<13>
パーティーが終わった夜更け、リッツはサリーの部屋をノックした。最近のサリーは、昼間寝ていて、夜中にひっそりと起きているのだと聞いたからだ。
「サリー? 寝てるか」
反応がない。ノブを回してみると簡単に廻ったから、リッツは扉を開けた。
目の前のベットには、身を起こして外を見ているサリーの姿があった。
月が出ているけれど、カーテンも閉めずに、サリーはただ外を見ている。夜風がサリーの髪を静かに撫でているのが分かった。
「よう、サリー。ちょっといいか?」
いいながらリッツは扉を閉めてベットサイドに近づいた。
サリーの反応は全くない。でもこれは事前に聞いていたことだ。それにシャスタやエドワードのように、錯乱をしないだけましなのだろう。
「シアーズで土産を買ってきたんだ。これ、髪留め。綺麗だろ? これさ、面白いんだぞ。このガラス玉を、ゴムってので繋いでるんだ。ゴムって、ここらへんじゃ聞かねえけど、シアーズにはあるんだ。もちろんちょっと値が張るけどな」
言いながらリッツはベットサイドの椅子を引き寄せて座り、ベットに置かれたままになっているサリーの手に髪留めを乗せた。
このガラスは、一つとして同じ物がないという、見事な工芸品だ。シアーズで見つけ、マルヴィルの娘たちへと三つ買い、パトリシアにも一つ買ってきた。そういえばまだパトリシアには渡していない。
サリーの手がゆっくりと動き、掌にのせた髪留めに触れた。
「綺麗……」
「だろ?」
「こんな物……貰えない……」
サリーの手から、髪留めが滑り落ちていく。
「どうして? 似合うと思うけど?」
リッツはサリーが手放した髪留めを掴むと、窓から差し込む月明かりにかざした。サリーの髪に生えそうな柔らかなピンク色に細かく入った金の渦が、優しく輝く。
「付けて見てくれよ。で、夜中の散歩にでも行こうぜ。今日は明るいぞ」
あえて陽気に語りかけたのだが、サリーは小さく首を振った。
「リッツさん」
「ん?」
「私に、気を遣わないでください」
何の感情も感じられないような声で、サリーが呟く。その顔をじっと見つめていると、サリーは俯いたまま、うつろな目で自分の体を見ている。今日、自らの手で切り付けたところが、跡形もなく無くなっている事が不思議なのだろう。
「何で気を遣っちゃいけねえんだよ?」
「だって……私……死んだ方が良かったんだもの」
サリーがポツリとつぶやいた。
「何でだよ」
「生きていても何の役にも立たないから」
暗い闇の中にいるように、ただ淡々とサリーが呟く。
「役に立たない?」
「はい。ずっとこの部屋にこもって、シャスに心配させて、パトリシア様に面倒を見られて。私は生きている価値なんてないのにみんな親切で……辛いんです。いっそ消えてしまいたい」
リッツは手の中の髪留めを見ながら、軽く弄ぶ。どう言ったらいいのかよく分からないのだ。
でも今のサリーの辛さは分かっているつもりだ。
おそらくエドワードやシャスタ以上に。
「ずっと……後悔し続けてるんだってな」
髪留めから目を離さずに、小さく尋ねる。
「私のせいでローレン先生が亡くなったんです。私が妹たちをちゃんと行かないように止めていれば、もっと怒っていれば、先生が私の代わりに死ぬことなんてなかったのに……」
淡々とサリーが語る。苦しみに胸が締め付けられそうに痛むだろうに、涙一つ見せず、表情は全く動かない。そんな何処かが壊れたサリーを、リッツはじっと見つめている事しかできない。
「私たち姉妹が死ねばよかったんです。なのに私たちが生き残って、先生が死んじゃうなんて……」
リッツは小さく息をついた。やっぱり全く自分と同じだと思ったのだ。だからリッツは大きく息をつく。自分はエドワードではないから、エドワードがリッツにしたようには出来ない。
だがリッツには分かることがある。
「私のせいで、先生が……」
呪文のように抑揚なく言いかけたサリーに、リッツは真っ直ぐ視線を向ける。
