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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
争覇の終極
138/179

<17>

「ハロルド国王陛下がシュヴァリエ家の陰謀により国政から離されて五年、貴族の選民思想と差別により、より多くの国民が苦しんできたことを、ハロルド王の息子として、偽王の弟として申し訳なく思う。

 国家を転覆させるべく暗躍していた闇の一族は我らの正義の前に倒れた。闇の一族に利用されていた偽王スチュワートは、それでも許されざる罪を犯しており、生涯自由を得ることは無い。

 我々と諸君の平和を希求するその思いが、光の精霊王の加護によって成し遂げられたのだ。

 彼らの専横と暴力に恐れず立ち向かい、この内戦を戦い抜いた心強きユリスラ王国国民諸君に、私は誇りを持っている。

 私は諸君にこそ、最大限の感謝を捧げたい」

 エドワードの演説が、ひしめき合う人々の上に希望の光となってさんさんと降り注ぐ。

 リッツはエドワードの隣に立ち、空を見ていた。春が近づいているが少々肌寒い三月の空は、清々しいほど青く澄んでいる。

 いい天気だ。晴れてよかった。

 今エドワードは王城の門に立ち、王城門前広場に集まった無数のシアーズ市民と、王城内の庭園に集まる革命軍改めユリスラ王国軍を見下ろし、語りかけていた。

 これだけの人々に声を届けるために風の精霊の加護が必要で、パトリシアのいない今、精霊部隊の風使いの力を借りている。

 ふとした瞬間や、こんな時にパトリシアの不在を思い知らされる。

 溜息をつきつつ自分の左右を見た。エドワードを挟み、左右へずらりと居並ぶのは、王国軍の幹部達である。

 内戦終結から一月がたった。

 未だパトリシアからは何の連絡も無い。

 復興は少しずつ進んでいる。

 政務部、軍務部の臨時役職案が出そろい稼働し始めていた。結局大臣職は今も空席で、総司令官をコネルが務めている。

 前王室がため込んでいた食料は半分がシアーズと軍に回され、残りは難民支援用に無償提供された。

 王宮、軍務部、政務部に至るまで無駄に買いためていた貴金属は、予定通りサラディオのルシナ家によって多少の色を付けて貰って買い取られ、国家予算として政務部に回されている。全部で年間予算ほどはあったそうだ。

 その予算の他にもアイゼンヴァレーの黄金採掘権はエドワード個人では無く王室の持ち物とされ、目下の王宮の運営費用と、消耗したユリスラ軍の軍備再配置に使われている。

 正式に王国軍に残る者以外は、報奨を与えて故郷に帰した。それでも軍に残る者は多く、戦い以前の王国軍と人数的には匹敵するほどの人数になったらしい。

 ただ外敵と戦える軍に成長するには、しばらく時間が掛かりそうだ。

 ランディアは未だ降伏せず、だが大半の勢力を失ってしまったため兵力はほぼ無い。

 対してルーイビルは沈黙を守りつつも恭順する姿勢を表してはいない。シアーズにおらず、ジェイドの殺戮に巻き込まれなかった不穏な貴族たちが立地上有利なルイービル集まっているという話も聞いている。

