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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
争覇の終極
131/179

<10>

 王城内に突入したエドワードは戸惑った。同じように隣に立っているリッツも想像外の光景に狐につままれたような顔をしている。

 王城のエントランスホールは天井の高い空間だ。アーチ状の入口と、それを支える見事な彫刻が施された柱の間を抜けて入った空間は、光が溢れている。

 それはエントランスホール正面にある中庭からの光だ。入口のアーチと同じ形に作られた大きな嵌め込み式の巨大な窓の上には、まるく作られたステンドグラスがはまっている。

 それはユリスラ王国の守り神とされる光の精霊王や、女神エネノアを描いたものであったり、初代国王とその友だった精霊族の姿も描かれていた。

 そこから落ちる色とりどりの光も、大理石で作られた白く輝く床に美しい模様を映している。

 エントランスホールに集う遊撃隊、騎兵隊、本隊の面々約五百人も戸惑っていた。

 人々が行き交い、喧騒に満ち、軍人だけではなく政務部の人々、貴族、商人、様々な人々が行き交う、王城一賑やかな場所がこのエントランスホールのはずだ。

 いや、はずだった。

 それなのにここは異常に静かだ。人の気配がないからこそ、造形の美しさが目に入ってくるのだが、何故かそれが空恐ろしい。

 やがて耐えきれなくなったかのようにリッツが呻いた。

「……何で、誰もいないの?」

 人が溢れていると想定していた広い一階エントランスホールには、誰一人いなかった。

「さっき戦った近衛兵達と兵士たちだけで貴族全部ってことはないよな?」

「あるわけがない。あれで全員だったら、大貴族が一人も王城に避難していないことになるだろう?」

「そうだよな」

 待ち伏せをしているとしたら、このエントランスロビーでいいはずだ。入口は狭いのだから、革命軍が侵入してきた時に有利に迎え撃てる。

 だがその有利を捨ててまで貴族たちがどこに行ったのか、全く見当がつかない。

「何だか嫌な予感がするな……」

 呟いたのはジェラルドだった。近衛兵達と戦っている二千五百人の指揮は、コネルの副官であるチャックと、コネルの参謀ドノヴァンに託してこちらへ回ったのだ。

 これでコネルとの連動がスムーズに行くはずだ。

「みんな逃げちゃったとか?」

 軽い口調のリッツに、エドワードは溜息をつく。

「どうやって、どこに?」

「ん? 裏山とか?」

「王城の? 狼がいるし急峻なのにか?」

「あ~無理か」

「……王宮という可能性は?」

 口にした途端リッツが動きを止めた。王宮へ向かったのはパトリシアだ。ウォルターが率いているとはいえ、もし大勢に待ち伏せされていたら酷い事態になりかねない。

「それはちょっと嫌な想像だなぁ……」

 顔をしかめながら呻いたリッツだったが、ギルバートが二人の不安を笑いで吹き飛ばす。

「それならば問題は無いだろうな」

「……だが、ギル」

「ウォルターは王国軍の双翼の片割れだぞ? 信頼して任せたのは、お前さんだエドワード」

 正論だ。パトリシアを心配するあまりに、任せた人物を疑ってはいけない。

「そうだな。悪いギル。忘れてくれ」

「いいさ。いくらお前さんでも、好きな女相手じゃ冷静さを保てないだろう」

「別にそんな……」

 からかい口調のギルバートに慌てて否定すると、何故かジェラルドが身を乗り出してきた。

「ほぉ……それは聞きづてならんな」

「ジェラルド……」

「この戦いが終わったらじっくりと話を聞こうじゃないか。だがエド、まだパトリシアはやらんぞ」

 そうだった。一人娘のパトリシアを、ジェラルドは溺愛しているのだ。戦場にいる時は共に戦う者として娘を見ているのだが、彼女の周りに寄ってくる男に対しては容赦がない。

 それはエドワードやリッツでも同じことだ。友達として共にいる二人に向かっては笑うだけだが、ひとたび恋愛話になどなると結構面倒だ。

「パティを貰うなんて一言も言っていないよ」

「……どうかな」

「怪しいんだぜ、エドとパティ」

 リッツまでも混ぜっ返す。

「ほぉ……」

 ジェラルドの目が鋭い。エドワードは小さく息をついた。

