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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
争覇の終極
130/179

<9>

 シアーズ開放から三週間。再び革命軍は戦闘終結のために貴族の立てこもるユリスラ王国王城を目指した。

 そんな彼らを迎えたのは城門から雨の如くに降り注ぐ弓矢だった。

 ここに、王座を巡る現ユリスラ王家と、革命軍の覇権争いが再び幕を開けた。

「騎兵隊、弓兵の射程範囲より後退せよ」

 指示をするのは騎兵隊と共に先頭に立つジェラルドだった。

「弓兵前へ!」

 遊撃隊の弓兵部隊が騎兵隊に変わり全面に立つ。指揮を執るのは遊撃隊弓兵部隊の元隊長ジェイムズだ。だが身につけているのはアンティル自治領主軍の制服である。

「撃て!」

 一斉に放たれたのは大型に改造されたクロスボウだった。この戦闘の為にジェイムズが改良したもので、数は少ないが絶大な威力を持っている。

 旧式の弓しか持たぬ王国軍の射程範囲外から、矢は易々と王国軍の弓兵を射貫いてゆく。

 城壁の上から王国軍弓兵が次々に血を吹き出して倒れてゆく。威力の差は歴然だ。

 だがここが最後の砦だと分かっている王国軍の抵抗は壮絶だ。

「大弓を引け! 狙うは賊軍の親玉とその犬だ」

 狂ったような叫び声が切れ切れに聞こえてくる。人よりも耳のいい相棒が、隣でぽつりと呟いた。

「この期に及んで犬って……」

「愚痴るな。俺なんぞ賊軍の親玉だぞ」

「山賊みてえだな」

「余計なお世話だ」

「だいたいさぁ、馬に跨がる犬がいてたまるかよ」

「曲芸団にはいるんじゃないか?」

「人を曲芸師扱いするなよな」

 二人の軽口の間も弓兵はクロスボウの掃射を続けていた。部隊を三つにわけ、打ち続ける戦法なのである。

 現在、エドワード達がいる場所は騎兵隊の後ろ、本隊の前だ。歩兵である本隊の前で馬上にあるのは、エドワード、リッツ、パトリシアの三人だ。

 本隊中程に遊撃隊と本隊の混合部隊があり、ギルバート達はそこにいるはずである。

 現在ここにいるのは三万の革命軍兵士たちである。街の警備についている者、シアーズの城門の警備についている者、負傷兵を含めば八万近い革命軍の選りすぐりの人々である。

「撃て! 王太子殿下にその力を見せつけろ!」

 ジェイムズが弓兵を鼓舞する声が響いている。

「すっかり男だな」

 感慨深げなリッツに苦笑する。確かにまだ男のジェイムズには慣れない。傭兵時代のベネットと長く時間を過ごしたリッツはなおさらだろう。

 女の時と変わらぬ大弓を抱えているその姿は、今までと何ら変わったように見えないのである。

「殿下!」

 ジェイムズの鋭い声と同時に、リッツが軽業師のように身軽な動きでエドワードの前に飛び出した。

「ちっ!」

 舌打ちしたリッツが剣を抜くのと金属のぶつかり合う高い音が響いたのはほぼ同時だった。

 剣を払った方向に長い弓矢がはじき飛んでいく。

 敵の大弓がここまで届いたのだ。

「けっ、当たるかよ!」

 普通はあり得ない速度でそれに反応し、馬上から飛び上がってたたき落としてしまうリッツの実力は想像以上だ。

 エドワードの前に立つリッツが剣を構えたまま振り返り、不敵な笑みを浮かべる。

「どうだ山賊」

「さすがの反射神経だな、犬。やはり軽業師じゃないか」

「うっせぇ、言ってろ」

 弓の応酬が続く中、エドワード達の後方にいたパトリシアが白銀の杖を構えた。迷いのない目をしている。

「割り込むわよ!」

 呼びかけると同時に詠唱に入る。

「自由を司る風の精霊よ、我に力を与えよ。ジェイムズ!」

「弓兵、全員構え!」

「風の渦!」

「撃てぇ!」

 パトリシアとジェイムズが同時に放ったのは、すさまじい技だった。風は激しく荒れ狂い、渦を巻いて敵へと吹き付けていく。

 弓兵の放った弓が渦巻く風に乗り、一斉に城門に襲いかかった。

 今までの攻撃ではあり得ない数の敵が、悲鳴を上げて吹っ飛び、弓によって血飛沫が舞う。

「すげ」

 隣のリッツが感嘆の声を上げている。

「どうかしら、エディ?」

 評価を待つ受験生のような顔でこちらを見たパトリシアに微笑みかける。

「ありがとう十分だ」

「お役に立てて嬉しいわ。では王太子殿下」

 パトリシアは再び杖を構える。

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 いつの間にか敵弓兵の弓がぱたりとやんでいた。籠城戦ゆえ弓矢が不足しているのか、もう戦う気力が無いのか分からないが、この機会を逃す手はない。

