<11>
ダネルの事件から一月たち、季節は晩秋へと移り変わっていた。
あの事件から二週間だけグレインに滞在していたリッツも、エドワードと共にティルスの村の帰ってきている。
グレインにいた間は、何となく地に足が付いていないような状態だったが、こうしてティルスの地に戻ってきて、剣技の稽古をしながらシャスタの手伝いをしたり、農家の手伝いをすると、ようやく地に足が付いたような気がしてほっとした。
リッツにとってここティルスは、第二の故郷となりつつあるのかも知れない。
事件の直後もティルスでは麦刈りと干す作業が何事もなかったかのように変わらず行われていて、今はもう、どの畑にも干し草しか置かれていない状態だ。
農業に休み無しというのは本当で、どんなことがあったとしても小麦の収穫と出荷は待ったなしだ。
リッツもティルスで最も忙しいこの時期を、農家の手伝いをして過ごした。
農家の手伝いと言ってもリッツが行く先はマルヴィルのところだから、農家といっていいのかよく分からない。
だがいつ見てもマルヴィルは農民だった。グレイン騎士団第三隊はこの村に存在しているはずなのに、誰がそうなのかリッツには未だ分からない。
何故彼らはここティルスに存在しているのか、そして何故その存在を隠す必要があるのか。
いつかは聞こうと思っていたのだが、忙しさにかまけて聞くことが出来ないでいる。
こんな忙しさだから、エドワードもマルヴィルの元へ手伝いに来ていた。
あの時マルヴィルは確かにエドワードを様付けで呼んだのに、今はエドと呼び捨てだ。エドワードもそれでいいらしく、マルヴィルにいたずらをしては怒られたりしている。
今までリッツはエドワードが農家の手伝いをしているのを見たことがなかったから驚いたのだが、この収穫期だけは手が空いたときだけ手伝いをしているのだそうだ。
意外な物を見るような目でエドワードを見てしまったリッツに、エドワードは麦わら帽子をかぶったまま涼しい顔で『足腰を鍛えるのは剣を使うのに役に立つぞ』とどこまで本気か分からない口調で言ったのだった。
農作業でくたくたになっても、夕日が沈んでからの剣技の稽古は毎日続けられていた。
相変わらずエドワードに勝ちきることは出来ないのだが、少しずつ押し切れるようになってきている。
エドワードも腕を上げていることを考えれば、たいした上達だといえるのかも知れない。
だがあの事件で四人を斬り殺して以来、リッツは戦闘に遭遇していない。
本当のところどれぐらい強くなったのか、自分がどの程度の実力を持っているのかは、全く想像も付かないでいる。
そんな日々を過ごしていると、収穫作業もついに終わりを迎えた。
ティルスの村も小麦の刈り込みが終わり、あちらこちらに脱穀の済んだ干し藁が小さな円形の小屋のように積み上がっている。
刈り取りが終わっていない麦はもうどこにもないし、実の付いた干し藁も一つもない。
麦の穂から脱穀された粒は大量の麻袋に入れられて、村全体の倉庫に積み上がっている。
その数は莫大だ。
その莫大な数の麻袋は、馬六頭で牽かなければならないような大きな幌付き馬車数台にどっさりと詰め込まれてグレインの街へと運ばれる。
農家が一年で食べる分の小麦を残して、ほぼすべての小麦が幾日かかけてグレインに運ばれてゆき、穀物を扱う商人に売られたり、領主の元に納められたりする。
これがティルスの村人の大切な資金となっているのだ。
小麦を売りに行くのは主に男たちだ。麻袋をすべて積みきった馬車が村の男たちと共に、早朝からグレインへ向かった。
男たちはその足で祭り用の大量の食料や、飾りを持ち帰ってくる事になっている。
そして帰りには男たちと共に、街で商店を構える人々が村で露天を出すためにやってくるのだ。