「ストップだ。やめておこう。戦闘は遊びじゃないってまたグラントに怒られる」

「……それもそうだな」

 あっさりと引いたジェラルドは、ギルバートに向き直った。

「ギル、推測は?」

「あの二人は確実にできているな」

「なるほど」

「ちょっと待ってくれ! なんの推測だよ!」

 あまりにふざけたギルバートの言葉と、それにあっさりと乗ったジェラルドにエドワードはつい声を上げてしまった。

 だがそれはギルバートにとってはちょっとしたからかいでしかないらしく、楽しげに口の端を上げて笑う。

「違ったか?」

「違うだろ」

 深々と溜息をつく。ギルバートがいると、こんな緊迫した場面でもすぐに緩んでしまう。

「それで正直、ギルバートはこの状況をどう考える?」

 ジェラルドに変わって尋ねると、まだ笑みを残したままだがようやくまともな答えが返ってきた。

「どこかに隠れていると考えるのが妥当だろうよ」

「そうだな」

 同意したジェラルドに、エドワードは考え込む。

「でも静かすぎないか、ジェラルド」

「それが不気味ではあるが、それこそ調べんことには何も分からないだろう?」

「それもそうだ」

 それならばここに居る五百人をわけて、軍務部の各部署を一つずつ制圧していくしかないだろう。

 このまま玉座の間、国王執務室を目指せば、王城最奥にある場所ゆえ貴族に取り囲まれる可能性があるのだ。

「百人ずつ五組に分けて探ろう。ギル、危険は好きかい?」

「大好きだね。この戦いは歯ごたえがなさ過ぎる」

「それなら最も戦力の高い遊撃隊に、本隊の百人を連れて三階から下へ向かって捜索をお願いしていいかな?」

「殿下は一階から上に向かってか?」

「ああ。三階にはバルコニーとそれに付属した大きな王族控え室がある。そこも見てきて欲しい」

「了解だ」

「リッツ、ギルと一緒に行ってくれるか?」

「了解」

「ジェラルドと俺は一階から上に上がっていく」

 ギルバートとジェラルドは二人ともこの王城に勤めていた経験がある。隊を二つにわけるなら慣れた者がいる方がいいだろう。

 何しろエドワードもリッツも、王城内部については図面でしか知らないのだ。

「集合場所は玉座の間の前としよう。二階で最も大きな部屋はあそこだ」

 おそらく権力にしがみつくスチュワートが最もいそうな所はそこだろう。もしそこにスチュワートがいるならば、何らかの手段が講じてられているだろうし、罠が仕掛けられている可能性もある。

 それならばそこだけは全勢力で当たりたい。そう考えてのことだった。

 未だ外の喧騒が聞こえる中で、手早く兵力を二分し、気味が悪いぐらいに静まりかえっている王城の探索に入った。

 結論として、人の気配はどこにもなかった。

 だがその光景が異常としかいいようがない。

 一階の食堂には、食事をしていた形跡があった。残されていた食料を見ると、かなり乏しくなっていたと思われる食事だったが、それでも飢えている人々が残して消えることなどあるのだろうか。

 それぞれの部隊の指揮官室はほとんどが綺麗に整えられていた。戦場に出る前に片付けていき、返ってこなかったものが大半だったのだろう。

 だが中には、焼き菓子とコーヒーが置かれたまま主だけがいなくなった部屋もあった。軍服すらも掛けられたまま、部屋の主だけが消えている。

 しかもその飲み物の状態や残された食べ物の状態から分かるのは、人々が消えたのは昨日か今日だということだ。

 コーヒーはまだ液体で残っていたし、食べ物も完全にひからびていなかった。

 徐々に大きくなっていく胸騒ぎにエドワードは幾度か眉間を揉んだ。

 おかしい、何かがおかしい。

 スチュワートという男は、自分を賞賛してくれる取り巻きがいなければ生きられない男だ。そんな男が誰もいないこの城の状態に耐えられるわけがない。

 それとも王宮に逃げ込んで、現実から逃れ女遊びにうつつを抜かしているのだろうか。

 だがスチュワートは女よりも権力を振るうことを喜びとしている。そんなことはあり得ない。

 これはいったいどういうことだ? まるで城から丸ごと人が消えてしまったみたいだ。

 更に奇妙だったのは、ジェラルドがみつけた妙な記号のような落書きだった。それは一階から等間隔で大理石の床に書き込まれていたが、その文字は見た事がないもので読むことができなかった。

