MR.GRAY:THE KNIGHT OF MODERN ERA#2
モードレッドはオドエイサーを圧倒したものの、〈全か無か〉なる謎の力と対面する。その予想外の強さに追い詰められた卿だったが…。
登場人物
ネイバーフッズ
―Mr.グレイ/モードレッド…アーサー王に叛逆した息子、ネイバーフッズのリーダー。
―オドエイサー…西ローマ帝国を滅ぼした事で知られるゲルマン系部族出身のイタリア王。
―インドラジット…かつて偉大な英雄達と戦って討たれたランカ島の王子。
1975年:ニュージャージー州、ハドソン川沿い、ウォーター・フロント・パーク付近
「まず問おう、降伏するか?」と川の上を歩くゲルマン人が呼び掛けた。先程灰色の焔を天へと放った漆黒の傭兵隊長は、未だ灰色に燃え盛る己の剣を下方へと垂らしたまま、ある種の尋常ならざる気配を放出していた。その正体はわからないが危険である事に間違いなく、そのためモードレッドは両手を覆うエクスカリバーの赤い魔力刃の莫大な魔力消費を恨んだ。構えているだけなら構わないが、これを振るって何かを斬ってしまうとそれだけで相当な消費となる。幸い空振って大気を切っただけの場合は力を浪費しない――恐らく精神的な要素が絡んでいるのだろうと彼は踏んでいた――が、何度も打ち合うのは不可能であった。文字通りの必殺であろうが、その代償を思うと相手の手がわらかないのは非常に不気味であった。
それらの動揺を悟られぬため、卿は気丈そうに答えた。
「お前こそ、偽りの玉座からまた降ろされたいか」
ブリテンの騎士はそう言いながら赤く輝くエクスカリバーの右手側を川の上のオドエイサーへと向けた。紛れも無き戦いの表明であった。
「その言い方、すなわち戦うという事だな。決して降らない、と」
「当然だ。そちらからいきなり我々の基地を攻撃しておいて、しかも今更私に降伏しろとはふざけた話だろう」
「ならば仕方ない」
漆黒の装具に身を包んだ灰色の焔として顕現する古い時代のイタリア王は、ゆっくりとした歩みをやめ、気が付くと姿が消えていた――遅れて水飛沫が激しく舞った。やれるならやってみろ、と卿は身構えた。実際のところ彼には真っすぐ突撃して来ているオドエイサーの姿が見えており、100ヤード近い距離を一瞬で詰めるその踏み込みは大したものだが、それだけだと考えていた。だが彼がエクスカリバーを振り抜いて迎撃しようとした矢先、不意に全身が重くなった。そしてそう思った瞬間彼の肉体は弾き飛ばされて数百ヤード後方、ポート・インペリアル広小路沿いの斜面へと激突した。幸い広小路沿いの線路に電車は見られなかったが、彼の激突は斜面の土や石を撒き散らして陥没させ、まるで砲弾が炸裂したかのような凄まじい音が鳴った。ついでに言えば、音速を超えていたため悍ましい程の騒音が辺り一面を満たした。まだ異常に気が付いていなかった人々も一体何事かと遠巻きに眺めたが、既に遠くからパトカーのサイレンなどが聴こえていた。恐るべき事に激突の痛みを除けば、モードレッド卿は一切の痛みを感じなかった。あの瞬間灰色の剣で斬られた事だけはわかっていたが、それが一体どのようなものなのかは正体不明としか言いようがなかった。攻撃の正体が全くわからず、なのにこうして吹き飛ばされていた。しかも痛みがないというのに何故か相当なダメージを受けているような感覚であった。
「驚いたな」というオドエイサーの声が随分近くから聞こえた。古の王子が顔を上げるとゲルマン人は既にあと10ヤード程度のところまで来ていた。オドエイサーは意外にも本気で驚いているらしく、何らかの予想外が発生したと思われた。
