呑気な冒険者たちシリーズ読者さんのための邂逅の光明エピローグ
「起きてたのかよ、あの時」
リッツはエドワードを見て、憮然とテーブルに肘を突いた。
「ああ。お前といると、どんどん寝たふりが上手くなる」
「何で!?」
「お前は大体私が寝ていると、安心して本音を吐く」
そう言ってエドワードは余裕の手つきでワインを口に運んだ。
溜息をつきながら、自分もグラスを引き寄せようとすると、突然横から手を掴まれた。
華奢で小さいのに、絶対に振り払えない柔らかな手。アンナだ。
「手を取~った!」
「……あ?」
「だから、私が手を取ったよ!」
「は?」
意味が分からずに首をひねると、アンナは思い切り真剣に正面から見つめてきた。
「リッツ。永遠の時間もひっくるめて、私がリッツを愛してるよ?」
「あ……」
その言葉で理解した。
時間を超越して、あの時伸ばした手を今アンナが取ってくれたのだと分かる。
「諦めないで手を伸ばしてくれたから、私も手を掴めたんだよ。やっぱり諦めたら駄目だよ。そうでしょう?」
「アンナ……」
ああ。なんて幸せなんだろう。
あの時の辛さを考えたら、考えられないぐらいに幸せだ。
思わず強くその手を引き、アンナを抱きしめる。
「リッツ?」
遠慮なく唇を塞ぐと、舌を絡めて深く繋がる。
「んっ! んんっ!」
アンナが腕の中でもがく。
こういうキスは二人きりの時しか駄目と言われているが、まあ許してもらおう。
それに仲間たちに呆れられるのにも慣れた。
「ほらみろ。俺はいつも正しい」
ボソッとエドワードが小声で呟いた。
その口調に、昔のエドワードが混じっていて、ちょっとおかしくなる。
アンナを解放すると、心地よさに酔っていたアンナがよろめく。
純粋無垢だったアンナに、キスだけとはいえ、色々な快楽を仕込んでいる自分に、いつもは罪悪を感じているが、今日は許してもらおう。
力の抜けたアンナの柔らかな身体をぎゅっと抱きしめて、膝の上に座らせてしまった。
何だか放す気がなくなった。
もしもこれで身体の関係があったら、今晩、アンナは大変なことになったのだろうなと思うが、今のところキス以外は清い関係なのでそれはない。
「リッツ、ちょっと、放してよぉ~」
「嫌だ。あ~癒される~」
アンナの胸の下に腕を通して両手で抱き、頭に顎を乗せてすりすりすると、アンナは諦めたように溜息をついた。
「もう。リッツの甘えっ子」
「甘えっ子で悪かったな」
子供のようにいうと、アンナは力を抜いて、もたれかかってきた。
どうやらもう、抵抗する気は無いらしい。
「だがあれだな、リッツ。お前は私に言えないお前の過去を、とうとう三十五年も持ち越してくれたよな」
突然変わった口調に、リッツはそっぽを向く。
「う、まあ……」
「結局お前の隠していた過去を知ったのは、アンナとフランツと共にシーデナに行った時だ。隠し通すにも程がある」
あの時言えなかったこと。
それはリッツが、シーデナでは存在を認めて貰えず、不要な者として名も与えられずに一族から切り離されていたことだ。
そして、リッツを存在してはいけない者であると排除し、殺そうとした人々がいたことである。
リッツは常に人々から疎ましがられ、死ぬようにと願われてきたのだ。
何も言えないままに彼らをシーデナへと連れて行き、そこでそれを知ったエドワードは、当然のように激怒した。
まだそれから一年ちょっとしか経っていない。
「だって話す暇なかっただろう?」
「暇はあった。でもお前が話さなかった」
「ごめん」
「それほど信頼がなかったのか、私は。まったく心外だ」
いつも通りのエドワードのはずなのに、先ほどまでのエドワードを想いだしていたせいか妙にエドワードが昔のエドワードとかぶる。
