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2017年、あけましておめでとうございますヽ(^0^)ノ
今年も燎原の覇者の連載は続きますので、どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m
ティルスの大樹の下は、一面のクローバーに覆われていた。
あちらこちらにタンポポが群生し、薄紫のクローバーに、水玉の黄色を添える。
その美しい光景の中に、妹のルイーズがいる。
彼女に手を引かれ、満面の笑みを浮かべて親友のアルバートが歩いていた。
「見てよ、アルバートったら、鼻の下伸びっぱなし」
化粧っ気のない顔で、ローレンが隣で笑った。伸びっぱなしの髪を、軽く束ねただけの質素な姿だが、それが愛らしかった。
愛おしいローレン。
グレイグはローレンに手を伸ばして、その頬に触れる。
「なによ、グレイグ。ははぁ~、さては可愛い可愛い妹を、親友に取られたのが気にくわないな?」
「アルはいい奴だ。別に悔しくも何ともない」
「うそうそ。悔しいって顔に書いてある」
「だから悔しくないって。アルとも兄妹になるんだ、嬉しいに決まってる。二人で騎士団で名を上げてやるんだ」
「もう、この剣技馬鹿!」
騎士団に入団してもう数年になるが、二人とも未だに見習いである。
それでもジェラルドに声をかけて貰えるぐらいには実力を磨いた。
特にグレイグは槍術では無敵を誇り、幾度か試合で表彰されるまでになっている。
「剣技馬鹿はアルだろ。俺は槍使いだよ」
「どっちにしても二人とも体力馬鹿ね」
あっさりとローレンに称された。
むくれてそっぽを向くと、ローレンが隣で吹き出した。
「なによ、むくれてるの? 子供ねぇ、グレイグ」
「むくれてなんて……」
振り返りざまに、柔らかく唇を塞がれた。
それがローレンの唇だと分かったとたん、愛おしくて溜まらずに抱きしめていた。
きつく抱き合い、唇を交わし続ける。
やがて唇を離したローレンは、小さく息をつき、笑う。
「あなたが体力馬鹿で、私が学問馬鹿。とってもいい夫婦になると思わない?」
「……俺にプロポーズしてくれたの?」
「そ。イエス? それともノー?」
いつものようにいたずらっぽく聞いているのだろうけれど、ローレンの指先が微かに震えていた。
本当に体力馬鹿で、槍術馬鹿で、いつもローレンにばかり先に言わせてしまう。
本当はグレイグが言いたかったのに。
「ノーだな」
「……そう」
「じゃあ俺から質問。俺と結婚してくれない、ローレン。イエス? ノー?」
満面の笑顔で尋ねると、ローレンが本当に呆れたような顔をした。
でもその耳たぶがうっすらと赤くなっているのに気がつく。
「ば、馬鹿じゃないの!」
「答えは?」
「イエスに決まってるでしょう!」
グレイグは腕の中のローレンの両脇下に手を入れて、子供にするように抱き上げた。
そのまま彼女を持ち上げてぐるぐる回す。
「やったーっ! ローレンは俺のものだ~っ!」
「この槍術馬鹿! 恥ずかしいでしょ! 下ろしなさいよ!」
半ば本気で叫びだしたローレンに、ルイーズとアルバートが駆けつけてくる。
「グレイグ、何をやってるんだよ。ローレンが目を回してる」
「だってさ、アル。ローレンが俺の嫁になってくれるってさ!」
「へえ。じゃあ、お前が家事をするのか?」
「あ……」
ローレンは家事が昔から苦手だ。その代わりに勉強ばかりよく出来る。
ついには医者の資格まで取り始めたほどだ。
アルバートとローレンとグレイグは同い年で子供のことから一緒に育ってきたから、お互いのことはよく分かる。
「やるわよ! 家事ぐらい頑張るわよ! なによ、アルの馬鹿! そんなに思いやりなかったら、ルイーズに振られるわよ!」
ローレンとアルバートが、じゃれ合っている。昔から馬が合う二人だ。
「お兄ちゃん」
ルイーズが、本当に綺麗な微笑みを見せて、グレイグを見上げた。
「何だ、ルイーズ?」
「一緒に結婚式しようよ。私が十六になったら」
「……半年後か」
「うん。それで子供が出来たらね、男の子だったらエドワードってつけるの」
「エドワード?」
この田舎ではあまり聞かないような格式張った名前だ。
「ずいぶんと堅い名前だね?」
