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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
遼遠の彼方
162/179

<4>

 ラヴィからの情報で門の内側からの閉鎖が無事に完了したことを確認したリッツは、微かに後退する自軍を横目に見つつ、かねてよりの予定通りに敵陣へと向かう。

 途中で仲間から馬を借りると、いつの間にか隣にはギルバートが並んでいた。

「仕上げだな」

「うん。工作は終わったらしいからね」

「成る程」

 頷いたギルバートの横顔は、いつもの自信に満ちたものであるはずなのにどこか苦笑めいていて、リッツは眉をひそめる。

 やはりこの戦いに赴く時からギルバートはおかしい。

 一体いつからだろう、このような微かに遠くを眺めるような顔をするようになったのは。

「……なあ、ギル……」

「聞きたいことがあるようだが、それは後だな」

 見透かされたのか先回りして制止された。その目はいつも以上に何らかの柔らかさを秘めていて、それがまた違和感を生む。

「でも……」

「まずは目前の仕事を片付けろ。それからだ」

 実際もう話していられるほど目標から距離が無い。それは分かっている。こんな状況でこの話を出したリッツが悪いのだ。

「分かってるよ」

 ぶっきらぼうに頬を膨らませると、いつものようにギルバートが吹き出す。いつも通りの筈なのに、何故これほどの違和感を覚えるのだろう。

 頬に貯めた空気をゆっくりと吐き出すと、前方に目を向ける。

「動かないね」

「動けないんだろ。実力差は実感しただろうからな」

「うん。そうだね」

 数では勝っても、所詮戦乱を逃げ出した者たちの集団だ。実力も士気も高くなりようがない。

 陣を整えようとしている敵軍の目立つ中央奥、ルーイビルの街へと続く門の前に目標はいた。

 ファルコナー公爵だ。彼らの前には今も公爵を守るように敵陣がこちらを警戒しているのが見える。

 リッツが動く度に弓が一斉にこちらを向くのも分かった。

 だが撃ってこない。警戒心もあるだろうが、リッツとギルバートのすぐ後ろに控える騎兵隊の影響もあるだろう。

 さあやるべき事をやろう。

 そして今も王都で書類や旧勢力との静かな戦いを続けるエドワードの元に戻らなければならない。 

 息を大きく吸うと英雄として、大臣といて作り上げてきた虚像を纏った。背筋を伸ばし、俯かず真っ直ぐに前を見据える。

 最後の降伏勧告をすること。それが終わりへの始まりだ。

 大丈夫。たとえエドワードが隣にいなくても演じることは出来る。

 大きく息を吸い、真っ直ぐに敵軍を見据えた。

「王国軍大臣リッツ・アルスターだ」

 慣れない肩書き、不相応な身分。だがこれがリッツの纏う一つの仮面だ。これを有効に使わねば意味が無い。

 演じることはこの間の暗殺者煽動作戦で完全に身につけた。もう望まれる姿を演じることに躊躇いはない。

 静まりかえった敵陣に向かって更に声を張り上げる。

「ファルコナー公爵に告げる。降伏し、エドワード王太子に従え」

返事はない。だが怒りに打ち震えているだろう事ぐらいは想像ができた。

「貴族の時代はもう終わる。ルーイビルだけでは独立を保ち、民衆を養うだけの地力は無い。民衆にとって、貴公が即時降伏することが最大限の幸福となろう」

 敵軍がいきり立つ気配を感じた。貴族たちにしてみればこれは大変な屈辱だろう。おそらく彼らに降伏という選択肢はない。

 貴族はどうしても自らの地位に縋らずにはいられない。それは他に何も持たないからだ。オストで平民の暴動が起こった時に、リッツはそれを強く感じた。

 貴族でなくなれば金も地位も失ってしまい、平民と同じように扱われる。彼らはそれが怖いのだ。

 怖いからこそ怒りという感情に置き換えて戦うしかない。

 そのことに耐えられる強さを持つ者は、とうに降伏し、シアーズで新たな立場を持って働いている。

 ここに居るのはそれを拒否した者たちなのだ。だから彼らにはもう選択肢はない。それは分かっているのだが、これが形式なのだそうだ。

 最後通告をすること、それをしたという事実を作ることが大事だ、とエドワードとギルバートは口を揃えた。

 リッツには分からないが、二人が言うのだからそうなのだろう。

「三十分以内に降伏か否かの返事を聞こう。自らの身の振り方は自らで決めよ、ファルコナー公」

 堂々と言い放った後、リッツは兵士たちを見回した。

 これもいつものごとく宣言しておかねばならぬ事だ。決まり事とは言え、人の世の決まり事は無駄が多いと思う。

 だがエドワードが度量の広い人格者の王であると宣伝するにはやらざるを得ないのだ。

 はったりでも、人を損ねぬように最大限利用できれば、それは戦略という言葉に変わる。

 リッツはそれをエドワードと共に過ごした五年の歳月で知った。

「兵士たちよ。貴官らが貴族特権を捨て一国民として生きるようとするならば、我が陣に投降せよ。捕虜として王都で裁かれし後に、然るべき立場を与える」

『おそらく誰も降伏しないだろう。彼らは貴族か、貴族に盲目的に従ってきた者達ばかりだ。特権を失うならば死んだ方がましなはずだ。そもそも投降するなら最後のシアーズ草原で降伏している』

