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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
冀求の種子
28/179

<7>

 ユリスラ王国の一月は三十日で、五週間だ。

 一週間は女神の日の休日、陽の曜日から始まり、光・火・風・水・土の曜日で終わる。

 一年は十三ヶ月あり、そのうちの十二ヶ月は三十日だが、毎年一月の前に新祭月がある。

 新祭月は光の正神殿に勤める天文学者たちによって太陽や月の運行によって決められており、毎年十日前後だ。

 そんなユリスラの五月最後の土の曜日、リッツは地面に突っ伏していた。

 お昼前の太陽が、暖かく背中を照らしてくれていて、こうして突っ伏していると、気持ちがいい。

 珍しく昨夜は娼館にも行かず、ジェラルドとなにやら難しい話をしていたギルバートは今朝、余りに余っていた体力を使うべく、珍しく午前中からリッツの稽古を付けてくれていた。

「このまま寝たい……」

「寝かせねえぞ。起きろ。起きねえと斬る」

「そんなぁ……ギルの人でなし」

「やかましい。起きろ、プディング頭」

 まだ髪を染めてから一月も立っていないから、生え際だけが黒髪になったリッツを、たまにギルバートがおもしろがってそう呼ぶ。

 色を染めただけではなく、黒髪の色を抜いてから金に染めたから、なかなか元に戻らない。

 リッツは密かに、もう少し髪が伸びたら髪を刈り込んでやると決意している。それはそれで何か言われるだろうが、プディング頭ほどひどくはないだろう。

 プディング頭といわれると、ものすごく自分が頭の弱い奴だという気分になってしまうのである。

 ちなみにエドワードはあっという間に色が抜けてしまい、一月経った今は黒髪だった痕跡が一つもなく、見慣れた金の髪に戻っている。

 羨ましい限りだ。

 だが今は、そんなことで感慨にふけっている場合じゃない。

「無理だって。限界だぁ……」

「馬鹿いえ。それだけ口が聞けりゃあ、問題ねえ」

「え~」

「四の五の言うな」

 目の前の地面に大剣が突き立った。鈍い輝きを放つ大剣にリッツは唾を飲み込んだ。

 前髪の一部が大剣に斬られて、風に飛んでいく。

 ギルバートは本気だ。本当に斬られる。

 ギルバートはあれほど冗談好きで陽気なくせに、たまに冗談が通じない。

 それは剣技の稽古をしている時だ。

 しゃれにならないぐらい全く冗談が通じなくなってしまう。

 ずっと黙って煙草を吹かしたまま二人を眺めていたギルバートの相棒、ソフィアに目で助けを求めたのだが、あっさりと無視されてそっぽを向かれる。

 先ほどから、どれほどリッツがこてんぱんにされようと、見ているソフィアは眉一つ動かさないのだから、当たり前だろう。

 他には誰もいないこの場では、逃れる術などない。

「カウントとるぞ。五カウントでお前の首が胴体と泣き別れだ」

「へ……?」

「一、二、三、四、五!」

 かなり早いカウントと同時に、リッツは跳ね上がって飛び退った。

 今まで自分の首があったところに、本当に大剣が突き刺さっている。首筋に熱い感触が走り、触ると薄皮一枚切れて血が滲んでいた。

「……あっぶねぇ……」

 冷や汗が流れる。もし油断していたら、頸動脈を切られるところだった。

「お、避けたじゃねえか」

 ニヤニヤ笑いながらギルバートが地面に突き刺さった大剣を抜いた。

「避けないと死ぬじゃんか!」

 思わず本気で怒鳴り返したが、リッツの抗議などどこ吹く風と、ギルバートは悠然と大剣を構え直す。

「さて休憩は終了だ。かかってこい、リッツ」

「休憩になってない!」

 半ば叫びながらの抗議をしつつも、リッツは剣を構え直した。

 こうなったら逃げ場なんてない。

 リッツはギルバートの大剣に目をやった。ギルバートの大剣は、恐ろしい威力を持っている。

 盾としても使えるだろうこの大剣を、ギルバートはほとんど防具として使わない。ギルバートにとってこの大剣は、完全に攻撃するための武器なのだ。

 だからこそ、その破壊力はすさまじい。

 大剣を両手に構えたギルバートは、リッツには本来よりも何倍も大きく見えた。その威圧感は人間を超越した存在のようにも見える。

 リッツも一度この大剣を使わせて貰ったのだが、剣を振るっているのではなくて、剣に振り回されている状態にしかならなかった。

 大剣は十キロ以上あるのだ。それをギルバートは自分の一部のように易々と使いこなす。

 リッツ以上に高い身長と、鍛え上げられた太い両腕から放たれる斬撃は想像以上に重い。

 騎士団の隊長たちには勝てるようになったし、ジェラルドとも同等に戦えるから、かなり強くなったのではと自負していたリッツの自信なんて、ギルバートと初めて剣を合わせた日に粉々に打ち砕かれている。