アルバートが微かに笑いながら問いかける。そんな恋人の鼻先に、ルイーズは人差し指を優しく押しつけた。
「ジェラルド様は、素敵な名だとおっしゃったわ」
「ジェラルド様が?」
「……うん」
恥ずかしそうにルイーズが目を伏せた。ルイーズはジェラルド・モーガン侯に憧れを抱いている。
騎士団に入団したグレイグに届け物をした時に、ジェラルドと話をしてからずっと彼を尊敬している用だった。
だからこそ自分の息子には、彼のような立派な名が欲しいのだろう。
「ちょっと妬いちゃうな」
ボソッとアルバートが呟くと、ルイーズが幸せそうにクスクスと笑う。
それだけでアルバートは吹き出し、幸せそうにルイーズを抱きしめた。
恋人の腕の中でルイーズは夢見心地に言葉を続ける。
「エドワードって、王者っていう意味があるのよ。私はね、自分の息子には自分の中の王になって欲しいと思うの。誰かに支配されることなく、自らの選んだ道を貫いていけるような大きな男に」
エドワード。
それはルイーズの祈りの名前。息子へと送る、願いの名。
幸せそうに抱き合う二人を眺めながら、ついついグレイグは寂しさを感じた。
ルイーズは大人になるのだなと思った。
だからついつい冗談を口にする。
「まさかお前、もうアルとの子がいるとか?」
軽口の直後に、アルバートに殴られた。
「ルイーズはまだ十五だ。手なんて出すもんか。お前と違ってな」
にんまりと笑うアルバートに、グレイグはむくれて怒鳴った。
「ローレンはもう十七だろう! あてっ!」
後ろから殴ってきたのは今度はローレンだった。
ローレンは真っ赤な顔で、もう一発げんこつを落としてきた。
「どうしてもう手を出したことをばらすかな!」
「もう結婚するじゃん。これからは公認だろ?」
「馬鹿! ほんっとうに、槍術馬鹿!」
怒り狂うローレンに、ルイーズが得意の天真爛漫な笑顔を浮かべた。
「ええ~? じゃあもうお兄ちゃんとローレンの間に、赤ちゃん出来るの?」
これにはローレンも溜まらず、モジモジと指を組み始めた。
「……まだ、妊娠はしてない……と思うけど……」
ぼそぼそとローレンが呟く。
「そうなの?」
「だって……まだ二回しかしてないし……」
「お前の方がばらしてる! 恥ずかしいだろ!」
体力馬鹿でも槍術馬鹿でも、恥ずかしいという感情はある。
グレイグが赤くなると、ローレンは更に赤くなった。
そんな二人を見ながら、ルイーズはにっこりと笑った。
「じゃあね、お兄ちゃんとローレンの間に子供が出来たら、シャスタっていうのはどう?」
「シャスタ?」
これもまた聞いたことのない名だった。勉学を苦手とする男二人は顔を見合わせる。でもローレンもその言葉を知らないようだった。
「前に絵本で読んだの。清らかなとか、まっさらなと言う意味があるんだよ。世界の全てを綺麗な瞳で見て、真実をみつけられるような名前なの」
「どうして私たちの子にその名前?」
「二人ともとっても優しくて、とっても純粋だもの。男の子でも女の子でも、きっと心の綺麗な子が生まれるわ。だからシャスタ」
けぶるようなルイーズの笑顔に、ローレンと顔を見合わせて笑う。
「いいかも!」
「そうしたら、二人を兄弟として育てるの。私たち四人の子として、どちらの子も大切に大切に一緒に育てるの。素敵でしょ?」
「いい考え! じゃあ私、絶対に男の子を産むわ。男女の兄妹って苦労しそうじゃない。特にグレイグみたいなお馬鹿さんだとね」
「俺は馬鹿じゃねえし!!」
「諦めろグレイグ。俺らが女性陣に敵うわけないさ」
ルイーズの子、エドワード。
ローレンの子、シャスタ。
それは一つの誓いだった。
この幸せはきっとこのティルスの柔らかな風と同じように、四人の間で永遠に続くのだろう。
……そう思っていた。あの時までは……。
不意に目の前の世界が暗転した。
薄暗いジェラルドの屋敷。
ジェラルドの後ろについて連れて行かれたのは、国王の滞在する部屋だった。
扉を開けたジェラルドの後ろから、大きなベットが見えた。
ベットに広がっているのは、自慢にしていた長い髪だった。
金色の毛布のように乱れ、散らばっている。
血の気が引いた。
引き裂かれた服、
人形のように投げ出された裸体、
血の気の引いた真っ白な手足、
強ばったまま動かない表情、
大きく開かれた足の間から流れ出す、
真っ赤な流れ。
「ルイーズ?」
何故?