 落書きは何故か点々と書かれており、案内のようにエドワード達が向かう目的地へと続いていたのだ。

 最後の文様が書かれていたのは、玉座の間の入口だった。

「これは……なんだろう?」

 最後の紋章を手で辿る。

「さあな。ただの落書きならいいんだが」

「……読めない文字っておそらく……」

 顔を上げたエドワードはジェラルドの深刻な表情で理解する。

 これはおそらく、闇の一族の文字だ。

 いったい何の意味があるのだろう。今まで見てきた文様からは何も感じ取れなかったのだが。

「エド!」

 顔を上げると、リッツが手を振って駆け寄ってきた。人だけが消えたこの城の不気味さに不安を覚えていたせいか、リッツやギルバートなど、見知った顔を見ただけで少しホッとした。

「リッツ、どうだった?」

「だーれもいないよ。コーヒーだけとか、脱いだ上着と鎧だけとか、食べかけの焼き菓子だけとか、そんなのはあったけど、人はいなかった」

 三階も同じ状態だったようだ。

「紋章は無かったか?」

「紋章?」

「これと同じものだ」

 床に描かれた紋章を指さすと、リッツは首を振り、共にいたギルバートも肩をすくめた。

「三階には無かったな」

「そうか」

「何これ?」

「お前、読めないか?」

 リッツは光と闇の合いの子だ。もしやと思って訊ねたが首を振られてしまった。

「俺が文字を読めるわけないじゃん」

 そういえばそうだった。精霊族の文字も読めず、人間の文字すらここ数年で覚えたリッツに闇の一族の文字なんて読みようがない。

「ギルは?」

「読めねぇな」

「そうか」

 一階からここまで続いており、何らかの意味があるとしたら、何かを導くために、一階からここまで描かれたと考えるのが自然だろう。

 だとしたら王城内部の作りを知らない何かがこの紋章を辿って、ここへ向かってくる道しるべだとでも言うのだろうか。

 小さく息をつく。これが何らかのメッセージであるのか、はたまた精霊魔法の一種なのか、闇の一族に詳しくないエドワードには分からない。

 考えても分からないことを考えても仕方ない。

「でエド、そっちはどうだった?」

「これ以外は同じだ。謁見用のバルコニーに続く天光の間はどうだった?」

 玉座の間に次ぐ大きさの部屋だ。玉座のまでなければそこが怪しいと踏んでいたのだ。ところがリッツの返答は奇妙きわまりなかった。

「無かった」

「……は?」

 意味の分からぬリッツの言葉に、つい口調が尖った。リッツは焦ったようにギルバートを見上げる。

「だから、無かったんだってば。な、ギル?」

「本当だ。扉が無くなっていて入る手段が無かったんだ」

「……扉が無い?」

「そうだ。応接の間があったところはずっと壁で、二つあったはずの扉は一つも無くなっていた。この一週間で塗り込めたのかもしれないな」

「塗り込めた……?」

 益々理解できない状況だ。

「じゃあ中に誰かいるということかな?」

 半歩後ろにいたジェラルドに訊ねる。

「籠城中の籠城だな。とりあえず封印してしまっているのなら後から出てくることもあるまい」

「そうなのかな」

 妙な話だ。籠城している城の中で籠城してどうするというのだろう。考え込みそうなエドワードの肩を叩いたのはギルバートだった。

「一応うちの幹部を警戒のために数人残してきた。何かあったら分かるさ」

「そうか」

 見るとラヴィ、ジェイがいなかった。それ以外にも数人が減っていそうだ。あの二人が見張っているのならば少し安心な気がする。

「とりあえず先に玉座の間を確認した方がいいだろう」

 ジェラルドの言う通りだった。見ても分からないぐらいに扉を封印しているのなら、中から出ることも難しいはずだ。

「そうだな。ではまず、ここから始めよう」

 正面のリッツに目配せをする。リッツも頷いた。本隊の兵士たちが数人歩み出てきて扉に手をかけた。リッツの身長の二倍ほどはありそうな巨大な木彫りの扉には、隙間なく幾つもの立派なレリーフが施されている。

