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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
樹下の盟約
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呑気な冒険者たちシリーズ読者さんのための樹下の盟約エピローグ

「てなわけで、俺とエドが出会って、内戦へと向かっていったって訳だ」

 そういうとリッツは、アニーの持ってきてくれたウイスキーを飲み干した。

 昔のことを話すのは思いの外恥ずかしくて、途中から素面ではやりきれなくなってしまったのだ。

 ここまで話すのに、途中幾度かエドワードの注釈や、からかいが入ったせいでだいぶ長くなっている。

 その長さに比例して、ウイスキーのボトルもかなり空いてきた。

 隣で平気な顔をして飲んでいるエドワードも、ボトルを開けるのを手伝っている。

 顔には出さないが、エドワードだって気恥ずかしいに決まっている。

 何せ二人とも若かった。

「昔のサラディオとかファルディナって、そんなにひどかったの?」

 正面のソファーに腰掛け、リッツの話に真剣に聞き入っていたアンナに聞かれて、深々と頷いた。

「今のサラディオとファルディナを知ってたら、想像つかねえだろうけど、大通りから横道に一歩入れば浮浪者がいるし、行き倒れを処理する死体処理を受け持ってる移民もいたりで、平和とはほど遠かったな。何せ移民で食えるのはほんの一部だったし」

「うわぁ……ひどいねぇ」

「ああ。あの時代、内戦が起こる素地は、もう出来ていたのさ。みんなもう限界だったんだからな」

「そっかぁ……。やっぱり内戦が起こるのには理由があるんだね」

 先ほど閉じた歴史書を、アンナの指が軽く捲る。

 画家による絵や図面まで入った歴史書にはきらびやかな事ばかりが書かれていて、時代の重さは書かれていないようだった。

「その頃のサラディオを治めていたのは、ルシナ家だね?」

 サラディオと聞くと黙っていられないフランツに尋ねられてリッツは頷く。

「ああ。っていってもお前の親父じゃなくて、お前のじいさんだ。お前のじいさんは立派な大商人だったぞ。おっさんが言ってるのを聞いただけだけどな」

「……ふうん」

「もしお前の父親がお前のじいさんだったら、お前、サラディオの領主になってたな」

 からかい口調でいうと、フランツは無表情なくせに盛大に顔をしかめた。

「やめてくれ。僕は商人になりたくない」

 本気で嫌がるフランツに、エドワードが柔らかくほほ笑みかけた。

「そうだな。この国の大臣になるのだろう?」

「やめてください、陛下!」

 グレイグのあながち冗談ではない言動に、常日頃から頭を痛めているフランツが、半ば本気で叫ぶ。

「いやいや経済と政を学んでいるから、宰相になるか?」

「恐ろしいこと言わないでください! 僕は一官吏で十分です!」

「欲のないことをいう」

 からかい口調のエドワードに見えないように、リッツはフランツに肩をすくめて見せた。

 大変な職業に着けられたのはリッツも同じだ。

 だがそんなリッツの態度はエドワードにあっさりとばれてしまった。

「お前は、逃げ出しておきながらその態度か?」

「だから、俺は大臣なんて嫌だっていっただろ!」

「嫌でも何でも一度頷いたら、最後まで全うするのが責任というものだろう?」

「誰が一度でも頷いたよ!」

 出会った頃と変わらず、リッツはエドワードと怒鳴りあう。

 リッツがこの国を離れ、諸国を放浪していた時間は三十五年。

 エドワードやパトリシア、シャスタと会えないのが寂しかったが、彼らが年をとって死んでいくのを見るのが怖かったし、年を経た彼らが昔のようにリッツと関わってくれるのかと考えれば更に怖かった。

 でもこうして会ってみると、年を経たってエドワードはエドワードだったし、パトリシアは嫌味と喧嘩に磨きを掛けてはいたが、やはりパトリシアだった。

 シャスタに至っては、子供の頃から小姑で年を経た今もやはり小姑だ。

 特に国王ではなくなって共に旅をしたエドワードは、年を経て分別と達観した人生観を身につけてはいたが、リッツから見れば出会った時の、まだ世界を放浪する夢を捨てきれなかった頃のエドワードだった。

 一年半足らずの旅だったが、内戦や策略なんて関係なく、ただただ真実を探求する旅は、おそらくエドワードにとっては楽しい物だっただろう。

 リッツもそれを時折感じることが出来たから『元国王が放浪するなよ』などと言いながらも、エドワードの本当の夢が叶ったことがとても嬉しかったと、気がついているだろうか。

