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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
樹下の盟約
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<3>

 肩で息をしながら、リッツは大の字で横たわっていた。動くことに全く苦がなかったリッツには、呼吸が全く整わない経験など今までに一度もない。

 空からこぼれ落ち、風に揺れて輝く木漏れ日を浴びながら呼吸を整えつつ、リッツは視線を隣へと向けた。そこにいるのは倒木に座り込んでがっくりと上体を膝に付いて、呼吸を整えるエドワードだった。

「エド……生きてるかぁ……」

 荒い呼吸の間から尋ねると乱れた金の髪がゆっくりと動き、気の強そうな水色の瞳がこちらを見据える。

「あたり……まえだ」

 強がっている。本当は死にそうにきついくせに。

 思わず口元が緩んだ。それに気がついたのかエドワードは突き刺さるような視線を向けてきた。

「何がおかしい」

「べっつに~」

 寝転がっているリッツから見れば、エドワードの膝がわらってるのが丸わかりだ。

 ここに来て初めて気がついたのだが、本心を見せようとしないエドワードは意外に見栄っ張りで強がりだ。

 すぐに口に出してしまうリッツとは正反対で、疲れても辛くても決してリッツやジェラルドに向かってそれを口にしない。

 それが元からの性格なのか、それとも何か意味があってそうしているのかリッツには分からない。

 この場にはジェラルドをふくめて三人しかいないのだから、きつかったらきついと言えばいいのに、エドワードはリッツと違って弱音を吐くことなど無かった。

 でも強がっていてもきついのが丸わかりだと、リッツはほっとしてしまう。

 無言で何かを考え込んでいるときのエドワードは、何だか遠くて別の世界に生きている様に感じるが、虚勢を張っている時は少しだけ近しい存在に見える。

 基本的にリッツの方が体力がある。常に森の中や周辺集落で走り回っていたリッツは、鍛えているだろうエドワードの体力より少し勝っていた。

 拾われてから今まで、エドワードに全くかなわないと少し萎縮し気味だった気持ちも、こうしてエドワードの強がりを見抜けるようになった分、少しだけ大きくなった気がする。

 ニヤニヤしながらエドワードを見ていると、エドワードも荒い呼吸のまま口元に皮肉の笑みを浮かべた。

「お前こそ、ずいぶんと疲れてないか?」

「へん。こんぐらいで、へばって、たまるか」

「強がりを……」

 冷静にそう言おうとするエドワードを見やって思わず吹き出した。

 生傷だらけで髪や顔には泥汚れがこびりつき、その上着ている服は剣によるひっかき傷や裂け目が着いたひどい格好のエドワードに、出会ったときのように貴族か軍人というような威厳も今はない。

 この姿では街中でうろついている浮浪者も同然だ。

「強がりなもんか。俺の方が元気だぞ」

 だがリッツだって似たようなものだろう。

 何しろここ数日、打ち身と傷だらけで体を動かすのも辛い日々を送っているのだから。

 リッツがエドワードと森で合流した日から、この地獄の特訓が始まったのだ。

 朝起きたらまず食料を調達しに猟に出る。必要最低限の食料しか持ち込んでいないため必要不可欠なのだ。

 街からそんなに離れたところにある森ではないのだから、食料ぐらい持ってくればいいのにと最初は文句を言ったのだが、足腰を鍛え、どんな状況でも生きられるよう鍛えるためだといわれると口をつぐむしかない。

 この時持たされるのは弓と矢。空腹のまま森の中を走り周り、ようやく食物を手に入れたところで食事となる。

 だがリッツは弓矢を使うことが苦手だ。体を動かすのは得意でも、道具を使ってコントロールする武器は手に負えない。

 そんなリッツに比べて、エドワードは弓の名手だった。弓を射る時の凜としたまっすぐな背中と、水色の瞳にみなぎる緊張感はボロボロな格好でも十分気品があった。

 力はあるから引くだけ引けるものの、全く的が定まら無いリッツとは雲泥の差だ。

 だから自然と森で体を動かすことに慣れているリッツが生き物を追い立てる役に、撃つのはエドワードになった。

 剣技の稽古と違って自分たちのペースでする狩りの時間は、二人にとって必要不可欠なもので、空腹を抱えてはいたが楽しい時間だった。

 山の中を駆け回り、獣のあとを見つけてお互いに軽口をたたき合う。

 そこには二人の過去や苦悩を考えずにただ友としてふざけあう普通の青年でいられる時間があった。

 その間ジェラルドは黙って火をおこして待っていた。ジェラルドはリッツとエドワードがこうして軽口をたたき合い、ふざけたり喧嘩したりするのを、ただ穏やかな笑みを浮かべてみている。