 皮肉だなとエドワードは思う。

 その彫刻はいずれも王国建国神話なのだ。つまりこの巨大な扉に描かれているのは、初代ユリスラ国王と、その友だ。

 そしてこの二人を守り神とするこの玉座の間に攻め込むのは、この二人の再臨と歌われるエドワードとリッツなのだ。

「扉が開いたところで、突入だ」

「もちろん俺の役割だな」

 不敵に笑うギルバートに苦笑する。

「危険だよ、ギル」

「危険じゃないとつまらんと言わなかったか?」

「じゃあ、次、俺!」

 はしゃいだように手を上げたリッツを諭したのはジェラルドだった。

「お前はエドの護衛だ。すぐに相棒を置いてどこかに行くな」

「……そっか」

 初めて気がついたような顔で、リッツはエドワードを振り返って無邪気に笑う。

「忘れてた」

「お前ほど友達がいのない奴はいないな」

「わざとじゃないってば、エド!」

 慌てるリッツに溜息を返すと、残った兵士たちを見つめる。そんなエドワードの横から、穏やかにジェラルドがギルバートの肩を叩いた。

「それからギル、悪いが待機して欲しい」

 意外な言葉に、ギルバートが不満そうに片方しかない鋭い目を細める。

「何故だジェリー?」

「遊撃隊を率いて扉の外で待機して欲しい、もし貴族たちが玉座の間におらず、外から大挙して押しかけてきたら、扉を守ってくれ」

 ジェラルドも先ほどの紋章が入口からここまで続いたことを警戒しているのだと分かった。

 確かにあの紋章を辿って何かが来るのなら、軍人としても傭兵としても様々な敵と戦った経験のあるギルバートが適任だ。

 わざとらしい返事で答えたのは、ダグラス隊の副長的な役割を持つファンだった。

「了解。仕方ないでしょうギル」

 大砲の攻略戦に参加しており、合流したシアーズ派の面々にも信頼が厚いファンは、シアーズ派を連れてこちらに戻ってきているのである。

 友に頼まれ、ファンに諭されて食い下がるギルバートではなかった。

「仕方ない。美味しいところは譲ってやるジェリー」

 苦笑しつつギルバートは大剣の柄を叩く。

「こいつをもう一暴れさせてやりたかったのに」

「全く君は、昔から変わらんな。もう少し穏やかに生きればいいものを」

 呆れたようにジェラルドも笑う。士官学校で出会ってからずっと友人である二人は、今までにこのような会話を何度も繰り返してきたのだろう。

「馬鹿を言うな。大人しい俺など胸くそ悪いわ」

「またそういうことを。墓の下でお前の父が泣くぞ。立派な教育者になって欲しかったのにとな」

「それをいうな。俺も少しは気に病んでいるんだ」

「どこがだ? そう思うなら、そろそろ腰を落ち着けろ」

「柄じゃねえな」

 どこまでが冗談でどこまでが本気か分からないやりとりをして、ギルバートとジェラルドは笑い合う。

「いいかい、二人とも?」

 一段落ついたらしいタイミングで訊ねると、二人が軽く頷いた。頷き返すと、扉に手をかけていた兵士たちに命じる。

「では頼む」

「はっ!」

 重たい扉が徐々に開かれていく。中にぎっしりと貴族が詰まっていたらと思うと、緊張感がある。

 だがここに居る精鋭を前に、貴族を恐れる必要はないだろう。

 ここまで敵に潜入させてしまえば、貴族が執れる手段はおそらく三つだけだ。

 降伏、玉砕覚悟の突撃、自死。

 ここで貴族たちが向かってこなければ、彼らの取る手段は降伏のはずだ。

 小さく息をついた。背筋を滑り落ちる冷たい汗には誰も気がついていないだろう。

 これで終わる。

 ……終わるのか?