「ああ。お前のせいでローレンが死んだんだ」
サリーの動きが止まった。呼吸すらも止まっているかも知れない。でもリッツは容赦せずに、そのまま言葉を続ける。
「マリーとエリーが我が儘を言って、お前が止められなかったからローレンが死んだ。それは事実さ」
リッツの言葉に、表情のないサリーの手が震える。
「でもな、シャスタのせいでもある。シャスタもお前を止められなかった。お前がローレンを殺したのならば、シャスタもローレンを殺したんだ」
サリーは小さく首を振る。シャスタは悪くない、そう言いたいのかも知れないが、サリーの論理で言えば、シャスタにも罪があることになる。
何も言わずにただ首を振るサリーを見つめたまま、リッツは自嘲の笑みを浮かべた。
「そしてな、この俺も一瞬の気の緩みでローレンを殺したんだ。お前を抱いて炎の中を逃げる時、俺は一瞬気を逸らしちまったんだ。そのせいでローレンを死なせちまった」
言葉を切り、サリーの肩に手をかける。あの夜のことが脳裏に蘇ってきた。
抱き上げたサリーのスカートに燃え移った炎。それを慌てて叩き消したせいで失ったほんの少しの時間。それがリッツとサリーを炎の中に残すことになってしまった。
リッツはあの時、死ぬ覚悟をした。そしてサリーに自分の力のなさを謝った。情けない自分の声が脳裏に蘇る。
『ごめんな、サリー。俺……力がない』
そんなリッツに、サリーもリッツが死ぬことで未来が閉ざされると泣いた。
でも死を覚悟した二人を、ローレンが命を賭けて助けてくれた。
「俺たちみんなが重い荷を背負った。誰もが自分のせいでローレンが死んだって思ってる。だけどさ、サリー、辛いよな。だって、誰もお前を責めねえんだから」
サリーの肩が震えた。
「せめてさ、俺、エドに責められたかった。シャスタになじられたかった。お前のせいでローレンが死んだって。お前が母さんを殺したってさ。でもみんな俺を慰めるんだ。違うだろって思うんだけど、優しく諭そうとするんだ。俺もそれが辛かった」
「リッツさん……」
「お前もそうだろ? だってさ、俺は炎に竦んだせいで、俺の最も大切な親友の母親を死なせちまったんだ。世話になった弟分の母親を死なせちまったんだ。面倒を見てくれたアルバートの妻を死なせたんだ。俺に字からお金のことまで全部教えてくれた先生を死なせちまったんだ。なのにアルバートも、シャスタも、エドも、俺に言うんだ『お前のせいじゃない。ローレンが望んだことだ』って。そんなのおかしくねえか?」
小さくサリーが頷く。リッツは頷き返すと、言葉を続けた。
「俺は、俺がローレンを殺したことを自分で責めた。三日間もさ、ローレンの墓の前で何もしねえで座り込んでたんだ。エドたちがそんなこと言ったって、違うだろって。ローレンは死にたくなんて無かったはずだろ?」
ローレンは生きたがっていたはずだ。血の繋がらない息子が、親友の意志を継ぎ、この国の王になるのを、その目で見たかったはずだ。
でもその未来は消えてしまった。
「だから……私が死ななくちゃならないんです。だってローレン先生の死の責任なんてとれないから。何も分かっていない妹たちの分まで、私が責任を取りたいんです」
「責任?」
リッツは首をかしげる。
「違うだろ。責任なんてとれねえんだ。だってさ、お前はローレンを犠牲にして生き残っちまったことに後ろめたさを感じているんだから」
サリーの目が見開かれた。
「後ろめたさ?」
「そうだ。だからずっと、生きている事を後悔し続けなくちゃならないんだよ。俺もそうだった」
生きていて、ごめんなさい。ローレンが生きている方が良かったのに、生き残ってごめんなさい。リッツもサリーもそれを抱えている。
「でもその後ろめたさは、どうしようもないもんなんだよ。後ろめたさを忘れて、他の道を探るしかねえんだ」