 シアーズを出る際のエドワードの言葉だ。リッツとてエドワードの意見に賛成だが、同じ口でエドワードは『降伏勧告をしろ』というのだ。

 人間は本当に面倒だ。

 建て前と本音を常にわけて物事を複雑怪奇にしようとする。

 案の定、シアーズの戦いとは違って兵士たちは動かなかった。エドワードの想定通りだ。

 ギルバートを従えてリッツは敵陣から距離を取り、懐中時計を手に待った。

 三十分。短い時間だ。

 それによって相手に焦燥感を抱かせるだろうというが、何もせずにただじっと待っているこの時間は、戦いの数時間よりも長く感じる。

 エネノア山脈から吹き下ろす冷たい冬の風が頬を撫で髪をなびかせる。冷たく澄んだはずのその風には、濃い血の香りが混ざっていた。

 戦場に溢れた鮮血は既に地面に染み込み、黒に近い深紅の染みを幾つも作っている。

 リッツの浴びた返り血も、少しずつ乾き始めていた。軽くそれを擦り落とすも、広がるだけでとれやしない。

 血の香りはもしかしたら自分から漂っているのかも知れない。

 小さく息をつきながら視線を幾度目か懐中時計に向ける。

 ……三十分。返答はない。 

 それならばやることはただ一つとなる。

 躊躇うな。これから行うことを恐れるな。

 これで全てが終わるのだから。

「ギル」

「ああ」

 後方の自軍に向かって、ギルバートの血に濡れた大きな手が上がった。

「行くぜ?」

「うん。いいよ」

 後方を確認することもなく、ギルバートの大きなその手がひらりと敵陣に向かって振られた。

 それが終わりの合図だ。

 次の瞬間、それが敵軍に飛び込んだ。

 戦闘中、彼女が決して使わずにいた最後の一撃……ソフィアの白熱球だ。

 目の前が真っ白に染まる。

 次の瞬間に襲ってきた激しい爆風と熱風に、リッツも腕で顔を庇う。

「っ……」

 隣のギルバートも同じように腕で爆風を防ぎながら敵陣営を見つめている。

 爆風がかき消え、リッツは目の前の惨状をただ黙って見つめる。

 敵軍で炸裂した白熱球は、陣営を整えるべく戦力を集中していた敵の直中に落ちた。

 敢えてファルコナーのいる中央は避けたのは、彼の醜態を見せることと、圧倒的な戦力差を見せつけることで造反者が出ることを期待してだ。

 だが効果は想像以上だった。

 門という防壁が、白熱球の熱風を跳ね返したのか、敵陣は凄まじい有様だ。

 先ほどまで人がいたところにあるのはもうもうと煙の上がる黒々とした窪みと、人々の悲鳴と叫びだった。

 途端に感じるのは、鼻につくような焦げた匂いと、胸が悪くなる人が燃えた後の匂いだった。

「……」

 唇を噛み締めてその光景を見つめる。

 これだけはいつまで経っても慣れる物ではない。

 これは殺戮だ。たった一撃で屠れる命の数が尋常ではない。

 これが戦場の無情なのだろう。

 だが自軍に被害をもたらさずに戦いを終わらせるのにこれほど有効な手段はないのは分かっている。兵力が極端に少なかった革命軍は、このソフィアの白熱球に幾度も危機を救われているのだ。