 こんな時間をジェラルドはとても幸せに感じているようだった。

 ジェラルドの態度を見ていると、やはり村で噂されていたようにエドワードはジェラルドの息子なのではないかと思う。

 思い詰めがちな息子が楽しそうにしているのを見るのが嬉しいのかな、などとうがった考え方をしてしまうリッツだったが、事実が噂の通りでも全然構わなかった。

 二人がどんな立場で、どんな関係であっても、リッツにとってはエドワードはエドワードだし、ジェラルドはジェラルドだ。

 狩りで取ってきた獲物を使って、食事は三人で分担して作る。

 リッツと同じようにローレンに指導を受けたエドワードも、多少は不慣れな手つきながらも料理をこなしている。

 そして遅い朝食兼早い昼食のその後は、夕食までひたすらにジェラルドから剣の稽古を受けることになっていた。

 当然休憩時間はある。だがその休憩時間だけでは体力を戻すことができないほど過酷な稽古なのだ。

 なにしろジェラルドは恐ろしく強い。

 剣を構え、不敵な笑みを浮かべて弟子たちを見下ろすその姿は、伝説に聞く戦いの守護者、炎の精霊王のようで恐ろしい。

 森にこもってから剣を初めて手にするリッツなど、ジェラルドに触ることすらできずに剣の閃き一つで吹っ飛ばされてしまう有様だ。

 幾度も地面に叩きつけられたり、必死で転がってジェラルドの剣から逃げたりと、まさに命がけの稽古なのである。

 幾度か『おっさん、俺を殺す気か!』と半ば本気で叫んだのだが、そんなリッツに向けられたのは冷笑と剣の一振りだった。

 前髪が数本パラパラと膝に落ちてきて、一瞬後に飛び退いた。

 このときばかりは本気で殺されるかと思った。

 以前からからジェラルドに手ほどきを受けていたというエドワードでも、たった一撃の反撃すら許されない。気がつくと二人ともこてんぱんに伸されているという状況だ。

 だがそんな二人を相手にしても、ジェラルドは笑みを浮かべたまま、息一つ上がることもない。

 まるで化け物だ。

 どうしてジェラルドはこんなに強いのかこっそりエドワードに聞くと、ジェラルドは元々ユリスラ王国軍の偉い人で、ものすごく強かったのだと教えてくれた。

 なるほどそれなら素人のリッツにかなうはずなど微塵もない。

「お前、限界だろう?」

 負けず嫌いな瞳でリッツを見ながら、エドワードが引きつりつつも笑みを浮かべた。

 ようやく整いつつある呼吸の下でリッツは少しだけ強がって余裕の笑みを作る。

「んなわけねえじゃん。まだまだだ」

「それだけ息を切らせてよくいう」

 似たようなボロボロの姿で、お互いに文句を言い続けている二人の前に巨大な影が落ちた。

 恐る恐る視線をあげると、若者二人を相手にしても髪の一筋すら乱さないジェラルドが穏やかな笑みを浮かべながら、目だけは鋭く二人を見下ろしていた。

「ほぅ。二人ともまだ元気そうじゃないか。ではもう一度やるか」

「うげ……」

 思わず声が漏れてしまった。

 だが絶対に聞こえたはずなのにうめき声をあっさりと無視をしてジェラルドは剣に手をかけた。

 ジェラルドの実力に合わせたのか、リッツやエドワードが手にする剣よりも大ぶりな剣だ。これが息つく暇もなく目の前で閃くのはもはや恐怖だ。

 だがおののくリッツに、ジェラルドは柔らかなほほえみを見せた。

「お前たちにあっさり死なれてしまうと立つ瀬がない。せめて武の達人といわれるぐらいになれ」

