<5>
「絶対無理だし」
リッツはぼやいた。
四月の風が少々長くなってきた髪をもてあそぶように揺らす。今日はいつもと違って、髪をきちんと梳いた上に整えているから、普段の何倍も風に乱される。
前髪がサラリと流れて視界が狭い。いつも面倒で掻き上げる髪も真っ直ぐに整えられて片眼の半分を隠している。一見しただけでは表情が見えないようになっている。
服装だっていつもとはがらりと違う。
普段は昔と変わらずグレインの青年という格好をして耳篭か帽子をかぶっているし、革命軍が正式な王国軍になってから、リッツはだいたい王国軍服を身に付けている。
それ以外の服は街の古着屋で買うか、エドワードが服を作るときについでに安いテーラーで似たような物を誂えて貰う。
値段や店など気にしたことはないし、多少繕い跡のある古着だって気にもしていない。
だが今日はわざわざ元々貴族御用達だった高級なテーラーに作らせた、細身の三揃えをきっちりと着こなしている。
用意したのは勿論ハウエルで、見た目だけなら確かにかなり見目はいい。
それに首筋にほんの少し塗られた爽やかなハーブ香油の香りがする。花の香りなのか、ハーブの香りなのか分からないが、きつい香りでも、嫌な香りでもない。どちらかと言えば好きな香りだ。
それでも自分で香水や香油なんて付けたことがなかったから、常に香りがすることには慣れない。
「麗しの精霊族どのは不可能がおありですかな」
隣を歩いていたハウエルが、からかうようにこちらを見る。
「うっさい。何で俺が色気を出さねえといけなねえんだよ?」
「必要だから、でしょうかね」
「無理難題いいやがって」
低く文句を言うと、ハウエルが笑う。
「今日は一段とお美しいのですから、せめて口調ぐらいは美少年でいてほしいんですがね」
「けっ。無茶言いやがる」
全く持って気色悪いことこの上ない。ハウエルの考えることはもっともだが、自分には向き不向きがあると思う。
「ギルも何とかいえよ」
助け船を期待して話を振ったのに、ギルバートは助ける気などまるで無い顔で笑う。
「俺を演じきったんだろ?」
からかい口調で横からちょっかいをかけられてさらにむくれる。
「ギルの言いそうなこととか、やりそうなことを模倣して俺を足しただけだし」
「ほう」
「ギルとは長いこと一緒にいるんだからそんぐらいできるだろ」
「模倣ねえ……」
なぜだか考え込んだギルバートがしばらく無精髭の浮いた顎をなでながら考え込む。
「確かにお前はよく人を見ているな」
低い呟きに、一瞬心臓が痛んだ。リッツはよく人を見る。それは子供の頃から身についた自己防衛のための手段だ。相手を観察し、読み取る。それで自分の身を守る。
望んだわけではないのに、幼かった頃のリッツに与えられた一つの才能だろう。それを見透かされたような気がしたのだ。
「べっつに俺はそんなに……」
誤魔化そうとしたが、ギルバートはリッツの言葉など聞いていないのか先ほどと同じ表情でリッツを見た。
「リッツ」
「何?」
「ちょっと、エドワードを演じてみろ」
「は?」
思いも掛けない言葉に眉を寄せる。
「いいから」
「え~、エドぉ? う~ん」
頭の中でエドワードをなぞる。目つき、表情、癖、話し方、いつも一緒にいるから実はエドワードの真似をすることが一番楽だ。
軽く指先で顎をつまみながらギルバートを見る。思索をしているように微かに目を細める。口調はあくまでも落ち着いて、だが何かを内に秘めているように意味ありげに。
「これをすることに何か意味があるのか、ギルバート。俺は必要を感じないが?」
自分の疑問をエドワードに載せて告げてみると、ギルバートが笑った。
「上手いじゃないか」
「笑われる覚えは無いな。ギルバートがやれと言ったのだろう?」
更にエドワードの口調で重ねると、ギルバートは楽しげに頷いた。
「さすがだな。お前は無自覚に近くにいる人間を自分の中にかなり事細かに取り込んでいるんだろう」
「? 取り込む?」
「そうだ。お前はとにかく相手をよく見ている。特に親しい人間のことはよく目で追っている。だから模倣が可能なんだろう」
親しい人を目で追っている? そんなことを言われたのは初めてだ。エドワード、パトリシア、シャスタにはとにかく距離が近いと怒られることは多々あったが。
「つまりお前は近い人物、印象深い人物を模倣できるということだな」
「? そうなのかな?」
自覚はあまりない。
「お前が今まで出会った中で一番心惹かれた女は誰だ?」
「ふぇ!?」
唐突な質問に妙な声がでた。一番心惹かれた女なんて、パトリシアしかいない。
「お前が今想像している女を除け」
「何でパティだって分かったの!? あっ!!」
つい口に出して慌てて口を噤むが遅すぎだ。ギルバートにいつものからかい口調で背中を叩かれる。