「エド」

「分かっている」

 エドワードは大きく息を吸い込んだ。

「籠城する偽王軍諸君、私の声が聞こえるか? 私は革命軍総指揮官エドワード・バルディアだ」

 自分の声が、パトリシアの使う精霊によって寄り遠くに運ばれているのが分かる。

 風の精霊は自由以外に音楽を守る精霊でもあるという。音を遠くに運ぶことも得意なのだ。

 普通であるならばこの声が届く範囲など限られているが、風の精霊の力はありがたい。

 城門の中までこの声が届かねば意味が無い。

「我々は現在、新たなる世のために、シアーズの街を含め、王国北部、王国中部を解放した。

 全てのユリスラの民が命の尊厳を守り、互いを尊重し合い、貴族階級などという無意味な差別をせず、共に生きる国家を実現すべく戦っている。

 君たちは今、何故そこにいるのか。

 そこに君達の望む未来があり、君たちがその未来を守りたいというのならば、最後まで命を賭して戦うがいい。信念に基づいて我々に立ち向かってくるならば、我々も我々の理想を持って立ち向かうのみである。

 だが君たちが望む未来が我々と同じであるならば、君たちのあるべき場所はどこであるのか、それを考えよ」

 気がつけば物音が消えている。妙に静かだ。城門に残されているのはほとんどが平民上がりの兵士たちだと分かっている。彼らにこの声が届いているのだろうか。

 いや、届く。

 望む未来が同じであるならば。

「我々革命軍は、共にユリスラの未来を築く者を歓迎する。真に人々が求める平和の理想を持つものであれば、貴族でも平民でも差別はしない。

 同じユリスラに生きる民として、我らと共に未来を築こうという者は、これ以上我らに敵対する必要はない。武器を捨て、今すぐ降伏せよ」

 静かに城門を見上げながら、エドワードは黙って待つ。これ以上言葉を重ねる必要はない。必要なのは彼らの決断する時間だけだ。

 やがて城門に降伏を知らせる白旗が翻った。

 目にした瞬間、革命軍三万の軍勢の中からひときわ大きな歓声が上がる。

 城門が落ちた。

 もしもこれがシアーズ攻略直後であったならこんなに簡単にはいかなかっただろう。やはり兵糧攻めは効く。

 しかも内部で身分差別が起きている場合は。

 後は中に引きこもっている貴族を倒すのみ。

 徐々に開かれていく王城の巨大な門扉を見上げる。隣のリッツは同じように門扉を見上げているのが分かった。

「ここまで来たな」

 小さく口に出すと、リッツは頷いた。

「うん。何だか長かったような一瞬だったような、そんな変な気分だな」

「……俺は、長かったかな」

 吐息混じりに告げると、リッツも穏やかに頷く。

「そっか。そうだよな」

 十二の時から国王の子という苦悩を抱えてきたエドワードをリッツは知っている。だからエドワードを静かに受け止めてくれたのだ。

「もう最後の戦いにしたいな」

 リッツの言葉もまた感慨深かった。戦いが始まる時もこうして共に並んだが、またこうして終わる時も隣にいるのはお前なんだな。そう思う。

「何だ二人とも辛気くさいな。もう少し気合いを入れたらどうだ」

 いつの間に来たのか、ギルバートが相変わらずの豪快さで笑う。それに同調したのは、先ほど下がった騎兵隊と共にいたジェラルドだった。

「その通りだ。まだ終わっていないのにしんみりと過去を振り返るな」

「確かに」

「そうだよな」

 リッツと同時に頷くと、リッツが拳をこちらに差し出した。

「行こうぜ」

「ああ、行こう」

 リッツの拳に自分の拳をぶつける。

「もう一息だ」

 開かれた扉に、率先して騎兵隊が飛び込み、革命軍の列は真っ直ぐ王城を目指して進む。王城の影になっていた広間は、今や門扉が全開になり、光が差し込んでいる。

 城門はそれ自体が軍の警備兵詰め所となっている。

 エドワードが門をくぐり、庭園に入ると、そこにずらりと城門の警備兵が跪いていた。

 門から先ほどの攻撃で落ちて死んだ死体も散らばったままの凄惨な広場に、明らかにたった今斬り殺されたようないくつかの死体も転がっていた。

 勲章、制服の華美な装飾。城門警備兵を指揮していた貴族の末路だった。

 跪く彼らの中から、最も位が高いであろう人物が頭を垂れたまま立ち上がる。

「王太子殿下。我々王城警備兵隊は殿下に忠誠をを誓わせていただきます。ここに集うは下級貴族数十名と、平民出身の兵士、合わせて五百名あまり。小さな戦力ではありますが、殿下のお力になりとうございます」

