<16>
光の精霊王が加護をするという、神聖なるはずのユリスラ王国の王城に、その男はいた。
目の前に座するは、美しさを闇に穢したかのように暗い嫉妬を燃やす目を持った女だ。
女はその男を奴隷とし、その生死をも支配する大貴族である。
「グレイン自治領区には、確かに少し毛色の変わった子羊が潜んでいるようでございます」
顔に包帯を巻いたその男は、そう報告した。
そもそも女が命じ、グレイン偵察の任務を遂行で負った怪我なのだが、女は何の興味も無いのだろう。
今回の偵察任務で負った火傷は隠した包帯の下で、鈍く痛みを訴え続けている。
ランプの油と竜巻とは、予想外の反撃だった。だが予想外なことこそ男には愉快に感じられる。
この怪我によって面白いことをみつけた。それだけでも怪我のしがいがある。
「では噂は本当だと?」
「それはなんとも……。グレインにおいては領主の隠し子という話が有力かと」
「領主の子なら構わぬのだ。妾が知りたいのはそんなことではない」
女にとって重要なのは自分の地位を守るための情報ただひとつだ。
それを知りつつも、わざと愚鈍に何も知らぬふりを決め込む。
「分かっているであろう?」
「は。グレインへの観察を更に強化いたします」
男が最敬礼をすると、女は優美なほほえみを浮かべた。
絶世の美女と歌われた女も、今は年を経ている。いや、それ以上に欲に満ちたその瞳は常にぎらぎらと熱を帯び、男から見れば化け物じみて見えるのだ。
欲を捨てれば、まだまだ美しいはずなのに。
「よろしい。では治療代も含めて褒美を取らす」
女は優雅ドレスの空いた胸元から、大きな宝石のはまった指輪を取り出して男に放る。
恭しく男は両手に宝石を受け取った。
透明に輝くこの宝石は、街の宝石店に持って行けば軍隊時代の三月分ほどの金額になることを男は知っている。
「今後も妾のために働くがいい。下がれ」
「はっ……」
一礼して去っていく男から興味がなくなったように、女は視線を傍らに立つ男へと向けた。
女の声は途端に甘さを増し、色気を纏う。
「その小僧どもは何者であろうな」
「さて。私にも分かりかねます」
「そうか。お前にも分からぬことがあるのだな」
肩越しに伺うと、女は影のように立っていた傍らの男に目を細めた。
男はゆっくりと女へとかがみ込み、長い指で女の白い頬をゆっくりとたどる。
女は微かに迫る老いに気がつかぬかのように目を細め、男の指を口元にあてがい、その指に唇で触れる。
男は待っていたかのように女の傍らにかがみ、女の体を柔らかく撫でる。
「妾は……綺麗かえ?」
「はい」
「まだ美しいかえ?」
「ええ奥様」
「素直な男じゃ。さあ、こちらへ……はよう……」
後ろで生々しい男と女のやりとりを聞きながら、火傷を負った男はまっすぐに部屋を出て行く。
気の進まぬ仕事だ。命じられるままただ彼らの奴隷として従うことしかできない。
だが、それでも逃げ出したり、投げ出すことはできなかった。
男には他に何もない。
まだ乾ききらず血の膿を流すやけどの傷に触れながら、男は小さく笑った。
「エドワードにリッツか……。つまらぬこの世を少しは面白くしてくれるだろうな」
男の呟きは誰にも聞こえぬまま、暗い闇に吸い込まれて消えていった。
ダネルの襲撃事件から一週間が過ぎた夕暮れ時、ティルスの村は収穫祭の華やかな雰囲気に満ちていた。
普段なら男たちがグレインへと出かけてから三日ほどで祭りが行われるのだが、今年ばかりは事件の影響で少し遅れての開催となったのだった。
事件の後、落とし穴に落ちて泥の中に閉じ込められていた男たちは、翌朝明るくなってから助けだされた。
落とし穴から人を引き上げる作業は暗い中で行うとかなり手間だし、村を襲ってきた人々を急いで救う必要もないという、ジェラルドの意見に村人たちが強く同意したのだ。
村人とグレイン騎士団の面々によって落とし穴から引きずり出された人数は、死者三名、重傷者十四名に及んだ。
