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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
争覇の終極
135/179

<14>

 不意に割り込んできたのは、ジェイドの声だった。だがジェイドのいた場所にいたのは、黒髪に褐色の肌、尖った耳を持つ背の高い男だった。

 みなこの人種を口伝てでしか知らないだろう。でもリッツは知っている。

 この姿、これが本当の闇の一族の姿だ。

 母と同じ。

「怪我で変装していられなくなったのか?」

 再び剣を構えてジェイドに問うと、ジェイドも密やかに笑う。

「もうあの姿でいる必要が無いでしょう?」

「そうだな」

「ふふ。皆様、お初にお目にかかります。私はゼウム神国大神官直属のヒスイと申す者」

「ヒスイ……」

 母が時折使う言語で響いたその音は、妙に心地よかった。自分にも同じ闇の血が流れているからだろうか。

「ゼウムの言葉でジェイドはヒスイ。あの姿とこの姿は似て非なる者」

 ふと後方から気配を感じてリッツは振り向きざま剣を振り上げた。

「くっ……」

 受け止めた剣の先にいたのは、またしても死人だった。だが今までの死人と違う。

「偽王太子、殺す」

 ひときわ眩い勲章と階級章を身につけたその死人は、言葉を口にした。これはハロルドとルイーズと同じだ。

 重たい剣だ。いや異常な剣だ。

 この男は強くは無かったはず。なのに何故こんなに重い?

「ファーガスっ! だったよな!」

 剣を受け止めて訊ねる。

「王太子の犬が……平民風情が……」

 言葉を口にするのに、かみ合いはしない。

「くそっ! どこに隠れていやがったっ!」

 呻きながらリッツは剣を振るった。

 一撃で殺せる場所に打ち込んでも、ファーガスだった者は全く動じない。

 心臓も、頸動脈も、腹部も……全然効果が無い。

「加勢する!」

 共に飛び込んできたエドワードも斬りつけても斬りつけても死なない男に苦戦する。

 腕を切り落とそうとしても、腕には堅い鎧を身につけていてどうにも上手くいかない。

「偽王太子、殺す」

 ファーガスの力任せの剣が目の前をかすめた。

 すんでの所で避けて再び斬りつけようとした途端、後ろから殺気を覚えてとっさにそちらに剣を振るう。

「ジェイドっ!」

「ヒスイ、と申し上げましたよ?」

「くっ!」

 振り返ると、遊撃隊の面々が数人こちらに向かって駆けてきた。本隊に死人を押さえつける役を半ば押しつけてきたようだ。本隊兵士は悪戦苦闘しながら死人を押さえている。

 目の前をファンの飛刀が飛び、ジェイドを襲う。だがそれは強い風によって、簡単にはたき落とされた。

「面倒だね、風使いは」

「そうかな?」

 ファンに笑顔を見せつつ、共にジェイドの前に立ったのはラヴィだった。

 その隙にファーガスとギルバートが向かい合う。

「ようやく俺たちが割り込めるな」

 いつもの闊達な口調で笑うギルバートに、エドワードが微かに申し訳なさげに笑う。

「すまない」

「構わない。ここは俺たちに任せてスチュワートを探すんだ」

「分かった」

 この部屋にはいないのか? だとしたらいったいスチュワートはどこにいるのだ?