「そんなこと……そんなこと……出来るはずがない。だって生き残ったのは私だもの。私よりもとっても立派な人だった先生が生き残るべきだったもの」
サリーは耳を塞いだ。もう聞きたくない、放って置いてくれというサインだ。だがここでやめてしまえば、何も変わらない。サリーの苦しみは、きっと同じように炎の中で生きることを諦めたリッツが乗り越えさせねばならないのだ。
リッツは意を決した。一歩間違えれば悪人になるけれど、上手く行けば心を動かせる。
「サリー。簡単に後ろめたさを忘れる方法を教えてやろうか?」
「……そんな方法なんて、ない……」
「あるよ」
そういうと、リッツはサリーのベットにゆっくりと乗りかかった。怯えて竦むサリーを強引に押し倒す。
「リッツさん!」
サリーの目が恐怖に見開かれる。小さく悲鳴を上げて抵抗するサリーに覆い被さる。元々小柄な十五歳のサリーが、リッツの下でどんなに抵抗しようとも、逃れられるはずがない。
「やめて……やめてください、リッツさん!」
怯えるサリーの耳元で、リッツは小さく囁いた。
「俺を憎めばいいんだ」
「え……?」
「お前を助けられなかったのは、俺だよサリー。口ばっかり達者で、文句ばっか言ってて、そのくせ生きるためにがむしゃらにもなれなかった、俺のせいだ」
必死に抵抗するサリーを、更に力でベットに押しつける。
「だからお前が自分を責めれば責めるほど、俺は俺が許せない。だからサリー、いっそ俺を憎めよ。俺のせいでローレンが死んだって、そう思え」
囁きながらサリーの身体をまさぐると、震えた唇から言葉が零れた。
「いや、やめて、リッツさん……」
「お前はシャスタを愛してるよな。それを知っていながら俺はお前をこうしてる」
すっかり少女らしさを失い骨張ってしまった首筋に舌を這わせると、サリーは小さく悲鳴を上げた。
「リッツさんっ……」
「な? 俺を憎むなんて簡単だろ? 怪我人のお前にこんな事ができちまう」
サリーを片手で押さえつけながら、リッツはその瞳を吐息が掛かるほど間近から見つめながら冷笑した。サリーの目にはリッツへの怯えがある。
「言ってみろよサリー。お前を抱えた俺がびびったせいで、逃げ遅れたって。炎に飛び込む勇気のない俺のせいでローレンが死んだって。そのくせその男はお前の身体さえ奪おうとしてるんだぜ?」
サリーの頬に手を当てて指を滑らせる。乾いてひび割れてしまった唇に妖しく触れながら、自嘲の笑みを浮かべた。
「俺を憎め。ろくでなしで、臆病な俺を憎んで罪を着せろ。なあ、簡単だろう?」
「いや、やめて……」
「そうしちまえば、お前は少し楽になるはずだ」
「いや……」
「お前が抱える罪を俺がかぶってやる。だから俺に憎しみを差し出せよ」
本当にサリーに憎まれてもよかった。
リッツはもうローレンの死に俯かないと決めた。ローレンの望む未来を引き寄せるために、エドワードと共に生きると決めた。
だからサリーの苦しみを、憎しみという形で引き取って、それを抱えていっても構わなかった。
そしてサリーが自分で自分を憎むことをやめてくれれば、それでいい。リッツを許せないと憎んでくれてもいい。
サリーがこうなった理由の一端は、リッツにあるのだから。
「俺が罪を憎しみごと背負ってやる」
「憎しみごと……?」
「そうだ」
きっぱりと言い切ると、サリーはリッツの目を見つめてきた。月明かりだけの薄明るい部屋に、静寂が満ちる。年下の、しかもシャスタの愛する女性を組み敷きながら、リッツは静かだなと思った。
静かだ。あのローレンが死んだ夜みたいに静かだ。
静けさの中でサリーの微かな声が大きく聞こえた。
「……できない」
「できないのか?」
「できません……リッツさんの気が済むなら何をしても構いません」
何かがサリーの中で変わったような気がした。だからたたみ掛けるようにリッツは言葉を重ねる。
「どうして? 人を憎めば楽になれる。俺のような男なら、憎めるだろう? エドのような人格者でもなけりゃ、シャスタのように優しくもねえし。このままお前を犯すことも出来るような男だぜ?」