軽傷者は残り六名だったが、シャスタがはじめに確認した数から計算すれば二名足りていない。
このうちの一人はあの桁外れに強かった男であることは確かだが、もう一人は不明だ。
もしかしたらオフェリルの領主が息子の暴走を知って監視役を着けていたのかも知れないし、シャスタの確認ミスであったのかも知れない。
無事だった男たちに聞いても、だれも正確な人数を把握していなかったのだ。
最初から酒に酔い、妙に浮ついた気分でやってきた一行に、見知らぬ者が一人二人入り込むことは簡単だっただろう。
重傷者に分別された事件の首謀者ダネルは、上から落ちた衝撃と、穴の中で馬に踏まれたせいで、背骨を砕かれており二度と歩くことがかなわぬ体となっていた。
だがそれでも訳の分からぬ貴族の権利を主張し続けたダネルは、負傷者や縛り上げられた仲間たちと共に騎士団の面々によってグレインへと連行されていった。
きっとそこでジェラルドのきついお仕置きが待っているのだろう。
気の毒と言えば気の毒だが、何の罪もない人々を襲おうとしたのだから、自業自得である。
その後村人総出で落とし穴を埋め戻し、貴族たちが好き放題に破壊した窓ガラスを付け替え、壊れた扉を修理した。
そのせいで祭りの準備が数日遅れてしまったのだ。
だがあんな事件があったとは思えないほど、祭りは明るく華やかだ。
村のメインストリートにはずらりと屋台やグレイン商人たちの露店が並び、村で数件しかない雑貨屋や居酒屋、食堂も、この日ばかりは閉めることなく夜中営業するようだ。
中央の広場では露天商と同じくグレインから呼ばれた楽団が賑やかな音楽を奏で、組み上げ式の小さな遊園地には子供たちが群がっている。
大人たちはこの時のために新調した鮮やかな祭り着を身につけて、露天を冷やかしたり、音楽に乗せて陽気に歌い踊っている。
祭りが行われる三日間は村人も子供もなく、昼夜逆転して楽しんでいるのだ。
足に大怪我を負ったものの、すぐに治療できたために何とか歩けるまでに回復したリッツやエドワードも、祭りの二日間は村を助けた事で村人たちに引き回され、あちこちでの乾杯に付き合い、誘われるままに踊った。
パトリシアも同じで、最初は遠慮しておとなしくしていたが途中から酒を飲み、歌い踊っていた。元々騎士団で育ったパトリシアは、領主の娘ではあるが雄々しい。
もっとも自分ではそんなことに気がついていないようだが。
三日目ともなると、若い三人をめいっぱい楽しませてやろうという村人たちの配慮なのか、完全に自由になった。
二日間歩き回ったはずの村は、こうして自由に見て回れるようになると、また色々な発見があって楽しい。
食べ物や飲み物しか目が行かないリッツとは逆に、露天を覗いて回るパトリシアが、物珍しげに雑貨を見ている姿を見たリッツは思わず尋ねていた。
「そういうの、好きなの?」
「ええ。露天ってあまり見ないもの」
「ふうん」
頷いてからも見ているとパトリシアは楽しげで、アクセサリーを手にとっては眺めているその姿はやはり前に指摘したとおり普通に女の子に見える。
「あのさ」
「何?」
「何か買ってやろうか?」
思わず口を突いて出てしまった。
オイル灯を取ってきて貰ったことや、怪我をしてそのまま意識を失ったリッツを看病してくれたことなど、パトリシアにはたくさんの借りが出来てしまった。
こんな物ぐらいで埋め合わせできるはずもないが、今はとにかく何かを形にしたかったのだ。
だがパトリシアは不思議そうな顔でリッツを見つめ返してきた。
「リッツが?」
「うん。俺の収入じゃグレインの店とかじゃ無理だけど、ここの露天ぐらいなら……」
言い訳するようにぼそぼそというと、パトリシアは笑った。
「馬鹿ねぇ」
「なんでだよ」
「ここの露天商はみんなグレインに店を持っているのよ? それは多少安くなっているだろうけど、基本的にはそんなに値段は変わらないの」
まるで子供を諭すようにそういったパトリシアは、見ていたスカーフを元のように手際よく畳んだ。