 エドワードを見ると、考え込んでいるのが分かった。きっと潜んでいられそうな場所を考えているのだろう。

「もう一度執務室を見てみるか?」

 そうエドワードが口にした時、想像していなかったことが起きた。

 本隊に押さえられていたはずの死人達がゆっくりとバルコニーに向かって進み出したのだ。

「なっ……」

「ロープはどうした!」

 ギルバートの叱咤に、本隊兵士が怒鳴り返す。

「誰かに斬られました!」

「斬られただとぉ?」

 焦る本隊兵士たちをよそに、死人達は同じような速度で真っ直ぐに進んでいく。ようやく戦う場所ができた応接の間は、あっという間に死人で再びいっぱいになる。

 ファーガスとジェイドの方へと歩いて行くのかと思ったが、何故か死人はその状態で立ち尽くし、動きを止めた。どうやらもう戦いに興味は無いかのようだ。

 死人に囲まれて愕然としていると、不意に殺気を感じた。それは生きている人が放つ殺気。

 反射的にエドワードを自分の方に力任せに引き寄せて剣を抜く。

「リッツ?」

 勢い余って床に転がったエドワードの声を背に聞きながら、リッツは目の前の男を見つめた。

 その男が持つナイフには、まだ新しい血が滲んでいた。

「エド! 怪我は?」

「え……? あ、大丈夫だ。斬られたけど軽傷だ」「よかった」

 死人に紛れ、そこに立っていた男を、リッツは静かに睨みすえた。

 エドワードも自分を斬りつけた男が誰なのか、すぐに理解する。

「……スチュワート」

 束ねられた金の髪は血と死者の汚物で汚れ、美しいと言われたその顔からは血の気が失せている。

 落ちくぼんだ青い目は見開かれたまま動かない。

 そして痩せた顔を覆っているのは、恐怖と絶望の表情だった。

 立ち上がったエドワードが、ゆっくりとスチュワートの前に立つ。

「久しぶりですね、兄上」

「え、エドワード……」

「なかなか興味深いお出迎え、ありがとうございます、兄上」

 静かだが、静かな中に深く怒りが込められている。先ほどのように目先の見えない怒りでは無い。深く静かで冷静な怒りだ。

 そのエドワードに怯えたようにスチュワートはよろめいた。

「兄上と呼ぶなっ! 下賤な者から生まれたお前なぞ、弟とは認めぬ!」

 声を震わせ、スチュワートは叫ぶ。それにエドワードは冷ややかに答えた。

「私もあなたを兄とは思いたくない」

「な……」

「愚かな偽王スチュワート。このような死者ばかりの城を、あなたはどうするつもりだったのですか?」

 一歩エドワードが前に出れば、スチュワートは一歩引いた。

「来るな、エドワードっ!」

「あなたは愚かな男だ」

 断じられたスチュワートの顔から更に血の気が引き、次の瞬間に頬に赤みが走った。

「余は愚かでは無い! 愚かなのは貴族共だ!」

「何を……」

「散々余を持ち上げて置いて、この状況で降伏を勧めるなど、言語道断では無いか!」

 唾を吐きながら、口の端からよだれを飛ばしながらスチュワートは喚く。

「みなあやつらが悪いのだ。降伏しようなどと申すから……だから余の忠実な僕としてやったのだ!」

「死人として?」

「王に楯突く罰ぞ! 何が悪いのだ!」

 リッツは息を呑んだ。この死人達はスチュワート一人の我が儘に寄って作られたのだ。

 彼の命令に従わなかった、降伏をするようにスチュワートに願い出た。

 それだけで皆殺されてしまった……。

 そして死後もこのように死人として利用されている。あまりにも酷い行為だ。

 王なら何をしてもいいなんてことはあり得ない。人の命を何だと思っているのだ。

「最悪だ」

 気がつくと口に出していた。

「何をいうか、エドワードの犬め!」

「あんた、やっぱり最低だ」

 何という身勝手か。

 シアーズの民を散々苦しめ、殺害してきた上に、自分の命令を聞かない者は全て処分など、愚かにも程がある。

「エド」

「なんだ?」

「終わらせていいな?」

 答えを待たずにリッツは剣を構えた。

「俺がこの手で」

 僅かに後ろに下がりつつ、エドワードに確認する。

「本当にいいのか?」

「うん。決めたし言ったろ?」

 エドワードには、決して兄弟殺しはさせないと告げた。だからここで彼を討ち取るのはリッツの仕事だ。

 死人に紛れてエドワードを暗殺しようとしておきながら、スチュワートはまるで自分が被害者であるかのような顔をした。

「余を殺すのか!? 余を殺せば尊き王族の血が絶えるぞ!」

「いらない」

「王族ぞ? この国を統べる血を引く者ぞ?」

 スチュワートは心底驚いているようだった。

 今まできっと、王族に反論する人間などいなかったのだろう。

「王族の血が絶えれば国が絶える! 余を殺すなど愚かだ!」

 愚かなのはどっちだ。

「エドがいるからいい」