 どのレベルが武の達人なのかリッツには分からないから、思わず口を尖らせて文句を言ってしまう。

「だけどおっさん、俺素人だぜ? そんなん無理じゃねえの?」

「弱音を吐くのか?」

「いや、そうじゃねえけど……」

「喧嘩が強いのだろう?」

 喧嘩とジェラルドに教わる剣技は全く別だ。喧嘩とは使う筋力も動きも全く違う。

 そもそも正面切って剣を握ることがまずない。

「そりゃあ俺だって、喧嘩ならまだましだよ」

 ぼそっと呟くと、ジェラルドは豪快に笑った。

「そうかそうか、まだましか」

「うん」 

「よし、リッツ、お前が元気だな。お前から来い」

「げ……」

 墓穴を掘った、と悟った瞬間、エドワードが小さく吹き出した。こうなるのを承知で黙っていたようだ。

 これは迂闊だった。

「もう少し休もうぜ、おっさん」

 無駄だと分かりつつ抵抗をしてみたが、案の定あっさりとジェラルドはそれを否定する。

「馬鹿をいうな。もう十分休んだはずだ」

 そう言い切られると、もう逃げようがない。

 よろめきながら立ち上がると、リッツは剣を構えた。ここ数日でマメがつぶれて柄を握るのも痛いが、それだけで稽古を休ませてくれるジェラルドではない。

 だから握り直した剣の柄も自分の血で赤黒く染まりつつある。

「リッツ、剣をおけ」

 唐突にそう言われてリッツは困惑しながらジェラルドを見やった。

「なんで?」

「喧嘩ならましだと言ったろう? ならば私に喧嘩を仕掛けてこい」

「へ?」

 意味が分からず首をひねると、ジェラルドがかがんで目の前に落ちていた木の枝を二本拾い上げた。剣より遙かに細く、軽そうな一本をジェラルドはリッツに向かって放る。

「これを使え。私はこちらを使おう」

 ジェラルドが構えたのはリッツの枝よりも太めな枝だった。

 手のひらの枝を見つめながら、リッツはジェラルドを見返した。

「喧嘩でいいんだよな?」

「当然だ」

「じゃあ、剣技を使わなくてもいいんだよな?」

 じっとジェラルドを見つめながら念を押すと、ジェラルドは鷹揚に頷いた。

「よい。いつでもこい」

「おっしゃ! 驚くなよ、おっさん」

 気合いを入れ直すとリッツは枝を構えた。

 今までとは全く違った構えに、ジェラルドがフッと目を細める。

「ほう……」

 剣を持つよりも遙かにこちらの方が手慣れている。

 喧嘩となれば目の前にある物を武器として使うか、自分の手足を使うかしかないのだ。だから持ち慣れない剣よりも、今拾った小枝の方が格段手になじむ。

 じっとジェラルドを見つめてその隙を狙うべく目をこらすが、恐ろしいほどに隙という物がない。

 どこに打ち込んでも絶対にやられる。

 しばらく小枝を片手に視線をこらしていたが、剣技ではないからリッツの好きなようにしていいといわれたことをもう一度頭の中で反芻してみる。

 隙がないなら、作るしかない。これは喧嘩なのだから。

 とっさにかがみ込んで足下に落ちていた石ころを数個掴むと、力任せにジェラルドの方へ放り投げた。飛び道具は苦手だが、幼い頃から遊び道具にしていた石投げなら当てる自信がある。

 ジェラルドが苦笑したのが分かったが、気にせず石を放り投げると同時に身をかがめたままジェラルドに突っ込む。だが五十を過ぎているというのに、恐ろしいほどあっさりと石はよけられた。