「さ、行きましょう」
あっさりとそういわれて少しへこみながらリッツは頷く。
だが肩を叩かれて振り向くと、静かに微笑むエドワードの顔があった。何かを考えついたらしい。
「パティ」
「何?」
「リッツの収入では足りないかも知れないが、俺のも合わせれば手が届くぞ」
「なによ、エディまで」
呼び止められたパトリシアは不審そうな表情を向ける。
「何か隠し立てでもしていることがあって、物で埋めようとしてたりしないわよね?」
見据えられてリッツは慌てて首を振った。
「しないしない!」
「エディも?」
「俺もない」
あっさりと頷くエドワードに、ますますパトリシアは眉を寄せた。
「じゃあ何? 理由もなく何かを買ってくれるなんて、怪しいことこの上ないわよ」
エドワードとリッツを交互にゆっくりと見据えながら腕を組んだパトリシアにリッツはようやく理由を口に出来た。
「色々パティに世話になったのに、何もしてやれないじゃんか。だからせめて露天ぐらいと思ったんだ。だってほら、パティは俺のこと嫌なはずなのに、看病までしてくれたしさ」
「怪我人は手当をするし看病もするわ。当たり前よ」
「だけど……」
どう言ったらいいのか分からなくて黙ってしまう。
するとリッツの言葉を継いでくれたのはエドワードだった。
「俺からも感謝の意味を込めているんだ。俺を信用してリッツのバックアップをしてくれた。君がいたからあの男に勝てたんだからね」
「偶然よ」
「違うな。君が一所懸命に助けてくれたからだ。俺たちは君に感謝している。その気持ちをとりあえず形にしたいと思っているんだが、受けてくれないか?」
エドワードの穏やかなくせに決して引かないその口調に、パトリシアは少しだけ黙り込んでいたが、やがて笑顔になった。
「男二人にプレゼントをされて断るのは女として恥ね」
「パティ」
「たいしたことはしていないけれど、ありがたくお礼を頂くわ」
柔らかいそのほほえみは、まるで女王のようだった。男のように短い髪をしているけれど、やはり綺麗だなと改めて思う。
それから一番気に入った物を買って貰うと断言したパトリシアが、あちこちの露天を二時間近くかけて全部見て回った。
男二人がいい加減疲れてきた頃に、パトリシアがようやく選んだのは、古びたシンプルなネックレスだった。
大きさはパトリシアの手の中にあっさりと隠されてしまいそうなほどに小さく、植物を模したくすんだ金色のすかし台に、澄んだスカイブルーの宝石がはめ込まれ、周りを小さなブラウンの宝石が彩っているものだ。
値段もそんなに高くない。領主の娘が持つには安物だろう。
「いいのかよ、それで?」
リッツの持ち金に少しだけエドワードの予算を足せば買える品物を大事そうに手に取ったパトリシアに尋ねると、パトリシアは満足そうに頷いた。
「いいのよ。さ、買ってちょうだい」
「もっといいものがあるだろう?」
エドワードまでパトリシアを気に掛けるのだが、パトリシアは頑として譲らない。
「これがいいの。二人とも私に好きな物を買ってくれるって言ったじゃない。私の好きな物に問題がある?」
そう言われると、何も言えずにリッツとエドワードは露天商の前で財布を開いた。
ネックレスを買ったパトリシアは終始ご機嫌で、その後はあちこちの屋台を冷やかして飲み物を飲んだり酒を飲みながら歩いたり、つまみを買ったりしながら自由に祭りを楽しんだ。
道の半ばで美味しそうなトマトソースのたっぷりかかった薄焼きのパンを売っていたシャスタから、薄焼きパンを人数分買った。
シャスタにも一緒に祭りを見ようと誘ったのだが、用事があるからと三日間一度も誘いに乗ってこなかったのだ。
だが働いているところを見て納得する。
屋台で共に働いていたのはシャスタと同年代の少年少女たちだった。
きっと毎年村の中でこの年代の子供たちが屋台をすることが決まっているのだろう。
リッツがエドワードと森にこもっている時、シャスタで村の少年として普通の暮らしをしていたのだ。