 内戦は一応の終結を見たが、まだ平穏とは遠いといえるだろう。

 それでも難民の数は減り、農民たちは再び畑に手を入れている。今まで貴族に怯え、生活を脅かされてきた人々からすれば、それだけでも大いなる進歩だといえるはずだ。

 現在、貴族が所有していた土地の大半を農民に割り振り、一般的に生活できるだけの土地を貴族に戻す事業が進んでいる。

 貴族は全ての特権を失い、農民よりも多少広い田畑だけが残されたが、その運営と残された土地をどうしていくのかは決める自由が残されている。

 売り払ってそこから商業を始めるもよし、その土地を利用して農業をやるもよし、他の事業を始めるのも自由だ。

 生きる手段は与えるが救済はしない。これがエドワードとグラントを中心に、革命軍幹部達がが話し合って決めた貴族への扱いだった。

「今、このユリスラは、国家、民衆共に偽王の為に荒れ果て、疲弊しきっている。

 だがここに内戦は終わり、いま、これより新しき世が始まる。皆が希望を持って生きられる国家を、私は皆に約束したい

 我らはこれ以後、戦いよりも共に栄える共栄の道を歩み、このユリスラを平穏に生きられる国に変えていくのだ。

 諸君、我々と共に、新たなユリスラを作り上げていこうではないか」

 人々の歓声が上がった。熱気に包まれたその熱い空気に、リッツは何とも言いようのない居心地の悪さを覚える。

 エドワードは確かにこんな風に熱狂されていいぐらいのことを成し遂げた。

 でも自分はどうだ?

 エドワードにただついてきただけではないか。

 多少自嘲気味にそう思った時、耳に聞こえたのはエドワードの明るい声だった。

「それでは私と共に国の復興を担っていく者を紹介しよう。宰相は皆が知る通り、元宰相であるグラント・サウスフォードだ」

 エドワードを挟んでリッツの反対側に立っていたグラントが一歩前に出て、胸に手を当てて軽く頭を下げる。

「そしてこの国の軍務部の最高責任者である大臣を務める精霊族のリッツ・アルスターだ」

 堂々たるエドワードに、民衆が湧く。エドワードと並んだその名を知らない者はいないだろう。

 だが当のリッツは愕然とエドワードを見てしまった。あり得ない言葉に理解がついて行かない。

「……は?」

「ほら、前に出て頭を下げろ」

 小声でエドワードに促されるも、状況を頭で理解できない。

 大臣職って誰も候補者がいないから、空けてあったのでは無かったか?

「え、だって、俺……」

「とりあえず頭下げとけ」

 あまりに乱暴なエドワードに、リッツは混乱したまま一歩前に押し出され、仕方なくグラントと同じように胸に手を当てて頭を下げる。

「この二人を頂点に、軍務部、政務部とも復興し、歴史上最も豊かなユリスラを作り上げることを、諸君に誓う」

 盛り上がる民衆をよそに、頭を下げたままのリッツは呻く。

「……聞いてねぇ……」

 だがこの場でエドワードを締め上げることなどできるはずもない。頭を下げたまま視線を彷徨わせると、コネルが民衆から見えないところで眉と口角を上げてにやりと笑い、ギルバートは愉快そうにしている。