村を離れることがない農家の女性たちにとって、露天で買う装飾品や服、はやりのお菓子などは、一年の中で何よりの楽しみなのである。
残った女たちは収穫祭の準備のために水車小屋に集まって、今年とれたばかりの小麦を仲良くみんなで粉にする。
ティルスの村には穏やかで澄んだ水の流れる川があり、そこには村人全員で設置した水車が備え付けられていて、普段は必要な人が必要な分だけ順番に使うことができるのだ。
だがこの時期だけは違って、女たちは楽しげに収穫祭のことを話し合ったり、祭りの歌を歌いながら粉をひいている。
収穫祭では、この年にとれた小麦粉を使った今年初めてのパンを焼いて振る舞うのだ。
そのパンは同時に収穫を司る土の精霊王への豊穣を感謝する貢ぎ物としても捧げられる。
豊穣を精霊王に感謝し、恵みに感謝するこの収穫祭は、普段は静かで穏やかなティルスの村にとっては、最も賑やかで華々しい祭りなのだ。
水車小屋の前を通る時、リッツは楽しげな女性たちの歌声を耳にして何となく楽しい気分を味わった。
一年前には、とにかく色々なことに必死で、こんな風に村の人々の収穫の喜びを肌で感じることなど無かった。
だから今年の祭りはまるで初めてのことのように新鮮に感じる。
だが忙しくこき使われていたリッツは、長い馬車の隊列を見送ったのち、急に手持ちぶさたになってしまった。振り返ってみても今日一日何もやることが思いつかないのだ。
農家の手伝いをするといっても、リッツに指示を出してくれるマルヴィルや他の男たちは村にいず、かといって水車小屋の女性たちに混じるわけにもいかない。
子供たちと一緒に落ち穂拾いをするのも少し気が引けるし、背の高いリッツにはかなりきつい。
退屈を噛みつぶすために、何らかの書物を読んでいるエドワードに頼み込んで剣の稽古をしたのだが、お互い疲れて終了になっても日は十分に高い。
仕方なくだらだらと昼食を食べてから、負けると分かっているのにエドワードにチェスを挑んで、やはりしっかりと負けている。
「何で勝てねえかな~」
唸りながらリッツは頭をかきむしった。
シャスタにすら五回に三回は負けるリッツがエドワードに勝てるはずなどないのは分かっているが、こうも完敗し続けると面白くない。
「お前は無駄が多い。とにかく動かせるところはみんな動かしてみる癖はやめた方がいいぞ」
「だってどうすりゃ勝てるかなんて分かんねえもん」
「分かるように教えているつもりだけどな」
「でも、わかんねえ」
「教え甲斐のない奴だ」
苦笑混じりでそういったエドワードが、今日はもうお開きといった感じに駒を片付けてしまった。
リッツが焦れてくると、こうしてエドワードはさっさと盤をしまってしまう。
自分では気がついていないが、リッツは負けが込んでくるとさらに熱くなるせいで考えが回らずさらに弱くなるのだそうだ。
そうなると簡単に勝ちすぎてエドワードが面白くないらしい。
「チェスは負けるし退屈だし。忙しい方がまだましだな」
愚痴を言いながら自分のベットに倒れ込むと、エドワードが笑った。
「グレインの方が刺激的で楽しかった、か?」
「……うん、まあ。普通?」
グレインでの熱に浮かされたような数日間を思い出しながら曖昧に答えると、エドワードは鼻で笑った。
「何をすました顔してるんだ。まるまる二日も娼館にこもって遊んでいたくせに」
「う……」
そこを突かれると痛い。
しかも金はしっかりエドワードがジェラルドに貰った金で払っているのだから。
答えられずにいるリッツにエドワードが笑った。
「女にのめり込むなよ」
「のめり込んでなんて!」
否定すると、エドワードは茶化すように笑う。