「ちっ」

 小さく舌打ちしつつも動きを止めない。

 ジェラルドの足下に滑り込み、体をひねって下から突き上げた。そこにはジェラルドの腕があるはずだ。当てればさすがに小枝を取り落とすだろう。

 当然ながらジェラルドがそれを阻止すべく動いたのだが、身のこなしの早さは一瞬だがリッツに軍配が上がった。

 いける、と思ったが、それは大きな間違いだった。ジェラルドはわずかに身をひいただけで、リッツの攻撃を受け止めていたのだ。

 これでは結局正面からぶつかり合うのと変わらない。このまま押していれば、剣技が得意なジェラルドに一気に形成を変えられることは明らかだ。

 状況を反転すべく、持たされた小枝を力一杯ジェラルドの小枝に押しつけて、ジェラルドが引いた一瞬の隙に放り投げた。

 小枝が宙を舞い、ジェラルドにほんのわずかな隙ができた。

 これを逃す手はない。

「貰った!」

 リッツはそのまま流れるような動作で空いた両手を地面について跳ね上がり、渾身の力で思い切り後方からジェラルドに回し蹴りを掛けた。

「おっ?」

 軽くよろめきながらジェラルドが驚きの声を上げたが、リッツは必死でそのまま足を振り切る。

 軽いが手応えはあった。

「よしっ!」

 小さく呟いてから落ちていた別の小枝を拾ってジェラルドの足下から転がる。

 見てはいないが今までの経験から確実に膝裏に一発入ったはずだ。そうなれば相手はバランスを崩すだろう。

 そうなれば跳ね起きて背中に小枝で一撃を加えれば初の一撃が決まる。

 ……はずだった。

 だが次の瞬間に、背中に鋭い一撃を受けた。小枝で反撃されたのだ。

 視線を走らせると、ジェラルドは悠然と立っている。

 膝に入れたと思った一蹴りは、どうやら全くダメージを与えていなかったようだ。

 ジェラルドに、もはや隙はない。

「くっ!」

 全く及ばない自分が悔しくて、小枝を掴んで半回転しつつ跳ね起き、反射的に跳躍していた。

 目の前にあるのはジェラルドの背中だ。これなら何とか一撃入れられる。

 だが小枝を背中に叩きつけようとした瞬間、ジェラルドは振り返りざまリッツの小枝をあっさりと自分の枝で防ぎ、返す手で手の甲をしたたか打たれた。

 痛みに声を上げる前に、腹に拳の一撃を食らう。

「くぅ!」

 痺れるような痛みをこらえつつ、ジェラルドに叩かれた力を利用して後ろ向きに飛び上がると、少し放れたところに着地したが背中と腹の痛みで立ち上がれない。

 呼吸を整えつつジェラルドを見上げたが、ジェラルドは余裕の笑みを浮かべながらまっすぐにこちらを見据えている。

 力の差が歴然だ。

 だが痛みをこらえつつ歯を食いしばって、小枝を握ったままジェラルドを見返した。

「リッツ、お前の負けだな」

「なんでだよ!」

 まだ決着は付いていない。リッツは小枝を構え直した。

「お前の小枝は、もう使い物にならんだろう?」

「え……?」

 言われてみると握りしめていた枝はぽっきりと折れていた。この短さではどうにもならない。

「冷静になれ。自分の得物の状態すら把握できていないのでは、実践で死を待つのみだ」

「うっ……」

「それで打ち込んでくれば確実に、お前を仕留められる。既にお前の負けだ」

「くっそ~っ!」

 折れた枯れ枝を放り出すと、リッツは仰向けに倒れ込んだ。

「せっかくいいとこまで行ったのに!」

 悔しさに怒鳴りながら地面を叩くと、ジェラルドは笑った。

「確かにおぼつかない剣技よりも遙かにましだった」

「だろ?」

 ダメージを与えることは出来なかったが、足に一撃を入れることができた。この方が絶対に剣技よりも役に立ちそうだ。

 立ったままのジェラルドを見ると、ジェラルドは苦笑しながら頷いた。

「お前の戦いの型は、私やエドワードとは基本的に違うのかもしれんな」

「そうなのか?」

「ああ。あまり例を見ぬな」

 ジェラルドの言葉に不安になって思わず起き上がる。型が違うというのは、どういう意味なのだろう。

 それは剣技を教える価値がないと言うことだろうか?