 つまり大臣職未定は嘘だったのだ。みなリッツ以外はそれを知っていたのだろう。断れないこの状況で、大臣就任の既成事実を作る。これが目的だったに違いない。

「嵌められた……覚えとけ、エド……」

 ぐちぐち隣で呟いても、エドワードの民衆への演説は当然の如く止まらない。

「諸君が私の一刻も早い国王就任を望んでいることを、私は重々承知している。

 だが私は未だ王太子としてなしていないことがあり、それをなさぬ限り王位に就くことは出来ない。

 なしていないことの一つは、母、ルイーズの王妃就任である。

 母はシュヴァリエ夫人の策略で王妃となれず、不名誉な死を与えられた。私は母を正式にハロルド陛下の妻とし、王妃として歴史に名を記したいのだ。

 その上で、暗殺という不名誉な死を賜ったお二方に、国王と王妃として、正式な葬送を行いたい。

 これは王太子として、二人の息子として唯一父母の恩に報いることだと考えている」

 ハロルドの葬送が、派手ではあったがお粗末きわまりないものであったことを、シアーズの民衆はみな知っている。

 スチュワートの王太子就任にばかり重きを置いたその式典は、さながら祝賀行事のようですらあったという。

「葬送は戦死した叔父グレイグ・バルディア、グレイン自治領主ジェラルド・モーガンを含め、戦乱で命を落とした沢山の人々への慰霊の思いを込めて、盛大に行うものとする。

 私が国王に就任するのは、国家の安定が盤石に整った時である。それまでは王太子として、諸君と共に汗を流す覚悟である」

 締めくくられたエドワードの言葉に、民衆の歓喜の声と、王太子を讃える声は止むことが無かった。 リッツの不満など知りもしないでと、それが少々恨めしい。 

「だぁ~れが大臣だぁ……」

 結局リッツは、どうしようもなくなった自分の立場に自暴自棄になり、その日のうちにシアーズの街で変装して飲んでいた。

 当然あの演説後、エドワードに噛み付いたのだが、もうすでにリッツが大臣になることは確定しており、リッツが如何にがなり立てても変更のしようが無かった。

 グラントに至っては『今更みっともない態度はとるまいな?』と半ば脅迫のようなことを言われるしまつだ。

 任命式の後、大臣の紋章と自分の名が入った印章を渡されたときには、ただ愕然とそれを眺めてしまったぐらいだ。

 王国大臣として自分の名が残る?

 あり得ない。自分はシーデナの森の異端者で、半分はこの内戦の原因となった闇の一族の血を引いているのに。

 それに……。

「俺に大臣の器なんてあるもんか……」

 ジェラルドの役割をやれと?

 王国軍の軍務部で?

 砂になったエドワードをかき集めるような幻影を見て、泣きわめくような情けない男が大臣?

 悪い冗談にも程がある。

「か・れ・し、ひとりぃ~」

 不意に耳に飛び込んできたのは聞き慣れた声だった。女の言葉で明らかに男。

「ひとりだよ、ベネット」

 振り返りもせずにボソッと答えると、呆れた声で溜息をつかれた。

「荒れてるのねぇ。さては振られたの?」

「……うっせぇ」

 言われて気がついた。そういえばそうだ。エドワードがパトリシアに告白したと言うことは、自分が振られたと言うことなのだ。

 だってパトリシアは絶対にエドワードの元に戻ってくるから。

「図星?」

「……うっさい」

「相変わらず口が減らないね、君は」

 不意に口調が男に戻る。顔を上げると、ジェイムズが軽く手を上げてワインを頼んだところだった。ベネットの時と違い、動きが格段に男だ。

「君にはちゃんと報告したくてね」

「何を?」

「僕はもうダグラス隊に戻らない」

「……うん。知ってる」

 彼はベネットの名も、ジェイムズ・ガヴァンという名も捨て、ジェイムズ・ダウンゼントという新たな名になったのだ。その上でアンティルの自治領主の夫という立場の元、王城に勤務することになっている。

「もう女にならないの?」

「まあね。残念だわ。失恋したリッツと寝るなら今なのにねぇ」

 急にしなを作るジェイムズに苦笑する。

「男と寝る趣味はないよ~だ」

 そう言いつつも、グレタに口走ったとんでもない一言を思い出してがっくりとうなだれる。あの時の雰囲気とはいえ、とんでもない事を口にしてしまった。

「そう言いつつ何だか複雑そうだね? さては僕じゃ無くて……あたしに慰めて欲しかった?」

「違うよ! 嫌だから!」

「エドワード以外の男はいらないわよね~。パティも含めて三人でなら何とかなりそうじゃ無いの、貴方たち」

「はぁ? 何で男とガキと寝るの!? 俺はナイスバディのお姐さんが好きだもん」

 何でみんなこうも自分とエドワードの関係を勘ぐるんだろう。はたから見るとそんなに変な関係だろうか。

 今まで濃厚な人間関係を築いてきた対象が父か母しかいないから、エドワードとの関係が近すぎると思ったことは無いのだが。

 からかいにむすっとしながらリッツは反撃に移った。

「そっちこそ初恋の君とはもうやったの?」

 途端にジェイムズが引きつった笑みを浮かべた。そういえばあの戦い以来ずっとジェイムズはこの陣営にいたし、アンティル自治領主はアンティルの治安維持と難民支援に精を出していると聞いた。