 エドワードは彼らを見渡した。

 先ほどの戦闘で傷を負った者、血に塗れている者も皆も、跪いたまま今まで戦っていた相手に頭を下げる。

 それは普通の戦争ではあり得ないことだ。

 だがこの革命戦の中ではそんな彼らこそ味方に付けねばならない。

 内戦は敵を作ることではなく、味方を作ることで終結していく。それは歴然とした事実だ。

「貴官の名は?」

「はっ、ウェブスターであります、殿下」

「貴官は貴族か?」

「……はい。子爵家に籍を置いております」

「そうか。私は貴族制度を廃そうとしている。それでも貴官は私に忠誠を誓い、共に理想とする未来を築くことが出来るか?」

 穏やかに語りかけると、ようやくウエブスターと名乗った男は顔を上げた。

「貴族制度は貴族と平民をわけるのみではありません。貴族の中でも階級による激しい差別はございます。現に男爵家に嫁いだ私の妹もこの戦いの最中、夫の敗戦の責任を取らされ、子供共々親王に処刑されました」

 アーケル草原の戦いの後、奇襲を見破れず、みすみすリチャードを殺されそうになった親王軍の中で壮絶な刑罰を受けた貴族が幾人かいたと聞いた。

 それが彼の身内だったらしい。

「……そうか……」

「貴族制度を廃すとは、全ての民が命の尊厳を守れる国家を作ると言うことであるのならば、王太子殿下の元、その理想を実現したい。それが我々の望みであります」

「分かった。我々革命軍は貴官らを同志と認めよう。サウスフォード中将!」

 遙か後方にいるコネルへと声を掛けると、言葉が人を介して伝わり、本隊の中からコネルがやってくる。

「お呼びでしょうか、殿下」

「この警備兵五百を貴官に預ける。頼む」

「御意にございます」

 恭しく頭を下げたコネルが一瞬こちらを見た。微かに頷くとコネルは納得したのか警備兵に向き合った。

「私はコネル・サウスフォード。歩兵本隊の指揮を執っている。まあ、少し前までは貴官らと同じくユリスラ王国軍に所属していた。そう気を張らず、共に戦おう」

「はっ!」

「では弓兵は……ベネット!」

「ジェイムズだよ、コネル」

「失敬。このジェイムズと共に前方へ。歩兵は本隊に合流し、この城門を守る。代わり映えしない役割ですまんな、ウェブスター」

「いえ。王国双翼のサウスフォード中将の元で働けるとは光栄です」

「……あ~、まあ、よろしく頼む」

 コネルは双翼と褒め称えられると何となく尻がムズムズする、らしい。

「城門警備を引き続き頼む。後方支援部隊に食料を運ばせているから、受け取るといい」

「感謝致します」

 ウエブスターが下がるのを確認したエドワードの耳に、どこかはしゃいだリッツの声が飛び込んできた。

「エド、残りの全勢力がお出迎えって感じだぜ」

 先ほどから気になっている前方を眺めやる。確かに近衛兵達がきらびやかな近衛の装束で王城前に集結している。

「本当だな。では作戦通りに」

「了解」

 リッツが楽しげに剣を構え、エドワードも前を見つめた。


 作戦会議が行われたのは、二日前のことだった。

 場所はグラントを中心とした臨時宰相府が存在している、革命軍貸し切りの巨大なホテルの一室だ。

 そこではルーイビルとランディアを除いた自治領区全てに通達する、臨時の税制改正案が準備されていた。エドワードとジェラルド、カークランドが中心になって進めている理想を実務に変えるのが、グラントの仕事である。