アルバートと幸せな結婚を夢見ていたのに。
あとたったの数ヶ月で、十六だったのに。
アルバートと結ばれるのをずっと夢見ていたのに。
強ばった瞳がこちらを見たのが分かった。
グレイグを見つけたルイーズの瞳が潤み、涙がひとしずく流れ落ちた。
唇が『アルバート』と愛する男の名を紡いだ。
グレイグは両手で顔を覆った。
歯を食いしばり、必死で嗚咽を堪えた。
ルイーズ、アルバート……ごめん。
俺のせいだ。俺がルイーズを連れてきたから……。
崩れ落ちたグレイグが、呆然としているうちに、全ての事はまるで夢の中の出来事のように流れていった。
いつの間にかルイーズは、愛妾として国王に召し上げられた。
国王は、シアーズに帰るまで、モーガン邸で幾度もルイーズを犯し続けた。
最初に倒れたのはアルバートだった。国王を殺そうとして、仲間たちに幽閉されたのだ。
敵う相手ではないと。
そしてシアーズに沢山の家具と召使いと共にルイーズが連れて行かれる日、グレイグとアルバートは、モーガン邸の一室に幽閉されたままその光景を見下ろしていた。
そうしなければ、グレイグもアルバートも、国王に襲いかかるからだ。
そうなればグレインが滅びる。
いくら妹のためであっても、グレイグにそれは出来なかった。
翌日、二人はようやく軟禁状態から解放された。
「グレイグ」
あの日、アルバートは暗く、小さな声で言った。
「俺はもう剣を持たない。あの国王ある限り、ユリスラ王国のために戦いたくない。剣を持てば、グレインへの出兵要請があれば、あの男のために戦わねばならなくなる。だから俺は剣を捨てる」
「……アル……」
「ルイーズを幸せにしてやれるのは……俺だけだったのに……」
「すまない……本当にすまない、アル……」
「ルイーズ……愛してる……」
絞り出すような言葉に、グレイグは堪らず、部屋を飛び出した。
いたたまれず、モーガン邸にもいられず、グレインの街で酒を飲み、暴れた。
ローレンが迎えに来てくれた時も、ローレンを殴って追い返したこともある。
もうグレイグには手を付けられない。
世間がそう思い、アルバートとローレンが呆れて見捨ててくれるのを、ひたすらに酒を飲みながら待った。
そして誰もが声をかけなくなり、遠回しに哀れむような視線を送ってくるだけとなったのを確認し、グレイグは夜中に髪を切り落とした。
短い髪を目立たぬように茶色く染め上げ、部屋の中で飼っていた鶏の首をはねた。
血だまりの中にジェラルドから騎士叙任の証として送られた短剣を置き、点々と血痕を近くの川まで垂らした。
絶望して自らを斬りつけ、死にきれずに川に入ったように偽装したのだ。
そして一人、シアーズへ向かった。
国王を暗殺するために。
でも当然ながら、一介の田舎騎士に、国王を暗殺することなど不可能だった。
いや、国王に会うことすら出来ずに、王城に入ったとたんに拘束された。
それから何があったかはあやふやだ。
覚えているのはめちゃくちゃに兵士たちに殴られ、切り刻まれ、生死の境をさ迷ったこと。
その後も拷問に掛けられて、死にかけたことぐらいだ。
目が覚めた時には、すでに何も覚えていなかった。
グレイグはすでに廃人と化していた。
もうグレイン騎士団のグレイグ・バルディアはいなかった。
そこにいたのは、シュヴァリエ公爵を初めシュヴァリエ一族皆の男娼であり、暗殺者である、名無しという、奴隷だった。
やがてシュヴァリエ公爵は、飽きたアノニマスを、娘の奴隷として差し出した。それからはずっと、イーディス・シュヴァリエの奴隷だった。
そう、今の今まで。
「グレイグ、グレイグ」
揺り起こされて目を開けた。
目の前にグレタの顔がある。見渡すと、自分はベットに寝ているようだ。
傷は手当てされていて、痛みもほとんどない。
窓からは明るい光が、さんさんと降り注いでいる。
「……グレタ……?」
「ええ。どう? 大丈夫?」
「……ああ。ここは……?」
問いかけて気がついた。そうだ。あの時ナイフで自殺をしたはずだ。