「やってないんだ。アンティル帰ってしてくれば?」

 親切に言ったつもりだったのに、ジェイムズは目を白黒させて焦り、それからワインを一気に飲み込んだ。

「誰に聞いたんだよ、それを!」

 小声で責めてきたジェイムズに平然と答える。

「オドネル。王城制圧前の暇なときに、アンティルであったあれこれを根掘り葉掘り……」

「……見かけによらず噂好きだな」

 大きく溜息をついて、ジェイムズはテーブルに突っ伏した。

「で? どうなの? いい女なの?」

 興味本位で訪ねると、ジェイムズは突っ伏したまま顔だけを横に向けた。

「いい女に決まってる。僕の初めての相手だよ?」

「へぇ~。やっぱり最初の女って、思い出深いの?」

「……そういうお前はどうなんだよ?」

「ん? 俺はね、娼館の姐さん。もう顔も覚えてないよ」

 あっさりと返すと、ジェイムズは大きく溜息をついた。

「リッツ」

「何?」

「一生に一度ぐらい、この女って言う女に巡り会えるといいね」

「あ~、無理かも?」

 本当の恋人とか、妻とか、どうにもリッツにはそんな未来は想像外だ。死ばかりを理想に見てしまうリッツに、そんな未来が描けようはずが無い。

 何故かそんなリッツをじっと見ていたジェイムズが溜息交じりに顔を上げた。

「リッツ」

「うん?」

「僕は、君を連れてくるように言われてるんだ」

「誰に?」

「おいで。来れば分かるよ」

 有無を言わせない雰囲気に、リッツは席を立つ。言われるままに店を出て向かったのは、見覚えのある娼館だった。

 マレーネの館。

 リッツが半年間滞在したあの館だ。

「娼館に呼んだら、今の君ならまた居付きそうな気がしていやなんだけどなぁ」

 扉を開きながらジェイムズが嘆く。開かれた隙間から流れ出てくる独特な華やぎが耳を甘くくすぐる。開かれた扉の向こうには、以前と変わらぬ光景があった。

 ピアノ演奏、身体を密着させて艶めかしく踊る男女、そして酒と、香水と、煙草の香り。

 男女の間で最も濃厚な接触を求めてきているはずなのに、何故かここにあるのは希薄で乾いた人間関係だけだ。深入りせずに、ただ欲しいものだけをつまみ食いできる環境は、リッツに取って心地がいい。

 心の奥深くまで全てで触れあって、離れられないほどに自分を苦しめるような人間関係は、エドワードやパトリシアだけで十分だ。

「なぁジェイムズ、用事が終わったら……」

「はいはい。久々に遊んで貰いな」

「やった!」

「でもまずは用事を済ませてからね」

「はいはい」

 ここにきたことで自分を呼び出したのが誰なのかは分かっていた。慣れた足取りでジェイムズは階段を上り、以前あの人物が借り上げていた最上階の部屋へと入る。

 初めて会った時と同じ光景が目の前にあった。

 数人の美女の嬌声、呆れ果てたように煙草を吹かすソフィア、そしてその中心で今まさに何人目か知らない女を組み敷いているその逞しい身体。

「うーっす、ギル」

 事に及んでいるギルバートに声をかける。初めてこれを見たときには愕然として動くことすら出来なかったが、ここで半年共に暮らしていたから慣れっこだ。

「来たかリッツ。ちょっと待ってろ。それとも混ざるか?」

「やだよ。俺、一対一が好きって言ってるじゃん」

「この臆病者」

「へ~んだ、何とでもいえ」

 軽口を叩きながら、激しさを増すギルバートと女から目をそらして、ソフィアに手を振る。

「元気?」

「もちろんさ、大臣閣下」

「やめてよ、ソフィアまで……」

「今やこの国の軍事的な頂点はお前なんだから、愛想よくしておかないとね」

「……無理だよ、本当に無理」

 がっくりとうなだれて溜息をつく。テーブルの上を見ると、高価な蒸留酒と伏せたままのグラスが置かれている。ベッドをみてもう少しかかりそうだと踏んで、蒸留酒をグラスに注ぐ。