 あの時、王権を取るために捨てた、世界を知るという夢を、エドワードは実現したのだ。

 王位ももう一つの夢も叶えたエドワードは、おそらくとても満足だろう。

 たとえそれが最後の旅だと覚悟していたとしても……。

「聞いているのかリッツ」

 頬をつねり上げられて、痛みに呻く。

「いたひって!」

「痛くしているのだから当然だろ?」

「はなせってば!」

 昔と変わらずつねり上げられていると、誰かが大きくため息をついた。

 つねり上げられたままに視線を向けると、そこにいたのはジョーだった。

「どうひた、しょー」

 抓られたまま間の抜けた聞き方をしたリッツに、ただ一人の弟子は再びため息をつく。

「話聞いてて、師匠って誰かに似てるなって」

「誰か?」

 ようやくエドワードから解放されてジョーに聞き返すと、ジョーは複雑そうな顔でリッツを見上げた。

「昔の師匠って、むちゃくちゃアンナに似てるよね?」

「!」

 リッツは絶句した。

「ああ。そうか」

 だがフランツは納得したかのように手を打つ。

「そうなの?」

 アンナは首をかしげるが、ジョーがアンナのの肩を叩いて頷く。

「そっくりだよ。世間知らずなところとか、無条件に陛下に懐いてついて歩いているところとか、自分の命よりも陛下や仲間の命を優先して、平気で自分の身を投げ出しちゃうところとか、全部」

「ええ~? そうかなぁ?」

 アンナ本人だけが首をかしげている。

「そうだって。いいアンナ、師匠と陛下を、アンナと師匠に置き換えてみるよ。まず世間知らずで、師匠は陛下に懐いて絶大な信頼を置くようになるよね?」

「うん」

「じゃあこれをアンナに置き換えると?」

「……あ。私って、ヴィシヌで出会ったときからリッツを信頼しきってる?」

「でしょう? それで世間知らずな師匠を、陛下はあちこちに連れ歩くけど……」

「リッツは私を必ず観光に連れて行ってくれるね」

「それで仲間がピンチになったら?」

「……何度も前に出てリッツに怒られたっけ」

「それで師匠は旅に出るまで恋もしたことなくて大公妃様が初恋で……」

「おいおい、ジョー、お前誰に聞いたんだよ!」

 そこは話していなかったはずだ。

「え? アンナ」

「ア~ン~ナ~」

「ええ? 言っちゃいけなかった? えへへ。ごめんね、リッツ」

 可愛らしく微笑まれてしまったから、何も言えずにリッツが黙ると、ジョーが再びアンナに聞いた。

「で、アンナは?」

「私も、旅に出るまで恋なんてしたこと無かったよ。初恋はリッツだもん。でもリッツと違って片思いじゃなくなったけど」

「ううっ……」

 笑顔で語られると、こめかみを押さえるしかない。

 思い出話をしていたから、結構パトリシアとの記憶は、今は痛かったりするのに。

「じゃあエドさんが女の人だったら、リッツは私みたいにエドさんが好きになったのかな?」

「気色悪いことを言うな!」

 鳥肌を立てながら叫ぶ。パトリシアがいてくれて、エドワードが男で本当に良かった。

「ほらね? 似てるでしょう?」

「本当だねぇ……」

 目を丸くしてアンナはこちらを見た。

「私たちって、似てるんだぁ~」

「んな、馬鹿な!」

 アンナのこと、さんざん世間知らず扱いし、子供扱いし、その上自分を大切にしなさいと旅に出てからずっと言い続けていたのは他ならぬリッツだ。

 よくよく考えてみると、このほとんどが、エドワードに言われていたことでは……?

 思わず固まったリッツの後ろで、エドワードが盛大に吹き出した。

「気付いていなかったんだな。私はとっくに気がついていたぞ」

 笑いが収まらないエドワードに思わず詰め寄る。

「本当かよ、エド!」

「ああ。最初、お前とアンナと会った時は、本気で親子だと思ったんだが、違うと聞いて不思議だった。何しろギルバートと共にシアーズを去ったお前が、未成年の、しかも女の子を連れて旅をするとは思えなかったからな。だがすぐにお前がアンナと共にいる理由に気がついたよ」