 一日一時間ほど共に剣技の稽古をするエドワードは、グレインに帰ってきてからジェラルドと何か難しいことを相談しているようだった。

 今後がどうなるか気にならないと言えば嘘になるが、それよりも今は自分が強くなることの方が先決だ。

 リッツに出来ることは、エドワードの独り言のような愚痴を黙って聞いていないふりをしながら聞くことと、剣技で彼らを守ること。

 それ以外はないのだ。

 だとしたら強くなるしかない。

 覚悟を決めてじっと目の前のギルバードを見据える。

 とにかく一撃、一撃でも入れられれば、少しでも希望が見えてくる。そうでもなければ諦めが入ってしまって、気力が萎える。

 何とかならないかと必死で考えを巡らせるリッツに、ギルバートが笑いかけた。

「リッツ」

「何?」

「俺に一撃でも入れられたら、高級娼館の女王をおごってやる」

「え? ホント!?」

 何だかやる気が出てきた。少し諦め感が出てきていた気力が、少し……いやかなり戻ってきた。

「その代わり一撃入れられなかったら、てめえの安い給料から、俺にバーボンを一本おごれ。当然、一本一ギルツ以上の奴だ」

「げ……」

 ……更にやる気が出てきた。

 騎士団の給料から一ギルツは結構な額だ。ならば何とか死にものぐるいで一撃入れて、奢って貰うしか道はない。

「おし! 行くぞギル!」

 気合いを入れ直してリッツは剣を構え直した。

「かかってこい、ひよっこ」

 受けるギルバートは不敵な笑みを浮かべた。

 全身から立ち上る何とも言えない存在感に、リッツは唾を飲む。

 何故だろう。全く勝てる気がしない。

 小さく首を振る。

 そんなに弱気になってる場合じゃない。やるしかないのだ。

 高級娼館の女王か、酒一本のおごりがかかっているのだから、ここで怯えたりしたら男が廃るというものだ。

 何か手はないか。

 何か一撃必勝のアイディアはないか。

 そんなことを考えていて、ふと思い出す。

 リッツの腰には、今、二本の剣がある。一本は使い慣れた普通の剣で、もう一つは短剣だ。

 前にティルスで強い男と戦った時に、武器がもう一つあった方が、いざというときに助けになることを学んだ。

 とくにリッツのように、体の柔軟さと機敏さを武器にしている場合、短剣はかなり使い勝手のいい武器だ。

 これを活かせないだろうか?

「どうした? こなけりゃこっちから行くぞ?」

 楽しげに言われて、リッツは決めた。

 動きながら考えるしかない。どうするか考えつくまでは、ひたすら正攻法で押すしか手はないだろう。

 悠々と構えたまま動かないギルバートに、リッツは剣を構えたまま飛びかかった。剣に全身の体重を掛けて、勢いを付ける。

 剣と剣がぶつかり合い、激しい金属音が響く。

「くっ……」

 攻撃したのはこちらの方なのに、呻き声が漏れた。まるで岩に打ち込んだみたいに手に衝撃が走る。

 こちらは渾身の力を込めているのに、まったくギルバートの剣は揺るがない。

「だから直線的な攻撃はきかねえと……」

 ギルバートの剣が翻った。

 必死でこめていた力が流されて、勢い余ったリッツはたたらを踏んだ。

「幾度いやあ覚えるんだ」

 軽々と舞う幅広の剣に光が反射して一瞬目が眩む。

 だが圧倒的な気配が目の前に迫り、反射的に後方へ飛び退いた。

 あの大剣でこの距離しか離れていないのは危険だ。まだまだ近すぎる。

 不敵な笑みを浮かべたままのギルバートの目が、目の前に見えたと思った次の瞬間に、大剣が閃いた。

「うわっ!」

 とっさに剣で受け止めたが、とてつもない重さに手が痺れる。

 身長だけならギルバートもリッツも同じはず。筋力だってリッツもあるはずだ。

 なのに、リッツとギルバート、一体何が違う?

 剣に込められたこの重さは、一体何なんだ?

 リッツは奥歯を噛みしめた。

 それを知れれば、もっと強くなれる。

 ギルバートの剣が素早く左右に繰り出され、大剣からの風圧を感じながらもリッツは、必死で剣を受け止めるしかない。

 じりじりと押されながら、一歩、また一歩と後退を余儀なくされる。

 このままでは後方の生け垣に突っ込んでしまう。そうなると逃げ場がない。

 でも反撃に転ずるきっかけは見いだせない。

 だから正面からぶつかっていくしかリッツには手がないのだ。

 激しい音を立てて、剣と剣がぶつかり合う。

 時折ギルバートの剣は、意表を突く動きをするが、リッツは防戦一方だ。

「隙を見つけろ。それが相手を倒す早道だ」

 剣を繰り出しながら、息一つ乱すことなくギルバートが言った。

 彼にとってリッツとの稽古はまだまだ遊びの範疇なのだろう。

 だがリッツには答える余裕すらない。自分の剣を握りしめ、自分を守ることで精一杯だ。

 奥歯を噛みしめ、余裕の表情で笑みを浮かべるギルバートの顔を見据える。

 ギルバートの隙って、何だ? あるのか?