 結果急務となったのは以下の三点だ。

 貴族支給金廃止による自治領主の権限の改正。

 貴族特権の廃止、及びその領地の平民への分配。

 荒廃した自治領区の税制優遇案。

 これはいずれも今後二年の間で緩やかに実行されることに決定した。

 だがその案を発布することはまだできない。全てを改定し全自治領主に交付するためには、国王が所持していた国璽が必要だからだ。

 国璽はまだスチュワートが持っている。つまり全ての発布が行えるのは、王城を攻略した後ということになるのである。

 そのため革命軍一同は、王城攻略の機会を待ちわびていたのである。

 その間、革命のために馳せ参じてくれていた農家や畜産、生産業の人々に給金を渡し故郷へ返した。

 三月から始まる春の農作業の準備させるためである。今後のユリスラのことを考えれば、軍事力よりも生産力が復興の要所になるのは火を見るよりも明らかだ。

 念願の情報が入ったのが二日前だった。

 王城の中に潜入している諜報部員から、食料が底をついて三日経ったと連絡が入ったのだ。

 食料が底を突いてから一週間となると餓死者が出る危険性があるから、ギリギリ戦闘まで五日に間に合うよう報告するよう命じていたのである。

 同日行われた緊急会議の席上、報告を受けてエドワードは呻いた。

「早かったな……」

 エドワードが予想していたのは、もう一週間後だった。本来王城に蓄えられている食料は一月分とグラントに聞いていたからだ。宰相である彼が手配していたのだから間違いないはずだ。

 エドワードの呟きに答えたのは、この報告を直接受け取った諜報部のハウエルだった。

「シアーズ陥落のショックから、貴族共がやけ食いをしたらしいですな」

「……愚かな……」

 ジェラルドは溜息をつき、リッツがデスクに肘をついたままハウエルを見た。

「諜報部は飢え死にしねえの?」

「そこは抜かりありませんよ、我が麗しき精霊族アルスター殿。我らには食料ぐらい受け渡す手段がありますゆえ」

「……ふーん。つうか、その麗しきとかやめてくれっていってんのに」

 不機嫌に溜息をつくリッツに、ギルバートが豪快に笑った。

「本当だな。これほど麗しいという枕詞の似合わん男はいない」

「ったりめーだし」

 心から面倒くさそうにリッツがハウエルを横目で見た。だがハウエルはそんなことでめげたりしない。

「おやダグラス中将。小官には麗しいお姿に見えますがね」

「気色悪りぃな」

 緊急会議だというのに、何故かその場が笑いに包まれる。

「おぬしらには緊張感というものが欠けている」

 積み重ねた書類を処理しながら参加していたグラントの言葉にリッツが舌を出して黙った。ハウエルも笑みを引っ込める。

 エドワードは苦笑しながら立ち上がった。

 最近子供っぽさが影を潜めたなと思っていたら、やはり会議場で子供なリッツに正直ホッとした、とは口に出せない。

 その代わりリッツを見て微笑みかけると、リッツもいたずらを見つかったような表情を返してきた。ちゃんと聞いているようだ。

 確認してからエドワードは目の前に置かれたユリスラ王城の図面に指を滑らせる。

「明日、王城攻略を行う。第一の王城門はすでにハウエル指揮下の諜報部隊による内偵で、貴族は少なく、平民士官が多いと判明しているため、降伏勧告をする。城門の上からシアーズの発展を見ているし、空腹でもあるだろうから効果があるはずだ」

 全員が納得したのを確認して、エドワードが差したのは城門を抜けた所にある巨大な庭園だった。

 ほぼ正方形に切り取られたこの広大な庭園は敵が侵入した場合、城内の兵力全てを持って迎撃できる広さを確保してある。

 普段は馬車や馬も行き交う場所で、過去に母親の遺体と対面するためにエドワードはリッツと共に訪れたことがある。

 庭園から王城を正面に見て左側の奥にあるのは士官学校と近衛兵団の兵営兼宿舎である。どちらも現在はほとんど貴族が所属している。

 そして右側の奥にあるのが士官学校と近衛兵舎を合わせたよりも大きな五階建ての建物で、こちらは王国政務部である。宰相を頂点とした政を行う中心である。

 この政務部にシアーズの人々が訊ねてくることも多い為、独自の大きな馬車の停車場や厩舎、来客用の入口が設けられている。

 そして正面に巨大にそびえ立つこの王城こそが、内戦最後の砦だ。

 巨大なこの王城は、基本的に正方形だ。中央は庭園がある中庭になっている。この中庭を囲むように立っているのである。

 城門から広場を見た時に正面に見える三階の巨大なバルコニーは閲兵式や国王の演説など、国王が重要な話をする時に使われるものだ。その後ろの大きな窓ガラスの奥は謁見や晩餐会に使われる大広間で、天光の間と名が付いている。

