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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
冀求の種子
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呑気な冒険者たちシリーズ読者さんのための冀求の種子プロローグ

 ダネル・クロヴィス。内乱のきっかけとなった貴族。

 フランツは自分の手元にある本の中に書かれた文字を指でたどった。

 アンナやジョーが手に取った、内戦を美化した物語的な本ではなく、内戦時の資料や、歴史的な出来事などを時系列ごとにまとめた本である。

 この本には『ダネル・クロヴィスという名の貴族が過多な特権意識を持ち、王太子エドワードのいたグレインの民衆に不当な攻撃を仕掛けたことが内戦の引き金となった』とある。

 だがフランツの頭の中には、この人物は罪のない領民を殺害し、リッツに返り討ちにされた人物であると記されている。

 つまり現在歴史に刻まれている『内戦の始まり』と、当事者であるリッツとエドワードによって語られる『内戦の始まり』は全く違う物であるのかも知れない。

 でも先週はその続きを聞こうにも、アンナとリッツが揉めだしてしまい、そこで話が終わってしまっていた。

 そこで今月中にはレポートを出したいと意気込むジョーとアンナに呼ばれて、本日もエドワードがここクレイトン邸を訪れていた。

 現在は第二週の土の曜日である。

 翌日の陽の曜日は、女神が生まれた曜日として学校、官僚組織ともに休みだから、ここに集う全員が休日となるのだ。

 だから夜更かしをするのには適しているといえるだろう。

 フランツは更に手元にあった本のページを捲る。

『王国歴一五三四年は、ユリスラ王国にとって重要な転機となる年であった。

 王族の浪費と、政務部の腐敗、軍の堕落によって国全体に蔓延した、退廃的な空気と、絶望的な雰囲気は王国全土を覆い、国土に暗い影を落としていた。

 国家の危機を憂う人々は、それを口にすることすら許されず、ただ王国の先行きを危ぶみつつ時代の流れを変える何かを、知らず知らずのうちに探し求めていたと言えるだろう。

 そんな不安渦巻くこの年に起こったのが、ダネル・クロヴィスの引き起こしたグレイン襲撃事件である。

 この事件はグレイン自治領主ジェラルド・モーガン侯爵の怒りをかい、やがて事件は内戦のきっかけとなる、グレイン・オフェリル争乱に発展していくのである。

 ダネル・クロヴィスという名の貴族が、特権意識を持ち、王太子エドワードのいたグレインの民衆に不当な攻撃を仕掛けたことが内戦の引き金となったといえる、象徴的な事件であった』

 ため息をつきつつフランツは本を閉じた。

 この部分だけを読んでいると、二人から話を聞いた、ダネルとその仲間を落とし穴に落とした作戦が戦争の引き金になったようなイメージになる。

 だがエドワードは生け捕りにしたダネルをオフェリルに返して、さらなる弱みを握ろうとしていたといっていたから、どうも違う事件らしい。

 つまり先週聞いたところまででは、内戦にすら発展していないようなのだ。

 内戦の話を聞く予定なのに、内戦が起こりそうな気配がない。

 一体何がどうなってユリスラに内戦が起きたのか、そしてこの国を正しい道へと進ませるためにどのようにして王位を手にしたのか、全く想像も付かない。

「何を難しそうな顔してんだよ、フランツ」

 洗い髪を乱暴に拭きながらリッツが談話室に入ってきた。

 今日は軍学校の剣術専攻科の生徒を、およそ半日かけて徹底的にやり込めたから汗を掻いたと風呂に行っていたのだ。

 同じ理由から、徹底的にやり込められた傷だらけのジョーもリッツより先に風呂から出てきて、長いすの上にひっくり返っている。

 アンナは医術専攻の学生なのでその被害に遭わないで済んだらしいが、軍学校生であるから剣術の稽古は逃れられないらしい。

 剣術には驚くほど才能のないアンナは、顔も体も擦り傷だらけだそうだ。

 軍学校の稽古ではかなり厳しくアンナに当たっているらしいリッツも、家に帰ってくると、いつも申し訳なさそうにアンナにへばりついているのだから情けない。

 今日も今日で、髪の水気を拭き取ると、当然のようにアンナの隣に座ってアンナに傷の具合を聞いていたりする。

 もちろん元(現?)女たらしのリッツは、さりげなく、だが端から見るとかなりバレバレの態度でアンナの肌に触れまくっている。

 そんなリッツに何も知らないアンナは大人のような微笑みを向けて、大丈夫だからと答えるのが日課なのだ。

「そんなに心配なら、手加減すればいいものを」

 窓際の椅子にゆったりと座って、ワインを口にしていたエドワードがからかい口調でいうと、リッツは飛び上がった。

「エド! 来てたのか!?」

「来るに決まっているだろう。話を聞かせて欲しいと言われているのだからな」

「……ちっ」

 リッツがエドワードから顔を逸らし、小さく舌打ちした。

 気付かれないように横を向いたらしいが、そんなことでエドワードが誤魔化されるわけがない。

「舌打ちしたか? ん?」

 笑みを浮かべながらエドワードがリッツを見つめた。

 そのエドワードの表情に、リッツは引きつった笑みを浮かべた。

「気のせいじゃねえの?」

 わざとらしく口笛を吹いて誤魔化すリッツに、エドワードが笑顔のまま制裁を下す。

 リッツ本人ではなく、笑顔をアンナに向けたのだ。

「すまないな、アンナ。君とこいつの逢瀬を私は邪魔したかな?」

「ちょ、何言うんだよエド!」

 慌てるリッツを無視して、エドワードはアンナに微笑んだ。

「悪いと思ってな。年老いた老人の話を聞くよりも、恋人同士の時間を大切にしたいだろうに、毎週尋ねてきてしまって。こいつもそれが嫌なのだろうな。今日は帰るとしようか?」