ダグラス隊で覚えた傭兵の態度をむき出しにして、リッツは笑い、サリーの髪を梳く。
怖がって、憎んで、それで助けを求めればいい。
シャスタに、エドワードに、パトリシアに、マルヴィルに。
そうすれば彼らは優しく笑みを浮かべて彼女を支えるだろう。
弱音を吐ければ、きっと楽になるはずだ。
でもサリーは頷かない。サリーは唇をきつく噛みしめて耐えていた。
やがてサリーは真っ直ぐにリッツを睨み付けてきた。
「やっぱり出来ません!」
サリーは叫んだ。
「どんなことされても、リッツさんだけに罪をかぶせて憎むなんてできない! リッツさんはエドワードと共にある希望だもの!」
「サリー……」
「先生がそういったの。先生、すごく嬉しそうだった。リッツさんがティルスに来て、エドワードが楽しそうなんだって……笑ってたもの! こんなの全部嘘でしょう? これがリッツさんの本性なら、先生が未来を託すわけない!」
リッツをしっかりと見つめ返して叫んだサリーに、リッツは苦笑した。
サリーはやはりいい子だ。人を憎んで自分だけが楽になろうなんて出来ないのだ。
サリーの頭を軽く叩いてリッツはゆっくりと身を起こした。
「そうか。憎めねえか……」
「憎めません。リッツさんのこと、エドワードもシャスも、ローレン先生もみんな好きなんだもの。私だって憎む事なんて……出来ない」
ベットに腰掛け、リッツはサリーを見つめた。
「なあサリー。俺もお前と同じ状態だったって言っただろ? どうやって立ち直ったと思う?」
小さく尋ねると、サリーは首を振った。
「……分かりません……」
「俺さ、エドを泣かせちまったんだ。大泣きさせちまったんだ」
サリーの目が丸くなる。エドワードが泣くなんて、信じられないのだろう。エドワードはいつも、みんなの前で超然としていて、決して弱みを見せたり、感情的になったりはしない。
親友であり色々なエドワードを見てきたリッツも、エドワードが泣いたのを見たのは初めてだった。
「エド、俺を殴りながら泣いたんだ。ローレンの死を自分の物にするなって怒られた。俺がローレンの死を背負って、生きることを放棄するのは許せないって殴られた。でもさ、痛かったけど、エドの涙の方がよっぽど俺にはきつかった。どうしてか分かるか、サリー?」
黙ったままサリーが首を振る。リッツは微かに微笑むと、サリーの乱れた髪を撫でた。
「みんな悲しくて、みんな泣きたいのに、俺がローレンの死を自分のせいだと思い込んで弱ることで、誰も泣けないんだって言われたんだ」
サリーの顔が歪んだ。
「本当はエドが泣きたかったんだ。だってエドは、ずっとずっとローレンを母親として愛してきたんだもんな。だから俺を殴って、それで初めて泣いてた。無茶苦茶怒ってんのに、エドはすごく泣いてた。俺も……一緒になって大泣きしちまったんだ。はは。情けねえんだけど、ボロボロでさ。俺、あんな風に声を上げて泣いたのはじめてかもしんない」
どうしようもないぐらいしゃくり上げて、みっともなくて、でも感情がようやく体の外に出て行った。
「俺の方が泣き過ぎちまって、結局、涙をためたまんまのエドに、頭を撫でて貰った始末さ。二人で鼻水垂らして、情けねえ話しさ」
サリーの頭をリッツはエドワードやギルバートがしてくれるように優しく撫でる。
「俺たちには、ローレンを死なせた罪があるんだ。でもその罪を購う方法は、俺たちが死ぬ事じゃないんだよ。だってさサリー。シャスタが泣くのを見たか?」
「……見てない……」
「だろう? でもあいつは大泣きしてもいいんだ。だってお前と同じ十五歳だぞ? アルバートも悲しみに涙していいんだ。最愛の女が死んだんだからさ。なのに俺とお前がこんな状態だから、シャスタもアルバートも半年たった未だに泣けてないんだ。その上自殺騒動だ。どれだけお前は自己中心的だ?」
