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王国暦一五三四年十一月下旬。
麦や蕎麦、米など主食類の総ての収穫が終わってから数週間後に、二千人という小規模な一団が、シアーズを出発した。
クレメンス伯爵率いる、歩兵中心のユリスラ軍オフェリル討伐部隊である。
歩兵の装備は軍服に、鋼と革を組み合わせた簡易防具を身につけて帯剣し、その上に防寒具を羽織った姿である。旧式の鎧を好んで身につけようとする貴族たちとは違い、一般兵士は皆この格好が当たり前だ。
騎兵の数は百人に満たない。騎兵の数が少ない理由の一つに、貴族に反対する改革派が逃げ出さないように、というシュヴァリエ夫人たちの考えがあることは確実だった。
とはいえ、訓練のみで戦闘未経験の兵士たちがほとんどであるのに、討伐隊が二千人では、ジェラルド・モーガンと戦うには少なすぎる。何しろモーガン元帥といえば、王国軍三元帥の一人であり、元は王国軍総司令官であった人物で、人望だけではなくその実力も桁外れだった。
それなのに王国軍で現在権力を振るう軍上層部のほとんどは大貴族で、グレインとオフェリルの状況を分かっていないのだろう。オフェリルの戦闘員は主に訓練されていない一般農民であるという思い込みから、この小規模編成になったようだ。
だがクレメンスの参謀として隊に関わるコネル・サウスフォードから見れば、訓練と称する賭け事や、待機と呼ばれるカードゲームに講じている貴族の子息率いる軍人の方が、よほど問題があると思うのだ。
なによりも市民たちが望んで戦いに身を投じたのならば、気力、士気共に高いに違いない。だが貴族の上司の下に配属された兵士たちの中では、サボタージュが横行していた。反撃を許さない状況で、鍛錬と称して貴族たちに好きなように打ちのめされるだけのために軍にいることを、誇りに思う兵士も、ありがたがる兵士もいない。
彼らの士気は最悪だ。
直属の部隊、直属の部下たちには、決してそれを許さず、違反者には罰則を与えてきたコネルだが、ギルバートにつぎ、ジェラルドまでいなくなった現在の王国軍では、益々コネルの肩身が狭く、理想を貫けなくなっているのが現実だ。
それでも直属の部隊だけは、一応士気を保ってきたつもりだが、今回はその部隊をみなかり出されている。ジェラルドたちと相打ちになって死ねと、王族たちは暗に言っているのだ。
当然、コネルは王族や大貴族たちのそんな願いを叶えてやるつもりはない。
コネルは灰色の空を振り仰いだ。
雪が降り出しそうだ。夏の行軍も辛いが、冬もかなり辛い。
ユリスラでは、北部グレインとサラディオを除けば、それほど深く雪が積もることはない。だが寒さはそれなりに身にしみる。
白い息を吐きながら、コネルは前方をゆっくりと行く豪華な馬車に視線を向けた。そこにいるのは、この討伐隊を名目上率いる、総指揮官のクレメンス伯爵である。
歩兵を従えて行くクレメンスは、立派な装飾も眩しい、室内ビロード張りの馬車に乗っている。一般市民なら生活が出来るのではないかという大きな馬車は、馬四頭に引かせており、クレメンスとクレメンスの成人をとうに過ぎた息子が乗っている。
その後ろをもう数台の馬車が続き、指揮官である将官たちが、そして歩兵部隊と続く。その中にコネルはいるのである。
クレメンスの後ろを行く馬車は、ほとんどクレメンスの個人的な嗜好品や生活用品だ。兵士たちが鞄一つなのに、いい気なものだ。
白く吐き出したため息混じりに、コネルは左右を見ると、目があった騎乗の部下が、苦笑して頷いた。改革派からすれば、貴族の装備はばかばかしい。だが現在のユリスラ軍には、それを止められる人間がいないのである。
二千の兵のうち、佐官以上の階級を持つ者は四十人程度。その三分の二が改革派の人間であり、残りが貴族やその親類に当たる人間だった。しかも貴族たちは皆、実戦どころか訓練をした経験すらも危うい、伯爵以上の貴族ばかりである。
改革派の指揮官たちは馬上にあるが、高位の貴族たちは皆銘々に馬車を仕立てて、クレメンスの馬車のあとを着いていく。クレメンスのように一人で一馬車というわけにはいかないようで、数人での乗り合いになっているが、それでも豪華な馬車であることに変わりはない。