あ、この口調はすんなり流してるけど、むくれているなと分かったのだ。
目の前にいるエドワードは、酸いも甘いも噛み分けた六十六歳のエドワードで、二十七歳のエドワードではないのに。
でもエドワードである限り、リッツにとってその存在は、きっと変わらないのだ。
「何を嬉しそうにしているんだ?」
不機嫌なままにエドワードに睨まれて頭を掻く。
「だって、エドはエドなんだなぁって。再会した時は、何だかこう離れすぎてて、お前がお前なのに少し遠くてさ。でもこうして話していたら、お前は昔のままなんだ」
「年を取ったがな」
苦笑してエドワードがワインを口に運んだ。
リッツもそれに倣う。
穏やかな時間だ。
昔、一緒に過ごした頃は、こんな風に戦乱も、謀略も、混乱も何もない時間を、ただ笑って過ごせる時間が来るなんて、考えてもみなかった。
幸せだな、と改めて思う。
もう誰も殺したり傷つけたりしなくていい。
もう戦争は目の前にない。
それにエドワードに殺してもらわなくてもいい。
アンナと一緒に生きられる。
あの頃からは考えられなかった、望んでも届かないと思っていた幸せな未来だ。
「でもでもリッツ、エドさん。どうしてシャスタさんとヴェラさんの話を色々知ってるんですか?」
アンナの当然の疑問に、リッツは肩をすくめた。
「表向きの話はシャスタに聞いて、その裏にあった出来事はヴェラに聞いた。あの後あの二人は妙に仲が良くて、みんなシャスタがサリーからヴェラに乗り換えるのかと、本当に心配したんだ」
「……サリーさん、婚約者だったのに?」
「いやいや。私たちの勝手な思い込みだ。そんな誤解を晴らすために、シャスタは全部打ち明けてくれたんだ。あの二人は何かちぐはぐだったが、恋人にはとても見えなかった。どちらかといえば親子のようだったな」
エドワードの言葉に、リッツも思い出す。
ヴェラに正面切って生活を改めろとか、食生活に気をつけろなどと注意したり心配できたのは、シャスタだけだった。
ヴェラも何故だかシャスタに言われると、素直にその小言を聞いていた気がする。
しかも口では、うるさいとか、面倒などと言いつつも、とても嬉しそうに。
「グレイグさんは、どうしたの?」
アンナが真剣なまなざしを向けてきた。エドワードに視線を向けると、エドワードが微笑んだ。
「どうしたのかは、これから先の物語だ」
「う~ん。気になるなぁ……」
呻くアンナをぎゅっと抱きしめる。
「ま、また来週以降のお楽しみってとこだな」
腕の中のアンナが、無理矢理上を向き、こちらを真下から見上げてくる。
「でも一つ分かっているのは、エドさんがグレイグさんを許したってことだから、少し安心をしてるけど」
「何で分かるんだ?」
「だって、そうじゃなかったら、孫にグレイグなんて名前付けないよ。そうですよね、エドさん?」
確かにその通りだ。
グレイグは後に、孫の名前になるぐらいには、エドワードに許されることとなる。
でもその話はまだ先になりそうだった。話し出してみると、恐ろしく内戦の話は長い。
「まあ、そうだね。あの時、リッツが私を止めたから、きっと再び信頼できるようになった。そう考えればリッツに感謝した方が良さそうだ」
「何かエドに感謝されると、悪いことをしたような気が……」
「何だそれは。まるで私がひねているような言い方をするな、お前は」
「だって再会してからエド、俺を全く褒めたり感謝したりなんてしないだろ? だからなんか……気持ち悪い……っていうか……」
「感謝したり、褒めたら気持ち悪いか? 意味が分からんな」
その表情がやはり昔のエドワードに重なる。
完璧な大公エドワードに比べれば、感情の波が簡単に透けて見えたエドワードに。
この顔、むくれてる。
何だ。本当に昔のままだ。