何故生きているのだろう。
「俺は……何故生きている、グレタ」
「すまない。私が守った」
「グレタ?」
口調が今までのグレタと全く違っていた。
まじまじと見つめると、グレタが笑う。
「私はグレタ・ジレット中佐だ。隠していてすまない、まだ軍人なんだ。今までの口調に戻した方がいいならそうする。そのほうがいいか、グレイグ?」
「え……?」
「もお、こっちの方が話し易いの、って聞いてるのよ、グレイグ」
今までの甘えた男好きなグレタの口調だった。
その落差に困惑する。
「……事情が分からない。まず説明してから選ばせてくれ」
「了解。任務のことを離す時にあの口調はきつい。元の口調で話すがいいか?」
「ああ」
グレタは手短に、自分が査察官であり、前に話したように男問題を起こして退職したわけではなく、そのように装って、潜入捜査をしていたのだといった。
「あなたを初めて見た時、ルイーズ様はすぐに兄だと気がついたそうだ。あなたは気がつかなかったようだが。そして私にハロルド陛下を通じて依頼なさった。彼がグレイグ・バルディアであるならば、守ってくれないかと」
「! 俺は君に守られていたのか……?」
「そういうことになる。例え暗殺者になっても、幾人もの男と寝ることになっても、命令は絶対だ。私の中で陛下の命令は全てを優先する」
「査察官の鏡だな」
「最高の褒め言葉だ。ハロルド陛下からグレイグに伝言がある。聞くか?」
聞きたくない。
そう思ったが、自然に頷いていた。
彼はもうこの世にいない。ルイーズ同様に。
だとしたら死した人の言葉を、グレタに持たせて置いては悪いと思ったのだ。
「『彼には昔すまないことをした。余は愛を知らずにいた。だから彼から大切な妹を陵辱し、奪うようなことをしてしまった。余は今、心の底からルイーズを愛している。本当に大切にしている。彼女が余に愛を教えてくれた。愛する意味を、愛する幸福を、愛される幸せを教えてくれた。余は初めて無償の愛を知った。命を狙われる故、王妃にしてやることは出来ぬが、この国の王妃は、ルイーズなのだ。余に出来ることは僅かだ。だからグレイグを、そして余とルイーズの子の命を守ってくれ』」
涙が溢れた。
ルイーズはアルバートを愛していた。
本当に国王を憎んだだろう。本当に国王を呪っただろう。
なのにルイーズは、自分を犯した国王を愛し、慈しみ、彼に愛を教えた。
だからルイーズ以後の愛人は存在しない。ルイーズと同じ悲しみを背負う者は、現れなかった。
国王の自治領区回りは、グレインを最後に行われなくなったのだ。
ルイーズが憎しみを超えて、国王ハロルドを愛したから……。
「あなたの罪が消えたわけではない、グレイグ。だがルイーズ様はあなたを憎んでいない。あなたがシュヴァリエ家の奴隷に身を落としたことを、とても悲しんでおられた」
グレイグは顔を覆った。
ざらりとした火傷の感触と共に、自らの奴隷としての人生を思う。
「グレイグ。奴隷のまま死するつもりか? このまま行けば、あなたは何もなさぬまま、ルイーズ様とハロルド様の愛に報いる事もせぬまま、奴隷として無駄死にだ」
グレイグは唇を噛みしめた。
このまま死にたいと思った。
故郷を燃やし、最愛のローレンを殺し、親友を悲しませた自分は、死ぬしかもう詫びることが出来ないと思ったのだ。
「イーディスは知らないが、シュヴァリエ公爵はあなたの正体を知っていた。兄妹で殺し合わせるつもりだったのだ。このままあなたは、何もせずに死ぬのか?」
「何もせずに?」
「そうだ。心までシュヴァリエ一族に陵辱された奴隷のままで終わるのか?」
ふわりと、あの大樹の下のクローバーとタンポポの海を思い出した。
『お兄ちゃん、大好きよ。ずっとずっと、お兄ちゃんが一番好き!』
ルイーズ……。
『グレイグ、一緒に立派な騎士になろうな』
アルバート……。
『愛してるわ、私の槍術馬鹿さん』
ローレン……。
俺にはまだやるべき事があるのか?
