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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
樹下の盟約
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呑気な冒険者たちシリーズ読者さんのための樹下の盟約プロローグ

 その名の通り呑気な冒険者たちシリーズ読者さんのためのプロローグです。即売会では同人誌のおまけとして本編読者様に無料配布していました。

 本編をお読みでない方には何が何だか分からないと思いますので飛ばしていただくのがよろしいかと(^_^;)


 旅を終えて四人が帰ってきてから三ヶ月。

 内戦のことを聞きたい年少組に、リッツとエドワードが過去を語り始めるという設定で書かれています。

 シリアス中心のシリーズなので、おまけ本はコメディ要素強しだったりします。

現在同人誌版は8巻。その全てにこのプロローグとエピローグが付いています。

エピローグは、一巻分の掲載が終わった日に載せさせていただきます。

「チェックメイト、だな」

「へ?」

 言われて盤を見ると、確かに負けている。

「……ん? 何でだ?」

 途中までは確かに圧していたはずなのに、気が付くとすっかり逃げ道なしの泥沼だ。

「お前の手は無理が多い。すぐに力押しになるのはお前の癖だな」

「うっ……」

「現実でもゲームでも自分で気付かぬうちに、無理がたたって負けが込むのがお前という男だ。仕方あるまい」

「うるせぇ」

「お前が私に勝つまで、あと百年はかかるだろうな」

 あっさりとエドワードにそう言いきられて、リッツは深いため息をついた。

 エドワードに出会ってから、もう四十二年になる。その頃から幾度となくチェスの相手をしてきたのだが、一度も勝てたためしがない。

 百年後、リッツが実力を付けてエドワードに挑めば勝てるかもしれないが、その頃にはもう既にエドワードは墓の下だ。つまり一生自分には勝てないとエドワードはいうのである。

 確かにリッツは自身が思慮深い男ではない事ぐらい百も承知している。

 だがそれもこれもあくまでもゲームの上のことだ。無理を力押ししてとんでもない目に遭うのは昔のことで、今は力押しできる実力を身につけたつもりだ。

 こと戦闘と人付き合いに関しては。

 それにカードでなら、リッツとエドワードの勝率は五分五分だ。ということはつまり、作戦を立てることは出来ないが、運ならあるということになるだろう。

 だが運だけのリッツにはエドワードに勝てそうな要素は一つもない。

 大きく伸びをして椅子の背もたれにだらしなくもたれ掛かかった。これが二人の間ではリッツのギブアップのサインだ。

 そんなリッツを気にも留めずに悠々と盤を見ながらエドワードは優雅な手つきでワイングラスを傾ける。

 数年で七〇歳という年齢であるにもかかわらず、そんな物腰がもの凄く様になる男だ。自分では普通だなんだといいながらも、エドワードが纏っているのはどうしようもなく威厳ある雰囲気なのである。

 まかり間違ってもリッツが身につけられそうなものではない。

 王国歴一五七五年二月。

 シアーズは今、冬まっただ中にある。

 旅が終わり王都シアーズに戻ったのは十月下旬だったから、あれからもう三ヶ月過ぎたことになる。

 こうして暖炉の火が暖かく燃えるクレイトン邸の談話室にいると、あの怒濤のような旅の日々がまるで夢だったようだ。 

 背もたれに持たれたまま部屋の中を見渡すと、いつものごとくフランツが分厚い本をめくっている。

 授業で疲れ切ったジョーは船をこぎながらも課題の本をめくり、その正面では熱心にアンナが何かの本をめくっている。

 真剣な横顔は可愛いと言うよりも綺麗だと、最近気が付いた。

 リッツとの関係が仲間から恋人に変わったことと、学生になったことを意識して髪を三つ編みに編む事はなくなり、高めの位置で結うようになっている。

 たったそれだけのことなのに少々年齢が上がって見えるのが不思議だ。

 力押しできず、実力も身に付いていないのは今のところ、このかなり年下で純粋無垢な恋人と自分との距離感だろうか。

 ため息混じりに三人から目を離すと、リッツは暗い窓の外に目を遣る。

 一年半も留守にしたというのに王都シアーズは何ら変わることなく彼ら一行を迎え入れてくれた。まるで旅が嘘だったように一行はシアーズでの生活を取り戻している。

 旅が終わったという微妙な虚脱感を感じる間もなく、忙しさと変化を四人にもたらして季節は巡り、回りを取り巻く環境も激変している。

 リッツは王都に戻った直後から大臣ではなく、特殊任務に就いていた少佐としてアルトマンと共に新たな軍学校の立ち上げをした。

 といっても最初から全てに関わったわけではない。

 元々は大臣であった当時にリッツが許可のサインをしていた軍学校構想だったのだが、旅に出ていたリッツがあずかり知らぬところでいつの間にか完成していたのである。

 憲兵隊と査察団が協力しジェラルドを中心としたプロジェクトチームが完璧に出来上がっており、彼らが建物、カリキュラムに至るまで実際に立ち上げていた。

 だから勝手に名誉学長にされていたリッツには、元大臣としての仕事は挨拶以外に無かったのだが、少佐としての仕事は山積していた。

 受けたつもりはないのに、ジェラルドたちが作ったカリキュラムによると講師をする事にもなっていた。当然のことながら剣技の講師である。アルトマンは捜査手法を教えるらしい。そんなわけだから、学校長であるアルトマンと共に些事に追われることになったのだった。