「そうだ、お前、エドワードなど捨てて私の臣下にならぬか?」

「は?」

「あやつの血は汚れておる。父は王といえど、母は下賤な売女だ。だが余は父は王、母は公爵の血筋。由緒ある血筋だ」

 くだらない。くだらなすぎる。血筋が何だ。そんな者に何の価値がある? 王として必要なのは、そんなものじゃないはずだ。

「嫌だね」

「では大臣の地位を与えてやろう。王国軍総指揮官はどうだ? 余はまだこの国の王ぞ。地位も名誉も思いのままだ」

 必死に笑みを浮かべるスチュワートに、吐き気を覚えた。答えることすら馬鹿馬鹿しい。

「そうだ、おぬしに侯爵位をやろう。貴族が沢山死んだ。だから新たに貴族に任じてやる」

 よく動く口だ。もうそろそろ飽きてきた。

「俺はエドワードの友だ。そういうのはエドに貰うからいい。あんたに貰っても嬉しくないし」

「はっ、所詮エドワードは王たる者が何なのか分かっておらぬ。余は生まれ持っての王族だ。余が王としてふさわしいに決まっておる!」

 こんな奴のせいで、あんなに沢山の人が死んだ。

 ローレンも、ジェラルドも死んでしまった。

 許せるわけが無い。

 リッツは無言のまま剣を振るった。

「ひっ! ひぃっ!」

 無様な悲鳴を上げてスチュワートが逃げる。

「与太話は終わりかい?」

 見下しながら聞くと、再びリッツは剣を振るった。もちろん脅すためであり、本気では無い。

「誰か、誰か余を助けよ! 誰か!」

 スチュワートの悲鳴が、空しく死者の間を流れていく。自分で貴族をみな死者にしてしまったのに、今更誰が助けるというのだろう。

「ジェイド! ジェイド、我を助けよ!」

 スチュワートの叫びに、答える声が無い。未だジェイドは交戦中だった。

「みっともねえんだよ! 逃げ回るなよ!」

 死人をかき分けてスチュワートを追う。

 何故か一斉に立ち止まった死者は、障害物となってリッツの行く手を阻み、スチュワートの逃亡を助けている。

「くそっ! 邪魔だ!」

 これでは剣を振るえない。

 見え隠れするスチュワートに苛立ちながらスチュワートを追う。

 その時だった。

「死者よ! 進め!」

 ジェイドの声が響き渡った。

「え……?」

 戸惑うリッツの目の前で、死者達はバルコニーへと向かっていく。

 まるでそこにも地面があるかのように、死者達は平然と手すりを乗り越えてゆく。

 階下から悲鳴が上がった。

「……何が……」

 エドワードの呆然とした声が聞こえた。

 我に返ったリッツは、死者達が無言のままバルコニーから次々に落ちていくのを見た。

「何? 何だよこれ……」

 死者達の死の行進は、ゆっくりと、だが確実に続いている。

 あふれ出てくる死者達に阻まれ、ダグラス隊の面々も身動きが取れなくなっているのが分かった。

「リッツ!」

 鋭く名を呼ばれて、リッツは我に返る。追っていたスチュワートがバルコニーにいたのだ。

 まさか飛び降りるのかと思った時、唐突に風が吹き下ろし始めた。

 その風には覚えがある。エドワードが降伏勧告をしたのと同じように、人の声を届かせるあの風だ。

「何を……」

 エドワードが呟いたその瞬間だった。

 スチュワートはテラスの欄干から身を乗り出し、階下に向かって叫んだのだ。

「助けてくれ! 私は何もしていない。私は闇の精霊使いに操られていたのだ。私は何も知らない、何も分からないのだ!」

 絶叫は王城と王宮全てに響き渡った。

「き、貴様っ!」

 リッツはスチュワートに飛びかかった。だがスチュワートは喚くことをやめない。 

「私に罪はない! 操られていただけだ! 私は何をしていたのだ? 何の記憶も無い、助けてくれ!」

 残忍なスチュワートが涙を流し、鼻を垂らしながら泣き叫んでいる。

「は、母君、リチャードっ! 父上っ!」

「全部お前のせいで死んだろうが!」 

 怒りでリッツの目はくらんだ。この期に及んで命乞いを……しかも外へ向かって。

「そんなことで罪を逃れられるものか……」

 どこまでも汚い男だ。リッツを味方に引き入れられなかったから、今度は自分だけが生き残る方にかけたのだ。

 苛立ちが絶叫が迸る。

「今更そんなこと言って、聞く者がいるか!」

 怒鳴りつけてリッツはようやく死人のいなくなった空間で剣を振り上げた。

「お前も死ねよ!」

 ところがそれは遮られた。

 ラヴィとファンによって深手を負いつつもジェイドが欄干にひらりと立ち、冷酷に告げたのだ。

「私は闇の一族ヒスイ。我が主、闇の精霊王の命の元、ユリスラを滅ぼしに来た。この哀れな馬鹿者を利用したのだ。母も息子も、面白いほどに踊ってくれたぞ」

 リッツはハッとした。そしてスチュワートとジェイドの意図に気がつく。

 身を乗り出すとテラスのしたには、無数の死人達の姿と、そして……。