 残った敵軍は予想通りに閉ざされた門に逃げ、街へと戻ろうとその扉を叩く。

 現王国軍が革命軍で会ったから、街の民衆に手を出さないと知っているからその中に紛れようというのだ。

 その集団の中には当然ファルコナーがいるはずだ。

 作戦の予想通りのことが目の前で起きていた。人々が雪崩打つように門へと殺到していたのだ。

「門を開け! 何をしている、門を開かぬか!」

「開けろ、開けてくれ!」

「見殺しにするのか!!」

 悲壮な兵士たちの絶叫が戦場に谺している。

 もう貴族階級など関係なく人々は助かるために必死で門へ縋り付く。

 だが門が開く気配は一切ない。

 当然だ。門を占拠しているのはジェイムズ達率いる遊撃隊員なのだから。

 彼らは油断した。柵で囲い、通行証を確認して街に入れた中に敵がいるなど夢にも思っていなかったのが敗因だ。

 エドワードが勝利した事を喜ぶ者は確かに誰もこの閉鎖された自治領区に入り込もうとは思わないだろう。

 だが戦場になる街に関わる者など、味方のみだと考えるのは早計だ。

 内部から反乱を起こすには多人数が必要だから、この門を入退場時の証明書制度は功を奏するだろう。

 だが戦闘中に警備が手薄な門を占拠するならば最低限の戦力で事が成る。

 ファルコナーにとってこの街の民は皆、支配民でありこのような敵が紛れ込むなど予想外だったのだろう。

 その上、小人数でできることなどないと高を括りすぎたに違いない。ファルコナーがエドワードの評価を低く見積もりすぎているのが敗因だ。

 エドワードは人民の被害を最小限に収めるためならばあっさりと清々堂々を捨て、姑息な手段に出ることも厭わない。

 敵兵よりも街の中の一般市民を守ることを優先して当然だろう。

「誰か! 門を開けよ!」

「門を開け! 開けてくれ!」

 兵士たちに混じって貴族たちも半狂乱になって門に殺到している。

 だが門は一切開く様子がない。

 やがて見張り台に男が一人立った。男の手には大弓がある。

「何をしておるか! 門を開け!」

 貴族と思わしき男がその男に向かって絶叫するが、返ってきたのは冷ややかな笑みだった。

「ユリスラ王国軍近衛部隊長ジェイムズ・G・タウンゼントだ。この門は我々王国軍で占拠した」

 凜としたよく通る声で宣言したその男は当然ジェイムズだった。

 貴族たちが動揺して口々に悲痛な声を上げている。その姿と混乱が恐怖に満ちていた。

 その時リッツはふと、ジェイムズの隣に人影があることに気がついた。短弓を構えて立つ小柄な少年の姿だ。

「……シャスタ……」

 その視線はこちらをじっと見据えているようだった。見られているような気がしてリッツはシャスタを見返す。

 ふと視線が合った。途端にシャスタは安堵のような泣きそうなような、そんな不思議な表情を浮かべる。

 戦いに参加したのだと気がつくと、胸が痛かった。

 シャスタだけは戦場から遠ざけておきたかったのに。

 怪我をしている様子はない。

 それだけを確認してリッツは小さく安堵の息をつく。この作戦にシャスタが参加すると聞いていたから、内心は気がかりで仕方がなかったのだ。

 だが彼は飽くまでも作戦の立案者で有り、まさか実戦に絡むとは思わなかった。

「既に貴官らは帰る場所すらない! 降伏するか戦って貴官らが唱え、平民に押しつける名誉の戦死を遂げるか、好きにするが良かろう」

 堂々と宣言したジェイムズの視線がこちらに向いた。小さく頷き返したが見えただろうか。

「貴様! 未だいたのか!」