 自分の攻撃を仕掛けるタイミングがない。

 重い斬撃を受け流してきっかけを作ろうとするも、そんな余裕を与えてくれるギルバートではない。

 荒い息を吐きながら見上げたギルバートは、リッツと同じぐらいの身長のはずなのに、とてつもなく大きく見える。

 格の違い……。

 ギルバートに会って、初めてそれを見せつけられている。

 追いつきたいのに、あまりにその姿は遠すぎる。

 だがそれでもリッツは立ち止まれない。

 強くなるために、ギルバートから吸収できるものは総て吸収するしかないのだ。

 おそらく本当の戦争が近いうちに起こる。国王がもうすぐ死ぬのだと、エドワードも話していたのだから間違いない。

 戦争になればギルバートのような敵も、そしてティルスで会った、槍の男のような強い男とも戦わねばならない。

 今までは彼らを追い払えば事が足りたが、次からはエドワードたちを守るために、絶対に勝たなければいけないのだ。

 だとしたらリッツは早く強くならねばならない。

 そうしないと大切な仲間を、守れない。

 それだけは嫌だ。

 とはいうものの、実際はギルバートに手も足も出ない。

「守るだけか? かかってこい、プディング頭!」

「プディング頭いうな!」

 乱れた息を付きながら怒鳴り返して、リッツは手早く剣を戻して身をかがめた。

 前にジェラルドに効いた足払いが効くのか、試してみたかったのだ。

 柔らかく体を縮めて大剣の真横から下に回り込むべく、体を低くした。その体勢のまま力強く腰から足払いを掛け思い切りギルバートの足に蹴りを打ち込む。

 決まるか、と期待したが、ギルバートは予想外の動きを見せた。

 リッツがギルバートに叩きつけようと力を込めたその足を、大剣で止めたのだ。

「おっ。大剣を盾にしたの久々だぞ」

 余裕の表情を浮かべながらそう告げたギルバートだったが、リッツはこのあまりに残念な状況に落ち込むよりも、激しい闘志がわいてきた。

 どうするべきか?