 この学校は、実力を最も重要視し、不測の事態に備える一流の人間を育てることが目的とされている。当然そこには、今ではウォルター侯爵事件と呼ばれているあの国王暗殺未遂事件の際に、王国正規軍が動けなかったことが教訓とされていた。

 主に実戦部隊重視で構成されたこの学校には、剣技のクラスはもちろん、情報・諜報のクラスに、精霊使いのクラス、そして医学クラスが存在した。

 系統立てて医者を育てることは、今まで軍にはなかったからこれも新たな試みである。

 この学校の創設日が一月で、今は二月。

 アンナは丁度その軍学校の一次募集に合格して入学をしていたジョーと共に軍学校の一期生として一般教養を学んでいる。二年時からは医学専攻となり、ジョーとはクラスが別になるのだが、今は同じクラスで勉学に励んでいた。

 学校に行く事を勧めたのは他ならぬリッツだが、考えた末に精霊使いであっても実戦より人をより救うことが出来る医術を学ぶことを選んだのはアンナらしい。

 そしてフランツは猛勉強の末に政治経済を専攻する学院に編入して政治を学び始めた。本人曰く、恐ろしいほど経済を理解できて自分で自分が嫌になるということだ。

 二人とも優秀すぎて軍にあれば引く手あまたな精霊使いだというのに、酔狂なことだ。まあ、長い旅路で自分の力の巨大さを思い知っているから、戦いから離れるのは当然と言えば当然のことではあるが。

「はぁ~」

 大きなため息をついてアンナが手元の本をパタリと閉じた。

「どうした? ため息なんてついて」

 珍しい状況にそう訊ねると、アンナの煌めくエメラルドグリーンの瞳がこちらを見た。

「この本なんだけど……」

 そういってアンナが立てて見せたその本の題名を見て、思わずがっくりと頭を垂れる。

 軍学校でまず始めに勉強すべきこと。それは自国の歴史である。

 それは当然なのだが、今現在シアーズでは一年半前に突然引退を表明した伝説の英雄王についての一大ブームが巻き起こってしまい、ちまたで英雄王とその仲間たちを描いた本が売れに売れているのだ。

 勿論王国の政務部が発行した正式な歴史書もあるにはある。

 だが物語として描かれた本が数えきれぬほどの種類出回っているのである。

 そう、エドワードやリッツ本人が辟易するぐらいに。

 ちなみに昨年、今年と生まれた男の子に付けられた名前の一番人気はエドワードだったらしい。

 二番目は当然リッツ。次席はジェラルドだという。

 街に出ると沢山のエドワードとリッツがわいわいと賑やかに無邪気に遊んでいる光景に出会う。自分の名前があちこちで呼ばれているのは非常に微妙な気分だ。

 それはさておき、アンナの手元にある本はそんな読み物としての内戦本らしい。

「何だか読めば読むほど、わけが分かんなくなっちゃうんだよね」

 深々とため息をついたアンナはテーブルに頬杖を着く。

「だっておかしいもん」

 アンナとジョーが出された課題はまず自分たちで国の歴史について調べて提出せよという事だったらしい。そうなると手に入れやすいこの種の本を数冊読み比べてから、それ以前の歴史書をめくることとなる。

 だが英雄王以前の歴史書は格段に数が少ないから、学生が調べやすい物を中心に据えるのは自明の理だ。

「ほう。どれどれ」

 いつの間にか歩み寄っていたエドワードが、面白そうにアンナの本を受け取り目を通す。

「リッツ、お前は随分と美化されて書かれているぞ」

「何だよ、美化って」

「『英雄王の傍らに控えるは、風のごとく俊敏にして若木のようにしなやかなる剣の使い手であり、かの美しき精霊族たるリッツ・アルスターで……』」

「やめてくれ! お前だってすげー書かれようだろうが」

 エドワードの手にある本をもぎ取って目を通す。

『エドワード王太子のその眩いばかりに光り輝く姿は、まさに乱世に現れた精霊王のごとき神々しさであった。その威厳を前に永遠に続くかと思われた闇のような絶望はエドワード王太子の叡智に溢れる瞳に宿る光に切り裂かれ、民衆はみな希望という名の光を見るに至ったのだ』