「可愛いなぁ、エド。むくれてんの?」
思い切りからかうと、エドワードの目が細められた。水色の瞳が鋭い光を宿す。
しまった、昔と違って、やっぱり怖いかもしれない。
三十五年で身につけたエドワードの迫力は、半端ではない。
一瞬にして後悔に戦くと、エドワードはにっこりと笑った。
目は笑っていないが。
「そうだな。むくれているかもしれない。何しろお前には気持ちが全く通じないようだ」
「いや、そんなことねぇけど……」
「そうか? あの時、お前の独り言を聞いて、心痛めていないで、アンナのように私が手を取って、その場で愛してやっても良かったな」
「!」
「お前、眠くて朦朧としてただろ? 本気なら組み伏せられた。そうすれば少しは私の気持ちを正直に受け止められるようになったか?」
全身鳥肌が立った。髪の毛まで逆立つ。
それはちょっと……いや、かなり嫌だ。
アンナの愛してると、エドワードのあの状況での愛してやるの意味が全く違う。
「一度でも手を出したら、お前は身も心も私の物になったろうが、それも問題だ。パトリシアが許してくれんだろうな。それに私が死ぬ時、やっぱり殺していかねばならなくなる。もちろん、スキャンダラスに心中だな」
「何考えてんだよ!」
「そういうことを考えていたが、何か問題が?」
「大ありだ! 気色悪いことを言い出すな!」
背筋まで走る寒気で、アンナを抱きしめると、アンナが加勢してくれた。
「駄目ですよエドさん! この人は私のです!」
「アンナ!」
「エドさんとリッツが愛し合っているのは知ってますけど、でもこの人は私のです!」
思い切り意味の分からないアンナの言葉に、リッツはエドワードと呆然と見つめ合う。
「……お前何言って……」
「アンナ、冗談なんだが……?」
「何が? だってリッツはエドさんが大好きで、エドさんはリッツが大好きでしょう? これって愛し合ってるって言うんですよね?」
きょとんとしてそういったアンナに、思わず叫ぶ。
「言わない!」
声が完全にかぶった。見ると珍しく困っているエドワードだ。
「お前が変な冗談言うから!」
「最初に私をからかったのは、お前だろうが!」
「やっぱり、愛し合ってますよね?」
「違う!」
また声が重なる。
昔は焦るとエドワードと思考が完全にかぶる事があったが、まさか今もこうなるとは。
エドワードの水色の瞳を睨む。
「天下無敵の純粋無垢なアンナがいるところで、妙な冗談をいうな!」
「いないところで言う方が気持ち悪いだろうが!」
確かに二人きりとかで言われたら、気持ち悪いを通り越して怖い。
「まさかエド、本気で俺のこと……」
「ほう……斬り殺されたいようだな」
本当に殺気に満ちた光を讃えて、エドワードの目が光る。本気で怖い。
「……変な方向に流れた話を楽しんでいるのに悪いけど、質問がある」
いがみ合っているリッツとエドワードの間に入ったのは、今まで寝ているのか起きているのか、分からなかったフランツだった。
「何だ?」
「ジョゼフ・ウォルターって、あのウォルター侯事件の犯人だね?」
フランツの言葉が、さざ波のように静けさを生んでいく。
リッツの膝の上にいたアンナすらも、微かに身体を硬くした。
リッツも、エドワードも、アンナも、敢えて口にしなかった話だった。
でもそれをまるきり無視できないのがフランツなのだ。
誰もがあの悲惨な事件を覚えている。
怪物と化した兵士たち、同士討ちに涙した近衛兵たち、そして彼らの罠にかかり、死にかけたリッツ。
あの事件でアンナは初めて人を殺めた。
あれを最初で最後にしたいと願っていることも知っている。
重苦しい雰囲気を最初に破ったのはエドワードだった。
「そうだ。あのウォルター侯爵だ」