「分からないわけがないだろ。お前は見え見えなんだよ」
「……ううっ」
反論のしようがない。
「だがそういう女じゃない。玄人の話だ」
つまりリッツが関わってきた女性たちの話だ。
「あ、そっちね」
リッツの女性経験はグレインから始まる。そこからシアーズの娼館、現在の愛人グレタへと続く。
その中で一番惹かれた人はといえば……。
「アリシアかな? モーガン夫人じゃなくてミス・ローズの時の」
あの歌声、妖艶さ、そして優雅な手つきに色気に満ちた口元。ローズは本当に美しく艶やかだった。
「模倣できるか?」
「は? 俺がぁ? 無理」
いくら何でもあの妖艶さはリッツには出せそうにない。それに今のアリシアの方が印象が強すぎてあのローズを演じることは難しそうだ。
基本的に自分の中に模倣を落とし込むという作業ができなければリッツには彼らを演じることが難しい。となれば少しでも共通するものがなければ不可能だろう。
それを考えればローズでは駄目だとすぐ分かる。
「他にはどうだ?」
「他かぁ……」
自分に落とし込めそうな女性。しかもハウエルが望むような色気を持った女性……。
「あ、一人いるな」
「ほう」
「名前はいえねえけど、そうだな………参考になるかもな」
リッツの頭に浮かんだのは、グレタだった。現在一緒に過ごすことが一番多い女性だ。作戦に置いてもベッドにおいても。
彼女は自分を演じている。査察官故、潜入捜査のために完全に演じることを得意とするのだ。
だがリッツの愛人である時のグレタは、色気を持ちつつも、どちらかといえば投げやりで寂寥感と憂いを帯びている。その憂いがまた色気を引き立てるのだ。
特別に何か色気を出そうと必死にならなくても、何かそそられるようなそんな艶がグレタにはある。
それはリッツと共通の感情からくることも分かっている。
喪失感だ。
リッツの持つ、未来への喪失感。
グレタの持つ、過去の喪失感。
これはどうしても互いに埋めようのない感情だった。
リッツは眼を閉じてみる。
グレタの表情は、普段どうだったろう。
視線はリッツと合うことがあまりない。そうどちらかといえば、かすかに伏せがちだ。目が合うと憂いを帯びた瞳がかすかに細められて潤み、誘われているような気にさせられる。
実際にグレタは誘っているのだろう。
ハロルド王、ルイーズ、グレイグのいない虚無感を埋めるために、同じ様な心の空虚を抱え込むリッツを。
それは愛では勿論なく、当然恋でもない。愛人関係というよりも、空虚さ故の馴れ合いという方がしっくりくる気もする。
口元はいつも軽く口端が引き上げられ皮肉な笑みを浮かべているようにも、もはやどうすることもできない過去に苦笑しているようにも見える。
手は、指はどうだった?
考え込んでいる時、彼女は唇の上で人差し指の外側ゆっくりと滑らせる。二人きりで過ごしているとき、彼女の指は所在なげに彼女自身の腕の上を滑らかにさする。
まるで自分を確かめるみたいに。
だけど口調は、とても冷静で普通だ。普通だとリッツが思うのならば、その口調は普段のリッツでいいのではないのだろうか。
傭兵たちと一緒にいる方の普通ではない。エドワードたちといる方の普通だ。
グレタの癖をなぞるように、自分の唇をそっと人差し指の外側で撫でてみる。
つまりこういうことだろうか。
「これでいいかな、ギル?」
口調は普段のまま、唇に指を当てつつ、かすかに首をひねって伏し目がちにギルバートに微笑みかける。
一瞬ギルバートが歩みを止めた。
「これで俺はエドの愛人に見える?」
声は変えない。作り声は無しだ。いざという時地が出る。いつもの自分の声で。しなも作らない。ただ動作だけグレタをなぞる。
愛人を演じるために自分の愛人を演じる。妙なことだが一番しっくりきた。
「なぁギル。これで合ってる?」
軽く握った左手の指先を唇につけて笑みを返すと、ギルバートに抱き寄せられた。
「なっ、何だよ!」
思わず素に戻る。
「痛てぇって!」
「お前は面白いな!」
「面白いじゃなくて、どうなのか聞いてんの!」
むくれると、ギルバートは親指でハウエルを指さした。なぜかハウエルは口元を押さえてそっぽを向いている。
「何してんだよハウエル?」
「……閣下」
リッツが大臣を拝命してから、からかう以外の時はハウエルはリッツをこう呼ぶ。
「だから何?」
「今宵は小官と共に朝までお過ごしいただけないでしょうか?」
三十代の男に頬を赤らめていわれても気持ちが悪い。
「嫌に決まってんだろうが」
「あなたがこれほどまでに麗しいとは……」
「気持ち悪いわ! 精霊族ってだけで幻想を抱きすぎだ!」
だがこれで分かった。
「……分かったギル。これ結構正解なのな」
「その通りだ。完全に男を誘う風情だな」
「まじでか……」