「……やられた……」

 エドワードの呟きが耳に届いた。

 テラスから見下ろしたそこには、沢山の人々がいた。本隊、降伏した人々だけでは無い。

 ウォルターやパトリシアに助けられた平民達、そして今死人となってつぶれても尚もがいている貴族たちの沢山の親族達……。

「……こんなことって……」

 リッツの呻きに、エドワードが憎々しくスチュワートを見据える。

 スチュワートは負けることを悟っていた。そして自分だけは助かろうと考えたのだろう。

 その考えを後押ししたのはジェイドだった。

 ジェイドは貴族の男だけを殺して死人とし、他の親族や女官、侍従を殺さずに王宮に閉じ込めていたのだ。

 そして彼らが救出され、この王城前でエドワード達が王城攻略を告げるのを待つだろうと分かっていた。

 だから……こうしてスチュワートは操られていただけで罪がないと、同情を受けられるように仕向けたのだ。

「王族を操り、闇の精霊王の敵である光の精霊王が愛するユリスラの民を殺すことは、我ら一族にとって愉快であった。貴族、平民といがみ合い殺し合うその姿は美しい。闇の精霊王にはさぞ喜んでいただけたであろう」

 ジェイドの言葉はスチュワートの無様な姿を裏付けていく。案の定、下から見上げる人々の憎しみがジェイドに向くのが分かった。

「残念ながら、我が精霊王の願いである王国の崩壊はエドワードに邪魔立てされた。だが我ら闇の一族は再びユリスラに牙を剥くだろう。それまで精々楽しく暮らすのだな!」

 一息に言い切ったジェイドは、こちらを振り返って微笑んだ。

「こんなところですかね」

 室内は異常に静まりかえっていた。未だにバルコニーから助けを求めるスチュワートと飛び降り続ける死人以外、誰も動くことができない。

 リッツは歯を食いしばった。

 許せるわけがない。

 スチュワートはどれだけの人を殺したのか分かっている。操られたのでは無く、自らの意思で戦い、人を惨殺してきたのだと分かっている。

 だから……だから……。

 リッツはゆらりと立ち上がった。

 テラスから下に向かって助けを求めるスチュワートに向かって剣を構える。

「許さねぇ……」

 一瞬にして間を詰め、リッツは剣を振りあげた。目の前でスチュワートの瞳が恐怖で見開かれる。

「見ておるぞっ! 民が見ておるぞっ!」

「うるせぇ、お前なんぞ許すかよ!」   

 スチュワートの首をひと思いに切り捨てようとしたその瞬間、鋭く制止の声が投げかけられた。

「やめろっ!」

 スチュワートの首を、うっすらと剣の刃が滑った。目の前で白目を剥いて失禁し、スチュワートが崩れ落ちる。

 後一秒、たった一瞬あれば殺せた。

 生かしておいていい奴じゃ無い。この男に罪があることは明らかだ。

 なのに……なのに……。

 悔しさに歯ぎしりする。

 止めたのはエドワードだった。

「駄目だリッツ。ここでこいつを殺したら……俺は貴族の命で革命軍と戦った兵士に恩赦を送れなくなってしまう……」

 それは苦渋に満ちた声だった。

「そんな……」

「利用されただけの男を殺してしまえば、家族のために苦渋の決断で戦った兵士の降伏を受け入れられなくなってしまう」

「そんな……だってこいつは!」

 沢山殺した。戦場でも、街でも。

 この王城でも!

「こいつだけは、殺さなきゃ駄目だろ!」

 絞り出した声に応えたのは、本当に悔しげなエドワードの声だった。

「すまないリッツ……」

 謝ること無いんだエド。悪いのはこいつだ。

 リッツは無言で人から見えないスチュワートの後頭部を殴りつけた。すでに気絶していたスチュワート口から泡を吐いて横倒しになる。

 床に倒れた男にリッツは苛立ち、蹴りつける。

 これぐらいなら階下から見えないだろう。

「本当にすまない……」

「……お前が謝るなよ。お前が一番悔しいんだから」

 心が痛い。

 これで終わるのか?

 これは勝ったといえるのか? 

 黙り込む彼らの前で、深手を負ったジェイドが階下に向かって告げる。

「我は死人使いにして闇の使い。人を操る者。我はここに死すも、闇の精霊王の偉大な御心が大陸に広がるよう祈る」

 ゆっくりとジェイドの身体がかしいだ。体中の傷から夥しい血が流れている。

 室内を振り返ったジェイドは、何故かリッツを見て微笑んだ。あくまでも優しい表情だった。

「君には懐かしい面影がありますね」

「……え?」

 意味の分からぬ言葉に戸惑うリッツに関係なく、ジェイドはただ満足げだった。

「さあ、火種は残しました。大神官様……」

 聞き返す間もなく、ジェイドはゆっくりとテラスから落ちていく。

 あまりに突然の事に、誰もそれを止めることはできなかった。

 あまりの後味の悪さに、リッツは座り込む。

 これで本当に終わったのか、戦いが?

