MR.GRAY:THE KNIGHT OF MODERN ERA#4
兵器を召喚できると思わしきドンボ王。彼と戦えばニュージャージーの街にどういう被害が出るかわからない――そこでインドラジットが取った手段とは。
登場人物
ネイバーフッズ
―Mr.グレイ/モードレッド…アーサー王に叛逆した息子、ネイバーフッズのリーダー。
―インドラジット…かつて偉大な英雄達と戦って討たれたランカ島の王子、モードレッド陣営。
―チャンガマイア・ドンボ…ジンバブエの覇王として名を馳せたショナ人、アーサー陣営。
オドエイサー撤退から数十分後:ニュージャージー州
耳ががんがんと鳴り、頭の中は割れたガラスを敷いたように混乱し、目がじんわりと痛んだ。グレイは鎧の表面に無数の破片が刺さっているのを発見し、顔や鎧からそれらの破片を半分ぼうっとしたまま忌々しそうに払った。仰向けになって照り付ける太陽を見上げ、呻きながら立ち上がろうとした。敵はどうやったのか知らないが恐らく艦砲射撃を敢行したらしく、それらはビルからモードレッドとインドラジットを叩き落とした。砲撃で吹き飛ばされたビルの屋上の破片も飛び散り、恐らくビル自体もかなり痛んだであろう。モードレッドは車のけたたましいクラクションによって己が道路に落ちた事を悟り、制するように手を翳しながらふらふらと立ち上がった。
「ハロウィンには遠いぞ、イギリス野郎! いや待てよ、もしかしてあんた例のなんとかフーズみたいな名前のヒーローか?」
車に乗っていた男は窓から乗り出してそのように言った。
「まあそんなところだ…とにかく…ここから逃げた方がいい。さっきの大きな音を聞いただろう?」
「え? ああ、なんか地震で建物が倒壊したみたいな…また変な悪党が暴れてんのか? わかった、逃げるよ!」
40代の少し日焼けした白人の男は卿を避けてそのまま走り去った。ブリテンの王子は道路脇に寄るとそのまま大声で逃げろと叫んだ。一応効果はあったらしく、散乱する破片を見て何かを悟ったらしかった。
「廻れ!」
すると唐突にあのドラゴンじみた大声が上空から聞こえた。不味いと思い卿は上方に視線を移して身構えた。見れば真っ逆さまにアフリカの戦士達が使う槍――紅色の焔に包まれていた――が大量に降って来ていた。表面を怪我する程度にしても痛いものは痛い。どうやって捌こうかとスローモーションの世界を眺めていたところ、いずこからか飛来した矢がそれらを射落として道路に突き刺さった。何発かは当たらぬよう計算されていたとは言えこの場を離れる車の近くに刺さったため、市民は肝を冷やした。
この技の冴え、これは間違いなくランカ島の王子のものであろう。
「私はここにいるぞ、遥か南方の王よ!」
通りの向かいのビルの割れた窓に腰掛ける妖魔の王子は高らかに言い放った。射角からするに彼は既に狙撃地点から移動しており、優れた射手は一点に留まらず戦える事を卿は思い出した。そして彼はインドラジットに呼び掛けた。
「インドラジット、このままでは街の被害が図り知れない! 今の砲撃と同じ事をやられたら不味いぞ!」
「では余に考えがある。高原の覇王よ、山河が血に染まり、無辜なる民が逃げ惑うは王の名折れ、さすれば貴公の名は泥と臓腑とに塗れて地に堕ちる。征服者とはすなわち誰が言ったか殺戮者、戦場の英雄も国に帰れば厭戦気分の民に疎まれ、その心気果てるのみ」
「妖魔の王子よ、よもや俺がそのような醜聞を気にすると思うか? 〈破壊者達〉と呼ばれる事をむしろ己らの立て看板とする事で、その武勇を轟かせた者どもを束ねてきたこの俺がな!」