 その下にある美しいアーチ状の入口は、一階から二階まで吹き抜けになった巨大なロビーだ。

 ここから入った正方形の両翼一階から二階は、軍務部の仕事場である。

 三階は、軍務部責任者である大臣執務室と、最高司令官執務室と、国王執務室がある。査察部や諜報部など機密に関する部署も三階にあるようだ。

 そして二階中央部に最も重要な場所である玉座の間がある。玉座の間は二階と三階が吹き抜けになっている天井の高い部屋で、この王城の最も中心である。

 王城の更に奥には王族の住む広い王宮があり、美しい庭園と三階建ての豪華な館、そして王族だけが祈りを捧げられるという光の精霊王の正神殿がある。

 この丘全てが城の内部であり、広大な土地なのである。

 図面上を順に、エドワードは指で辿った。

「庭園には近衛兵が待ち構えているはずだ。敵にしてみれば王城への最後の防御線だ。必死の抵抗が考えられる。彼らは主に騎兵だ。弓兵の一斉掃射の後、騎兵隊に先陣を任せる」

「はっ!」

 騎兵隊長のエリクソンが立ち上がった。

「近衛は貴族だ。でも気は抜かないでくれ。敵も必死だ。思わぬ抵抗を受けるかもしれない」

「御意にございます」

「次に弓兵、精霊部隊は離脱し、本隊三分の一の勢力と遊撃隊及び騎兵隊が、これを制圧せよ。指揮はギルに任せていいかな?」

「御意。本隊を一部預かるがいいな、コネル?」

 楽しげに訊ねたギルバートにコネルが肩をすくめる。

「勿論。元は中将が俺の上司ですし、俺より優秀だ」

「お前の兵士運用には負けるさ」

 元々の上司と部下のやりとりには信頼感が満ちている。二人の意思疎通を確認してからエドワードは言葉を続け、指を図面上で進める。

「騎兵隊、精霊部隊と弓兵は、本隊と遊撃隊が全面に出たら後退し、政務部の建物を外部から包囲してくれ。政務部は戦闘要員がいないし、平民が多い部署だ。突入し殲滅する必要はない。指揮はオドネルに任せる」

 精霊部隊にはパトリシアを入れる予定だから、指揮官は親しいオドネルが適任だろう。

 それに騎兵隊長エリクソンは今回、ジェラルドの護衛を名乗り出ている。グレイグの正体が分かって以来、考え込むことが多くなったジェラルドが心配でならないらしい。

「御意」

「本隊残り三分の一は城門を守ってくれ。敗走する近衛兵、士官学校生を城門から外に出すな。街へ出られたらやっかいだ。庭園にいるだろう混合部隊を制圧後、遊撃隊と一部本隊を除いた人員はこの隊に合流して近衛兵舎、士官学校の制圧もしてくれ。コネル、頼んでもいいかな?」

「逃げ出そうとした者はどうするんです、殿下?」

「皆殺しにする必要はないさ。これは内戦だ。味方は多くするに限る。降伏する者は集めて武器を取り上げれば事足りる。最後まで抵抗する者は仕方ない。ここはまだ戦場だ」

 淡々と告げると、コネルは微かに笑みを浮かべて頷いた。

「了解。では殿下、残った三分の一の勢力をどうなさいますか?」

「多少大回りで申し訳ないが、墓所とバラ園を越えて、直接王宮へ回ってほしい。あそこにはまだ平民出身の女官や侍従が残っているはずだ。彼らを救出しつつ戻ってくれ。ウォルター、頼めるか?」

「小官でよろしいのですか、殿下。王宮から城内に入り、貴族と連携して殿下を陥れるかもしれませんぞ?」

 この場では異質な静けさで答えたのは、リチャードの元腹心ウォルターだった。

「小官はいまだ偽王派の貴族と繋がりがあるやもしれません」

 信頼を試されているのだろう。ウォルターはエドワードの人格を図る気だ。内戦において降伏した者を疑うことは、今後の王政を揺るがしかねない。

「あんたな!」

 気色ばんで立ち上がりかけたリッツを片手で制する。ウォルターの言葉に動揺する必要も無い。心など当に決まっている。

「貴官は私ではなく国民に忠誠を誓っただろう。だとしたら今私が生きていることと死ぬこと、どちらが国民の為になるか考えて行動するはずだ。どうだい、ジョゼフ・ウォルター侯爵?」