「俺の終わらせる力で終いにしたかと思ったが、まさか一撃で戦闘不能にならないとは」
卿は動こうと思ったものの、明らかに肉体がいつもより鈍かった。どうにものろまになった気がして、指を少し動かすだけでもいらいらさせられた。これはかなり不味い状況だろう。恐らくオドエイサーはあの詠唱をした事で何某かの能力を発動させたらしく、そしてそれは相手の動きを鈍化させる事ができるのかも知れなかった。そしてその攻撃は必殺となり、今のは本来ならば一撃で敗北していた可能性があった。
「だが、そう何発も耐えられまい。そろそろ終わりだ、俺が終わる前に」
オドエイサーは再度攻撃を仕掛けて来た。どうやら反応速度も落ちているらしく、全く見えなかった。このままではあと小数点何秒か以内にやられるだろうとネイバーフッズのリーダーが己を悲観したその瞬間、大気が引き裂かれて悲鳴を上げた。
謎の物体が大気を震え上がらせてずたずたに引き裂くと、やがてそこを何が通ったかが明らかとなった。毒蛇を模した鏃を持つ矢が一筋飛来し、鈍化してなお驚異的な速度を持つそれを防ぐためにオドエイサーは己の終わらせる力を背後へと向ける必要があった。灰色に燃え盛る無銘の剣が摩天楼をも震撼させる凄まじい勢いで振り払われてほとんど神の領域に達した矢を文字通りに終わらせた。
「何者だ」とゲルマン系の傭兵王は敵の姿を求めて周囲を窺った。ひとまずモードレッドを倒すのを中断せねばならなかった。
「ここにいる」と男の声が朗々と降り注いだ。見れば不自然な雲があり、そこから弾丸のように何者かが着地してクレーターを形成した。鼓膜を破る勢いで響いた着地音の方へとオドエイサーが目を向けると、ポート・インペリアル広小路の上にできたクレーターから一人の男が上がってきた。黒い長髪が風に吹かれてなびき、その色艶のよさからして高貴な者である事は言うまでもなかった。正体不明の闖入者は黄金に輝く鎧の上から白い布や装飾で飾り立て、手入れの行き届いたコバルトの肌を除けば人間であるように見えた。
その姿を認めたオドエイサーは状況をよく観察し、〈全か無か〉の限界が近付きつつある事を押し隠しながら言った。
「いずこかの王族とお見受けする」
すると蒼い肌の男はそれに答えた。よく見れば大層美しい顔をしており、整った目鼻立ちは威厳を高めていた。
「余はインドラジットの名で呼ばれたランカの王子である。貴公こそは偉大なる西方の帝国に終止符を打った乱世の勇士か?」
「いかにもその通りだ、セイロンの妖魔の王子よ」
そろそろ時間が迫っている。〈全か無か〉の圧倒的な強制終了押し付けによってあの矢を打ち払えたものの、平時の状態であれに対処するのはかなり厳しいと思われ、オドエイサーは表情の見えない焔の顔を持ちながら内心動揺を隠せなかった。
「貴公の最期が伝承通りならば、お悔み申し上げる」
「こちらこそあなたが敗軍の将としてご戦友らが散る様を見ながら最後の戦いに挑んだならば、胸に悲しみが込み上げてなりません。時にあなたもまた『参加者』かな?」
「いかにも。余はここに倒れる王子の側だが」
そうして話していると遂にオドエイサーの灰色に燃え盛る剣がただの剣へと戻った。そしてぼうっとしたまま蚊帳の外にいたMr.グレイは今になって漸くあの鈍化が解かれるのを感じた。痛くないのに深手というのは何とも恐ろしい体験であったが、少し落ち着いてきた。
灰色の焔として顕現するゲルマン人はインドラジットが気高く堂々とし、卑怯なやり方を好まぬであろう事を見破った。故にここは機に乗じて引くべきだろうと判断した。そして実際、相手の方からちょうどよさそうな質問が来た。