モードレッドの頭上で少し古い様式のビルの外壁を掴んで留まっているショナ人の征服者は悪評や恐怖さえも利用し、己らの覇を南部の高原で振り翳し、多くの敵対者を討ち滅ぼした。牛の管理者というかの地においての要職に就いていた彼は巧みに支持者を増やし、やがて己の主君に叛逆できるところまで漕ぎ着けた。そのカリスマ性と巧みな戦術でポルトガル軍と互角に渡り合い、遂には彼らをジンバブエの高原から追い払うに至った。何百年も後に更に南方のシャカ・ズールーやその縁者が周辺国やイギリス軍相手に振るった強力な戦術とて元を辿ればドンボやその後の王者達が使っていたものこそが原点であるから、南部アフリカの征服者としては彼の方が先達であった。
かようにして破壊的征服者を自認する高原の覇王が説得できる相手ではないと悟ったインドラジットは強引な手段を取った。
「かくなればやむ無し、既に山車は動き始め、もはや止められぬ――ジャガンナータ公の威光を畏れよ。余は貴公らを誘う、それしか道を知らぬが故に」
「何をするつもりだ?」と卿は尋ねた。
「ここではない位相に移るのだ」
「何だって? 私はこれから仲間に事情を――」
「その暇は無い、行くぞ!」
澄み渡る蒼い肌を持つ美しいラークシャサの王子は二か三の言葉を紡ぎ、それらは2人をここではない別の位相へと移行させた。チャンガマイア・ドンボが追って来るとインドラジットが予測できたのは、單に彼の性質を読んでいたからであった。
するりと姿を消した敵対陣営の2人を眺め、それから眼下の破壊絵図をぼんやりと窺ったジンバブエ王は砲弾に荒らされたビルの屋上へと戻り、明るい緑の軍服を飾り立てる民芸品の細工を紅色の焔そのものである己の指で弄びながら唸り、それからばさりと外套代わりの赤布を翻して跳ぶ準備を始めた。
「なるほど俺が追うであろうと予測しておるわけだ。生憎奴らは罠や策を弄するでもなかろうし、それを思うと物足りぬがな」
男はそう呟きながら右腕を無造作に背後へと振るった。それから何発かの銃声が響き、彼は己に向けて飛来するそれらを素手で打ち払うのが面倒になり、俊敏な動きで向かいのビルへと飛び移り、空中で再び「廻れ!」と叫んだ。着地した彼向けて何発か命中コースの銃弾が飛来し、その他は当たらないらしかったが、彼の正面、ビルのへり向けて何らかの装甲板が出現し、巨大な盾のように聳え立って銃弾を弾いた。先程警官隊がいるのを目撃しており、更にはそれとは別の気配も察知していた。そして案の定空中から砲弾じみた物体が落下し、装甲板をケーキのように引き裂いてしまった。その背後にいた紅色の焔として顕現する征服者はそこから後退しており、己を狙った相手を見据えた。ライダースーツのような服を纏ったその男は東南アジア系の顔立ちをしており、目付きはとても鋭く冷たいもので、手には奇妙な刃を握り、あのような装甲板を両断するなればその素材と技量には無視できぬものがあると考えた――もしも平時であれば、彼やその他の連中を相手に興じるのも吝かではなかったというものを。
「現代の乗り手じみた恰好、か。貴公らとやり合っても構わぬが、今は先客がおるのだ。貴公らは街を守りたいし、俺はとんずらしたい」
彼がそう言い終えた瞬間にネイバーフッズのレイザーは未来のロボットの残骸から作り上げられた剛剣を振り被って斬り掛かったものの、亡霊のごとく紅色の焔は消え失せた。
他のネイバーフッズも到着し、今しがたレイザーを空中から投下したウォード・フィリップスは彼らを追跡しようとした――しかし全く未知の手段で位相を飛び越え、あまり位相関係には明るくない中年風な紳士はその痕跡を辿れずに歯噛みした。