 悩む前に身体が勝手に動いていた。

 目の前で自分の足を止めている大剣を、全身の力を込めて踏みつけていたのだ。

「い?」

 ギルバートの予想外の声を聞きながら、リッツは反射的に大剣に全体重をかける。

「へん。これで自慢の大剣は使えねえだろ?」

 ニヤニヤと笑いながら舌を出すと、ギルバートはさも楽しげに笑った。

「子供だな、お前は」

 余裕の表情でギルバートは剣をあっさりとリッツの下から持ち上げようとした。

 狙い通りだ。

 その勢いを利用してリッツは軽く膝をかがめ、大剣をバネに、高く跳んだ。

「……何を……?」

 ギルバートの呆れたような言葉に耳を貸さず、腰に差していた短剣を引き抜き体を軽く捻る。

 長めの髪がよぎって一瞬視界が狭まったが、その合間から、あっけにとられるギルバートの顔を確認した。

「そこだ!」 

 空中で軽く宙返りをしたリッツは、体を捻りながら、短剣を振るってギルバートに斬りつけた。

 やったかと思った瞬間、目の前にあったのはギルバートの大剣だった。

「わっ!」

 本当に殺されると、無我夢中で腰に手をやって、剣を引き抜いた。

 今まで受けたどこよりも近くで、剣と剣が火花を散らしてぶつかり合う。

 上から斬りつけられると、いつも以上に重たい大剣に耐えられず、リッツは地面に叩きつけられていた。痛みにのたうち廻る。

「うぐっ……」

 やはり剣にかかる重みが違いすぎる。

 痛みをこらえつつ、荒い息を整えながら、リッツはうつぶせのまま呻いた。

「駄目か……」

 明いている方で手に触れた土を握りしめる。

 やはり勝てない。

「くそっ!」

 握ったままの手で地面を叩くと、ギルバートが笑った。

「そんな小わざで俺を倒せると思うなよ」

「……分かってるよ」

 ゆっくりと顔を上げてギルバートを見てから、リッツは再び地に伏した。

 本当の本当に限界だ。これ以上は本当に無理だ。

「おいリッツ。お前の戦い方は、無理がないか?」

 不意にギルバートの声が耳に届いた。

「何が?」

「死ぬことが怖くねえのか?」

 ごろりと転がってギルバートを見上げると、ギルバートは心底不思議そうにリッツを見下ろしている。

 何故そんなことを聞かれるのか分からずにリッツは小さく呟く。

「別に怖くねぇよ」

「本気で言ってるのか?」

「うん」

「怖いもの無しってことか?」

 呆れた顔で大剣をしまいながらリッツを見つめるギルバートから、リッツは視線を外した。

 怖いもの無しなんてとんでもない。

 リッツには怖いものだらけだ。

 仲間を失うこと、一人になること、居場所を無くすこと。それがみんな怖い。

 怖いからがむしゃらになって戦うのだ。

「……違うよ」

「何が違う?」

「仲間を守れないのが怖い。自分が弱いのは嫌だ」

「へぇ……」

 気のない返事をしながらギルバートが煙草をくわえた。ソフィアが黙って重い金属のライターで火を付ける。

 ライターはユリスラでは大型の物しか見かけない。ソフィアが使っているのは隣国フォルヌ製だと聞いた。フォルヌは食料品の自給率が低いが、色々な道具や武器は、ユリスラよりも発展しているそうだ。