「ではあの後、ウォルター侯爵は、陛下の元に下ったんですよね? なのに何故あの事件を起こしたんですか?」
真摯な瞳を向けられて、エドワードは微かに眉を寄せて黙り込む。しばらくして小さく息をついてフランツを見た。
「正直に話すと誓ったのだったな。では話そう。実は、私やリッツは、ウォルターがリチャードの遺児を孤児院で育てていたことを知らなかった。知っていたのは、ウォルターの友だったコネルだけだったろう。グラントすら知らずにいたようだからな。何しろグラントは厳しかった。もしリチャードの孤児が全員生きているなんてことになれば、大問題だった。そうなれば遺児は直轄区にすむ事は許されなかっただろうし、軍にも政務部にも入ること叶わなかっただろうな」
エドワードはそういうと、グラスに目を落とした。
リッツは強くアンナを抱きしめて、その頭を撫でる。
エドワードが今話していることは、全てウォルターの日記に書かれていたことで、その報告書を作ったのは、査察官のケニーと、憲兵隊員のアルトマンだった。
つまりそれをエドワードに報告書という形で上げたのは、この事件の直接の担当であったリッツ自身だ。
「ウォルターは一度負けてシアーズに帰った後、シアーズにあったリチャードの遺児の孤児院を、王室直轄区の他の街に移していたらしい。そこで子供たちを、自分の出自を一切教えずに教養を与えて育てたようだ。私が把握していたのは、リチャードには幾人かの子供がいたが、全て事情を知らせず、農家に養子に出され育てられたと言う報告だったのだが、嘘だったようだ。調べてみると、彼らは自分の出自を知ることはなかったが、みな聡明な子供たちだった。そのうち幾人かは、何も知らぬままに今も政務官として勤めている者も、軍に籍を置く者だっている」
「彼らを罰することは……?」
「するはずがない。彼ら自身は、自分が王家の血筋だと知らないのだから。だからこれは事件後、査察部の最高機密になった」
「でもどうして本人たちに知らせずに、ウォルター侯は反乱を?」
「首尾良く私とジェラルドとリッツを殺せたら、本人たちにそれを伝えて王国を彼らの手に委ねようと思っていたようだな。おそらく彼は……失敗することを知っていたんだ。リッツがシアーズに戻った時点で覚悟は決めていたようだ」
手の中でワイングラスを弄ぶエドワードを、リッツはじっと見つめた。エドワードの目はただ静かだった。
「裏切られたと……そう思わないのですか、陛下?」
フランツの問いかけは、再びリッツの胸をざわめかせる。だがエドワードは平静だった。
「思わんな。言っただろう。ウォルターは私が道を過った時のリッツだと」
微かに伏せられたままの目を見ると、エドワードは小さく息をついた。
「もし私に心を懸けている者たちがいて、彼らに何かを与えたいと願って死んだら……リッツはおそらく、ウォルターと同じ事をするだろう」
フランツは黙って考え込んでいる。
きっと今日の話を聞いていなかったら、納得できない感情だったのかもしれない。
でもフランツは、エドワードとリッツの苦悩を聞いたのだ。
リッツも考える。
国家が平穏であっても、エドワードが望んだ人々が幸せではなかったら、エドワードが彼らの幸せを望んでその夢を果たせなかったら……。
答えは簡単に出る。
例え国民を犠牲にしても、エドワードの望みを叶えたいと願う。
黙ったままアンナを抱く腕に力を込める。
確かに自分はウォルターになり得る。
報告書を出した時に、エドワードがそういった時、リッツは何も言葉を返せなかった。
だからこそ遺児の存在と、政務部、軍における氏名は最高機密となったのだ。
「コネルは知っていたが、何も言わなかったようだ。忠誠よりも友情を取られたな。お前と同じだリッツ」
小さく頷くと、腕の中のアンナが声を上げた。
