死体の行方は
「止めなさい!」
張り詰めた空気を、一喝で裂く。
声の主である教会の神父は顔を真っ赤にしてウェンを見た。
「此処は神の聖域です。そんな神聖な場所で野蛮な真似は許しません」
ウェンは思わぬ迫力にたじろぎ、男の喉元から剣を離した。
次に観衆へ目を向け、
「貴方達も貴方達です。証拠も無く、理由も話さず、旅人と言うだけで疑うなんて言語道断です。恥を知りなさい」
住民達は虚を突かれたようで、先程までの勢いは消えている。
「先ず、何があったか詳しく、落ち着いて話せる者だけ聖堂へ入る事を許可します。非常時こそ、冷静に対処するべきなのです」
神父の至極真っ当な意見にウェン含め、住人は納得し、頭を冷やした数人が聖堂へ入った。
「......悪かったな。」
剣を収め、反省し、神父へ謝罪する。
「いいんです。反省し、繰り返す事が無ければ、神は道を示してくれます。そうだ、これを機に信徒になると言うのは如何でしょう?」
「......アンタ、意外に図太いな」
熱心な勧誘を聞き流し、聖堂の長椅子に住人全員が座った後、ウェンも離れて座った。
「で、墓荒らしとは?」
漸く本題に入り、第一声で核心に迫った。
「街の外れに、墓がある。定期的に清掃へ行っているのだが、今朝見に行くと、墓が暴かれていたんだ」
「ほう、それで『たまたま』街へ来た俺達に疑いの目を向けたと?」
「そりゃ悪かったよ。だが街の奴等よりアンタが怪しいと思うのは自然の流れだと思うね」
「それは認めよう。だがそんな盗人が事を済ませた後悠長に寝てると思うか?」
「それを確かめる為に此処に来た。荷物を見せてもらえば、疑いは晴れる。悪いが馬宿の荷台は見させて貰ったが」
「......最初に言え」
朝から疲れた、と溜息を吐く。
「まぁまぁ、取り敢えず現場に行かなければ分かりません。墓地へ行きましょう。私も死者への冒涜は遺憾です」
神父は元の優しい顔に戻ったと思いきや、目は険しい。
来たばかりとは言え、管轄内を荒らされれば、そうはなるだろう。
神父の提案に全員が乗り、それぞれが立ち上がっては外へ向かう。
「よし、一人は俺達の荷物でも見て来るといい。シスター、付き添ってくれ。まだ二人が寝てる。いきなり部屋に男が入れば事だろう。俺の事は適当にはぐらかしておいてくれ」
「畏まりました」
添え物のように聖堂へ居たシスターに事付を交わす。
「それと、着いて来るのは神父と、剣を持ったアンタだけでいい」
ついさっき恐怖のドン底へ突き落とした男に目を向けると、言う。
「何故?」
「犯人は現場に......って言うだろ? 普通なら人数は多いに越した事は無いが、武器が無ければ無意味だ。盾にはなるが。仮にも剣持ってんだ、使えるだろ」
「......分かった」
その後、順に教会を出る中、最後尾の神父がウェンを引き止めた。
「ありがとうございます、そこまでして頂いて。私達の問題なのに」
神父は申し訳なさそうに言った。
確かに、疑いを晴らすまでは必要事項だが、それから先の現場検証は不要だと思われる。
ウェンにとって利益など無く、どう考えても徒労になるだろう。
そんな神父に彼は、
「なに、一飯の恩だよ」
と人間らしく微笑んだ。
徒歩十分程の道程で墓地へ着く。
何の変哲もない、少々荒作りではあるが、普通の埋葬地。
その中の一箇所のみ、土が掘り起こされ、地面には大きな穴が開けられている。
神父と剣持の男、三人で現場の近くに寄る。
「......棺桶ごと持って行ったのか?」
ウェンは怪訝な顔を見せる。
思っていたのと違う、と言いたげな言葉に男は頷いた。
地方によっては、桶の中に宝石等の金品を入れる習慣もあり、それが目当てで墓荒らしを行ったのだと勝手に考えていたようだ。
「埋葬されたのはいつ頃だ?」
「かなり昔だな。若い男だったと思うが......」
「棺桶と合わせると相当な重さになるだろう。単に金品目当てなら、何故全部持ってった?」
「それは......」
男は腕を組んで考えた。
頭の血が降りた今、理性的に物を考え、本当の意味で問題に直面している。