「ソフィアは?」

「ん、貰うかな?」

「じゃあ僕も」

 隣に座ったジェイムズが新しいグラスを出してきておいた。それにも注ぐ。熟成された香りを楽しみ、舌の上で転がして味わう。これは高価だ。

 しばらく黙ったままぼんやりと物思いにふける。慣れとは恐ろしいもので、ベッドの声すらただの雑音だ。

 しばらくすると裸でギルバートと戯れていた娼婦達が服も身につけずリッツの元にやってくる。

「あら坊やじゃない。戻って来たの?」

「久しぶりね、僕ちゃん」

 からかい口調で裸の身体を絡めてくる女達にリッツは溜息をつく。

「その子供扱いやめてくれる?」

「久しぶりだもの。また遊びましょ」

「うん。後で遊んでよ」

 派手に音を立ててその肌に口づけると、女達は笑いながら部屋を出て行く。たった一年前だというのに、あの頃が懐かしいと思ってしまった。疲れているのかなと思う。

「待たせたな」

 逞しい身体にバスローブを巻いて、ギルバートがどっかりとソフィアの隣に腰を下ろした。いつものようにソフィアの吸いかけの煙草を奪って咥える。

「人呼んどいて楽しみすぎだ」

「仕方ないだろう。お前を待たせても女を待たせるわけにはいかないさ」

「ひでぇ……」

 むくれたリッツを一顧だにせず、ギルバートはソフィアに目配せする。頷いて立ち上がったソフィアが手にして戻ってきたのは、一枚の紙だった。

「何これ?」

 手渡されたそれには、人名がびっしりと書かれていた。尋ねたリッツに軽く笑みを返し、ギルバートが全く違う問いかけをしてきた。

「エドワードが王太子のままいるって聞いたな?」

「うん」

「すぐに即位をしない選択は実のところ危険だ。エドワードを暗殺すれば王位が宙に浮く」

 考えてもみなかった言葉にリッツの心が冷静さを取り戻していく。緊張感を持ってギルバートを見ると、ギルバートは頷く。

「お前が大臣になった理由の一つもこれだ」

「どういう意味?」

「お前の世間から見た印象を知っているか?」

「? 分からないけど?」

「エドワード王太子の犬。綺麗だが意思を持たない、剣術だけが取り柄の、馬鹿な操り人形だ」

 綺麗以外は本当のことでは? そう思ったがことはそう単純ではなさそうだ。

「綺麗は無いだろ」

「あるさ。黙って俯いていれば描きたくなるほど怪しげで綺麗だとラヴィも言っていたしな」

「……口を開いたら駄目なんだな」

「口を開いたらただの馬鹿だからな」

「まあね……」

 知的さが欠片もない自覚はある。

「なにせ今までの王族が酷すぎただろう? それに引き替え、エドワードには醜聞がまるで無い」

 何しろ実の兄弟の一人は殺戮を好み、もう一人は性別年齢関係なく、片端から犯しまくる恐怖の性欲魔だ。

「まあそうだけど……」

「そんなエドワードの隣に黙っていれば綺麗だと言われるお前が常にいる。それゆえ性的な慰みになっていると勘ぐる奴も居る」

「あ~、なんというか……俺って……」

 分かった。反省する。もう少しエドワードとは距離を持って接しよう。怪しまれるほどには接し方が近すぎたのかもしれない。

「それで何?」

 自己嫌悪を抱えつつ続きを促す。

「グラントはどう見られている?」

「そりゃあもう、公正平等潔癖完璧な頑固者の石頭」

「では、不穏分子から見て取り込めそうなのはどっちだ?」

 意表を突いた質問にしばし考え込む。だが答えは至極単純だった。

「……俺?」

「そうだ。実際のお前を知らない者ほど、お前を利用できると考えるだろう」

「俺をどう利用するの?」

「自分たちの手駒にして、エドワード暗殺の味方に引き入れようとするってことさ」

 愕然とリッツはギルバートを見つめた。そんなあり得ないことを考えるものが居るだろうか。

 リッツとエドワードと言えば、切っても切り離せない一対の英雄で、リッツはエドワードの為なら命すら惜しくはないのに。

「あり得ないだろ?」

「俺たちはあり得ないことを知っているさ。だがな、不穏分子は知らんだろう」

「……エドを殺したら、また争いになる」

「そうだな」

「そいつら何がしたいんだよ?」

「自分たちに都合のいいルール作りだろう。このままエドワードの改革が成ってしまえば仕事の旨味がなくなるからな。だがグラントは何があっても動じない。だから傀儡になりそうなお前に不穏分子は接触してくるだろう。何しろグラントをのけられる権力者は、エドワードを殺せばお前しか居なくなる」