「さて…イタリア王よ、貴公は余とこれから戦うかね?」
相手は人間であり、単純な戦闘力ではこちらが上だろうと気高きラークシャサの王子は判断したが、それでも己の鋭い一撃が防がれた事には驚かされていた。
だがそれはそれとして、彼らは内心を表面に出さず会話を続けた。
「いや。あなたさえよければ私は手を引こう、少なくとも今回は。ゲーム開始の時点で大将を討って終わらせられないのは残念だが、まあそれでもあなたのような武人と出会えたのならそれも悪くはあるまい。あなたは私がこれまで出会った事すらない強敵となるだろう」
この言葉は本心であった。
「かように買い被ってくれて畏れ入る。なれば私も貴公との再戦の機会を心待ちにしておきましょう」
そしてこの言葉もまた。
「お心遣いに感謝します」
言い終えるとオドエイサーは風が吹いたようにしてその場から消えた。勝手に話が進んでモードレッドはいらいらする他なかったが、脅威が去ったせいかふと意識を手放した。
数十分後:ニュージャージー州
意識を取り戻した時、彼はどこかのビルの屋上にいた。見える風景からして恐らくニュージャージーだろうと思ったが、覚醒しつつある頭をより覚まそうとしながらふと見ると傍らにはランカ島の王子が立っていた。
「目が覚めたか」と蒼い肌の美しい王子は言った。
「なんとかね。それで色々聞きたい事があるけど、いいかな?」
「もちろんだとも」
王子の様子にふっと自嘲しながらモードレッドは気を落ち着けた。いきなり西ローマ帝国を滅ぼしたオドエイサーが襲撃してきて、何故か人外の姿をしているそいつに追い詰められたタイミングで神々の王に勝利した者が助けてくれた。卿は己自身もまた超常的な存在であるにも関わらず、今回巻き込まれた事件を不出来な映画みたいだと感じた。
「では余が知る範囲で貴公に説明しよう。まず初めに言うが、貴公は貴公の父上と対峙せねばならない」
それを聞いてモードレッドは様々な思いが心を駆け巡り、表情を険しくした。
「遂に奴との再戦か…」
戦死者で覆い尽くされたあの戦場で対峙し、蘇った後も何度か遭遇はしたが生前最後の戦い以降はやり合っていない。エクスカリバーを奪われて以来アヴァロンで療養しているであろうあの男とは会っていなかった。彼はそれ以来かの忌まわしき軍神の呪いで得た永遠の命を適当に謳歌しながらも、いつの日か再戦する事になるだろうと覚悟を決めていた。だが、やがて来るはずの大災害がすっかり忘れていた頃に来たようなものであった――これから大変な事になるだろう。
「じゃあさっきのオドエイサーはどういう立ち位置なんだ? そもそもどうしてああいう妖魔か何かのような姿を…」
「あのゲルマン人はアーサーの〈強制力〉によって従えられているのだ、何故あのような姿なのかは余も知り得ぬが、〈強制力〉を持つ者が高貴なる者達を従える事ができ、両軍が激突する。それがこれから始まる戦いの概要だ」
「なるほど。では私も君と共に誰かの配下に入らないといけないのか…先が思いやられる――」
「いいや、それは否だな」
妖魔の王子は首を横に振った。
「え?」
「貴公が〈強制力〉の持ち主だ」
「え?」
ブリテンの貴公子は唖然としていた。
「本来我が父以外に従うのは不本意だが、それでも貴公が善き人物である限りは共に戦おうとも。ブラーマ公とヴィシュヌ公とシヴァ公の威光にかけて、我が弓と剣を貴公に捧げよう。忠誠ではないがな」
「えっ!? いやしかしそりゃまた…」
まさか信じられたものではあるまい、ヒーローになる前は禄に人望も無い叛逆者として名を知られていた己が高貴な者達を従えて父との闘争に赴くなど。