「まったくお前と来たら、何人と遊んだのやら。俺なんぞ一晩いただけで呼び出しを食らって昼からモーガン邸詰めだ」
「だったら一緒に連れて帰ってくれれば良かったじゃんか」
「連れ帰れる状況だったら連れ帰ったさ。お前、俺がいつ帰ったのかも知らないだろ」
「ううっ……」
返す言葉がない。
確かに娼館にいたときは夢の中にいるようで、全く時間の概念がなかった。
きらびやかな館の中には、見たこともないような像が多々置かれ、鮮やかな絵画が飾られていた。
そして色気に満ちた美しく誇り高い女たち。
アリシアからの紹介状は、あの娼館では絶大な力を持っていた。
リッツが通された部屋は落ち着いた高価な部屋で、酒も食事も、そして美しい女も何の申し分もなかった。
それどころか同じ部屋で過ごした二日間で関係を持った女たちはみな美しく、そして気高かった。
リッツが昔サラディオで見たように、荒んだ目をした女は一人もおらず、彼女たちは誇りと夢を持って娼婦として生きていたのだ。
豊かな自治領区では、娼館一つとってもこんなに違う物なのかと、リッツはしみじみとその事実を噛みしめた。
そんな彼女たちをリッツはとても尊敬している。やはり女性は強いじゃないかと、心の中でジェラルドに反論したりもした。
そのたびにパトリシアの顔が浮かんでちくりと胸をさすが、その痛みの原因なんて分からない。
そんな女性たちを尊敬しつつも、リッツの娼館で感じたある種の感情は、エドワードが思っていたのとはかなり違うだろう。
確かにそんな女を抱くという行為に興奮したし、彼女たちと過ごす時間は楽しかった。最初は関係を持つことの快楽だけに夢中になった。
だが慣れるにつれリッツは、行為の意味以上に人の体温の温かさと人の肌の柔らかさに焦がれた。
親に甘えるような年はとっくに通り過ぎ、でも人間と深く関わることを避けてきたリッツは、誰かと抱き合ったり、触れ合ったりする機会が全くなかった。
ただ自分を守るために自分の膝を抱えることはあっても、それは暖かな体温を感じられるものではなかったのだ。
だから人と触れ合うことがこんなに暖かいのだということを、初めて知ったような気がした。
きっとリッツが彼女たちの中に求めたものは、快楽でも欲望のはけ口でも何でもなく、ただ人のぬくもりの暖かさだったのだ。
娼婦たちとの関係は、ずっと心を閉じて生きてきた自分の中に、言いしれぬほどの人恋しさが眠っていたのだということを思い起こさせた。
自分よりも見た目が上の彼女たちは、リッツを優しくいたわってくれたし可愛がってくれたけれど、もっと心の隙間を埋めて欲しくて、もっとぬくもりが欲しくて。
そうなると自分でも分からない妙な寂しさがわき上がってきて、また目の前の女に手を伸ばしてしまう。
でもやはりその事でリッツの中にある人恋しさが埋まったりはしなかった。
自分でもどうしようもならず、止めることが出来なくてそれを繰り返しだった。
その人恋しさはエドワードに出会ってからずっと忘れていた、自分の居場所が見つからない恐怖をも思い起こしたのだ。
「ジェラルドのおごりじゃなかったら、二度とあの店には入れないんだからな。はまるなよ」
明らかにおもしろがっているエドワードに我に返ったリッツはむくれた。
「はまってねえもん」
「あの状況でそのいいようか?」
「そんなに楽しいもんじゃ無かったさ」
「よくいうな。楽しんでたじゃないか」
「そりゃあ……最初は」
「最初だけか?」
「そうだよ!」
何だかからかい口調のエドワードに答えているうちに、何だか少し苛立ってきた。
苛立ちの理由は自分でもどこにあるか分からない。なのに何だか、エドワードに突っかかるのが止められないのだ。
「お前、何を怒ってるんだ?」