「リッツさん……私……私は……」
サリーの目から涙があふれ出した。後から後から涙が流れ出していく。
「俺は、ローレンの望んだ未来のために、俺の命を賭けることにした。俺はこんな駄目な男だけど、でもエドが俺を必要だと言ってくれた。だから総てを賭けても、エドと一緒にこの国を救う。俺が出来る償いはこれぐらいなんだ。サリーにも出来る事があるだろう?」
「……私には何も無い。何も出来ません……」
顔をくしゃくしゃにして、サリーが嗚咽を漏らす。
「出来るさ。お前にしかできないことが。俺みたいな事じゃない。お前にしかできないことがある」
「そんなの……っ!」
泣きながら否定しようとするサリーの胸に、リッツは指を突きつけた。心臓の鼓動が指を通して伝わる。
「ローレンが生きていたら何をしたかったと思う?」
「え……?」
「俺は、シャスタが幸せになるのを見たかったんじゃねえかと思う。エドが未来を救うのと同じぐらい、それを望んでたと思う」
ローレンはシャスタに、思うまま立場に縛られずに生きて欲しいと言い残した。きっとローレンが望んだのは、シャスタの普通の幸せだっただろう。
「俺がエドと一緒にこの国の未来を救うから、お前はローレンのもう一つの夢を叶えないか?」
「もう一つの夢……」
「そうだ。お前はシャスタが好きだろう? だったらローレンの代わりに、あいつをずっと愛して、見守ってやれよ」
サリーは頭を振った。無理だと言いたいのだろう。でもリッツには、サリーが他に何の償いが出来るのか、それが見えなかった。
ローレンが望んでいるのは、そんなに大それた償いじゃないはずだ。きっと償いすら望んでいない。でもささやかな願いは残していった。
その願いを叶えることこそが、償いだと言えるのかも知れない。死の間際に言ったように、シャスタには自分の幸せを掴んで欲しいのだから。
「別に恋愛しろとか、あいつの妻になれとか言ってるんじゃないさ。だけどお前がその罪を購うならば、お前を大切に思って立ち直るのを祈っているシャスタに笑顔を見せてやれ。そんであいつをちゃんと泣かせてやれ。あいつはまだ、ローレンの死で泣いてないんだ」
サリーは掌で顔を覆って泣き出した。しゃくり上げるように激しく泣く。リッツは黙ったままサリーの頭を撫でていた。自分がそんなエドワードの手で落ち着いたことをちゃんと覚えているからだ。
人の手は温かい。それが思いを込めたものなら、なおさら暖かい。
リッツにとってのエドワードと同じ役目をサリーに対して負えないけれど、それでも助けになればと願うしかなかった。
しばらく泣き続けていたサリーが、目を上げた。涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっている。
「リッツさん」
「ん?」
「私……ちゃんと罪を購う。ローレン先生が出来なかったことをちゃんと引き受ける」
「ああ。俺もだ。お互い、長い償いになるだろうな」
「……うん」
頷いたサリーは、布団を被った。一生懸命に涙と鼻水を拭いているのだろう。やがて顔を出したサリーは、リッツを見上げて微かに微笑んだ。
「リッツさん、ありがとう」
「……何が?」
「私が罪人だって……咎を背負って、償わねばならないって教えてくれて。お母さんを失ったエドワードとシャスが私を慰めてくれて、本当に苦しかった……」
サリーはまた涙をこぼす。
「苦しくて苦しくて、二人の顔を見たら混乱して叫んで……更に傷つけてた……。私が悪いのに、慰めたりしないでって、伝えたくても言葉にならなかった。苦しんでいたのは私だけじゃないのに……」
「俺もだ。エドに殴られなかったら、目が醒めなかった」
「エドワードに感謝しなくちゃいけないですね」
「だな」
サリーと目を見交わすと、一緒に笑う。
「正直俺に惚れかけたろ、サリー?」
「弱っている女の子を犯すような人に惚れません」
「だな。お前にはシャスタって言う王子がいるもんな」