 真っ直ぐに見つめると、その真摯な瞳と目が合った。微かに暗さを抱えた瞳がじっとこちらを見つめる。

 リチャードの死の痛手からたった二週間で立ち直れるとは思わない。それでもこの暗い瞳を疑う気は無い。

 あの時彼が誓った国民への忠誠は真実だ。エドワードの勘がそう言っている。未だこの勘ははずれたことがない。

 やがてウォルターは静かに頭を垂れた。 

「殿下の御心のままに」

「頼む」

「王宮の女官達は捕虜に? 侍従もいますがね?」

 ウォルターとは反対に、傍目には明るいぐらいな調子でコネルが問いかけてきた。ウォルターを気遣って、この場の雰囲気を変えようと努めているのが分かる。

「反抗する貴族は斬るしかないが、非戦闘員は降伏を勧告してくれればいい。我々が王城を占拠してしばらくは王宮は放置することになるだろうからね」

「了解。だそうだ、ジョゼフ」

「……君はいちいち……親切だな」

 エドワードやリッツには頑ななウォルターも、友であるコネルには弱い。

「普段から親切さ。王宮に閉じ込められた女官達が貴官を拍手で迎えるぞ。羨ましいことだ」

「あり得んよ。貴官は全く呑気だな」

「褒め言葉だと思っておこう。では王城前の庭園関連は本隊指揮官の小官があれこれと指揮を執りましょう。やれやれ一番面倒でそのくせ華がない」

 皮肉屋コネルが溜息交じりにそういうと、微かに笑いが起こった。エドワードも笑い混じりに続きを説明する。

「庭園の混合軍制圧の後、ギル率いる遊撃隊の中のダグラス隊と本隊四百、それから我々と護衛隊合計五百が王城へ突入とする」

 護衛隊とは元第三騎士団だ。彼らは現在、エドワードとリッツの護衛のような立場にいる。エドワードが幼い頃からティルスで守ってくれていた彼らが共に来ることはありがたい。

 王城の中の戦力はまだ分からない。だが階級の高い貴族が多い城内の戦力は、たいしたことが無いと考えられる。

 それに城内は天井は高いが廊下はそれほど広くはなく、戦うことに向いてはいない。大勢で身動きが取れなくなるよりも少数で制圧した方が理にかなっている。

「動きは分かったな、リッツ?」

「分かったよ~」

 間延びした声でリッツが答え。それを笑いながらジェラルドが頷く。

「了解した」

「これで大まかな作戦は決定だな」

 エドワードの言葉に全員が頷き欠けた時、声が上がった。

「ウォルター中将に、同行してもいいでしょうか?」

「……パトリシア」

 毅然と立ち上がったパトリシアに見つめられて戸惑う。この作戦では危険度の低い精霊使い部隊にパトリシアを配属する予定で、指揮をオドネルに託したというのにまさかの展開だ。

 だがパトリシアはそんな考えなど見抜いているだろう。エドワードの我が儘な配置に納得するような表情をしていない。

「だがパトリシア……」

「王宮には女官と侍従がいるのですから、兵士が突然に押しかけては恐怖を与えかねません。それに罪人とはいえ、王宮にはイーディス様がいるでしょう?」

「……あ」

 すっかり忘れていた。戦いのことに目が行くと、関係ない人物が零れてしまう。偽王の母であり、勝手に王妃を詐称したりと罪人であることは間違いないが、非戦闘員であることに変わりは無い。