リッツがいる間は心配性で世話焼きのシャスタは、きっと彼らと遊ぶことを遠慮していたに違いない。
初めてそれに気がつき、少し申し訳ない気分になった。
だがシャスタと並んで楽しそうに同じ仕事をしていたのがマルヴィルの娘サリーだったので、リッツは思わずにやけた口元を隠すことなくシャスタに声を掛けていた。
「シャスタ、サリーと仲良くやれよ!」
「な、何言ってるんですか、リッツさん!」
動揺したシャスタがトマトソースの鍋に指を突っ込んで飛び退く。
「あっち!」
「シャス!」
サリーが慌てて自分のエプロンで包み込むようにシャスタの指を拭いた。
「大丈夫? 熱くない?」
「うん。大丈夫だよ」
優しく尋ねるサリーに頷き返しつつ、シャスタはリッツを真っ赤な顔で睨んだ。
「からかわないでください!」
「わりいわりい。もう一枚買うから勘弁な」
ほほえましい二人に笑いを引っ込めることも出来ずに、リッツは追加してもう一枚、パンを購入した。
シャスタとサリーは裏方らしく、売ってくれたシャスタたちよりも年上だろう女の子は、リッツにパンを手渡しながらいたずらっぽく笑った。
「からかっちゃ駄目ですよ。シャスはあれで隠してるつもりなんですから」
「マリベル!」
後ろから妙に地獄耳なシャスタが真っ赤な顔のまま怒鳴ると、マリベルと呼ばれた少女がぺろりと舌を出した。
「じゃあな」
二人のほのぼのとした幸せそうな時間をこれ以上邪魔するのは忍びない。
またしばらく街をそぞろ歩き、いくつかの店を冷やかして歩いた後に、エドワードが唐突に言い出した。
「これでは落ち着いて話すところがないな」
思わずリッツは足を止める。
「エド、本気で話す気なのかよ?」
リッツは話したくなったら話を聞くといいつつも、エドワードが何かを語るのは苦痛なのだと気がついている。
だからリッツとパトリシアの言い合いのせいで何かを告げなければならなくなったとしたら申し訳がない。
「聞きたくないのか?」
「そりゃあ……聞きたいよ。俺だけ何も知らないと、こうどっちを向いたらいいのか分かんなくなることもあるし」
「それならいいじゃないか」
「うん。それならいいんだけどさ」
エドワードが本当にリッツに話そうと思っているならば嬉しい。
でもリッツに話をしようと思う度に暗い顔をするのに気がついているから、その話があまりいい物ではないのが分かっていた。
それでもこのまま何も知らずにいるには、もう限界だという気がしているのだ。
簡単でも隠している事があってもいいから、大まかにリッツにエドワードの立場を教えてくれたらそれだけでも助かる。
二人に気がついたのか、パトリシアも足を止めて振り向く。
「エディはリッツに話したいのね?」
真剣な表情でパトリシアがエドワードを見つめる。
エドワードは穏やかな表情を浮かべたまま頷いた。
「俺はこいつにこれ以上、何も隠し立てしたくない」
エドワードの言葉と静かながら決意に満ちた表情でリッツは気がついた。
エドワードはリッツに隠しているエドワードの正体をすべて明かしてくれるのだ。
そしてそれはエドワードがリッツをそれだけ信頼していることになる。
何も言うことが出来ずに立ち尽くしているリッツに、パトリシアが小さく息をついた。
「じゃあ、私は外すわ」
あっさりと言われてリッツの方が戸惑う。
「え? 何で?」
一緒に来ると思い込んでいたから目を見張ると、パトリシアが困ったように笑った。
「だって私、もう疑問をエディやリッツにぶつける必要がないんだもの」
「え? どうして?」
戸惑いながらパトリシアを見つめると、パトリシアは静かに微笑んだ。
「リッツ」
「何?」
「私、あなたを信じるわ」
穏やかだが揺るぎない一言に、リッツはパトリシアを見つめた。
アメジスト色の瞳は、まっすぐに何の迷いもなくリッツを見つめている。
「でもパティは俺が闇の……」
「しっ! 誰が聞いているか分からないところで、滅多なことを口にしない」