「それに、足元には引き摺った跡は無い。あるのはこの俺達のでは無い足跡のみ。つまり、こいつ一人が棺桶ごと死体をを持ち上げて行ったって訳だ。凄まじい怪力だ、まるで巨人族だな」
「そんな事が......まさか......」
男は口を押さえ、目を泳がせる。
「そんな人間は街にはいません。その考えが当たっているなら、既に街から出ているでしょう」
神父の言葉に、二人は口を閉じた。
「何の目的なのかは分からないが、そんな奴が近くにいれば治安が更に悪くなる。街の人間に注意喚起しておけ。暫くは外に出ない方がいいと」
「......ん、あぁ、そうだな。そうするよ」
男は未だ信じられない、と言った表情で、先に街へ戻って行った。
残された二人は顔を合わせると、
「根本的な解決策は見い出せなかった。すまない」
「いえ、そんな。神職の私が言うのもおかしな話ですが、街の方々ではなくて良かった。それだけが不幸中の幸いです」
「益々狂って行くな、こっち側は」
ブレーキも壊れ、ハンドルを握る者もおらず、坂道を転がって行くような、暴走状態。
まさに元帝国領は逢魔時を迎えていた。
皮肉にも燦々としている太陽を恨めしく見詰め、これからの旅路に思いを馳せる。
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「うーん......まさか朝早くからそんな事が起きていたなんて......」
「あぁ。まさか荷物見られてる時も熟睡してたとはな、アホも極まれりか」
何とか無事に街を出た三人は、馬宿の代金を払って再び街道を往く。
晴天の空、昨日と同じく穏やかな時間が過ぎていく。
違いがあるとすれば、馬を操っているのはウェンではなく、リリアノである点だろう。
彼の興味本位で、手綱を持たせ、自分自身は自らの足で歩き、馬を先導している。
リリアノは初めての経験に緊張の面持ちで、手綱を力一杯握っている。
「リリアノ。そんな固くなるな。背筋伸ばして緊張を解せ」
荷台で騒ぐアリアを放置し、変な汗をかき始めているリリアノへ一つアドバイス。
だが、お世辞にも良くなったとは言えない。
「馬は賢い生き物だ。こっちの気持ちを汲んでくれる。乗り手が不安になれば、馬も不安がる。逆もまた然りで、乗り手が信じれば、馬も応えてくれる」
リリアノは無表情だが、若干目を見開いてウェンを見た。
「お、最近お前の表情が分かり始めてきた。目を見開いた時は、驚いた時だろ?」
ウェンは基本無表情なリリアノの感情を少しずつ紐解いていった。
これも彼女に歩み寄る為、と努力はしているつもりだろう。
リリアノの為に努力すれば、ほんの少しずつ人間らしくなっている気がして。
「と言うか、意外とか思われてんだな。俺動物は好きなんだけど」
「あ、私も好き! やっぱ犬だよね、犬」
二人は何となく、アリアは犬っぽいと納得し、ウェンは適当な返事をした。
朝から出発し、今は昼頃といったところか。
お天道様は頭上に位置し、朝食も消化されて空腹感が一行を襲う。
「おおー! 川!」
荷台から顔を出したアリアが、外の景色を見てリリアノの肩を揺さぶる。
「ねぇ、魚釣ってよ。釣竿もあるしさ」
「はー? こちとら一応仕事中だぞ。次の街に着くまで我慢しろ」
「無理! 朝食べてないし、お腹空いて死にそう......」
「出発直前まで寝てるのが悪い」
アリアを無視して道を急ごうと馬を見上げると、リリアノが苦い顔でウェンを見ていた。
目を合わすとすぐに逸らしてしまったが、何か言いたげな表情をしていたのは一目瞭然だ。
「どうした?」
アリアへの塩対応に苦言があるのか、と予想したが、どうも違うらしい。
手綱を握ったままで、馬の背中へ目線を落として口を閉ざす。
言いたいが、言い難い。そんなジレンマが目に見えるようだ。
「......あぁ。そうだな」
他者の気持ちを汲む。
普段当たり前のように行っている行動だが、ウェンはあまり経験が無い。
「アリアの言う通り、腹も減ったしな」
ウェンは目の前の道へ向き直し、ギリギリ馬車が通れる、あまり人が踏み入った形跡の無い横道へ逸れた。
間違い無く不得手であろう事を、彼は歪ながらもリリアノへ行った。