戦場に行くのか、観光に行くのか全く分からない状況だ。馬上に比べてさぞ暖かいことだろう。歩いている兵士の身になれば、殺意さえも湧いてきそうな様子である。
「おい、チャック」
コネルは隣を歩いていた副官に小声で呼びかけると、こちらを振り返ったチャックに小さく告げる。
「こいつら、燃やしちまえ」
チャックは炎の精霊使いだ。だがそれほどの威力を持った精霊使いではない。下級と中級の間ぐらいの実力である。
「……何をおっしゃいますか、閣下。焼き討ちにしてどうするんです」
「何を言う。寒いから暖めて差し上げるだけさ。アルコールが入った貴族様は、さぞかしよく燃えるだろうよ」
「本当に閣下は口が悪い。少しはその皮肉を引っ込めたらいかがですか」
呆れ顔のチャックは、貴族ではなく一般兵士だ。精霊使いの技と、卓越した戦術能力で若くして佐官となり、改革派として長らく、コネルの部下をしている。
コネルがおおっぴらに動くことが出来ない時、改革派の一般市民出身者との連絡は、彼を通して行う事が多い。
「だってな。俺たちの戦いを、酒を飲んでただで高みの見物をしようなんて腹立たしいだろ」
「まあ……そうですねぇ……」
貴族にとってこの戦いの全面に立つのは、あくまでも改革派であり、自分たちはつぶし合う改革派の戦いを、間近でのんびり見学しようと言う腹であるらしかった。
その為か、許可を取ったのかも疑わしいのだが、自分の子息や取り巻きを連れて来ている者までいた。オフェリルへの進軍を改革派に任せ、彼らは馬車の中で昼間から酒を飲み、大いに騒いだ。
コネルはそれを知って、唾を吐きたくなったのだが、どうにかこらえた。軍の腐敗を見るのは腹立たしいが、ギルバートと呼応したこの作戦では、のんびりとお祭り気分でいてくれた方がありがたい。
でも腹立たしいものは腹立たしい。
「せめて大金を払えって、言ってやれ」
「いやですよ。閣下がどうぞ。閣下も貴族じゃありませんか」
「まあな。名ばかり子爵だけど」
改革派の指揮官たちもコネルと同じようにほぼ貴族ではあるが、どうにも観光気分の彼らとは相容れない。それどころか、口には出さなくともはっきりと敵呼ばわりだ。
その下に着くという苦痛で暗澹たる気持ちで顔を会わせた改革派の中で数人の信頼できる将官たちには、ギルバートの作戦の内容を告げてあり、協調体制がとれる手はずは整えていた。
それでもギルバートが家族を救出し、全員を無事に送り届けてくれるまで、改革派の指揮官は迂闊に動くことが出来ない。現地に着くまで、歩けば優に半月以上かかるのだが、半月だけではまだ早すぎる。何とかしてこの行軍が戦闘状態に陥らないように、一月半以上引き延ばさねばならないのだ。
一般的に貴族のいない状況での進軍ならば、朝から夕方まで休憩を挟んで歩き続けるものだが、貴族たちは朝も遅かった。ゆっくりと貴族の支度を待ち、オフェリル討伐隊が歩き始める頃には、既に昼も近いことすらある。
その上食事の時間は異常に長い。貴族たちは補給のための食糧として軍で用意された以外にも、自前の荷馬車を連れてきていた。そこに幾人かの料理人を従軍させているのである。
そのため昼と夜の食事に割く時間が長すぎ、一日の今日軍距離は三十キロを越えることがなかった。ひどい時には、二十キロを下回ることもある。
苛々を噛みつぶしながらも、コネルは頭の中で行軍速度を計算し、オフェリルに付く日付を毎日のように算定し直した。
軍で立てた計画書では、途中通過するいくつかの街で数日の休日を取ったとしても、三週間で着く予定だったのだが、コネルが何の手を下すことなく、進軍は順調に遅れていた。
同じ貴族でありながらも、コネルはそんな彼らに呆れて言葉も出ない。
コネルの場合、従兄弟であり宰相であるグラント・サウスフォード家が本家であり、グラントが現サウスフォード伯爵家の当主となる。コネルは分家であり、称号は伯爵の下の下、子爵だ。
階級に関係なく、戦闘能力、戦略能力も高いと控えめにではあるが自負しているコネルも、ここにいる貴族たちからすれば『従兄弟のサウスフォード伯爵の後ろ盾でのし上がった男』程度である。
いつもならそれに、不機嫌で抵抗するコネルだが、今回は更に順調に遅れて貰えるとありがたい。本音は『軍人らしく進め!』ではあるが、口に出すことは『今回はたかだか小規模な自治領区内の小競り合い、急ぐこともないでしょう』だった。