数分後:異位相
「はぁ…私はこれでもヒーローで、しかもチームを率いる立場なんだがな。それがいきなり変な連中と戦い始めて、更には無責任に失踪…せめて説明ぐらいしたかった」
立派な体躯の美しいブリテンの王子は異物たる己ら以外の森羅万象が薄い茶色で覆われた位相で黄昏れた。彼は位相という概念――単一の次元が持つ複数の層――は知っているものの専門家ではないし、なおかつ自力で帰る方法も知らなかった。目の前にいるどこか少年的な30代風の妖魔に頼んで後で帰らせてもらうしかあるまい。
「仕方あるまい、ドンボは貴公と余に遭遇した喜びから周囲丸ごと焼き払おうと考えるような手合いに見受けられたし」
「君と立ち話をしたのが間違いだったな、一旦ホームベースに帰還した方がよかった…」
「余が悪いとお考えか!?」
「そうではないよ、遠い彼方の王族流なユーモアだとでも考えてくれ」
「全く、かようにして貴公はまたも余を使い捨ての矢のように扱いおって!」
塔のような体躯と鋭い美貌を備えながら少年のごとく抗議する勇猛なる神殺しの姿に苦笑しながら、卿は荒れ果てたこの位相の風景を窺った。位相はその次元の軸となる基点――通常の宇宙ならば地球人やその他の知的生命体が暮らす位相が基点である――と同じ風景である場合もあれば、全く独自の風景である場合もあった。以前アルスターの何某がそのような話をしていたが、モードレッドはあまり詳しく覚えていなかった。
「そりゃ失礼した。だがやはりこんな所に連れて来られると、気が滅入るな…おやおや、立ち話もそろそろ終わりみたいだ」
卿がそのように呟くと、再びあの高原の覇王が彼らの前方30ヤードの所に現れた。轟々と燃え盛る紅色の焔を血肉とし、名状しがたい威圧感を放ち、その面妖さを掻き消さんばかりの闘志と野太い声が特徴的であった。己らが逃げれば追って来るとインドラジットは知っていたようだが、卿は彼の自信が少し怖くなった。征服者は登場早々に「廻れ!」と叫び、すると空高くから何か魔獣じみた嘶きが響き始めた。鋭い眼光で空を睨め付けたブリテンの王子と妖魔の王子はあまりの高度故に小さな点のようでありながら、明らかに化け物じみた巨躯の鳥が飛んでいるのを発見した――爆撃機だろう。
「あの玩具は面白いな。そこな王子よ、貴公の知る神鳥ガルーダには及ぶまいがな、なかなかどうして獰猛にして、かつての俺には想像すらできなかった巨鳥よ!」
Tu‐95爆撃機はソヴィエトの作品群の中でもかなりの逸品であり、量産されたTu‐95Mはグロテスクな茶色い空を悠々と飛行していた。優れた設計によってプロペラ機としては最速クラスの速度を実現できるターボプロップ・エンジンが大気を切り裂いてこの全長160フィートを超える怪物を空に留まらせ続け、不気味な銀色をした表面装甲はドンボのものである事を示す紅色の焔を外套代わりに纏いながら、茶色い世界の中で恐るべき殺意を放ちながら眼科を見下ろしていた。交差した鎌とハンマーじみた形状の巨鳥は機首の一角獣のごときアンテナを威圧的に誇示し、腹が開いたかと思うと産卵が始まった――死の産卵を。降って来るそれは酷くゆっくりに見え、しかし破壊と殺戮の華を咲かせるのだ。爆弾はそれが纏う紅色の焔越しにきらりと一瞬輝き、上空を飛ぶTu‐95Mは尾部に備えたターレットやレーダーの複合物でこれから起こる惨劇を観察しているように思われた。
だが卿が回避に移ろうとぐっと踏み込んだ瞬間、天に弓を向けたセイロンの王子は死を呼ぶ毒矢を自信たっぷりに射たのであった。卿は彼の事がよくわからなくなってきた。