「エドが変な言い方するからだろ」
思わずそうエドワードに吐き捨てるように言ってしまった。
「……どうした?」
「どうもしねえよ。女よりもエドとチェスをやってた方がまだましだ!」
「嘘をつけ」
「本当だよ!」
「負け続けなのにか?」
「負け続けでもだよ! だってゲームが終わっても寂しくねえじゃんか!」
思わず本音を口走ってしまった。
「リッツ?」
怪訝な顔をして振り向いたエドワードの視線を感じつつもそれを無視して自分のベットに倒れ込んだ。
どうにでもなれという心境に陥ってしまう。
「そりゃあさ、女を抱くのは楽しかったよ。気持ちよかったし、夢中にもなったよ。でもさ……」
頭の上で両手を組んでため息をひとつつく。
「終わったら、すげえ空っぽな気持ちになるんだよ。空っぽで人恋しくて、ぬくもりを感じてたくてまた女を抱いて……それがなんかやだったんだ」
「リッツ……」
「体が満たされるのは一瞬で、なのに俺の心の穴は埋まらなくて寂しくなっちまうんだ」
エドワードと出会う前は、リッツは空っぽだった。でも出会ってから少しずつ、ローレンやシャスタが色々なものを空っぽのリッツに入れてくれた。
そしてジェラルドがリッツの空っぽの箱を探って、底の方で埃をかぶってた剣技という才能を引っ張り出してくれた。
そしてエドワードが、初めて友として同等に接してくれた。
箱は満たされつつあるというのに、何故かぽっかりとその箱が空っぽになった気分に陥ってしまう。
そこにはリッツも分からないけれど黒々とした不安が横たわっている。
「お前、そんなことを考えてたのか?」
「……うん」
「じゃあ、すぐに帰れば良かっただろう?」
「だけどエド、もっと満たされるんじゃないかとか、もっとぬくもりが欲しいって思ったら、寂しいのに欲しくなるんだ」
ぼそりと呟くと、エドワードが小さくため息をついた。
「悪循環だな」
「うん」
本当に悪循環だ。
だけどきっとリッツはそんなことを、これからも繰り返してしまうような気がしている。
「……リッツ、聞いてもいいか?」
「何?」
「お前の孤独の理由」
今まで黙ってきたことに、エドワードが触れてきた。
一瞬だけ逡巡したあと、リッツは口を開いた。
「なあエド、知ってるか?」
「何だ?」
「精霊族って本当は光の一族って言うんだぜ」
「光の一族?」
「そう。この国の守護精霊王は光の精霊だろ? だからこの国の亜人種は光の一族なんだ」
「もしかして精霊族は人間側が着けた呼び名なのか?」
「そうだよ。精霊族の容姿って独特だろ。絹糸の様に透き通る金の髪、抜けるように白い肌、そして木漏れ日のように輝くエメラルドの瞳。まるで精霊のようだって」
「ああ」
「でも俺、全然違うだろ? シーデナ出身なのに」
今までは話そうと思わなかったが、エドワードに聞いて欲しくなった。
娼館の女たちを抱いて自分が空っぽだと思ったとき、エドワードやジェラルドにいえないでいる、自分の秘密を思ったのだ。
もしそれを聞いて彼らの態度が変わるようなことがあったら、リッツの箱はまた元通り空っぽになってしまいそうで怖かった。
寄る辺のない一年前までの寂しさと思い出すと口にするのは怖かったが、リッツの話を聞いてもエドワードが今まで通りいてくれるのなら、箱を空にすることなくこのままここにいてもいいような気がする。
ここにいることを許されるような気がするのだ。
ゆっくりと体を起こしてエドワードに向き直った。
「どうしたんだ、急に」
「ん……なんかさ、話したくなっちまってさ。いいかな?」
「ああ」
ちらりとエドワードを見ると、エドワードは静かに笑って足を組み直した。
「俺の親父は光の一族の変わり者でさ、村の集落で暮らしてなかったんだ」