自分で自分が見えなくて本当によかった。見えたら気持ち悪そうだ。
「誰を参考にしたんだか知らんが、その女はお前の愛人だろ?」
「うっ……」
完全に見透かされてる。
「何で分かったの?」
「そんな愁いに満ちた顔で男を誘う娼婦がいてたまるか。かといって恋人でもありえない。恋人なら少しは幸福感があるだろう。娼婦でも恋人でもないが、お前が模倣できるほど幾度もお前を誘う女がいるとしたら、それは互いにに恋愛感情を持っていない愛人だろうが」
「……すげぇ鋭い」
心から感心すると、ギルバートが肩をすくめた。
「嬉しくはないが、分かったことが一つできたな」
「何?」
「お前の愛人の存在は、誰も知らないだろう? あのエドワードさえも」
「……」
「娼婦でもなんでもない女と身体だけの関係を持ち続けていると知れば、エドワードが止めに入りそうだからな」
言葉をなくして黙ってしまった。確かにグレタとの関係は誰にもいえないし、言いたくなかった。調査報告を聞いた後に、潜入先の下調べの後に、幾度となく仕事を絡めて会い、身体を重ねた。
グレタもリッツも愛は無くても互いが必要だったし、その関係は大臣と査察官となった今は完全に好ましくない。
査察官は大臣直属の機関ではない。国王、宰相、大臣の三人が関わる特殊機関だ。そのトップと大臣が愛人関係にあっては示しが付かないだろう。
口を開かずにいるリッツにこれ以上聞く気がなかったのか、ギルバートが肩を軽く叩いて口調を変えた。
「ま、お前が誰を参考にしようととかまわん。お前は馬鹿だが元々素材がいい。それを最大限に生かせているな」
話がそれたことに安堵した。
「俺って素材がいいの?」
「ああ。黙っていればな」
自分の外見が綺麗だなどと思ったことは一度もないのだがそういわれるならそうなのだろう。
でも自分が好きな女にもてないのでは、仕方ない。パトリシアが外見で男を見るとは思えないが、外見でもエドワードには全く敵わないから考えても仕方ない。
「これなら色々と釣り上げられそうだな。これでルーイビルとランディア、両方行けそうだ」
つまりはこの作戦を演じるときは常にこの感じを作れということか。グレタと一緒の時にグレタを演じるのは正直かなり嫌なのだが……。
「ギルを演じる方がいいな……」
ため息を付いたがどうにもならない。ハウエルだけならまだいいが、ギルバートまで賛成したならこれは決定事項だ。
「ピーター、お前大丈夫か?」
からかい口調のギルバートに、ハウエルは顔を赤らめたままかすかにほほえむ。
「当然です。これほど役得な仕事はありません」
こんなことをいうハウエルだが、本当は異常なまでに冷静である部分を持ち合わせ、周りを観察していることをリッツは知っている。
ことリッツに関しては精霊族のリッツと、エドワードの相棒としてのリッツを分けて評価していることも知っている。
だから余計にこの賛美が気持ちが悪い。リッツの気持ち悪さを分かってやっているとしか思えない。
諜報活動の重要性を心得ているから口には出さないが。
一歩先をいくハウエルについて、ギルバートと並んで歩く。今日はハウエルもギルバートも私服だ。格好はリッツと似たようなものである。
三人の目的地は、会員制の高級倶楽部だ。酒も女も博打もある、その倶楽部は、今も軍や政務部に残った貴族たちのたまり場になっているのだという。
国家中枢部に残った者たちの中に暗殺を企む者の黒幕がいる。それは分かっている。そうで無くては王宮まで暗殺者が入り込むことはできない。
ならばここで暗殺計画をほのめかせば必ずそれは実行される。その首謀者に自分がなれば、暗殺を事前に防ぐことができるだろう。
それがハウエルたちが考えた計画だ。
そのための餌がリッツなのだ。
リッツは常にエドワードの周囲にいる。王城にも王宮にも入れる特殊な立場だ。特に王宮で暮らすのはリッツとエドワードの二人と、侍従、女官のみである。
暗殺者達がリッツを取り込めば、エドワードへ簡単にたどり着くことを知っている。
だからこそ貴族たちにリッツを取り込める機会を与えねばならない。そのためにリッツはこれからエドワードに不満があるのだと演じなければならないのである。
ギルバートがいるのもリッツの立場を揺るがせる演技をしてもらうためである。
ただどういったように彼らの中に自分が入るのかはその場次第で分からない。エドワードを暗殺したいと思う演技をすべきなのか、それ以外の方策を考えるべきなのか未定だ。
ハウエルによれば、そのときの流れでどうにでもなるというのだが、リッツに果たして流れが掴めるかどうか、それすらも未知数だ。
街の中心部から離れ、港へと向かう道を裏路地に入ったところに、その店はあった。ひっそりと静かな建物の入り口には、店らしき何の文字も刻まれていない。
