、何とかしないとなぁ......」


 ウェンの独り言は宵闇に消え、宿屋までの足取りを重くした。


 宿に帰ると、広間には数人の街人が宅を囲み、暗い面持ちで議論を行っていた。


「このままじゃ食い散らかされるだけだぞ、奴等を何とかせねば」


「かと言ってどうする? 奴等、特にドレイクの奴は元帝国兵だって話だ。纏めて掛かっても......」


「くそ、帝国のクズめ。内乱で全滅しちまえばよかったものを......」


 結論は出ない。

 有益な議論と言うよりは、無益な愚痴の言い合いだ。


 傭兵団とて一枚岩ではないだろう。

 仮に奴等を追いやっても、報復されるだけの話。


「その話、聞いてもいいか?」


「あんたは、旅の......」


 自棄酒しながら愚痴を垂れ流す男らの近くにウェンは座った。


 ウェンにとって、この街がどうなろうが知った事では無い。

 だが、好戦的な連中の情報は知っておくべきだろうと、話に耳を傾けた。


 街人らは部外者のウェンにも快く話をしてくれた。


 この辺りで幅を利かせている傭兵団とは名ばかりの盗賊集団。

 様々な街で金品と食料をハイエナのように食い漁り、ならず者を引き連れて勢力を拡大させているらしい。


「たった一ヶ月で蓄えをごっそり持って行かれちまった。このままじゃ俺達飢え死ぬぞ!」


「タチの悪い連中だ。これならまだ帝国軍の方がマシだったぜ」


 口々に感情が飛び交うが、実際誰一人として行動を起こそうとはしていない。


 街人がこれでは、この街の行く末も察せるだろう。


 一通り話を聞き、それなりに納得すると、ウェンは席を立つ。


 「どうせ明日には街を立つ」と他人事に考え、自身の部屋に戻った。


 街を作るのは、人間であり、行動を起こす限られた個人だ。

 規模は違えど、国だってそう変わりはない。


「街と共に死ぬのも、アイツらの勝手だ」


 お世辞にも寝心地が良いとは言えない寝床の上で、ウェンは一人呟いた。

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