「そんな……」

 暗殺など許せない。

 これほどまでに傷ついたこの国を、どうしてそいつらはまた荒らそうというのだろう。その神経が全く分からなかった。

 折角戦いが終わったのに、エドワードはパトリシアと上手く行きかかっているのに。

 言葉も無く拳を握ったリッツに、声を潜めてギルバートが提案した。

「……お前はエドワードのために役者になれるか?」

「え?」

「おそらく今後、エドワードを狙う奴らは出てくる。土壇場で寝返った貴族たちだけじゃ無い。政務部の中にいる貴族だって信用はできない」

「……じゃあどうしたら……」

「エドワードはこれから、王太子として光の当たる道しか歩けなくなるだろう。そのエドワードが暗殺者をあぶり出すために何かを仕掛けるわけにはいかない」

「うん」

「お前が暗殺者を引きつけろ。グレタとハウエルを上手く使ってだ」

 予想外の言葉に、リッツは思わず叫んだ。

「そんなの! 無理だよ!」

 元来分かりやすい性格だと言われるリッツである。今は傭兵としての自分と、エドワードの元にいる自分をわけられたりするようになったが、それを大舞台でやれと言われても無理だ。

「今日は何なんだよ! 大臣になれとか、役者になれとか、無茶ばっかじゃ無いか!」

 叫ぶリッツを、見た事がないほど静かで冷静にギルバートが見つめてくる。

「エドワードの命を守るためでもか?」

 リッツは黙り込んだ。

「お前を暗殺者にしたいわけじゃないし、首謀者を殺そうというわけでも無い。あぶり出し、処分する。これが目標だ」

「でも……」

 自分にできるとは到底思えない。俯くとギルバートの静かな声が語りかけてきた。

「革命軍には裏があった。それをお前は知っているか?」

「知ってるつもりだよ。ハウエルとかでしょ?」

「それだけじゃ無い。シアーズ派を率いていたのは誰だと思う?」

「え……?」

「シアーズで活動し、民衆のために貴族の暗殺すらしていたのは、お前も知っている人物だ」

「知ってる人物?」

「そうだ。その人物が大まかな命令を出し、それをチノとグレイグが実現していた」

「知ってるよ。グレタに聞いたし」

「ではグレイグとチノに命じていた人は誰だと思う?」

「……ギル?」

「違うな。それならばお前にその役割を負えといわんだろう。俺とチノが続けてやる」

「……じゃあ誰?」

 シアーズ改革派は非道を働いた貴族たちを罰するために活動をしていた。それは暗殺と呼ぶようなものであったが、そのおかげで後々貴族と平民の争いは消えていった。

 小さな活動で大きな成果。そして犠牲を払っても目標を果たす確固たる意思の持ち主……。

「もしかして……」

 ようやく気がついた。その人物はもう、この世にいない。

「おっさんか……」

「そうだ。ジェラルド・モーガンが黒幕としてシアーズ改革派の頭脳となっていたのさ。そしてその手足となり、ジェリーの代弁者として動いていたのがグレイグ・バルディアだった」