 ギルバートが美味そうに、煙草の煙を吹き出す。それぼんやり見つめながらも、リッツは気力が尽きてそのまま動けずにいた。

 そんなリッツに自分の一服を付けたソフィアが、気怠げに紫煙を吹き出してから声を掛けてきた。

「リッツ」

「……なに?」

「娼館で女王を奢って貰いな」

「え?」

 あまりにも意外な言葉に、リッツは転がったまま首だけを動かしてソフィアを見た。

 意外だったのはギルバートも同じようで、不満げな顔で煙を一気に吐き出してからソフィアに歩み寄る。

「おかしいこと言うじゃねえかソフィア」

「おかしな事? 確かにおかしいかもね」

 そういうと、ソフィアは煙草の煙を悠々と吹き出してから、ギルバートを見つめた。

「ギル、前髪が変だ」

「前髪?」

「そ。ほら、鏡」

 ソフィアが放った鏡を受け取ったギルバートは、大きな体を丸めてソフィアのしゃれた手鏡を覗いている。豪腕の剣士にしては、妙に滑稽な姿だ。

 しばらくしてギルバートが苦笑した。

「……なるほどな。確かにこれも一撃か」

 気になる口調にリッツは顔を上げた。

「なんだよ、ギル」

「ここさ」

 ギルバートが指さしたのは、前髪の一部だった。

 いつもは洗いざらしで適当なギルバートの髪が、一部だけまっすぐに揃っている。

「俺がやったの?」

「偶然にも、お前の短剣が届いたらしいな」

「……ホント?」

 絶対に届いていないと思っていた。無茶だったのは自分でも百も承知だ。

 疑いつつも改めてその前髪をじっと見つめると、本当にあるかなしかの微かな前髪の揃いが見て取れた。

「あ……そこ?」

 おずおずと尋ねると、ギルバートが豪快に笑った。

「そうだ。ほんのちょっとだが、一撃は一撃だ。なんだ、やるじゃねえか」

 楽しげにギルバートはそういうと、指に挟んでいた煙草を再びくわえて、美味そうに吸う。

「ギルに……一撃……入ったんだ」

 驚きのあまりたどたどしく呟くと、ギルバートは満足げに腕を組む。

「ああそうだ。よしリッツ、今夜出かけるか?」

「うん!」

 喜び勇んで頷いたものの、すぐには立ち上がれない。

 考えてみれば、もう数時間飲まず食わずだ。

「ま、今日の夜まで、お前は寝てろ。限界だろ?」

「限界……。でも飯は食う……」

「だろうな。昼飯、食いに行くか」

「行く」

 そのまま寝る誘惑と食事の誘惑を比べると、食事の誘惑が強かった。リッツに取って一番重要なのは食欲なのだ。

 ようやくのことで体を地面から引きはがす。

 見ると薄情にもギルバートとソフィアはさっさと館へと向かっていた。

 せめて稽古が終わった後に、さっと立ち上がって食事に行けるぐらいは強くなりたいものだ。

 よろめきつつも館に戻り、騎士団とは別のモーガン家の食堂に行く。

 一応食べる場所や泊まる場所にはエドワードとセットで特別待遇を受けているのだが、食べるものは騎士団宿舎と同じだ。

 食堂にたどり着いたリッツは、声を潜めて話すジェラルドとギルバードに気がついた。その隣にはエドワードとソフィアの姿もある。

 エドワードとジェラルドの格好は、普段のラフなシャツ姿ではなかった。

 エドワードは騎士団の団服、ジェラルドはきちんとした外出着だ。

「あれ? おっさんとエド、どっか行くの?」

 尋ねると、エドワードが頷いた。

「ああ。北部で移民同士のトラブルがあるらしい」

「移民同士のトラブル?」

「そうだ」

 そういえば前に、違う自治領区出身の農民の中には、農作業の決まりが違っている者がいて、ごくたまに問題が起きると聞いた。

「俺も行く?」

 今までそうした事態には、リッツも共に行っていたからごく自然に尋ねたのだが、ジェラルドとエドワードは微かに目配せし合った。

 何だか妙だ。何か隠しているみたいに見える。

 やがてエドワードはリッツの顔を見て含み笑いをしながら口を開いた。

「リッツ、こてんぱんにやられて、腰が立たなかったみたいじゃないか」

「……うるせぇ」

 それを言われると、もう剣技の稽古を始めてから一年経っているリッツには立つ瀬がない。

 成長がないといわれればその通りだからだ。

「お前は寝てろ。俺とジェラルドで問題ないさ」

 やけに自信ありげにエドワードが言うから、リッツは渋々ながらも頷くしかない。

「そっかぁ……?」

「ああ。現地で疲れて爆睡されたり、疲れで行き倒れられても困るしな」

「……そう簡単に行き倒れるもんか」

 口を尖らせて小声で文句を言ったものの、それでエドワードに拾われたという過去がある以上、強くなど出られない。

 それを分かって冗談にしていたエドワードが、微笑みながらリッツの肩を叩いた。

「まあお前は昼寝でもしてればいいさ。遅くても夜までには帰るつもりだ」

「ちぇっ、つまんないの」

 ふてくされると、ギルバートが笑った。