 貴族の怒りに満ちた叫びが響く。

 そういえばジェイムズはエドワードの特使としてこの街へやってきてそのまま追われながら身を潜めていたのだ。

「おりましたとも。帰りたくとも追われる身でありましたから」

 楽しげな口調でジェイムズは大弓をつがえる。

「降伏しづらいならしやすくして差し上げよう」

 楽しげに向けた矢の先にいるのは、ファルコナー公爵だった。

 気がついた貴族たちが口々に叫んだ。

「弓兵! 打ち落とせ!」

「当てられるなら当てるといい」

 薄く笑いつつジェイムズが放った矢は、風を切りある一点に突き立った。悲鳴の中にファルコナーの名を叫ぶ声が聞こえる。

「命を奪うことはしない。公爵はシアーズで裁かれるべきだ」

 大弓の一撃は、先程ジェイムズにくってかかっていた貴族の肩を貫いた。

 音を立てて貴族はその場に倒れ込む。

「兵士諸君、考えたまえ。貴族の禄を食んできた者たちと共にここで死ぬならそれも良しだが、貴官らはこの街に入れない」

 再び大弓が陣営に打ち込まれる。混乱し門に殺到して兵士と共に押し合いになっている貴族たちに逃げ場などない。

 追い打ちを掛けるように、見張り台に立った数人が、一斉に矢を放った。

 門に近づけば撃たれる。

 だが離れれば王国軍に斬られる。

 追いつめられたように動くことすら出来なくなる敵軍に、門の上から冷ややかなジェイムズの言葉が更に降りかかる。

「無為に平民を戦いに巻き込むことをエドワード王太子殿下は望まない。貴族諸兄よ、貴官らが選べるのはここで死ぬか、裁きの後に死ぬかどちらかだ」

 無情なる宣告に、貴族たちが黙った。

 兵士たちは裁きの後生きられる可能性があるが、この戦乱を先導した自分たちに生き残れる道は限りなく少ない。

 そこで彼らは気がつくのだ。

 貴族だからと特別扱いされることは、責任を伴うのだということに。

 その責任は反乱を起こし、人々を死に至らしめたことであり、死を持って償うしかないのだとようやく理解するだろう。

 そしてもう一つのことに気がつくのだ。

 シアーズで降伏していれば、裁きの後に登用の道も残されていたのだと。

 その道はもはやない。

 混乱のあまり門に殺到している敵軍に、もはや陣形も何も無い。ただ逃げ場を求めて戦う事も出来ぬ程に密集した集団に過ぎなかった。

 そこでリッツよりも前に出たのは、血塗れの大剣を片手で持ち、まるで重さなどないようにそれを弄び、剣で肩を叩いているギルバートだった。

「さてさてどうしますかな、ファルコナー公爵。貴方が主張する王族の血で我々がひれ伏すことはありませんぞ」

 敵の視線が一点に向けられた。

 そこにいるのは肩先程の矢がかすったのか腕から血を流すファルコナーだった。

 作戦上、敢えてファルコナー公爵の場所を避けて白熱球を打ち込んだ。彼の末路を見せることが今後の反乱を防ぐと事だと分かっているからだ。

「……ダグラス中将……」

「おや、名前を覚えていて下さったとは光栄だ」

 ギルバートが一歩出る度に兵士たちが後ずさりし、ファルコナーとの距離が詰まっていく。

 もはや戦う気力すら失せたのか、それとも頭上からの攻撃を恐れたのか、剣を抜く者はいない。

「お主には王族より下賜された貴族の特権と感謝の気持ちはないのか!」

「感謝?」

 ギルバートの声が冷たく変わる。

「ほう。男爵と言うだけで公らに好きに使われ死んでいった父を見た俺に感謝を感じろと?」

「それでも特権を得ておっただろう!」