「……はい」
「お、やっと認めたか」
笑いながらもサリーの目から涙がボロボロと零れている。
「なあサリー、俺たちはちゃんと生きよう。ローレンの願いを叶えるまで、ちゃんと前を向くんだ」
「……はい」
「とりあえず、ちゃんと食え。シャスタの奴、お前を心配してやつれてたからな。お前が笑ってあいつに抱きついてやれば、たちまち食欲も戻るだろうさ」
「……そうしたら、シャスは、ちゃんと泣けるんでしょうか?」
「ああ。もちろん。お前の前で泣かなくても、一人でちゃんと泣けるさ」
シャスタはサリーを愛している。前に一緒に麦の刈り入れ作業をしていた時、シャスタはひっそりと、そして幸せそうにサリーを盗み見ていたのを、リッツは知っている。
だからサリーの笑顔は、必ずシャスタの心を潤す。
「ありがとう。リッツさん」
「気にすんな」
リッツは立ち上がると、サリーの手に髪留めを握らせた。
「これ付けろよな、サリー。高かったんだから」
「大切にします」
まだぎこちない笑顔のサリーに背を向けて、リッツは扉を開けた。
「お休み、サリー」
「おやすみなさい」
後ろ手に扉を閉めると、リッツは大きくため息をついて、扉にもたれかかった。無意識に両手で顔を覆ってしまう。
罪の意識と償いの思い。それはきっとサリーを縛るだろう。
でも彼女ならきっと、乗り越えていけるに違いない。なにしろあのしっかり者のシャスタが側にいるのだから。
顔を上げてリッツは人の気配に気がついた。扉の脇で壁にもたれて誰かが立っている。どこからか差し込む月の光をうっすらと反射させるその髪は、金色だ。
その正体に、リッツは肩をすくめる。
「何だよ、盗み聞きか、エド」
小声で非難すると、エドワードは何の躊躇いもなくリッツに笑みを見せた。
「ああ、盗み聞きだ」
「いつからいたんだよ?」
「俺の部屋はお前の隣だからな。扉の開け閉めは静かにしないと気がつくさ」
ということは最初からエドワードは、ここにいたということになるらしい。
「よくも俺の秘密をばらしてくれたな。俺は冷静で大人で、涙なんぞ見せない男だぞ」
「へへ。よく言うよ。俺、そうじゃないエドも見てきたよ」
「お前の前でだけだろ。あまりトップシークレットを漏らしてくれるなよ」
言いながらエドワードが静かに自室へ帰ろうとする。リッツはエドワードの背に向かって呼びかけた。
「エド」
「何だ?」
「飲み直そうぜ、二人でさ」
ずっとずっと、エドワードと話したかった。話したいことがいっぱいあって、言葉が溢れだしてしまいそうだ。
シアーズでどんなことがあったか、夜を過ごすことが何て長かったのか、グレインがどれだけ遠く感じたのか。
エドワードの不在が、リッツの生きる中でどれだけ辛かったのか。
「俺、話したいことがいっぱいあるんだ」
エドワードが振り返る。
「奇遇だな。俺もお前に話したいことが沢山ある」
目があった瞬間に、エドワードが笑う。リッツも笑い返した。
「酒だけじゃあれだよな。つまみもねえと」
「両方とも、まだ厨房に残ってたぞ」
「おし! 俺取ってくる!」
リッツは、急いで一階の厨房に向かった。
サリーは翌日から笑顔を見せるようになり、一週間後には母親と妹たちの待つ新しいティルスへと、帰っていった。
だが一緒にティルスへ戻り、サリーたちと農業をしないかと誘われたシャスタはここに残った。彼はもう戦いに身を投じる決意を固めていたのだ。
シャスタとサリーはちゃんと関係を取り戻したようだが、リッツはあえてこの二人の関係がどうなったのか聞かなかった。
サリーは強い心を持っている。きっと二度と死のうと何てしないだろう。
償いと購いがいつか……サリーの幸福になるように、それを願わずにはいられない。
リッツはふと考えた。
ローレンとエドワードの夢を叶えるまで死なないと決めた。
……でも、それが叶ったら、一体自分はどこに行くのだろうと。