リッツはぽつりぽつりと話し出した。
リッツの父親は、子供の頃シーデナ特別自治区のある広大なシーデナの森からさまよい出てしまい、人間に育てられた変わり種だった。
そのせいで父親は光の一族の常識や、悪癖をまったく受け継がず、ほぼ人間として育ってきたのだ。
父親はいつもはぐらかすばかりで、人間とどういう風に生活していたかを話してはくれない。
かなり重い状況で育ったはずの父親なのに、リッツに対しては妙に明るく、妙にはしゃいでいるのだ。
父親の本当の性格が全く分からないからリッツには親が何を考えているのか分からないし、それを尋ねようがない。
そんな父親は成人した後ようやくシーデナに戻ったものの、人間の価値観がしっかりと根付いてしまったせいで、もう一族はおろか自分の親たちになすらじめず、結局は紆余曲折の末に森の外れに一人で居を構えた。
そんな父親が出会い、愛した女性は、光の一族から忌み嫌われる闇の一族の亡命者だったのだ。
「闇の一族?」
エドワードも眉を寄せる。
「うん」
「闇の一族か……」
彼らはユリスラ王国から大山脈を挟んだちょうど向かいにあるゼウム神国に住んでいて、大陸のあちらこちらで暗殺や大きな事件を裏で動かす謎の一族として知られている。
大山脈を越えるすべがないから、ユリスラとは最も遠い国といえるののだが、彼らはユリスラでもたまに事件を起こす。
彼らが何のために事件を裏で引き起こすのか、それは誰も知ることが出来ない。
光の精霊王を守護者とするユリスラ王国でも、対極に位置する闇の一族は忌まわしい者と見られることが常だ。
それは父親や母親本人から耳にしているし、母と共にいるときに感じ取っている。
だからこの国の人間であるエドワードも同じような反応をして当然だ。
「やっぱエドもそんな顔するんだな」
だがエドワードはハッとしたように表情を改めた。
「……すまない」
少し首を振り、エドワードは小さく息をついた。
「少し驚いただけだ」
「いいよ。だってそれが普通の反応じゃん?」
「普通なのか?」
「うん。だからこれ、ユリスラで暮らすなら俺にとって最大の秘密かもしんない」
「それを俺にあっさり打ち明けるのか?」
「エドならどうだろうって思ってさ」
あっさり口にしつつも、そっとエドワードの様子を窺うと、エドワードは口元を緩めた。
「なるほど。俺を試したな」
「うん」
「それで俺はどうなんだ。合格か?」
「う~ん」
エドワードの顔を見ると、エドワードの目の中にはリッツへの嫌悪感はないようだった。
少しだけ安心して頷く。
「たぶん合格」
「たぶんか」
「うん。人間でもたいていは嫌悪感を示すんだ。だけど光の一族の闇の一族への嫌悪感はそれどころじゃねえんだ。あれは嫌悪感と言うよりも……そうだな、憎悪って方が近いかもしんない」
母親は闇の一族の中にいて、まったく裏の仕事向きではなかった。
確かに精霊魔法に関して言えば父親を遙かにしのぐ使い手ではあったが、リッツから見てもいつもにこにこ笑って、穏やかでのんびりした母親が暗殺や謀略など裏の仕事に向くとは思えない。
だからこそ亡命してきたのだが、光の一族は彼女を受け入れなかった。
だから両親は森の外れで二人っきりの生活をしていたのだ。
「それなのに俺が生まれたってわけ。でも俺は生まれたことを許される子じゃなかったんだ。俺は故郷では紛れ込んだ異分子似すぎなかったんだ」
そういった時、何故かエドワードが胸を突かれたような表情をしてリッツを見つめた。
「エド?」
「……続けてくれ」
少し青ざめたようなエドワードが何をどう考えているのか分からなかったが、今ここで話を終わらせたら、何だかもう話せなくなるような気がしてリッツは頷くと自分の話を続けた。