 つい吹き出した。

 すごい、すごすぎる。エドワードの描写が光の精霊王に対する信仰のように眩しい。

 光の精霊王オルフェは普通の男なのに、民衆の描く光の精霊王はこんな感じなのか。

 それと同一にされてしまうエドワードときたら……。

「何だ、何がおかしい」

「お前がだよ。こりゃあおかしいって! なんか身体が光ってそうだな!」

「何だと?」

「人外だ。人間超えてる!」

 エドワードの説明箇所を指し示すと、本をむしり返したエドワードはぽつりと呟いた。

「……確かに人外だな……」

「だろ?」

「だ・か・ら、何か変だよね?」

 本を取り合うリッツとエドワードの間にアンナが割り込んで本を手に取った。

「この本に出てくるエドさんとリッツって別人だもん。エドさんは精霊王か神様みたいだし、リッツは絶対に食いしん坊で甘えっ子じゃなさそう」

「おいおい!」

 慌ててアンナに突っ込む。食いしん坊なのは構わないが、甘えっ子だとこの場で断言されたくない。

「それにこの描写だと、リッツ、何も食べないで生きてそう……」

「いや、喰ってるから! 昔からちゃんと喰ってるから!」

「リッツもエドさんも、お手洗いにも行かなそうだし……」

「行くから! 昔だって用足しに行くからな!」

 痛い視線を感じて振り向くと、フランツとジョーが突き刺さるような目でリッツとじっと見ている。

「へぇ……師匠甘えっ子なんだぁ……」

「冷たい! ジョー、お前自分の師匠をなんて目で見てるんだ!?」

 アンナの前でだけは甘えるのだが、他の面々にはそんな顔を見せたことがないから、毎回アンナの言葉のせいで奇妙な物を見る目で見られる。

「それにエドさん、目から光を出したりとかしそう……」

「出さないぞ、アンナ。私は人間だ」

 苦り切ったエドワードを前に、一瞬想像して吹き出す。

 途端にエドワードから頭に一撃食らった。

「いってぇ……」

「ふん。私を馬鹿にした罰だ」

「ひでぇよエド」

「はぁ~~~~~~」

 アンナが大きな溜息をつき、テーブルにぐったりと倒れ込む。

「どうした?」

「駄目。全然思い浮かばない。ねえリッツ、本当の内戦ってどんなだったの?」

 アンナの真面目なひとことに、一瞬ことばを失う。

 いつか話してやるといいつつも、仲間として旅をしていた頃も、まだごっこ遊びではあるが恋人として過ごしている時も、何となく過去の話はしないで来た。

 最初は戦争を知らないアンナやフランツに戦争の話をするのはどうかと思っていたのだ。

 それにリッツにとってあの時代は痛いぐらい切なく、そして命がけでありながらも柔らかく暖かい時代だった。

 そんな時代を上手く語れる自信がなかったから、今まで何となく口をつぐんできた。

 ふとジョーに目を遣り、それからフランツを見た。二人の視線も真っ直ぐこちらに向かっている。

 ジョーやフランツも過去の内乱について前から聞きたがっていた。

 リッツは目を閉じる。

 あの時代は確かにあった。

 そして今もリッツの中に色あせることなく存在し続けている。

 これから国の歴史を……あの内乱を学ぶであろう彼らには、紙上と人々の思い込みによって語られた虚構の物語ではなくて、その時代を生きた仲間たちの熱と声、そして想いと命を届けたい。

 この平穏な時代を生きる若い三人に。

 そして彼らを通して戦争を知らない若者たちに。

 そう初めて強く感じた。

 それにあの過去を語る事で、孤独や痛みに押しつぶされることは無いかもしれない。

 今まで自分はいつ死ぬのか、死んでも敵わないと投げやりに生きてきたが、今は違う。

 アンナがいるからもう孤独は訪れないのだ。

 この年下の恋人は、リッツをずっと何があっても肯定し続けてくれる。それが分かっている今なら過去を言葉に出来そうだ。

 エドワードを見ると、エドワードは微かに微笑みを浮かべて頷いた。おそらくエドワードも同じ事を感じたに違いない。

 自分たちが生きた時代は遠くに過ぎても、あの時代の熱を残したい。

 それには若い世代に語り継いで貰わねばならないのだ。

 それが出来るのは、これから学ぶ三人しかいない。

「冬の夜は長いから、そんな話をするのにぴったりかもな」

 リッツは暖炉に向かって横に積み上がっていた薪を数本火にくべた。

 内戦の始まり……。

 いや、それを話す前にあの頃のユリスラはどんな様子だったかを話しておかねばならないだろう。

 そして何故エドワードが王になり、何故リッツが彼の右腕と呼ばれるようになったのか。

 それまでにどんな葛藤があり、出会いがあり、別れがあり、戦いがあったのか。

 全てを語るならば、長い話になりそうだ。

 ザアッと頭の中に風が吹き、今も色鮮やかに浮かび上がるあの風景。

 忘れ得ぬあの時代の物語……。


 内戦のエドワードを思い出す時、そこには風が吹いていた。


 現在のエドワードに、短い髪をなびかせて大樹の丘から遠く王国を見つめるエドワードの姿がかぶった。

『一緒に来い、リッツ・アルスター』

 思えばあの頃も今も……お前はずっと俺の眩い希望で、大切な友だ。

「エド」

 呼びかけると、エドワードはあの頃と同じような柔らかく穏やかな笑みを浮かべた。

「ああ。構わない」

「……そうか」

 大きく音を立てて、薪がはぜた。

「……俺にとってのあの時代の始まりは、寂れた街道の上だ」

 振り返るとリッツは三人を見回して小さく笑った。

「それが全ての始まりだった……」

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