そのあまり言葉の違いに、胃がきりきりと痛む。本来コネルは、このようにおべっかを使うようなことは嫌いなたちなのである。
だが家族の命がかかっているのならばやむを得ない。
そんな状況を察してくれるのは、同じように貴族でありつつも、改革派である仲間たちだけだった。彼らも同じように家族を人質に取られていて、戦わざるを得ない状況なのだ。
苛々と胃の痛みを抱えつつ、改革派の将官たちに慰められて王都を出発して、当初の到着予定日だった三週間がたち、討伐隊はようやく街道沿いの比較的大きな街に寄った。
だがここでまた問題が起きた。指揮官であるクレメンス伯爵が、妙な二人組の女を拾い上げたのである。素性を隠し、ファルディナに行きたいのだという女二人を、クレメンスは自分の馬車に連れ込んだのだ。
クレメンスと息子は、女好きで知られていた。だがさすがに討伐隊を率いている手前、女を共に連れてくることなど出来なかったのである。だが三週間も経つと、我慢も限界を超えたらしい。
二人連れの女は、ヴェラとベネットといった。
ヴェラは銀の髪をふわふわになびかせ、薄いピンクのドレスを身にまとった砂糖菓子の様に甘い美少女で、柔らかく微笑む薄紫の瞳が美しかった。もう一人のベネットは、喉に障害があるとして一言も言葉を発しない長身の美女だった。
最初にクレメンスにこの二人を馬車に乗せると宣告されたコネルは、言葉を失った。たしかにクレメンスの馬車は広く、女二人を増やしたからとて問題は無いだろう。だが進軍に女連れなど、聞いたこともない。
だがこの討伐隊の指揮官は、コネルではなくクレメンスであり、コネルは拒否すべき立場になかった。だがコネルは、この純粋そうな美少女が、クレメンスの馬車に乗せられれば、どうなるのかわかっていた。間違いなくクレメンス親子から陵辱されることになるだろう。
貴族はみな、自らの権力故に平民を我がものとすることを許されていると思っている。その状況になったなら、コネルは見て見ぬふりなど出来ない。だがもしクレメンスと問題を起こしてしまえば、家族の命が危険にさらされる。
奥歯を噛みしめているコネルの腕に、不意によろめいたヴェラがもたれかかってきた。反射的に抱き留めると、ヴェラはコネルを見上げてにっこりと笑った。
「ごめんなさい、軍人様。少し体調が思わしくないんです」
そのとたん、背筋に寒気が走る。腕の中にいるのは美少女のはずなのに、何故だが相手に恐怖感を覚えたのだ。きらきらと輝いている薄紫の瞳の中に、えもいわれぬ危険な輝きが宿っているような気がする。
動けなくなってしまったコネルの腕から、物言わぬ長身の美女ベネットがヴェラを支え起こす。
「ありがとう、ベネット」
微笑みながらコネルから離れたヴェラは、とろけそうな笑みを浮かべてクレメンス親子に顔を向けた。
「伯爵様。本当にファルディナまで送ってくださるんですか?」
「もちろんだ、ヴェラ」
「私、お金もお礼する品も、何も持っておりません。ヴェラは伯爵様に何もお礼できませんのに……」
心の底から申し訳なさそうに俯くヴェラに、クレメンスは醜悪な微笑みを向けた。
「何、構わぬ。そなたがいればファルディナまでさぞ楽しくなろう……」
「ありがとうございます、伯爵様」
心からの感謝を込めて、ヴェラは頭を下げた。そんなヴェラの肩を抱くように、クレメンスは彼女を自分の馬車に連れて行く。ベネットもその後を黙ってついていった。
コネルはこれから起こる悲劇にこめかみを押さえた。どうしたらいいのか、まだ決められない。一人の少女を見捨てて、家族の命を取るのか、少女を助けて家族を殺されるのか。
ため息をついた時、コネルは軍服のポケットに違和感を感じた。紙切れが入っている。クレメンスに頭を痛めている表情のまま、そっと人目に付かない木の裏に身を潜めてポケットの紙切れを引き出す。
それは四つ折りにされていたが、走り書きやメモ書きではなく、立派な書状だった。
文面に目を通して、コネルはため息をついた。書状の差出人は、ギルバート・ダグラスだった。そこには進軍を送らせ、戦端を開かせない奥の手が書かれていたのだ。
「……毒使い……」
小さく呟いてしまった。あまりにも意外だったからだ。