「俺、シーデナに居場所なんてなかったんだ。だって俺、光と闇の合いの子なんだぜ? だからさ、これが本当の村八分ってやつ?」
「……リッツ」
ため息混じりにエドワードがリッツの名前を呼んだが、言葉が止まらずにそのままリッツはしゃべり続ける。
「親父が育った人間の村にも出入りしてたんだけど、そこじゃ人間がものすごい速度で成長してるんだよな。で俺は子供の世話をさせられたんだけど、その子供たちが大人になるにつれて俺を妙なものを見る目で見るようになるんだ。何で年をとらないんだろってさ。そりゃあ居心地が悪かったさ」
「もういい」
「俺の居場所って、どこを探してもなくてさ。だけどここじゃなくてどこかに行けば何かあるんじゃないかって、漠然と思ったんだ。だから旅に出たのに死にかけるし」
一気にしゃべり終えてリッツは大きく息を吐き出しだ。
本当の子供時代はこんな簡単なものではなかった。
闇の混血児であるリッツは、光の一族に殺されかねないような迫害を受けていたのだ。
だがそこまで言いたくなかった。
それを言ってエドワードに友としてではなく同情を持った視線で見られたらたまらなく寂しいからだ。
同情は、信頼を生まない。幼い頃の記憶から、リッツはそう信じている。
だからエドワードには絶対に同情されたくない。
「だからさエド。お前が生きろって言ってくれて本当に嬉しかったんだ。生きろって言われたことなかったからさ。生きていいって、お前がいったから、俺はようやく生きていくことに一息つけたんだ」
「リッツ……」
眉を寄せて痛ましげにエドワードはリッツの名を呼んだ。
苛立ちは既に静まっていて、これ以上エドワードに突っかかる気持ちはもうかけらも残っていなかった。
話を聞いて欲しかったけれど、エドワードを苦悩させたくて話したわけではなかったから、ひとつ大きく息を吸うと明るく言い切った。
「だから俺は女にのめり込まねえの。そもそも俺の命って、もう俺のもんじゃねえじゃん。エドにやったもん」
「お前な、深刻な話なのに、何を女遊びのいいわけみたいに締めてるんだ」
ため息混じりにエドワードが前髪を掻き上げて呻いた。
「言い訳というのはもっと軽いもんを選ぶもんだ」
「いいじゃんか。話したくなっちまったんだから」
言い放つとリッツは再びベットにごろりと横になった。
内心はどきどきしていた。
これでもしエドワードがリッツを今までと違う目で見たらどうしよう、リッツをいらないと言ったらどうしようと考えるとエドワードの顔を見ていられないのだ。
「お前という奴は……」
軽く眉間を揉みながら嘆くエドワードの声に、リッツはぼそりと話しかける。
「エドも気が向いたら話せよな」
リッツもエドワードが何かを隠しているのを知っている。
そしてエドワードはリッツが感づいていることを知っている。
二人とも自分の事を知られたくなくて黙っていたから、なんとなくそんなことにも気がつくのだ。
だけどリッツの秘密は明かしてしまった。次はエドワードも秘密を明かしてくればいい。
そのことで二人の関係にひびが入ることなどないことも何となく察していた。
だからこそ話せとエドワードに詰め寄る気も全くない。
「気が向いたらな」
軽くリッツをいなして小さくため息をついたエドワードは、不意に笑みを漏らした。
「まあいいわけは聞いたが、結局のところ女は良かっただろ」
「うっ……」
「重い話で言い訳しても丸々二日間の乱行は帳消しにならないからな。ま、これで人生の半分も知ったわけだし、覚悟も決まるってものだろう?」
「覚悟?」
思いも寄らないことを言われてリッツは身を起こし、エドワードを見た。
「何の?」
「ちょっとした局地戦さ」
「は?」