「でも……」
一週間前には闇の血を引くリッツをかなり警戒していたはずのパトリシアが、何故こんなに余裕を持っていられるのかが分からず、戸惑いながらも先に目をそらしたのはリッツの方だった。
「どうして、パティ?」
それでも追求せずにはいられずに、リッツは勇気を振り絞ってパトリシアに視線を戻して見つめ続けた。
パトリシアは黙って、先ほど買ってから身につけているネックレスを持ち上げる。
「これ、どうして選んだか分かる?」
「……え?」
「これ何だか、エディとリッツみたいな気がしない?」
パトリシアはそういうとペンダントトップを手のひらにのせた。
「古びた金の台座にはめこまれたスカイブルーの宝石がエディ。そしてそれを飾って輝かせるブラウンの宝石がリッツ。そう見えない?」
言われてじっと見てみると、この二つの宝石がエドワードの瞳の色とリッツの瞳の色と同じであることに気がついた。
エドワードの瞳はもっと薄いアイスブルーで、リッツの瞳はもっと濃いダークブラウンだ。だが夕闇の中で見るこの宝石は、二つとも二人の瞳によく似ている。
「ずっとエディのそばにいたのは私で、私がその役目を負いたかった。でもきっとそれが出来るのは、私じゃなくてエディと同じように孤独を抱えたリッツなんだわ。それに気がついたのよ。だから」
そういうとパトリシアは大事そうにそれを首に戻し、宝石を上からそっと押さえた。
「あなたたち二人を守れるように私は努力する。それが私の役目」
「パティ……」
エドワードは静かにパトリシアの肩に手を掛けた。
「最初にリッツが闇の血を引いていると聞いた時は、恐怖に震えたわ。リッツはエディの暗殺をするためにエディに近づいたんじゃないかって」
「暗殺……?」
闇の一族は暗殺を生業とする、そんな話を聞いたことがある。だがそれは国家の重要人物に限るのではなかったろうか。
何故片田舎のティルスに住んでいる男を暗殺する必要があるのだろう。
もしかして噂が本当で領主の息子だからだろうか? だが領主の息子とて国家の重要人物ではない。
「だが俺は暗殺されなかった」
静かに言ったエドワードにパトリシアは頷く。
「ええ。あなたの言ったように一年もね。それどころかリッツは何も顧みないであなたの手助けになろうとする。そんなリッツを見てたらそんな考え方が馬鹿らしくなったの。暗殺をしにきたなら、なんであんなに不器用なのよ。何故馬鹿なことばっかりして死にかけるの? 答えは簡単よね。本当にリッツは馬鹿なんだわ」
「……おいおい」
「馬鹿で、考え無しで、でも命がけでエディを守ろうとしてる。私にだってそんなこと演技で出来るとは思えないわ。だから私はリッツを信じることにするの。その証がこのネックレスよ」
再びパトリシアはネックレスに手を触れて何かを祈るように目を閉じてから、顔を上げてまっすぐにリッツを見つめた。
「エディのすべてを聞いてらっしゃい。そして真実を胸に秘めて共に道を歩むなら、私たちは同志よ」
「パティ」
「私は踊ってくるわ。精霊使いの領主の娘は祭りに引っ張りだこなのよ。少しは領民と共に楽しまないとね」
わざと高飛車にいったパトリシアはきびすを返して、振り返りもせずに群衆の殺到の中へと消えていった。
その後ろ姿を見送ったエドワードがリッツを見て笑う。
「では俺たちも行くか?」
「……どこに?」
「俺には子供の頃からお気に入りの場所があるんだ。自分が何なのかよく分かっていない頃に、俺はよくそこで一人で過ごした」
静かな口調に、リッツはエドワードの子供時代の姿が見えた気がした。
その姿は妙に自分の子供の頃と重なる。
するともしかしたらお気に入り場の場所は、今のリッツのお気に入りの場所とかぶるのではないだろうか。
「もしかしてそこってさ、丘の大樹?」
口に出してみると、エドワードが笑った。
「そうだ。お前が来てからはお前に取られているがな」
歩き出したエドワードの背を、リッツは急いで追いかけた。