「そんな……」

「光も影も表裏一体さ。如何に犠牲を少なくするかを考え、裏ルートも含めて実行できる者が、この立場に立つことが出来る」

 ジェラルドという指揮者がいて、影で動くグレイグがいた。二人はずっと離れていたが、シアーズと外とで密接に連絡を取り合っていたのだ。

「じゃあ俺は……」

「そうだな。出来ればエドワードにも隠れて動いて貰いたいと思っている」

 エドワードに隠れて動く。それは以前のリッツなら絶対に拒絶していたことだった。

 でもエドワードに黙ってグレイグの暗殺を見逃し、グレタとあの日以降定期的に肉体関係を持っていることを隠している現在なら、怖い物はない気がした。

 それがエドワードやパトリシアの命を守るためならば、多少の汚れ仕事をしても構わない。

 それに元々リッツは、光では無く闇を好む生き方をしてきた。光を輝かせるためならば、闇に落ちても構わない。

「具体的には?」

「……エドワードの対応に不満があるような顔をして不穏分子を集めるんだ。不穏分子はそれぞれ自分の思いたいようにお前を見るだろう。その通りの人物を演じてやれ」

「例えば?」

「お前が愚かにもエドワードより自分が上だと思い込んでいると思う奴には尊大に、お前がエドワードの男だと思い込んでいる奴には個人の不満を訴えろ。人は思いたいように思い込ませることが一番楽だ。その上で相手に言質を取らせるな」

「……難しいよ……」

 全く出来そうな気がしない。だがやるしかないことだけは分かっている。

「当然情報はハウエルとグレタから上がるようになるだろう。特にグレタに動いて貰う。査察官だと知らない者が多いからな」

「そんで?」

「助けて貰え。お前一人と俺とでは到底無理だ」

「ギルも手伝ってくれるの?」

「ああ。当然だ」

 それだけで少しホッとした。突然情報戦に引き込まれてもどうしていいか分からなかったのだ。ギルバートが関わるだけで少し気が楽になった。

「先ほど渡したのが、グラントが政務部と残った貴族を仕分けし、反乱要素があるかもしれないと判断した人物のリストだ。ハウエルを通してそいつらに暗殺計画を持ちかける。お前が出るのはある程度の人数が揃ってからになる。それから色々いって時間を引き延ばせ」

「それで?」

「実際にエドワード暗殺の決行日を決め、その日その場所に来た奴らはまとめて投獄する。抵抗するようなら、やむを得ないから斬るさ」

「……なるほど」

「期限はエドワードが王位を継承すると決めるまでだ。エドワード的には、豊穣の季節の後に十分な税が集まったら王位継承式を行う予定らしい」

「決行期間長くない?」

「半年ぐらいなもんだろう。その間、エドワードには何も言うな。お前が囮になると知れば、エドワードは躊躇するだろう。ジェラルドを失ったばかりだからな」

 リッツは小さく溜息をついた。 

 演技をする。

 精霊族の戦士であり、エドワードの親友であるのに、それを不満に思っているように暗殺を企む人間に信じさせる。

 そして暗殺を企む輩を、まとめて処分する。

「まさか仲間にまで裏切り者だって疑われたりしないよね、俺?」

「しないさ。事前に全員が承知している」

 エドワードの命を守るために耐える六ヶ月なら、十分出来そうな範囲だ。

 少々演技的には厳しいものがありそうだが、これはグレタとハウエルに聞くしか無い。

「いいぜギル。もうおっさんはいないし、グレイグも死んだ。正面切って俺の剣技を使う場所も無いんだ。役に立つなら役者になってやるよ」

 初めて経験することだが、それはいいわけにしかならない。もし失敗すれば死ぬのはリッツでは無くエドワードである。

「いい心がけだ」

 ギルバートがいつものように不敵な笑みを浮かべた。

 ジェラルドが死んでもギルバートは変わらなかった。

 強いなと思う。

 こうなりたい。

 ギルバート・ダグラスのように、強い男になりたい。

「じゃあ教えてやるよ。傭兵流の演技をな」

 バスローブの堂々とした出で立ちのギルバートは、楽しげに宣言した。

争覇の終極はこちらで終了です。お読みいただきありがとうございました。最初から決まっていたこととはいえ、ジェラルドとグレイグとのお別れは書くのが辛かったです。ですがここからエドワードの王太子としての日々が始まることとなります。ここから始まるのは正面からの戦いではなく、陰謀を巡る戦いになります。少し今迄と雰囲気が変わっていきますが、また次巻『不軌の権謀』でお会いできれば嬉しいです。

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