あの美少女ヴェラはダグラス隊の毒使いであり、要人暗殺やハニートラップの名手であるというのだ。年齢ももう二十代半ばを過ぎているという。
彼女によって、クレメンスは戦場に近づくにつれて病を発症するように見せかけられるのだそうだ。そうなれば戦端を開くことなく、戦場を維持できる。その為の手段として送り込まれてきたのだ。
そして長身の美女、ベネットは折りたたみの大弓を隠し持ち、皆が寝静まった頃に、大弓でこの部隊を付けている偵察の人間と情報のやりとりをするのだという。
終わりにギルバートはこう締めくくっていた。
『ヴェラは派手に犯される演技をするだろうが、止めに入らず気付かぬふりをして流せ。正義感溢れるお前のことだ、飛び込んじまいそうだが、楽しんでいるのを邪魔したら、逆にヴェラに毒殺されるぞ。あいつは殺す予定の男をふぬけにするのが一番の楽しみだからな』
コネルはマッチを擦り書状を燃やした。ギルバートからの書状を残して置くわけにはいかない。総てが灰になるのを確認してから、コネルは大きくため息をついた。
よく吠える精霊族の青年、年齢不詳の毒使い美少女、どう見ても美女である大弓使いの男……。
ギルバート率いるダグラス隊の幅の広さに目眩がしそうだ。軍にいた時のギルバートだって、変わり者ではあったが、今ほどのはみ出し方ではなかったような気がする。
いや、本当のギルバートを見ていなかっただけだろうか。
コネルと同じように、改革派としてヴェラを心配していた将官たちにそれが演技で作戦であることをそれとなく伝えたコネルは、動き出したクレメンスの馬車の中から漏れ聞こえてきた、ヴェラの悲鳴を聞かぬふりをしてため息をついた。
だが毒使いのヴェラが本当にクレメンスを病にしてくれるならば、戦端が開かれることなく終わるだろう。無駄な戦いをせず、戦力を手に入れたいという、ギルバートらしい戦略だ。
それから数日間は、逃げ場のない状況に怯える被害者の美少女を演じていたヴェラだったが、徐々にクレメンス相手に、色々な要求を始めた。
伯爵であるはずのクレメンスとその息子は、何故かヴェラの機嫌を伺うようになっていったのだ。
見た目には、ヴェラが申し訳なさそうに何かを求め、クレメンス親子がそれを叶えるという形だったが、事情を知るコネルはヴェラの瞳の中にある、殺意の煌めきを感じ取っていた。
チャックはそんなヴェラを見て『女は怖いですね』と苦笑していたが、コネルも全く同感だった。ヴェラはあっという間に男二人を手玉に取ってしまったのだ。
最初は自分の獲物のようにヴェラを扱っていたはずのクレメンス親子は、徐々にヴェラの前に跪かんばかりになっていった。
何らかの薬物で彼らをとりこにしたのかも知れないし、その体で彼らを操っているのかもしれない。ときおりクレメンスの馬車から漏れ出す情事の声は、男二人を一人で相手にしているようで、聞くだけで寒気がする。
だが進軍は今まで通りに進んでいった。一日に二十キロ程度、普通に進軍している時の半分程度の歩みであっても、このまま行けば新祭月を現地で迎えることが出来そうだ。
ヴェラがクレメンスを完全に手玉に取ってから数日後、偶然に早く目を覚ましたコネルは、まだ誰も目覚めていない森を、一人歩いた。考えることが多すぎるのに、一人になる時間が短すぎたのだ。
そんな時、冷たい朝靄の中で、太ももまでもないような薄布の下着姿のまま一人佇むヴェラと出会ってしまった。凍るように寒いというのに、乱れたままの銀の髪を朝靄の中でゆったりと揺らしながら歩いていたヴェラに、つい足が止まる。
「おはよう。ヴェラ」
声を掛けるとヴェラは振り返ってから、大人びた笑みを浮かべて微笑んだ。
「見つかっちゃった? サウスフォード子爵」
「ああ。こんな時間に珍しいな。クレメンス親子を相手にして、ぐっすり眠っているかと思ったが」
「うふふ。それ嫌味なの? 男二人ぐらい、ギル一人に比べればどうってことないわ」
そう言って微笑んだ彼女の瞳は、あの美少女の面影はなく、影のある一人の女だった。妖艶な雰囲気を持ちつつも、どことなく儚い雰囲気を持っている。
「私、ギルの愛人の一人なのよ」
「へぇ……」
ギルバートの女好きは有名だ。そのせいでギルバートは王族を殴りつけ、片目を失ったのだから。
「サウスフォード子爵」
「コネルでいい」
「じゃあ、コネル」
「何だ?」
「いつ頃、帰れるかしらね、私」