「ですから女性である私が同行し、女官達に安心を与え降伏を促したいのです」

「賛成。では僕も同行しましょう」

 誰もが口を開けない中で真っ先に立ち上がったのは、アンティル代表となったベネットことジェイムズだった。

 協力態勢にあるアンティル自治領区の幹部士官と言うことでこの会議に参加しているのである。

 元々革命軍にいたジェイムズに、誰も反対を唱えなかったし、見た目の性別が変わっただけで違和感はない。

「僕も男性女性共に警戒を抱かせないことが可能ですから。よろしいですか、ウォルター中将?」

 たたみ掛けるような二人の言葉に、ウォルターは微かに眉をしかめた。

「私の監視のつもりですかな、パトリシア様」

「違います。言葉通りの意味ですわ。ウォルター侯は殿下が認められたのですから、私がそれを疑うなんてあり得ません」

 パトリシアの瞳は真っ直ぐにウォルターを見つめている。その表情から決して折れない頑固さがにじみ出ていた。

 先に目をそらしたのはウォルターの方だった。

「私は構わない。殿下はいかがか?」

 全員の視線を感じて、エドワードは言葉を失う。正直に言えばパトリシアには待っていて欲しい。自分の目の届かないところでアンティル戦の時のような目に遭って欲しくない。

 だがエドワードの苦悩を他の意味に取ったのか、パトリシアの声が微かに下がった。

「殿下、私では不相応でしょうか?」

「パティ……」

 初めてパトリシアに敬称で呼ばれて動揺する。つまりそれだけ本気と言うことなのだ。

 しばし見つめ合って、ようやく諦めがついた。パトリシアとてつもなく頑固だし、もう決めてしまっている以上、気持ちを覆せるわけもない。

 これでも最近までは彼女の兄だったのだからよく知っている。ならば認めないわけにはいかない。

「許可する」

「ありがとうございます。ソフィア、精霊部隊をお願い」

「……了解。柄じゃないけど仕方ないねぇ」

 あっさりした引き継ぎのあと、パトリシアが満足げに微笑んだ。全く、これには敵わない。

「ウォルター、頼む」

「了解。パトリシア様、タウンゼント卿両名と共に王宮攻略を行います」

 きっぱりとした言葉に、ジェイムズが顔を赤くして頬を掻いた。

「それ、慣れないなぁ……。まだガヴァン卿の方がましだよ」

 恥ずかしがるジェイムズを、半ば笑いながらコネルがからかう。

「アンティルから通告が来たんだから仕方ないだろう。慣れるんだなタウンゼント卿」

「いつから皮肉屋から嫌み屋コネルになったんだい」

 それはアンティルから前日に来たばかりの通告だった。

 ウィルマ・タウンゼント侯爵はジェイムズ・ガヴァンと正式に婚儀を結び、今後ジェイムズ・タウンゼント卿はアンティル自治領主代理として王太子殿下に仕えるというのである。

 笑えることにその通告に一番驚いて、本当に気絶し掛かったのは、ジェイムズ本人だったらしい。

 会議の翌日、兵士たちの再構成が行われ、作戦の通達の後現在に至っている。

 エドワードは正面を見つめた。全員が作戦通りに一斉に動くなら、エドワードがすることはただ一つ。正面突破だ。

「最後の戦いにしたいな」

 エドワードは振り返ってここまで共に来た仲間を見渡す。共に苦難を乗り越えてきた仲間達は、力強く笑う。

 したいのではない、最後の戦いにする。

「最後の戦いにしよう」

 決意を持って口にした瞬間、前方の弓兵が一斉に構えた。馬上から真っ直ぐに背を伸ばし、大弓を構えたジェイムズがよく通る声で命じる。

「撃て!」

 クロスボウの攻撃が戦闘開始の合図となった。敵兵の上げる鬨の声には、切羽詰まったものがあった。幾度かの一斉掃射の後、ジェイムズはあっさりと命じた。

「弓兵、下がれ。あとは彼らの出番だ」

 後退する弓兵と入れ替えに、騎兵隊が戦場に突入する。戦端にいるのは待ちかねたかのように笑うリッツだ。

「俺が露払いなっ!」

「馬鹿をいえ、そういうことは師匠に譲れ!」

「や~だよっ!」

 リッツと共に駆けだしてゆくのは、リッツの師ギルバートだ。

「ソフィア!」

 空気を震わすようなギルバートの命令の声と共に、明るい日の光よりも更に明るい光が近衛兵主体の王国軍へ飛ぶ。

 着弾と共に激しい爆発が起き、兵士たちが吹き飛ぶ。この隙を突いてウォルター指揮下の本隊三軍が王宮に向かって駆けだしていく。ちらりとみたそこには、パトリシアと今まで弓兵の指揮を執っていたジェイムズの姿もあった。