慣れた仕草でハウエルは扉に鍵を差し込む。この鍵は会員にのみ渡されるもので、鍵を持っていない人物は入ることすら敵わない。
幾つかある高級会員制倶楽部の中でもっともきな臭いのがこの倶楽部だ。グレタの調査とハウエルの調査は両方とも一貫して同じ店を示していた。
これまでの暗殺者たちの身元を辿っていくと、必ずこの倶楽部に通う貴族までたどり着くのだ。
だが証拠は何もない。ここに通う貴族まではたどり着いても証拠が無くては何もできない。
だから種をまく。
ハウエルが先頭に立ち、建物の中に入る。一見普通の建物に見えたのに、中に入ると妙だった。上に行く階段が見あたらず、扉だけが幾つかあったのだ。
戸惑うリッツとは違い、ハウエルは平然と近くの扉に鍵を差し込む。入り口と同じ鍵だ。呆気なく開いたその扉の先に、下へと降りる階段があった。
「ほかの扉には上の階へ通じているもの、管理している者が住む部屋などがあります。なかなかに分かりづらいでしょう?」
「分かり辛いな」
「秘密倶楽部ですから。さあ閣下、準備はよろしいですか?」
ハウエルが質素な扉に手をかけた。それはあの作った演技を切らすなということだろう。
「もちろん抜かりないよ、ハウエル」
エドワードの命を守るためならば、演じきるだけだ。わざとグレタを演じつつ微笑みかけると、ハウエルが唇を綻ばせた。
「よい、ご覚悟で」
ハウエルが開いた扉の向こうから、ゆったりとしたピアノの音が流れてきている。まるでマレーネの店みたいだ。
足を踏み入れると、一種独特な香りに包まれた。煙草だろうとは思われるけど、それよりも甘い香りなのだ。
次に天井に飾られたシャンデリアから零れるきらめきが飛び込んできた。炎の光が水晶に反射しているのだ。そのくせ店の雰囲気は少々薄暗くて雰囲気が良く、いかにもといった感じに品がよかった。
店の奥にはカードゲームのカウンターがあり、ルーレットの卓も置かれている。賑わっているというほどではないが、男女問わず上流階級の雰囲気を持った人々が行き交っている。
そんな彼らの動きが一瞬にして止まった。彼らの視線が一斉にこちらを向くのが分かる。
こういうところは居酒屋と同じだなと冷静に考える。リッツの人よりもよく聞こえる耳が、断片的にその言葉を拾う。
ギルバートの名を人々は口に出している。リッツのことは分からないみたいだ。影のように立つハウエルは意外なことにそれほど注目を集めていない。
ハウエルが一歩先にたち、リッツに声をかけてきた。
「さあ大臣閣下、こちらへどうぞ」
わざとらしくねぇか? と思ったが口に出してはいけない。グレタならそんなことは言わない。
「ありがとう。こういう所は慣れないんだ」
胸に手を当てて微笑み返してから、落とし込んだ自分であたりを見渡す。素直にその場が珍しい。だから見渡すことに違和感は無いはずだ。
ハウエルに導かれるままに、カウンターに腰を下ろす。以前の酒場と違い、ずっしりと重厚なカウンターの向こうには各自治領区、各地区、各国の酒がずらりと並び、一番下の段にはずらりと葉巻が並んでいる。
煙草に近いが甘い香りの正体はこれのようだ。
「ギルはカードをしてくるかい?」
打ち合わせ通りに勧めると、ギルバートが笑いながら頷く。
「そうさせて貰おう。ここならお前の護衛をしなくても良さそうだ」
「過保護だよ。俺は大丈夫なのに」
ちょっとむくれた表情を作って、わざとらしくそんな会話でギルバートを遠ざけた。ギルバートとリッツが師弟関係にあることはよく知られている。だからギルバートが共にいると、釣りができない。
こんなやりとりの間にも、人々の値踏みするかのような視線はこちらをずっととらえている。特にリッツが大臣を拝命したばかりの精霊族であると分かると、妙にその視線は熱かった。
貴族たちの間での自分の噂はよく心得ている。
精霊族にしてエドワードの犬、人形のように見目のいいエドワードの愛人、そしてギルバートの愛弟子にしてエドワードの護衛の凄腕の剣の使い手。残念ながら誰もリッツをエドワードの友だと思ってくれていない。
そもそものこの国の人々は、国王やそれに類する立場の人が、自分と対等の友を持つということが理解できないようだった。
長い間貴族制度という理解しがたい制度に縛られてきたのだから仕方ないのかもしれないが。
ため息を付きながら、リッツは頬杖を付きつつ、片眼に掛かった長めの前髪の中から上目遣いに目の前の男に微笑みかける。
「ねえ、ワインある? グレイン産がいいんだけど」
バーテンダーがかすかに頬を染めた。認めるのは悔しいが、ハウエルの言うように一応この見目は武器になるようだ。
なんだか癪だ。ギルバートみたいに男らしく演じられる方が絶対にいいに決まってる。そのうち鍛えてこの見た目から脱却してやると密かに決意する。