いたずらっ子のように微笑んでヴェラがコネルを見つめた。
「ダグラス中将がいないと寂しい?」
「いいえ。クレメンス親子に飽きてきたのよ。少女を強姦したくせに、その後がありきたりすぎてつまらないんですもの。代わりに色々教えてあげちゃったわ。大サービス」
「……」
「でもそうね……そろそろ殺したいわね」
あっさりとそういったヴェラにギョッとする。そういえば十二月の寒空に、下着一枚でヴェラは鳥肌一つ立てていない。
「ヴェラ……」
「うふふふ。冗談よ。殺す前にちゃんと病気にしてあげるわ。今少しずつ彼らの体に仕掛けているから、安心して」
「体に……?」
「ええ。快楽と一緒に、少しづつね」
妖艶で冷たい微笑みに、背筋が冷えた。彼女はやはり毒のプロフェッショナルなのだ。ギルバートは専門家しか雇わないとは本当のことだったようだ。
ヴェラから目を逸らして、コネルはため息をついた。本当のプロフェッショナルしか雇わないのなら、あの男は……リッツとか言う男はどうなのだろう。
倉庫街で会って以来コネルは一度もその姿を見ていない。ギルバートとの連絡はいつも、ファンという眼鏡のタルニエン人が担当していた。そのファンも静かに穏やかに笑っているが、決して隙を見せない男だった。
「ここは寒いわ。つまらない男でも肌を合わせれば暖かいわね。私、馬車に戻ることにする」
むき出しの肩をそっとさすりながらきびすを返したヴェラをつい呼び止めていた。ヴェラは不思議そうに振り返る。
「暖めてくれるの?」
「違う。まだ死ぬ気はない」
「そう? じゃあ何?」
「聞きたいことがある。リッツという男のことだ」
コネルの言葉に意表を突かれたのか、ヴェラは一瞬ポカンとしたが、すぐに楽しそうに破顔した。
「ああ、リッツね。あの子、可愛いでしょ?」
「男が可愛いなどと思った事はない」
「ふふふ。今に分かるわ」
楽しげに笑いながら、ヴェラが隊列があるだろう方角にとゆっくり歩き出す。コネルは距離を保ったままヴェラの後を追う。
「あの子、自分の孤独を噛みしめ過ぎちゃってるから、みんなに可愛がられる存在であることに気がつかないの。それで必死になって誰かのためになろうとしているのよ。誰かのために生きてないと生きる価値がないと思い込んでるの」
「孤独?」
この間会った時、孤独の影など微塵も感じなかった。ただ必死に自分の主であるエドワードを守りたいと言っていた。
「精霊を使えないことは、精霊族の中で異端なんですって。だからあの子、精霊族の中で辛い思いをしてきたらしいわ。そこで自分の存在意義を見失っちゃったのね。なのに飼い主に見いだされて、無条件に飼い主に命を預けちゃったみたい」
失敗したら、自分を殺せと言っていたリッツを思い出す。なるほど、そんな事情があって親友を守っていたのだか。だがそれだからと言って、コネルの家族を救い出せる人物なのか、全く未知数だ。
「奴は任務を遂行できると思うか?」
率直に尋ねると、ヴェラが再びコネルを見つめて微笑んだ。そこにあったのは子供を見守る母親のような眼差しだった。
「ええ。必ず」
「何故そういえる?」
「だってギルが命じたんだもの。ギルバート・ダグラスは決して出来ない事をしろとは言わないわ。それならあの子だって出来るはずよ」
確信をもってそう告げて微笑むヴェラに、コネルはため息をついた。確かにギルバートは一か八かの勝負をする人間ではない。自分の力を持ってすれば必ず実行できると踏んでいつも前に進む。
ギルバートが言うように信じるしかなさそうだ。コネルも彼らと同じくギルバートの部下なのだから、ギルバートを信じよう。
「もしリッツが失敗したら、私がちゃんとお仕置きしてあげるわ。きつ~いお仕置きをね」
そういってヴェラは妖艶ににっこりと微笑んだ。背筋を寒気が這い上り、コネルは思わず足を止めた。
微笑みを残して前を向き、確かな足取りで朝靄の中に消えてくヴェラを見ながら、リッツ自身の幸せのためにも成功して欲しいものだと、コネルは肩をすくめた。
途中ファルディナに寄ったが、下ろすはずだったヴェラとベネットを下ろすことはなかった。
そこで民衆に敗れたオフェリル貴族も収容し、討伐隊がファルディナとオフェリルの境界線である、冬のファルディナ高原にある街に陣を張ったのは、十二月も終わりに近かった。