「リッツはそんなことしないです」
「……アンナ?」
「反乱を起こしたりしません。だってそんなの、私が止めるもん。幸せは人に決められる物じゃない。リチャードの子供が王位に就くのが幸せかなんて、その子たちしか分からないよね? だったら私は、その子たちの本当の幸せを見つけ出して、その子たちが望む本当の幸せをあげるのが正解だと思う」
アンナは首をそらして下から見上げてきた。その瞳の真摯さに、言葉も無い。
「王家の血を引いているから、国王になるのが幸せなんて限らないよ」
「そうかな……」
頂点を望めると知れば、それを求めるのが人じゃないのだろうか。
そんなリッツの疑問は、アンナの一言であっさりとひっくり返された。
「でもエドさん、言いましたよね?」
「……私が何かいったかね?」
「国王になることが、幸せの頂点じゃないんだよって。旅先でお酒が入ると、とっても嬉しそうに」
「アンナ!」
焦ってこの後のアンナの言葉を封じようとしたエドワードだったが、時すでに遅しだった。
アンナは笑顔でエドワードを真っ直ぐに見つめて言い切ったのだ。
「リッツが隣にいて一緒に大陸を旅している今が、生きてきた中で一番幸せだって。リッツには秘密だよって」
一瞬にしてエドワードが赤くなった。
そのまま利き手で強く眉間を揉んでいる。
そういえばエドワードとアンナは、旅の間ずっと相部屋で暮らしていたのだ。
どうやらリッツ同様エドワードも、アンナに色々吐き出させられたらしい。
何だ。とリッツは安堵した。
エドワードは迫力は身についたし、歳を重ねたけど、やっぱりエドワードなのだ。
「だからエドさんの幸せのために、私ばっかりリッツといるのは悪いなぁって、今も思ってるんです。だからリッツ、喧嘩ばっかりしないで、ちゃんとエドさんの所に遊びに行くんだよ?」
ふと昔の自分が甦った。
『俺はお前が見せているエド、お前が俺に知って欲しいエドの部分だけでも大好きだよ』
例えば見せたくない部分があって、それを隠していたとしても、リッツが知らない間に積み重ねられた苦悩と、苦痛の日々があったとしても。
それを隠し通して笑う、今のエドワードが大切だ。
傭兵として少々素直になれなくなってしまったが、それでもこの気持ちは変わらずにこの胸にある。
きっとこの、決して違えることのない思いを永遠と言うのだろう。
「アンナ……秘密は守るんだろう?」
ぼそりとエドワードが言った。
アンナには、話したくなってしまう妙な特性があるのかもしれない。
フランツだって、同じように白状させられているのを幾度も見た。
さすがはこの世界を作り上げた女神と同一の存在だ。
だがよほどのことでなければ、隠しおおせることができないのも、またアンナの特性だ。
「あ、そうでした。でも何で秘密にするんですか? 大好きと大切と幸せは、秘密にしちゃ駄目です。ちゃんと伝えないと、絶対に後悔しますから」
何かを悟ったようにそういったアンナが、リッツの胸に体重を預けてきた。
「私、それで半年以上も辛かったもん」
タシュクルでの話だ。
お互いに傍にいるのに届かない手を、幾度も伸ばそうとしては引っ込めて、感情の苛立ちを互いに向けて、自分で傷ついていた。
「……俺も辛かった」
「だーかーら、正直になることがとっても大切です。二人とも口げんかを楽しんでるけど、もっと大好きを伝え合ってもいいと思うよ。嫌いとか苦手とか、そういうのは黙っててもいいけど。だってそれは克服できるでしょ? 感情が変われば、好きになれるでしょう?」
満面の笑みを浮かべたアンナは、エドワードを見て、こちらを見上げた。
まったくもう、アンナにはやっぱり敵わない。
エドワードに目配せすると、エドワードも苦笑した。同じ事を考えているようだ。