 華やかだとか、明るい戦争の終わりなんて無いだろう。でもこれでいいのか。

 こんな終わり方で。

 ふと視界に入ったのはギルバートの姿だった。ギルバートは立ち尽くすエドワードの背を叩く。

「ギル?」

「戦いは終わりだ。無駄な戦いを終わらせるために、お前が勝利宣言をしろ。例えどんな状況での勝利であったとしても、大切な人を失ったとしても、お前は今、この国の頂点に立ったんだ」

「頂点……」 

「そうだ。分かるな、エドワード」

 俯いたままだったエドワードは顔を上げた。一人バルコニーに向かおうとするエドワードにようやくリッツは我に返った。

 一対の英雄ならば、共にあらねばならない。ジェラルドがいない今、エドワードを支えるのはリッツなのだから。

 よろめきかけたその背を、リッツはしっかりと支える。微かに振り向くと、リッツの数歩後ろにはギルバートがいた。

 そしてテラスから見下ろす階下には、コネル、パトリシア、ウォルター、その他諸々の革命軍の人々が立っていた。

 ジェイドの死んだ今、死人は死体に戻っている。死体と血に塗れた庭園に立つのは、この戦いを生き延びた者たちだ。

「リッツ」

 エドワードが微かな声でリッツを呼ぶ。

「うん」

「隣にいるよな?」

「いるよ。決まってるじゃん」

「ずっと、いるよな?」

「ずっといるよ」

 唇を噛みしめエドワードは顔を上げる。

「ありがとう」

 リッツの肩を軽く叩いて、エドワードはテラスに立った。一瞬目を伏せ、それから小さく息を吸い込む。

 顔を上げたとき、そこにあるのは自信に満ち、全てを従える王太子としての表情だった。

 光の精霊王の如く眩く、人々を導く正しき瞳を持つ、英雄。ただ一人のユリスラの救い主、英雄エドワード・バルディア。

 全ての人が望むエドワード像がそこにある。

 今までの苦悩や疲れは一切出さず、エドワードはいつものように凜とした瞳で階下の人々を見下ろしている。

 その姿に階下の人々の視線があつまり、ざわめきは静まった。テラスへと吹き込む風が、エドワードの肩よりも長くなった金の髪を揺らす。

「革命軍、及び貴族に虐げられつつも生き延びてきた心強き諸君、皆に告げる。

 戦いは我ら革命軍の勝利で終わった。偽王スチュワートは捕縛され、国家を転覆させるべく暗躍していた闇の一族は我らの手により滅びた。

 これ以上の戦いは無意味である。

 我らはこれ以後、戦いよりも共に栄える共栄の道を歩み、このユリスラを平穏に生きられる国に変えていくのだ」

 信念に基づく、揺るぎない勝利宣言だった。人々の視線を一身に浴び、エドワードは堂々と宣言する。

「私、王太子エドワード・バルディアの名をもって、この内戦の終結を宣言する!」

 言葉がさざ波のように人々の中に浸透していく。前にリッツが例えた、円心上に広がる波紋のようにエドワードの言葉が広がっていく。

 やがてそのエドワードの言葉は、民衆の声になってエドワードの元に返ってきた。

 拍手が起こった。それはうねるように徐々に激しく熱狂的なものとなり、そして人々の歓喜の声が重なった。

 王城の門からは、シアーズ市民達が雪崩れ込んでくる。口々にエドワードを讃える言葉を叫びながら、熱狂的な喜びに身体を震わせている。

 隣に立ちながら、リッツはエドワードの横顔を見つめる。

 お前はこの人達みんなの期待を背負っているんだな。それを背負って生きていくんだな。

 俺ごときのちっぽけな依存心よりも、お前にはそれを背負う輝きの方がよほど似合うよ。

 視線に気がついたのか、エドワードはリッツに笑いかけた。民衆もエドワードの視線を辿り、リッツの存在を思い出す。

 やがて聴衆の歓喜の声に、リッツの名も混じる。

「エドワード王太子、万歳! エドワード王太子、万歳!」

「精霊族リッツ・アルスター、万歳!」

「ユリスラに平和あらんことを!」

 その声は大きなうねりとなって、いつまでも耐えることがなかった。


 ユリスラ王国歴一五三六年二月。

 ティルスの焼き討ちに始まった、ユリスラ王国の内戦はこの日、革命軍の勝利によって幕を閉じた。


 ……表向きは。

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