 穏やかなエドワードの口調だったが、アンナはぱっと立ち上がった。

「駄目です! 絶対に駄目です! 私とジョーが話が聞きたくてエドさんを呼んだんですよ? エドさんの話、聞きたいです!」

「だがなぁ……」

 わざとらしくため息をついたエドワードを見て、アンナはリッツの方に食ってかかった。

「リッツ! エドさんにせっかく来て貰ったのに、なんでそんな態度をとるのかなぁ? リッツとエドさんの話をちゃんと聞きたいんだよ?」

「……はい」

 腕を組んだアンナはリッツの正面に立ち、座って小さくなるリッツを見下ろしながら言葉を続ける。

「レポートの締め切りは今月いっぱいなんだよ? でも私とリッツの関係はずっとでしょ? 来月だっていっぱいいっぱい一緒にいられるのに、どっちが重要かなんてリッツも分かってるよね?」

「はい……」

「じゃあどうしてそんな態度するの? リッツは私とエドさんを同じぐらい好きなのに、どうしてエドさんには素直じゃないかなぁ!」

 思わぬアンナの言葉にリッツは愕然とし、エドワードは吹き出した。

「あれ? 違うの? だってリッツ、エドさんが大好きだよね?」

「そうかそうかリッツ、お前はアンナと同じぐらいに私が好きなのか」

 半ば爆笑しながらエドワードがソファーを叩く。リッツは赤い顔をして必死で叫んだ。

「アンナ! お前とエドを同じ並べ方するな! 気色悪いだろうが!」

「え~? だって前の話とか聞いてたら、リッツはすごくエドさんが大好きなんだもん。ちょっとだけ嫉妬しちゃうなぁ、って」

「ちがーうっ! だから同列上に並べるな! お前のは愛情で、こっちは友情だろ!」

「でもエドさんを好きなのは好きなんでしょ? 嫌いなの?」

「嫌いなわけ無いだろ!」

「じゃあ大好きなんだよ」

「だからその言い方はやめろ!」

 再びリッツとアンナがぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた。

 今日は話を聞くところから進まないのかとフランツが大きくため息をついた時、エドワードが笑いを残したまま身を起こした。

「そういえばお前は昔、私にころころとよく懐いた子犬だと言われていたな」

「子犬って言うな!」

「だが事実だろう? 内戦のさなかでは敵に『偽王太子の犬』扱いされていたがな」

「そっちの方がいくらかましだ!」

 怒鳴ったリッツにアンナが吹き出した。

「何だよアンナ!」

「リッツに耳が生えて、エドさんの前で一生懸命しっぽを振ってじゃれてるの、想像しちゃった」

「想像するな!」

「だって、似合うもん! 可愛いよぉ?」

「お前ねぇ……」

 頭を抱えたリッツを尻目に、エドワードがワイングラスを掲げて、アンナとフランツとジョーをぐるりと見渡して微笑んだ。

「では今夜は、この天下無敵の傭兵隊長たるリッツ・アルスターが、コロコロと可愛い私の子犬だった頃の話から始めようか」

「エド!!」

 怒気を孕んだ声でエドワードを怒鳴ったリッツなど意に関せずといった体で、エドワードは口を開いた。

「あれは王国歴一五三四年の春の終わり頃のことだった」

「また唐突に……」

「あの日、私の母が殺された」

 そういうとエドワードはふんわりと微笑んだ。

 今までの騒ぎとは正反対で、あまりに意表を突かれてフランツは目を見開く。

「そういえば前に、アンナとフランツにはこの話をしたことがあったね?」

 尋ねられてフランツは首をかしげた。そんな話をしたか、思い出せなかったのだ。

 だがアンナはすぐに思い出したようで、深々と頷いた。

「シアーズに行く前、黎明館でリッツが私たちを置いて逃げちゃった時に聞いた話ですよね? エドさんは母親の復讐をしようとして、リッツに止められたって。リッツが付いて来るって言ったって……」

 答えたアンナの言葉に、リッツが目を見張りエドワードを見た。

「そんなことを話したのかよ?」

「ああ。この子たちがお前において行かれたとあまりに不安がったからな」

「……そうか」

 頷くと、今までの騒ぎはどこへやら、リッツは黙ってエドワードの前に自分の分のグラスを差し出した。エドワードは何も言わずにリッツにワインを注ぐ。

 リッツは黙ったままグラスを受け取りアンナの隣に座った。今夜の話が始まるようだ。

「あの日はよく晴れていて農業日和だった。私とリッツはセロシア家の畑仕事をしていた」

 グラスを傾けながら、エドワードが時代を語り出した。 

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