「赤にいたしますか? それとも白になさいますか?」
「ん~、どうしようかな。ハウエルはどっちが飲みたい?」
面倒なのでハウエルに振ってみた。本当は麦酒をジョッキでガッと一気に飲み干したい所だし、そうじゃなかったらボトルで蒸留酒といったところだ。
でも可愛らしくエドワードの故郷のワインを飲んどけといわれると種類を選ぶのが面倒だ。
「では湖水地方の白を。甘過ぎず、ですが酸味も強すぎないあなた好みの味かと」
無難って事だろうか。出されたワインのボトルを見て吹きそうになり、必死でこらえて微笑んだ。グレインでエドワードが王太子宣言をした事を記念して作られたワインだったのだ。
「……あなた好みでしょう?」
軽く言われた。愛人演じるんだからこれぐらいやらなくてはと暗に言われている気がする。
こいつ、からかってやがると分かったが、切れるわけにも行かないから逆襲に走った。出来うる限りのグレタの色気をぶち込んで微笑みかける。
「うん。とても好みだよ。ありがとう、ピーター」
本気で言葉に詰まり目をそらすハウエルに、勝ったとほくそ笑む。すべての言葉が嘘だとしても、リッツが綺麗だと思っていることだけは事実だと前に言ったのは本当らしい。
「ざまぁみろ」
小さく口の中で呟く。
バーテンダーがグラスにサーブしてくれたワインに口を付ける。本当に好みの味だから余計癪だった。こいつ、どこかで俺を監視してるんじゃないかと半ば本気で疑う。
ここから誰かが釣れるまでは、ハウエルが話してリッツは頷いて聞いていればいいといわれているから、グラスを傾けながらハウエルの話に耳を傾ける。
つまらないことを話すのではないだろうなと思ったが、ハウエルの話は興味深かった。当たり障りのない世間の噂や、新聞の話、それに旅行談など話は多岐にわたった。
なるほどこのように多彩な話の種を持つことで相手の懐に入っていくのだろう。
ワインが半分空く頃、男がこちらにやってきた。服装からしてかなり裕福な貴族だと思われた。地方に住む貴族は領地を領民に分配されたが、王都に住む貴族たちは財産の一部没収のみで済んでいるので、今はまだ裕福な者が多い。
禄が貰えなくなってから三月ぐらいでは彼らの財産は揺るがないだろう。ただ生活水準は落とせないだろうから、一年後どうなっているのか分からないが。
「アルスター大臣閣下とお見受けしますが?」
丁重な口調で近づいてきた男に目をやる。穏やかそうな表情、柔らかな口調、洗練された物腰。これなら普通の人は騙されるかもしれない。
でもリッツは違った。物心つく前から悪意に晒されて生きてきたリッツは、人の表情を見抜くことに長けている。この男の目が全く笑っていないことになど、最初に気がついた。
だがリッツは気がつかぬ振りで頷く。
「そうだけど」
「お隣をよろしいですか?」
「……他にも席空いていると思うけど?」
「そうですね。ですが一度閣下とお話ししてみたいと思っておりまして」
「そう。別にかまわないよ」
微かに目を細めて笑みを作る。リッツが誘いを掛けたときにグレタがよくする表情だ。これをされるとリッツは堪らない気分になる。
案の定相手の男は目のやり場に困ったように微かに俯く。
グレタって、何だかすごい。改めて自分の愛人を尊敬した。
「ピーターもいていいよね?」
ハウエルにここで去られると予備知識が貰えなくて困るから男に尋ねる。
「もちろん構いません」
「だって。よかったね、ピーター」
目を細めて微笑みかけるとハウエルが小さく吐息を漏らした。この表情、どこまで演技でどこまで本当なのか、リッツにはさっぱり分からない。
「あんたは誰?」
雰囲気はグレタのままいつものように尋ねると、男は胸に手を当てた。
「お初にお目にかかります、閣下。私は王国軍財務部所属のダレン・イライアスと申します。貴族階級は男爵です」
「ダレンね。それで、何?」
そっけなく、だが突き放すでもない口調でワイングラスを回しながら尋ねる。
「本日は殿下はご一緒ではないのですか?」
「ああ。王太子が飲み歩いてられないだろ」
リッツは目の前にあったワインボトルを軽くはじく。ワインボトルに描かれているエドワードごとボトルが小さく揺れた。
「確かにそうですが」
「だから今日はピーターに付き合って貰ってんの。いろんな店に詳しいんだよね、ピーターは」
微笑みかけたハウエルが、かすかに頬を染めて微笑む。
「お褒めに与り光栄です、閣下」
また気持ちの悪い演技してくるな、と思いつつもリッツは表情を変えたりしない。
「話おしまい? 俺、静かに飲みたいんだけど」
唇を指でなぞりつつ男に眼を向けると、男は一瞬動きを止めた。
これはどういう意味だ? 気持ち悪いか? やりすぎたか?