さすがアンナ。エドワードがリッツを託した相手だけある。
エドワードは静かに立ち上がった。
「では今日はここまでにしよう」
「続きはまた来週ですね?」
「ああ。君たちが聞きたいと望むなら」
そう言って微笑むエドワードはいつも通りの、大公エドワードだった。
「聞きたいです!」
アンナとジョーが大きく手を上げた。フランツも無言のまま頷く。
「……ではまた来週」
出て行きかけたエドワードがリッツに軽く目配せしてきた。
その視線が向けられた先は、アンナだ。
何となく分かった気がして、リッツはアンナを横抱きに抱き上げて立ち上がった。
「え、え、何、リッツ?」
困惑するアンナを挟んで、エドワードが向かいに立った。
エドワードがアンナごと、リッツをぎゅっと抱きしめた。
その片腕が軽くアンナの体重を引き受けたから、片腕を抜いてアンナごとエドワードを抱きしめた。
二人の男の間に挟まれて、二人分抱きしめられたアンナが、軽く混乱している。
「な、何ですか、エドさん、リッツ!」
「お前たちが大好きだ」
きっぱりとエドワードがそういった。それからアンナの額に優しく口づける。
「え、え、エドさん!」
パニックに陥るアンナに、エドワードは堪えきれないように肩をふるわせて笑いを堪えている。そんなアンナの髪に、優しく口づける。
「俺もお前たちが大好きだ」
「リッツ!」
エドワードとリッツ。
大柄な二人の男にがっちりと抱きしめられたあげく、二人から代わる代わるにキスされた小柄なアンナは、今にも弾けそうなトマトのように真っ赤だ。
「ちゃんと正直に伝えたが?」
平然とエドワードが言い切る。もちろんこれが秘密を暴露したアンナへの、エドワードの仕返しだ。しかもアンナが絶対に拒絶できない形での。
何しろ大好きを伝えろと言ったのはアンナ自身だ。
リッツはにんまりと笑いながらアンナを見た。
「って感じで、いい? アンナ?」
「分かったよぉ。分かったから……おろして~」
思い切り恥ずかしそうなアンナを間に挟んで爆笑した。
「これいいな。今度パティにやってやろうか?」
思わずそんな言葉が口を突いて転がり出た。
いたずらめいた提案に、エドワードが笑いを抑えきれないままにリッツの背を叩いた。
「それはいい。アンナ以上の過剰反応が楽しめそうだ」
「俺、絶対に殴られるよな?」
「私の分までな」
「ずりぃなぁ」
「下ろしてってば~。私もリッツもエドさんも大好きだよ!」
腕の中でじたばたともがくアンナに、また笑いがこみ上げる。
「どうする、エド?」
「私も年だ。若い子に触れあっているのはいいもんだな。少し若返る気がする」
エドワードが再びアンナの額に、口づけた。
「エドさん!」
「おや? 額へのキスは、仲間や家族なら構わないんだろう? 散々そう聞いたが?」
リッツとチウジーのキス事件の時だろう。
あの頃はアンナとリッツが口を利かない分、エドワードとアンナの関係が密だったはずだ。
「ううっ……そうですけど……」
アンナは反論できない。
何しろ旅路で散々主張していたことだからだ。
「じゃあ恋人の俺は、ちゃんとキスしていいか?」
「……今? この状態で?」
「そ。駄目か?」
「ダメダメ! この状態じゃ、やだ~っ!」
アンナが両手足をばたばたさせて暴れている。
それでも二人の男から逃げられるわけがない。
何しろ方や救世の英雄で、もう片方はその片腕なのだから。
「何でだよ。可愛いのに」
からかうように言うと、アンナは大きく溜息をついた。
「エドさんとリッツが、こうやってパティ様にいたずらしてたって……よく分かったよぉ~。パティ様に殴られても、自業自得だったんだね」
アンナの困り切った一言に、また笑いがこみ上げて、リッツは吹き出した。