「エドワード、お前はずいぶん大きな子犬を飼っているな。すさまじい懐きようだ。飼い主がいないと寂しくて仕方ないらしい」

「誰が子犬だよ! つうか、寂しくて言ってるんじゃねえぞ!」

 イーディスの件もあるし、心配して言っているのだ。

 だがリッツがギルバートに向かって怒鳴っても、誰もそれを否定してくれない。エドワードまで吹き出す始末だ。

「分かった分かった。リッツ、土産に美味しい骨でも買ってきてやろう」

「エドまで言うか!」

「悪い悪い」

 笑いをこらえながらそういったエドワードの横から、白い手のひらが差し出された。

「リッツ、お手」

「ソフィアまで! 何だよ何だよ、寄ってたかって!」

 思い切りむくれると、場が爆笑に包まれた。

 彼らにとってリッツの存在は、からかうのが楽しい単純馬鹿なのである。

 そんなことは百も承知だが、その上プディング頭扱いだから、二重にお馬鹿さんといわれている気分になり、そうそう笑っても居られない。

 むくれたまま食堂の椅子にドサリと腰を下ろしてテーブルに頬杖を付く。するとメイドたちが待ち構えていたかのようにさっと現れて、テーブルに料理を並べ始めた。

「俺は喰う。喰ったら寝る!」

 怒ったまま断言すると、リッツは猛然と目の前のチキンステーキにフォークを突き立てた。

 むくれたままナイフを使うことなく、刺した鶏を食べていると、不意にエドワードの手がリッツの肩に乗せられた。

「何だよ、エド」

 不機嫌丸出しで振り返りもせずに言い放つと、エドワードがリッツに向かって小声で囁いた。

「アルバートも一緒に行くから、留守を頼んだ」

「……留守番してろって事だろ?」

「そうだが……少し違う」

「違うの?」

 エドワードの言葉には、どことなく真剣な響きが混じっていたから、エドワードを見上げる。

「用心するに越したことはない。俺たちの気のせいだといいんだが」

「?」

 呟いたエドワードの言葉に、疑問を感じながらもリッツは頷く。

 何かきな臭い事態が動いているのだろうか。リッツの知らないうちに。

 ちらりとジェラルドの顔を窺って、それからギルバートを見ると、ギルバートは楽しげに笑った。

「残念だったなリッツ。この二人と執事長が戻ってこない限りは、家に留守番だ。せっかく俺に一撃入れたのにな」

「あ~!!」

 そういえば高級娼館で、女王と呼ばれる最上級の娼婦を奢って貰う約束だったのだ。

「ま、ジェリーたちは夜までに帰ってくるんだから、それを期待して待つしかねえな」

「そんなぁ~」

 今エドワードが何かあるかも知れないようなことをほのめかせたばかりではないか。なのに二人がすぐに帰ってくる保証なんて一つもない。

 がっくりと落ち込むと、リッツはチキンステーキを囓る。

 これではあんなに頑張った甲斐がない。

 こうなったら飯を食ったらたっぷりと、死んでんじゃないかと思われるほど、ぐっすりと眠ってやると決意した。

 食事を済ませることもなく、エドワードとジェラルドは小さな食事の包みを受け取って食堂を後にした。それと入れ違いにやってきたのは、パトリシアである。

「おじさま、ご苦労様」

 パトリシアは、ギルバートをおじさまと呼び、妙に懐いている。

 話している内容からすると、パトリシアは幼い頃から父の親友であるギルバートと親交があるらしかった。

 ギルバートの子供好きを考えると、幼き日のパトリシアはずいぶんとギルバートに遊んで貰ったのだろう。

 短い付き合いの中では見た事もない無邪気で明るい笑顔でギルバートを見て話すパトリシアに複雑な気持ちを抱きつつ、リッツは黙々と食事を続ける。

 やっぱりエドワードとジェラルドにおいて行かれたという気持ちは、リッツの中にくすぶっている。

 だが考えても仕方ない。エドワードとジェラルドが言うことには、いつも理由がある。その理由はあえてリッツに伏せられていることが多いのである。

 何しろリッツは、隠し事というものがあまり得意ではない。顔に出てしまうことが多いのだ。

 だとしたら待てばいい。それ以外の方法はない。とりあえず今できることと言えば、食べて寝ること。これに限る。

 むっつりと黙ったまま、盛り上がるギルバートとパトリシア、口数少なくも的確な突っ込みを入れるソフィアを横目で見つつ、リッツは腹に食料を詰め込む。

 それからリッツは、ゲームでもしないかと誘われたのを断って、本気で自室に戻って眠ってしまった。

 ギルバートと稽古をした後は、寝ていると言うよりも軽く気絶をした状態になっているような気がする。今までの鍛錬で鍛えてきた体力の限界を、軽く超えてしまっているのだ。

 結局リッツの目が覚めたのは、太陽が沈む時間だった。

 いつもは元気を取り戻したリッツに、再び剣技の稽古を仕掛けてくるギルバートが妙に静かなのが気に掛かるが、自分からいうのもはばかられて、のんびりとローレンに出された宿題をしながら過ごした。