女神は、精霊王は俺に何を求めている?
「グレイグ、決めてくれ。グレインに戻るか、それとも他に道を探すのか。私はそれに付き合う」
「……何故だ、グレタ?」
「ハロルド王とルイーズ様が私にくださった、最後の命令だからだ」
グレタの軍人としての表情が微かに揺らぐ。
そこににじみ出たのは、切なく寂しげな微笑だった。
「私は仲睦まじく、お優しかった二人を尊敬していた。任務に傷つき、それでも任務に縋るしかない私を、ルイーズ様は哀れみ、優しく頭を撫でてくださった」
伏せたグレタの頬に、微かにまつげが影を創る。
「例え二人きり王宮に孤立し、閉じ込められて国政に手出しできなくとも、我ら査察団だけは、王の手足となりたかった」
「グレタ……」
ふわりと、先ほど見ていた夢のように、あの頃のルイーズの笑顔が浮かんだ。
ルイーズのほっそりとした、それでいて農家の娘である働き者の白い指が優しくグレイグの頬に触れる感触が幻のように甦ってきた。
『お兄ちゃん、一人で悩んだら駄目よ。私がいるわ。私はずっとお兄ちゃんが大好きよ』
ああそうか。あの後、王宮にあっても、ルイーズはずっとルイーズだったのだ。ルイーズは決して弱く守られるだけの女性ではなかった。そう、あのエドワードの母であるにふさわしい、芯の強い妹だった。
目の前で目を伏せていたグレタはそっと涙をぬぐうと、顔を上げた。
「なんてね。あなたが気に入ったからに決まってるじゃないの。私、付き合うと言ったら付き合う女だって言わなかった?」
以前と変わらぬ口調でそういったグレタを抱きしめた。グレタも果たせぬ想いを抱えている。もしかしたらこの想いは同じでは無いだろうか。
「グレタ」
「何?」
「……シアーズへ戻ろう。いつかエドワードがシアーズへ攻め上ってきた時、俺たちがシアーズの革命の種火になろう」
地下組織を作り上げよう。革命軍のために。
それが地下にも人脈を持つ、グレイグに出来る、たった一つの事だ。
シュヴァリエ家への復讐を果たし、エドワードへの追い風になろう。
愛おしいルイーズの愛する、たった一人の息子であり、グレイグにとって、たった一人の血の繋がった甥のために。
「じゃあ決めてちょうだい。こっちの私と、査察官の私、どっちで接して欲しい?」
笑顔で尋ねたグレタを抱き寄せて口づけた。
グレタはアノニマスであった頃のグレイグの、身体だけの愛人だった。
でももうそれはおしまいだ。
身体ではなく、今二人を結びつけているのは、この国を覆すと言う心だった。
「共に来てくれるなら、査察官でもいつもの君でも構わない。本来の君でいてくれ」
「……行くわ。私は誰よりも、査察官としての誇りを大切にしているもの。グレイグ、あなたにルイーズ様と同じ忠誠を」
「いらない。俺は貴族じゃない。農民で、グレイン騎士団第一隊の槍使い、グレイグ・バルディアだ。こちらこそ、君の力を借りたい」
グレイグは立ち上がり、窓を開けた。
「さあ、グレタ。行動開始だ」
「了解。出発ね、グレイグ」
窓の外に広がる景色を前に、二人は静かに抱き合った。
この道の先に、シアーズがある。
先に行っている。必ず攻め上ってこい、エドワード。俺はシアーズでお前を待っている。