口に疑問は出せないから代わりにワイングラスを口に運ぶ。すると男は大きくため息を付いた。
「大臣閣下はやはり精霊族ですな。お美しくいらっしゃる」
うん、釣られてた。本当に釣られるのか、この顔と動きに。
考えても見ればリッツのこの顔立ちは、ユリスラにはあまりいない。精霊族だけの血筋ならシアーズの住民に近いのだが、闇の一族の血が入ると途端に浮き世離れして見えるらしい。
見慣れない珍しい顔立ちと、黙っていれば美形と皆が称してくれる作りは、もしかしたら見る相手にどこか神秘的な雰囲気を与えるのかもしれない。
そういえばイーディスの愛人であり宰相であったジェイドも、美しい顔立ちだといわれていた。彼は肌の色、眼の色、髪の色を偽っていたが、それ以外は元のままだった。
リッツの場合、眼と髪の色は確実に闇の一族なのだが、肌の色がユリスラの住民に限りなく近く、彫りも闇の一族ほど深くはない。
もしかしたらユリスラ住民から見ると少し混ざった闇の血が魅惑的に見えるのかもしれない。
疎まれ、忌み嫌われていたこの闇の血が、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
妙なところで人種の違いを感じて、小さくため息を付く。そのため息をどう取ったのか、男は笑みを浮かべた。
「何?」
「いえ、閣下は今日はお忍びで街の視察でいらっしゃいますか?」
「そんなわけないじゃん。息抜きだよ」
グラスをつまらなそうに回しながら中身を眺める。シャンデリアからこぼれる水晶の反射が綺麗だ。
「やはり王宮勤めは大変なのですか?」
興味を示す男に視線を投げかける。
「大変って事はないけど、退屈」
本音を時折混ぜろ、というギルバートの教え通り本音を織り交ぜてみた。
「ほう、退屈ですか?」
「まあねぇ。戦場の方が騒がしくて好きだな、俺」
相手が知っている事を敢えて口にする。これも作戦の一部だ。ギルバートの弟子である以上、平時より乱世を好むと思われているだろう。
「大臣閣下ともなられると、お忙しいのでは?」
「忙しいのは俺以外。俺は精霊族だよ?」
暗に仕事嫌いを匂わせる。実際に事務仕事は苦手でほぼ王国軍総司令官のコネルに投げてしまっているが、それを言う必要はない。
ちなみにコネルは副官たちに仕事を丸投げしているので、本当に大変なのは総指揮官の秘書官たちと副官たちである。
といっても王国軍にはちゃんと事務方がいるから、宰相のグラントほどではないはずだ。
ぼんやりとして、ほとんど相槌しか打たないリッツの横で、男はリッツを伺うようにあれこれ話しかけてくる。
それはリッツに対する質問であったり、現在の男の仕事であったりと多岐にわたった。自分に対する質問は軽くはぐらかしつつ聞いていたのだが、リッツから見ればどれも、こちらに探りを入れるためのくだらない話に過ぎない。
ふと男の話がとぎれ、ゆったりとしたピアノの音だけが耳に付いた。横目で男を伺うと、なにやら思案しているようだ。
しばらくハウエルとくだらない話をして待つと、男は口を開いた。
「この時間に遊びにでていらっしゃるということは、閣下は退屈しておられるのですね?」
さらに何かをリッツの中から引き出そうと、男が眼を細めて声を潜めた。
「そうだね、退屈してるよ」
「殿下がおられるのに?」
「……どういう意味かな?」
きなすった、と思いながらも笑みを作る。
「殿下が待っておられるのでは?」
確かに待っているだろうなと思う。寝る前に酒を飲みつつ今日の報告をする事が、最近すれ違い生活をしている二人の日課だからだ。
だが男の問いが言葉通りの意味ではないことなど百も承知だ。
「待ってるだろうね」
男に流し目をしながら、人差し指でゆっくりと自分の唇をたどる。それだけで男が見てはならぬものを見たかのようにあわてて視線を逸らした。
「それなのに、退屈なのですか?」
「殿下のことをどう思おうと、俺の勝手じゃん?」
「ご満足しておられないのですか?」
どういう意味でだよ、と突っ込みたくもなるがそれをぐっと堪える。
「どういう意味で聞いてるのか知らないけど、俺は殿下に満足してるよ」
友として。
「最高だね」
でもわざと誤解させるような物言いをしなければならない。
ダグラス隊の人々の冗談と違って、やはり貴族から見ればリッツはエドワードの愛人で慰み者に見えるのかと思うと、多少情けない気分になる。
王太子の友人が認められない。
それはある意味差別だと思う。王族だって人間だし、友人の一人や二人いたっていいではないか。
だが対等な友人は貴族社会において頂点に君臨する国王、王太子にいてはならない絶対の法則が、貴族たちにはあるようだ。
ギルバートによると、権力の頂点にいる者が個人的に誰かを特別なものとして扱えば、そこに利権が生まれてしまうため、代々の国王は臣下以外認めてこなかったのだという。
だからハロルド国王のように狂った価値観を生み出してしまうのではないかと思うのだが、リッツにはよく分からない。
とにもかくにも、リッツがエドワードの愛人を演じる羽目になったのは、みんなエドワードの兄たちが変態だったせいだ。
しかもエドワードはパトリシア一人を想う生真面目な男だ。パトリシアへの思いを自覚してから、一切娼館に足を運ばなくなってしまうような。