「なんだよ」

「昔のお前と一つを除いてそっくりだったからさ」

「嘘だろ?」

「嘘なものか。だからお前は私がお前にしたのと同じように、アンナの面倒を見ているのだなと納得したぞ。俺に返せない恩をアンナに返していたのかと思ったしな」

「そんな……」

「私はお前とアンナが一緒にいることに、すぐ違和感を感じなくなったし、お前の態度に懐かしい物を感じたぞ」

「懐かしいって?」

「決まっているだろう? 私がお前と過ごした若かりし頃を懐かしく思い出したぞ」

「ああああああ、やっぱ俺とアンナは似てるのか~」

 思わず頭を抱える。

 アントンにアンナを託された時に断れなかった理由を思い知る。

 無意識にリッツは、アンナと自分に近い物があると気がついてアンナを引き受けたのだ。

 そしてエドワードがしてくれたように、アンナを世間に馴染めるように手を貸した。

 もしかしたらリッツは、自分を導いてくれたエドワードになりたかったのかも知れない。

 しかしリッツは庇護してきたはずのアンナに、いつの間にやらあっさり庇護される側に回り、今は恋人になったアンナに甘えているのだ。

 リッツにとって保護者であったエドワードは相変わらず絶対的な兄貴分として君臨しているというのに。

 エドワードになるのは並大抵のことではない。

 やはりリッツには無理だ。

「エドさん、もしかして私って、将来リッツみたいになるんですか?」

 頭を抱えてしまったリッツではなく、アンナはエドワードに尋ねる。

「いや、君はリッツにはならない」

「なんでですか? 似てるんですよね?」

「一つを除いてといっただろう? その一つが大きいんだよ」

「それって何ですか?」

 真剣にエドワードを見つめるアンナを、リッツは頭を抱えたまま下からじっと見つめた。

「それは君が人に愛されて、人を愛する事を知っていることだよ。君は愛する事で自分を満たすすべを知っているんだ」

「愛する事で自分を満たす……」

 アンナは小さく呟いて胸に手をやった。

「それに対してそいつはいつも飢えてるからな」

「リッツが飢えてる?」

「お、おい、エド!」

 何を言い出したのかと、慌ててエドワードに詰め寄ろうとするリッツだったが、そんな狼狽えるリッツとは対照的に、アンナはにっこりと微笑んだ。

「何だか分かるような気がします。ほら、孤児院に来たばっかりの子って、わざと私やお養父さんの愛情を確かめようとして悪いことしたり、その逆に四六時中べったりだったりしますもん。あれって愛情に飢えてるんだって、お養父さんがいってました」

「俺は孤児院のガキどもと同じか……」

 ため息混じりにほおづえを突く。

 確かに二人きりの時のリッツは、まだ関係を持っていないにもかかわらず、かなりアンナにべったりだったりする。

 それを孤児院の子と同じに考えられていたとは複雑だ。

 一応いい年をした大人なのに。

 再びため息をつくと、アンナが心配そうにこちらをのぞき込んだ。

「リッツは私と似てるって、嫌?」

「嫌っつうか何というか……」

「私は嬉しいな。似てるなら、一緒に手を取っていけるもの。それに私は満ちていて、リッツは飢えてるんなら、分けてあげられるね」

 笑顔のアンナに、リッツは言葉を失った。

 似たもの同士の二人だが、アンナは心に光を持ち、リッツは闇を持っている。

 それだけが違う。大きな違いだ。

 そしてそれがお互いに惹かれ、求め合う最大の理由。

「うん。俺も嫌じゃない」

 笑顔でアンナの頭を撫でると、心底ほっとしたようにアンナが微笑んだ。

「よかったぁ~」

 嬉しそうなアンナに、リッツもほっとする。

 だがアンナの言葉で固まった。

「でもでも分からないことがあるんだよねぇ~。エドさん、娼館って何ですか?」

 無邪気に聞かれて、滅多に言いよどまないエドワードが言葉に詰まった。

「だってだってエドさんがリッツを楽しいからって連れて行ったんですよね? 楽しいんですか? どんなところ何ですか?」

「そ、それは……」

「私もいけます? 泊まるところってことは、宿屋さんか何かですか?」

「そういうわけでは……」

 言葉に詰まるエドワードを、アンナが綺麗なエメラルド色の瞳でじっと見つめている。

 エドワードとは違った意味で、言い逃れが出来ない強い力を持った瞳にはエドワードすら逃れようが無い。

 珍しく困るエドワードがおかしくて、思わず口元が緩んでしまった。

 やがて苦り切ったようにエドワードが眉間を軽く揉んだ。

 出会った頃から本気で困るとやる癖だ。その辺は年を経ても変わらない。

「リッツ、何とかしてくれ」

「エドが妙な突っ込み入れるからこういうことになるんだろ。言わずに済ませようと思ってたのによ」

「悪かった。アンナ、後はリッツに聞くといい」

「は~い」

「押しつけるな!」

 ぎゃいぎゃいと騒ぐリッツたちに、フランツがため息をつく。

「じゃ、続きはまたいつかということで」

 その言葉にジョーが頷いた。

「そうだね。レポートを出す前に聞ければいいけど」

 そして二人は申し合わせたわけでも無いのにため息をついた。

「やれやれ」

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