 宿題というのは、グレインで発行される活版印刷の新聞を毎日読むことと、ユリスラの歴史という本を読むことだ。

 新聞の方は何とかなるのだが、歴史の本は全く進まない。

 元々この国の国王やその他の仕組みなんて興味のないリッツからすれば、読むだけ苦痛が増すばかりの本なのである。

 何事もないまま時間が過ぎゆき、メイドに呼ばれてリッツは再び食堂に降りる。

 この館の夕食時間は、ティルスの村や、リッツの故郷よりも少し早めだ。その代わり、夜は街に繰り出し、酒を飲む人が多い。

 騎士団は勤務に当たっている半分以外は皆そうだと聞いた。

 その生活に慣れてきていたリッツは、出された早めの夕食を頬張る。

 同じ食卓には、昼と同じくリッツとギルバート、ソフィアとパトリシアという、妙な組み合わせが座っている。

 家の主がいないし、エドワードもいないなんて妙な気分だ。

 リッツは魚の骨と格闘しながら、ふと考える。

 寝てるか食事しているかどちらかだと、冬眠中の熊にでもなった気分だ。

 今はもうすぐ初夏だけれど。

 夕食を食べ終わり、食後のデザートとコーヒーを楽しんでから、談話室へと移動する。この談話室、パーティの時には、紳士淑女で溢れるそうだ。

 残念ながらリッツはまだパーティにはお目にかかっていない。

 落ち着いているが、一点一点が丁寧で素晴らしい作りをした家具が備え付けられていて、かなり落ち着く。

 そんな談話室でパトリシアの提案でおいてあったチェスをする。

 笑えることに、チェスに一番強いのはソフィアで、次はパトリシアだった。男二人は女性陣にまったく歯が立たない。

 やはり剣士は、そんなに頭脳ゲームに向いていないのだろう。

 和気あいあいとした食後の時間をのんびりと過ごしていると、激しく扉が叩かれ、息を切らせた男が一人駆け込んできた。

 服装は平均的なグレインの農民の姿である。だがその腰には剣が吊られ、目つきも鋭い。きっと騎士団員だ。

 ギルバートは今までのだらけた態度から一転、真剣に椅子の上で姿勢を正す。

「やはりか……」

「やはり?」

 ギルバートの呟きを拾ったリッツがギルバートを見つめた。男は小さく頷いている。その男の顔を見たことがあった。

「あれ? 第三隊の人?」

 何かを知っていそうなギルバートを見つめて尋ねると、ギルバートは頷いた。

「第三隊というよりも、オフェリルを監視してる偵察部の奴らだ」

「……偵察部?」

「ああ。隣国や隣の自治領区、果てはシアーズを調べるために、潜入している」

 その言葉で恐れていた事態が動き出したことを感じ取った。

 今の今まで目の前にあった平穏な時間が、静かに遠ざかっていく。

「閣下」

 男はギルバートの前で頭を垂れる。

「閣下はよせ。もう軍人じゃねえ」

「は。申し訳ございません……閣下」

 閣下以外の呼びかけが思いつかなかったらしい。

 そんな男にギルバートは何も言わずに首を動かし、事態を説明するようにと促した。男は一瞬迷った後に、ギルバートを見上げて言葉を発する。

「オフェリルから、ダネルが消えました。前にティルスを攻撃した貴族と、その周辺の貴族たちも消えています。おそらくオフェリルからティルスに向かったと思われます」

 リッツは唇を噛んだ。

 またあの男か。しかもあの男は半身不随だ。もう自力で立つ事も出来ないのだ。

 なのに再びティルスを攻めようというのだろうか。

「確認した者はいないのか?」

「おりません。ただ、オフェリルには見慣れない旅芸人が数日前から興行していて、その旅芸人の一座も同時に消えています」

「偽物だったのか?」

 ギルバートの厳しく、真剣な瞳をまっすぐに受け止めて、男は首を振る。

「本物でした。小さな一座でしたが、軽業師や精霊使いもいて、なかなか本格的だったそうです。長い列を組んで北上したようですが、オフェリルの北部にあるどの街にも到着した気配がありません」

「軽業師と精霊使いか……」

 ギルバートは黙ったまま立ち上がった。ソフィアもギルバートに黙って倣う。

「ソフィア」

「支度は出来てる。いつでも出られるよ」

「よし。リッツ」

 呼ばれてリッツは弾かれたように顔を上げた。

「何?」

「殺し合いが出来る自信はあるか?」

「……え?」

 思わぬ言葉に、リッツの思考が止まった。隣でパトリシアも息をのんだのが分かる。

「おそらくティルスは攻撃を受けている」

「……うそだ……」

「嘘じゃない。俺たちは後手に回っている」

「そんな……じゃあ……」

「村人が無事だと保証はできん。俺の部下が数人混じっているし、第三隊がどこまで踏ん張れるか……」

 リッツの頭の中が真っ白になった。

 ティルスだけは大丈夫だと思っていた。

 あれだけひどい目に遭わせたのだから、もうあそこで何かが起こることなんてないと思っていた。

 だってあそこには、ローレンやシャスタがいる。

 マルヴィルも、その妻も、仲のいい三姉妹もいる。

 リッツが買い物に行くとおまけしてくれる肉屋も、おしゃべりな八百屋も、物静かな雑貨屋の老人もいる。

 シャスタの仲間の子供たち、陽気で親切な村人たち……。

 みんなみんな、あそこにいる。

「嘘だ! 嘘だ!」

「取り乱すなリッツ!」

「だってギル!」

「だから聞いてんだよ。お前は殺し合いができるかってな」

「殺し合い……」

「そうだ。奴らの方が先に着いている。罠に嵌めて生け捕りにすることなど出来ん。殺さなければ、村人たちが殺される。お前は殺せるか?」

 リッツは過去に四人殺している。感情が爆発したあげくの惨事だった。

 だがギルバートの言いたいことは分かった。

 今度は冷静に、自分の意志で人を殺さなければならない。そうしなければティルスを救えない。

「自信がないならやめておけ。ダネルとオフェリル貴族たち以外にも戦闘のプロが混じっている可能性もある。おそらく混戦状態になるだろう」

 リッツは自分の手を見た。

 考えろ。決断しろ。

 この手は、あの時のように血にまみれる。

 それでもいいか。それでも、人を守るために剣をとれるのか?

 苦悩するリッツの上をギルバートの冷静沈着な言葉が静かに流れていく。

「俺は騎士団第一隊の指揮官を、臨時にジェリーから任されている。第一隊には既に準備を整えさせてあるから、いつでも出られる。遅くなれば遅くなるほど、村人を助けられる可能性が消えていくからな」