それを貴族が知るはずもなく、公から私的に至るまで常に傍にいるリッツを結びつけて妙なことを考えるのは仕方がないのかもしれない。
腹立ちは全部頭の中でリチャードとスチュワートの憎たらしい顔にぶつけつつ、グレタがベッドでからかうあの表情を思い出して真似ながらダレンを見つめる。
「大臣にして貰って飲みにも出られるなんて、いい立場だと思わない?」
グラスを掲げてダレンのグラスに軽くぶつける。高く澄んだクリスタルガラス特有の綺麗な音が響いた。
「願わくばもう少し自由が欲しいね。規則規則で縛られる生活は好きじゃない」
これも嘘ではない。朝食から決まり事やらマナーに縛られる生活は好きではないのだ。大分慣れてきたし、文句も言えるようになってきたから以前ほどではないがそれでも堅苦しいことは変わらない。
「大体、殿下も殿下だ。守れって言うから仕方ないけど、見返りも何にもないくせに堅苦しいったらないよ。殿下もよくあんな生活平然としてるよ。俺は昔みたいに気楽な方が好きだなぁ」
「ほう、窮屈ですか」
「ああ。ダレンは元々貴族だからそういうの好きだろ? 俺は精霊族だし、殿下は田舎の騎士団員なのに、よく縛られていられるよ」
口調に敢えてエドワードへの不満を混ぜる。これが合図だ。
「どっか壊れてんじゃないの、殿下」
小さく息を吐き出しながら、理解できないといった表情で肩をすくめる。
「大臣閣下ともなると偉そうなこともいえるな、リッツ」
すぐ真後ろから声が掛けられた。気配できちんと察している。ギルバートだ。リッツの合図を受けて仕上げに出てきてくれたようだ。
ギルバートの醸し出す怒りの雰囲気を恐れてか、ダレンが椅子から立ち上がって少し離れる。完全に離れる気は無いらしく、こちらを食い入るように見つめている。
「別に偉そうなこと言ってないじゃん」
「てめえは臣下としての礼節がなってねえようだな」
「礼節~? 面倒なこというなよギル。ギルだって礼節なんかほど遠いところにいるじゃん」
「てめえと一緒にするんじゃない。俺はわきまえるべき事を知っている」
「わきまえるべき事ぉ?」
ダレンに気付かれぬようにギルバートの目を見る。ギルバートは微かに肩をすくめると、小さく息をつく。実行する。あとは頑張れの合図だ。
「俺は殿下の臣下だ。殿下を貶めるような言葉はいわん」
「似合わないなギル。俺よりよっぽど殿下に不満がありそうなのにらしくない」
「弟子のお前がいつからそんなに偉い口を叩くようになりやがった?」
「弟子だって言ってもさ、ギル。今は俺の方が階級高いって事を忘れるなよな」
つまらなそうな顔を作って立ったままのギルバートを下から見上げると、ギルバートが顔をしかめた。
「……やはりお前を大臣にすべきではなかったな。ふさわしい者は別にいたはずだ」
俺もそう思う。とはいえないから、面倒くさげに小さく息を吐く。
「ジェラルドとか、ギルってこと? ジェラルドはもういないし、断ったのはギルだろ」
ほんの僅かにギルバートの目が細められた。微かな痛みを堪えるようなそんな表情だ。言ってはいけないことを言ってしまったかと一瞬ひやりとしたが、瞬きの跡ではそんな顔は一掃されていた。
その代わりにギルバートの眉間に深い皺が寄る。これは確実に仕上げだ。
「不愉快だ。俺は帰るぞ、ピーター」
ギルバードが声を荒げて出口へ向かう。
「中将閣下!」
「うるせぇピーター。こんな奴の護衛をする必要も無いだろうが」
「で、ですが……」
「殿下を敬うことができないような奴に、護衛の必要なんてなかろうよ」
「中将閣下!」
全て分かっているはずのハウエルの演技は堂に入っている。なるほど、これはちょっとやそっとでは騙されたことに気付くまい。
「はいはい分かったよ。だったらもう帰ればいいじゃん」
「閣下!」
「うるせぇよピーター。俺はこれ以上文句言われる筋合いないんだよ! 精霊族ってのはこの国の国王に従う必要も無い立場なんだぜ? なのになんで寄ってたかって幹部連中から文句言われねぇといけえの?」
頬杖を付いたまま、不満顔でギルバートを見上げる。
「俺は本来、自由の民だっての!」
ギルバートの表情がものすごく怖い。だが目だけは笑っている。
「……てめえの立場じゃなかったら、不敬罪で即刻大剣の錆にしてやるんだがな」
楽しんでるなと思っても、口にも表情にも出してはならない。
「やれるもんならやってみろよ。どう殿下に申し開きするのか楽しみだぜ」
わざと挑発するような口調でせせら笑うと、先ほどまでダレンが座っていた椅子が目の前で真っ二つになった。ギルバートが大剣で両断したのだ。
「ひっ!」
離れていたダレンが小さく悲鳴を上げて後ずさる。ギルバートはいつも通りに大剣を背に納めると、軽蔑した表情でこちらを見下ろした。
だがリッツは知っている。実際に怒らせたらギルバートの怖さはこんな物ではない。だから平然と動じずに笑う。
「乱暴だな、ギル」
「てめえが勝手すぎるんだ、リッツ」
吐き捨てるようにそういったギルバートが出て行くのを見送り、リッツは目の前のグラスにワインを注いで一気に飲み干す。
疲れる。バレないか、大丈夫か気になって喉が異常に渇く。これでよかったのか? これで合ってるのか?