「これじゃ駄目か?」

 口にしながらジェラルドを見上げていた。

「俺、ものにならねえのかな? そしたらエドとおっさんの助けになんねえの?」

 その言葉に意表を突かれたかのようにジェラルドは言葉を失い、エドワードは俯いて少し笑った。

「笑うなよ! 俺には切実な問題なんだ。なあおっさん、才能無いって事か?」

 エドワードやジェラルドが何をするつもりなのか、リッツには見当も付かない。

 だがどんな道を選んでも手助けが出来るぐらい強くなりたい。

 でも自分は弱い。それはよく分かっている。

 だから役に立つような自分にはなれないのではないかと焦ってしまう。

 行く当てのない自分、拾われた命。

 出来ることなら自分を救ってくれたエドワードや、こうしてリッツの面倒を見てくれているジェラルドの役に立ちたいのに。

「なぁってば、おっさん、正直に言ってくれよ」

 リッツが詰め寄ると、ジェラルドはため息をつきつつ腕を組んだ。

「今のままでは、助けるどころがお前が死にそうだろ」

「つうことはやっぱ俺、駄目なのか?」

「そうはいっていないだろう。型が違うといっただけだ」

「だからそれって何? 剣技より喧嘩ならましだっていったじゃん」

 まっすぐに見つめると、ジェラルドは苦笑した。

「この先の道は、喧嘩で大事なものを守れる状況ではない」

 あっさり言われてリッツは肩を落とした。

「駄目なのか……」

 だがジェラルドはリッツに歩み寄って肩を叩く。

「駄目でもない。お前のその動きを剣技の中に取り入れて見ろ。両方を合わせればおそらくお前は強くなる」

 慰めだろうかと顔を上げたが、どうやらジェラルドは本気で言っているらしい。

「ほんとか?」

「ああ」

 言葉少なに頷かれて、リッツは嬉しくなるより前にほっとした。どうやら役立たずで終わることだけは避けられそうだ。

「そうだ。だからまず、剣技を身につけろ。また明日からみっちりしごいてやるからな」

「げ……」

 もしかしてまた墓穴を掘ったのだろうか。

 愕然としていると、後ろでエドワードが小さく吹き出した。

「何だよエド、さっきから! 何がおかしいんだよ!」

 口を尖らせて文句を言うと、顔を上げたエドワードが小刻みに笑いつつリッツを見つめた。

「何だよ」

「お前は……」

「だからなんだよ、はっきり言えよ」

「お前は本当に馬鹿だな」

「馬鹿っていうなよ! 俺だって馬鹿なりに頑張ってんだぞ!」

 といってからはたと思いついた。

 あれ、自分で自分のこと馬鹿って言ってないか?

 首をひねって考え込んでしまったリッツだったが、いつの間にか立ち上がってこちらへ来ていたエドワードに肩を叩かれた。

 剣を抜きながらすれ違いざまにポツリと一言呟いたエドワードの一言に、リッツの動きが止まる。

「駄目なわけないだろ。お前は十分助けになる」

「……エド?」

 思わぬ言葉に目を見張りエドワードに聞き返すが、エドワードは答えずにジェラルドに向き直って剣を構えた。

「ではリッツに負けないよう、俺も努力するか」

 冗談交じりのエドワードの一言に、ジェラルドがフッと表情を緩めた。

「そうだな。こい、エド」

 ジェラルドとエドワードの打ち合いが目の前で始まった。

 リッツにとってはしばしの休憩時間だ。力が抜けてそのまま横倒しになりながら、リッツは二人の姿を眺める。

 木漏れ日に二人の剣が閃き、鋭い光を反射させる。

 圧倒的に有利なジェラルドに対して、エドワードも少々劣るところはあるが決してリッツほどの引けはとっていない。

 ここ数日でエドワードはなんだかとても強くなっているような気がする。

 リッツはジェラルドについて行くだけでやっとだというのに。

 押しては引き、引いては押す、素早く繰り出される刃はぼんやり見ているとなんだかとても綺麗だ。

 剣とお互いの呼吸の他に何も無駄がなくて純粋で、そこには張り詰めた澄んだ空気だけがある。

「どうした? もう息が上がったか?」

「……まだ、だ!」

 金色の髪から覗く水色の瞳が闘志に燃え上がり、鋭く光りをはなつ。

 エドワードだけが持つ、独特な瞳の力だ。

 次の瞬間にエドワードは一気にジェラルドに仕掛けた。

 息をもつかせないような激しい打ち合いが目の前で展開される。

 だがジェラルドは口元に余裕を失わない。

 剣がぶつかり合う金属音が、夕暮れ迫る森の中に高く響き渡る。

 なんだかんだ言いつつも、エドワードはものすごい負けず嫌いだ。そしておそらくジェラルドも。

 村人たちが無責任にこの二人は親子じゃないかと噂しているのも納得だ。何気なく見ていてもこの二人の剣技はとてもよく似ている。

 身のこなし、動き、間合いまで総てだ。その共通性はエドワードに剣を教えたのがジェラルドだから、という理由だけなのだろうか。

 それとも……。

 そんなことを考えていたリッツは頭を振った。

 エドワードが話してくれるまで、妙な勘ぐりはよそう。そう思いつつまた再び二人へと目をやる。

 リッツもこれから稽古を積めば、この二人のようになれるのだろうか?

 二人の動きを見つめながら、リッツはそんなことを考えた。

 リッツの見るエドワードの立ち姿は自分に比べて様になっていて羨ましい。

 長年の経験の差といってしまえばそこまでだが、リッツはエドワードのようにはなれないのだということを直感的に理解している。

 それがジェラルドの言った型の違いだろうか。それって一体、何なんだろうか。リッツにはそれが二人と自分を隔てた、何か得体の知れない物のような気がしてならない。

 リッツは小さく首を振ってその考えを振り落とした。

 おそらくそのうちにエドワードは何のためにリッツが剣技を学ぶのか、いったい彼が何をしようとしているのかを話してくれるのだろう。それまでリッツは待とうと決めている。

 なにしろリッツの時間は売るほど大量にあるのだから。 

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