 そういうと、ギルバートはサイドテーブルの上に何気なく畳まれていた服を一気に広げて身にまとった。それは騎士団の制服だった。黙ったままソフィアも制服に袖を通した。

 立ち尽くすリッツの横を歩き、ギルバートは壁際に置かれていた大剣を手にした。

 腰に付けられないこの大剣を、ギルバートは背に負うのである。

「軍服だの制服だの、もう二度と身につけたりはしねえと思ったが、味方にやられちゃ仕方ねえからな」

 そう言って振り返ったギルバートは、まっすぐにリッツを見つめた。

「今すぐ決めろ、リッツ」

「ギル……」

「ジェリーとエドワードは北部に行っていない。程なくあいつらも駆けつける。ティルスは戦場になる」

 リッツは顔を上げてギルバートを見つめ返した。

「守ると決めたものを守りきるのが剣士だ。お前はどうするんだ」

 琥珀色の瞳が、静かにリッツを見据えている。

 その瞳は厳しい。

 今は傭兵であるが、これが軍人としてのギルバートだと分かった。ジェラルドとギルバート。共に軍を改革しようとしてきた仲間だった。

 二人の人を守ろうとする決意はよく似ている。そして決意なら、リッツの中にもあった。

 何があっても大切な人を、大切な場所を守ろうと決めた。

 ならば戦うしかない。

 躊躇うな。躊躇えば大切な人の命を失う。

「俺も行く」

「本物の戦場を見て、気絶すんなよ」

「しない。俺は大切なもんを守るって、決めたんだ」

 迷うな、リッツ・アルスター。

 心の中でそう呟くと、リッツは立ち上がった。

「支度してくる」

「三分だ」

「分かった」

 言葉少なにリッツは食堂を飛び出して、自室に駆け上がる。畳んであった制服を身につけて、剣を腰に帯びる。

 鏡で見た自分は思ったよりも落ち着いて見えた。

 一瞬だけ、精霊族である父と母の姿が浮かんだ。

 もう戻れないかもしれない。あの美しくも残酷な父母の住む森へ。

 それでも……戦う。

 階段を駆け下りると、既に騎士団第一隊が揃っていた。その中心にはギルバートとソフィア、そして軍服を身にまとったパトリシアの姿がある。

「パティ、お前……」

「私は騎士団第一隊の精霊使いよ。忘れたの? 剣士一人よりもよっぽど戦力になるわ」

 まっすぐにリッツを見つめてパトリシアがそういった。だがその瞳は、微かに恐怖を帯びている。

 パトリシアはリッツと違ってその手で人を殺めたことなどない。

「行くのかよ」

「ええ」

「大丈夫なのか?」

 気遣ったつもりの言葉に、パトリシアは激怒した。

「大丈夫じゃなくても行くの! グレイン自治領区はお父様の領地よ。そしてそれを受け継ぐ私の領地だわ。民を守り、戦うのが領主一族の務め。それが出来ずに領民の税で食べているつもりはない」

 きっぱりとそう言い切るパトリシアの決意に、リッツは息をのんだ。

 パトリシアは領主の娘として、責務を果たそうとしているのだ。リッツにはそんなパトリシアがまばゆく輝いて見えた。

 ならばリッツが危ないから行かない方がいいなどと止められることではない。

「分かった。じゃあさ、俺はお前を守ることにする」

「私を?」

「うん。だからさ、無茶なことすんなよな。おっさんとエドに俺が怒られるじゃん」

 少し恥ずかしくてそう誤魔化すと、パトリシアは微かに頬を染めながら呟いた。

「リッツに助けて貰わなくても、自分で何とかなるわよ」

「助けるっていってんだから、いいじゃんか」

「まあそうね。頼むわ。その代わり、リッツが危なくなったら助けてあげる。これであいこね。貸し借りなし」

「……おう」

 リッツとパトリシアがそんな会話をしている間にも、ギルバートは残る騎士団第二隊と辺境警備部に指示を飛ばしている。

 辺境警備兵は二〇〇、騎士団第二隊は五〇人だ。

 立場は違うはずなのに、両者ともジェラルドの指揮下に有り、ジェラルドを主と仰いでいる。

 所属が違っても彼らの結束は固い。

 その双方共に、ギルバートの指示に真剣に聞き入っている。

 ギルバートのその姿はジェラルドとそんなに変わらず、上に立つ者の資質に溢れていた。

「ギルってなんかすげえ。軍人の偉い人みてえ」

 制服の襟を正しながらボソッと呟くと、当然のようにパトリシアが肩をすくめた。

「当たり前じゃない。中将だったんですもの」

「中将って?」

 普通に聞き返したら、パトリシアに思い切り呆れた顔をされた。

「……馬鹿?」

 そんなことを言われても、リッツは軍の階級なんて分からない。ため息をついたパトリシアが、リッツの背中を叩いた。

「いって~っ! 何すんだよ!」

「帰ってきたら説明してあげるから、生きて帰りなさいよ」

 パトリシアを見ると、パトリシアは心配そうにリッツを見ていた。

 前の戦いでリッツが平気で命を投げ出しているのを目の当たりにしているから、心配を掛けている。

「おう。帰ってきたらな!」

 明るく答えて、リッツは開け放たれた扉の向こうに目を向けた。夜の闇が帳を下ろしている。

 この暗闇の先に、リッツの第二の故郷とも言えるティルスの村がある。

 そこには沢山の大切な人たちがいて、思い出深い場所がある。

 奥歯をグッと噛みしめる。

 焦りは禁物かもしれない。でもそれを考えると心が急く。

 準備はリッツが思った以上に素早く整っていく。

 辺境警備兵と違って、騎士団は全員迅速に動くことを考えて自分の馬を持っている。

 農耕と牧畜が盛んなこの自治領区ならではだ。

 その馬を全力で走らせても、ティルスまでは一時間かかる。

 偵察部の騎士がティルスに寄って、第三隊長マルヴィルに報告をした時には、ティルスは何も問題がない状態だったという。

 ならば、村はまだ無事だろうか?

 何も起きていないだろうか?

 リッツはギュッっと拳を握りしめた。

 間に合え。間に合ってくれ。頼むから。

 リッツは心の中で祈ったこともない光の精霊王に祈った。今はそれしか出来そうになかった。 

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