 混乱を極める敵軍にそれを止める手立てはない。

コネル指揮下の本隊二軍は城門を確保し、軍を展開している。当然近衛兵舎と士官学校への警戒は怠っていない。

 下がった弓兵と精霊使い達は後方から政務部の建物へと徐々に距離を詰めている。弓兵はもとより、精霊使い部隊は、相手に威圧感を与えるには十分だ。

 動き出したら後は結末まで走るしかない。

 状況を確認したエドワードは剣を抜きリッツを追った。白熱球が再び戦場を襲うも、革命軍は動じることなく戦い、騎兵隊と遊撃隊が引っかき回すように戦場を駆けている。

 その中心にいるリッツは、すでに馬から飛び降り、舞うように敵を薙ぎ払いながら、戦場を赤く染めていた。

「かかってきやがれ! 貴族ども!」

 まるでどちらが悪者か分からないぐらいに、圧倒的な力で敵を打ち倒し、リッツは笑っている。

 笑っている……。

 返り血で自身も赤く染まりながら、躊躇いもなく振るうその剣は一分の隙も無く、その剣戟は殺戮すらも美しく見せる。

 母親が殺されたあの夜に見た神秘的な美しさではなく、深紅に彩られた壮絶なまでの美しさ。

「エドっ!」

 血に塗れたその顔が楽しげに笑った。

 不意に初めてリッツが人を斬り殺した時のことを思い出した。人を殺せる自分に、ためらいなく殺した自分に恐怖し、吐いた上に気を失った。

 お前はそういう奴だったのに。手を血で汚すなんて、そんな運命を辿る男じゃなかったはずなのに。

 ごめんな。俺は自然と共に生きる精霊族であるお前をこんなに遠くに連れてきてしまった。

 これはきっと、俺の背負うべき罪だ。光の一族と呼ばれるお前に、血染めの運命を歩かせてしまった。

 目の前の敵が、くずおれるように倒れる。その死体の向こうにリッツが立っていた。

「戦場で考え事しちゃ駄目だろ、相棒」

「……ありがとう、リッツ」

「頼むよ、王太子殿下」

 本当の心配半分、からかい半分のリッツに笑顔を見せる。

 そうだ。それは後で考えればいい。今はまだ、戦いの最中だ。

「リッツ、敵を寄せるぞ。付き合え」

「手っ取り早いな。了解!」

 剣を握り直し、敵に目を配るリッツを確認してから、エドワードは大きく名乗りを上げた。

「私はエドワード・バルディア、ハロルド王より王位継承権を賜ったただ一人の王太子だ。私はここに居る。逃げも隠れもしない!」

 喧騒に満ちていた戦場に、一瞬静けさが満ちた。次の瞬間に一斉に視線が自分に向いたのを感じる。同時に敵意がこちらへと向かってくる。

 さあ動揺しろ。我を失え。

 お前達が感情をあらわにし、戦場が混乱に陥れば、それだけ早く方が付く。

「貴官らがスチュワート偽王に忠誠を誓い、その正しさを信じるならば、この私を討ちとってみよ!」

「おのれ! 偽王太子が!」

 誰かの叫びが響き渡った。途端に殺意が押し寄せてくる。馬の横に立っていたリッツに、笑いかけた。

「リッツ」

「うん」

「守れよ、俺を。それから、お前自身を」

「あったりまえじゃん」

 敵が一斉に襲いくる。騎馬の敵はエドワードが叩き斬り、歩兵はリッツが血に沈める。

 日の光に鈍く輝きながら一斉に突きつけられた槍は、エドワードが払う前に下からのリッツの攻撃で割れガラスの如く一斉に散らばった。

 エドワードが前に出ればリッツが後ろを守り、リッツが前に出ればエドワードが後方を守る。

 揃ってこそ、自分たちは無敵だ。

「エド! どうする?」

 敵が徐々に二人を遠巻きにし始めている。揃った二人に敵わぬと悟ったようだ。

「決まってるだろう? 抵抗するなら殲滅する。降伏勧告はさっきした。あれはここまで届いていたはずだ」

「容赦ないな、エド」

「降伏勧告しただけ容赦してるさ。これが内戦ではなく戦争なら、二度と攻めてこれぬよう殲滅してる」

「こわっ! でもお前のすることだし、俺はついてくけどね」

 血に曇った剣勢いよくふるって血と脂を払い、リッツは剣を構え直した。

「んじゃ、一緒に一番乗りしちまうか?」

「王城に? それもいいな。ギルも大分飽きてきたみたいだしな」

 みるとギルバートはのんびりと構えた大剣で、気怠げに戦っている。貴族は皆、教養として剣技を身につけている。革命軍の素人達と比べたら格段に上級者だ。

 だがそれは稽古においてのことであり、実戦とはほど遠い。そしてギルバートは百戦錬磨の軍人であり、傭兵だった。

「行こう、リッツ」

「うん!」

 駆け出すリッツが上げる血飛沫の中、エドワードは馬を駆る。斬りかかってくる馬上の貴族たちを切り伏せ、向かう先は王城だ。

 目の前で血を滴らせつつ、黒髪が揺れている。

 申し訳ないとは思う。

 こんな所に連れてきて、血の中で笑うような男にしてしまって。

 でも心地いいのだ。

 リッツがいる事が。

 敵のまっただ中で囲まれているというのに、共に戦うリッツがいて、同じ呼吸で敵を切り伏せるその瞬間が、とてつもなく心地がいい。

 二人でいれば、恐怖を感じたりしない。

 それどころかダンスでも踊っているかのように軽やかに動くことができる。

 まるで自分自身であるかのようにリッツの呼吸を読むことができる。

 それはきっとリッツも同様だろう。

 一対の英雄? 違う。

 たぶんこいつは俺の半身だ。

 出会ったことがきっと、運命だったんだ。

 王城に行かせまいと壁のように立ちふさがる目の前の敵に、リッツが振り向いて笑う。

「行くぜ!」

「ああ」

 二人は揃って人の壁に突入した。

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