「閣下」
いつの間にか隣に立っていたダレンの目が計算高そうに光る。
「何だよ」
「退屈しのぎを致しませぬか?」
「何?」
「我々と少々楽しみませんか?」
「退屈しのぎ? へぇ、あんたなら俺の退屈とこの苛立ちを何とかしてくれるの?」
見下すようにしつつ、軽く舌で乾いた唇を舐めて笑いかけると、男は顔を赤らめながら満面の笑みを浮かべた。
「はい閣下。閣下のご期待に添えるよう、考えて参ります」
さてさてこの男、どういった脚本を描いてくるのだろう。いずれにしてもつまらない脚本だったら却下してやる。
「ふーん。楽しみにしてるよ」
いいながら席を立つ。
「もうお帰りですか、閣下?」
「何か気分が盛り下がったから帰る。結構時間経ったし……俺の殿下が待ってるしね」
ここぞとばかりにグレタの色気を最大限に利用する。ベッドでリッツに誘いを掛けてくるときの表情だ。
案の定男は一歩下がり、カウンターに寄り掛かる。やばいな、万が一に失業したとしたら、昔のベネットのように男娼で食べていけるかもしれない。
「また寄る。それまでに考えておけよ。俺は気が長い方じゃない」
さっさと扉へと向かい、振り返ることなく扉の外へ出る。地下からの長い階段を上り、あの質素な扉を開けるとようやく外に出られた。
扉を閉めてからひんやりと冷たく澄んだ空気を吸い込み、ようやくホッとする。
「……上出来だ、リッツ」
扉の影から掛けられた声に振り返る。案の定そこにギルバートがいた。実は本当にギルバートは護衛してくれている。リッツが変装をせずにリッツとして出歩くとき、ダグラス隊の誰かしらが護衛に付いてくれているのだ。
ギルバート曰く、多勢に無勢と成ったらリッツが困るだろうかららしい。ありがたいが多勢で攻めてこられても負ける気はしない。
「これでいいわけ?」
「ああ。立派にお前はエドワードの愛人だな」
「……嫌すぎる。どうして愛人じゃなきゃなんないんだよ」
「決まり切ったことを聞くな。友だとしたら普通に考えても距離があるはずだ。普通はお前とエドワードのように距離感がおかしな友人関係はない」
「……おかしいの?」
普通だと思っていたから尋ねたが見事に無視された。
「だが愛人なら距離はグッと近い。つまり友を懐柔するより、愛人を懐柔した方がエドワードの懐まで簡単に近づけるだろう?」
「懐?」
「そうだ。最も人が油断するのはベッドの上ってことさ」
「……つまりあれか。俺を手懐ければ何の武装もないエドの寝所に入り込めるってか」
「その通りだ。エドワードは武芸に秀でている。そしてお前の実力も知れ渡っている。だがベッドの中ならお前の力を封じ、エドワードの戦力を封じられる。事は簡単に進むだろ?」
「んで、エドを殺した後は、俺も殺すって訳か?」
「奴らはそのつもりだろうな」
「なるほどな」
そのためのシナリオを考えてくるということか。リッツは現在の王太子と軍幹部に不満がある、少々頭の足りない男ということになっている。
いったい彼らはリッツに何を望むのだろう。
「なんかちょっと面白くなってきた気がする」
「だろう?」
「ちょっと疲れるけどな」
裏の裏を読め。作戦立案は苦手だが、人間の裏の感情を読むことは得意だ。
支払いを済ませて出てきたハウエルに構わずに、リッツは王城への帰り道を辿り始めた。
何だか自分が過去の自分と乖離していくような気がして、無性にエドワードの顔が見たかった。