 何かがおかしい。妙な胸騒ぎは収まらない。微かな不安は胸の痛みとなる。

 ポンと不意に肩を叩かれた。

「エド」

「……リッツ」

「大丈夫だよ、きっと」

 見透かされたような言葉にリッツを見ると、リッツは穏やかに笑っていた。

「そうだな」

 そうだ。もうここまで来たのだ。不安がっても進むしかない。

 開かれた扉の向こうから、光があふれ出した。一瞬目の前がくらむ。

「眩しっ」

 リッツの呻きも聞こえた。全員が光に目を細めている。痛みにも似た明るさに慣れた目を開くと、そこには光あふれる空間があった。

「騎兵隊前へ!」

 いつも通り冷静なエリクソンの声が響いた。ジェラルドの護衛を任じる彼らが真っ先に玉座の間に進軍する。

 その後ろをジェラルドが悠々と続き、エドワードとリッツが数歩後ろを行く。

 その後ろには本隊が続くはずだ。

 扉の中に入ったエドワードは正面を見据えた。

 目の前から真っ直ぐに伸びる赤い絨毯、正面にある巨大な窓から差し込む柔らかく明るい光、そして正面にある二つの金の椅子……。

 二つ……?

 そこに座っている人物も二人だ。

 その途端だった。

 後ろで扉が閉ざされたのだ。

「何!?」

 振り返ると、あの重い扉が、自然にぴたりと閉じていた。

「え……?」

 まだ扉の外に沢山の兵士たちがいるはずだ。

 なのに玉座の間に入り込んだのはジェラルド、騎兵隊、そしてリッツとエドワードだけだった。

 五百のうち、たったの五十人足らず……。

「なんで……?」

 呆然とリッツが自分のすぐ後ろで閉じられた扉を叩く。エドワードもリッツと共に扉を叩いた。

 ピクリとも扉が動かない。とっさに扉に耳を付けた。兵士たちが外にいるのならば、何らかの物音が伝わってくるはずだ。

 だが扉からは何も伝わってこない。

 完全に閉じ込められた。

 ……誰に? 味方に?

「よくここまで来たな、モーガン侯」

 低くてよく響く声が空気を震わせた。振り返ってエドワードが見たのは、呆然とその場に立ち尽くすジェラルドの姿だった。

 剣をだらりと下げ、ただ身動きもせず、正面を……玉座の間に座る人物を見つめている。

 そんなジェラルドの姿を一度も見た事がなかった。

 ジェラルドの視線の先には、大柄な男が座っていた。逞しい身体つき、くすんだ金の長い髪に、同じ色の髭を蓄えている。知性的でありながら人を威圧する鋭い目つき。リチャードに似ていると感じた瞬間それが誰だか分かった。

 肖像画でしか見た事がなかった男……。

 母を犯して連れ去り、自分と血の繋がった父親でもある男。

 ハロルド国王。

 痛いほどの沈黙の後、ジェラルドが呻いた。

「陛下……」

 そのジェラルドに、玉座に座るもう一人の人物が微笑みかけた。

「久しぶりですね、モーガン侯。私の愛する息子は、元気に暮らしているのかしら?」

 息を呑んだ。この姿、知っている。

 声を聞いたのは初めてだが、エドワードはこの人を知っていた。

 初めて精密画を渡された時から、ずっとこの人を愛してきた。ずっと思慕の情を募らせてきた。

 それを誰にも悟られぬように押し殺してきた。

 玉座に座る女がゆっくりと周りを見渡す。視線がやがてエドワードの上で止まった。

 そうだ、ローレンはこの人の笑みをこう表現した。

 あの子が笑うと、淡い薔薇が綻んだように綺麗だったのよと。

「エドワードなの?」

 柔らかな声……。こんな声だったのか。

 知らず知らずのうちに、足が前へと進んでいた。

「エドワードなのね?」

 優しい微笑み。瞳には涙がにじんでいる。

 ようやく会えた。

「……母さん」

「ああ、エドワード。私の愛しい子」

 玉座で両手を広げるのは、紛れもなくエドワードの母ルイーズだった。

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