「……特権ねぇ」

 顎をゆっくりと擦りながらギルバートは唇の端をつり上げるようにして笑う。

「俺の父親は特権を平民に使うような小さな男ではありませんでしたしね。小心者ではありましたが、父は貧民層の教育に人生を捧げた方だ。汚らしい特権など使ってはいない」

「汚らしい……だと? 陛下により与えられた特権を何というか!」

「陛下に与えられてなどいないさ。貴様もそうだろう? 特権を与えられたのは功績を立てた遙か先祖だ。貴様なぞその上に居座ったただの俗物だ」

 ギルバートの片眼が鋭く光を放ち、その威圧感にリッツも息を呑んだ。

「おのれ……おのれ、ダグラス中将! 私を愚弄するか!」

 身体を震わせて叫んだファルコナーとは対照的に、ギルバートの言葉は冷たく澄んでいた。

「愚弄などしていないな。馬鹿な俗物よと蔑んでいるのさ。そもそもこの片眼を潰したのは、有り難き王族だろうが」

 言葉に詰まり、ただ感情のままに目を血走らせるファルコナーに、ギルバートは静かに笑みを見せた。

「おしゃべりはここいらで終わりだ。ファルコナー公、死ぬか降伏するか選んだか? 時間は与えたはずだが?」

「降伏など我々貴族にはあり得ぬ。我々は誇りに生き、誇りに死ぬ。降伏する屈辱を与えられるなら死を持って自らの誇りと共に死するのみ」

 まるで悲鳴のような宣言だった。もはや王国一の大貴族の面影はなく、ただの敗残者だった。

「公の意見は分かった。他の奴らはどうだ? 逃げるなら今のうちだぜ?」

 今まで弄んでいた大剣を軽く振るいながらギルバートが笑いかける。

 だが兵士たちにも分かっているのだ。裁かれたとて助かる可能性は五分五分なのだと。

「よし、最終結論は出たな。揃って死ぬがいい」

 後ろで見ていたリッツですら微かに鳥肌が立つような壮絶な笑みを浮かべてギルバートが振り返った。

 その言葉が意味することがどんなことか、リッツはこの軍の指揮官として嫌と言う程理解していた。

 全滅させよ、だ。

 これならばきっと訳の分からぬうちにソフィアの一撃で死んでいた方が楽だったのではないかと思う。

 だがこちらも油断をしてはいられない。窮鼠猫を噛むとの言葉もあるように、彼らの反撃は苛烈を極めると分かっているからだ。

「全軍! 前へ!」

 リッツは手を上げて自軍に命じる。

 これが本当の最後だ。

 後方へと下がっていた王国軍は、混乱と恐怖に囚われた敵軍をすでに半円状に包囲したいた。

 全て後方に下げたドノヴァンの采配だ。

 追い込み漁の網の如く敵軍を取り囲むように陣を狭めてゆく。そして敵を一網打尽にする。

 全員が武器を捨てて降伏するまで。

 自軍の士気は高い。だからこそ敵の必死の反撃に冷静に判断して動けるだろう。

 リッツは大きく息を吐いて剣を高く掲げた。

 言いたくは無い。だがこれで全てが終わる。

「旧王国軍と貴族を殲滅せよ!」

 剣を振り下ろすと同時に掛けた号令によって始まったのは、激しい乱戦だった。

 死にものぐるいの敵兵と、士気が高く王国軍の旗を抱える自軍との差は圧倒的で、戦いの結果も火を見るより明らかだった。

 ほんの数時間の後、紅い湿原のように血塗られた大地に立ち、リッツは戦いの終わりを感じて立ち尽くした。


 王国歴十一月何日。

 ここにユリスラ王国全土を巻き込んだ内戦は、王太子エドワードを勝者として、一旦幕を閉じたのだった。

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