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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
争覇の終極
122/179

<1>

いつも御覧頂きありがとうございます✨

燎原の覇者シリーズもこれで8冊目になりました。

前巻のシアーズ草原の戦いの続きで、シアーズ王城攻略戦となります。ついに王都を目指す戦いも終幕です。

戦いの話が続きますが、読んで頂けると嬉しいです❗


では8巻「争覇の終極」始まりです✨

 王国歴一五三六年一月一日。

 深緑色の草原を赤く染めた戦闘は、未だ終わる気配を見せていない。時間を追うごとに怪我人や死者の数だけが増えていき、門内の人々には先行きが全く見えていない。

 だが大門の中にまで響く戦場の重苦しい喧騒に、心穏やかでいられるわけもなく、人々は明日訪れるかもしれぬ戦いの恐怖に身を縮めていたのである。

 幾度か鳴り響いた激しい爆発音と、地を這うような振動は、人々を恐怖に陥れるのに十分であった。

 年始めである昨日、国王を頂き、どこか浮かれたような大行列が貴族を先頭に華々しく街を出て行ったのに、現在は悲壮な状況だ。

 勇ましく出陣した大部隊を見送ってからずっと開かれていた大門からは、現在傷ついた兵士たちが雪崩打つように逃げ込んできている。

 出陣の時とは正反対の敗残兵の群れは、覗き見たシアーズの人々を不安がらせた。

 いったい外では、どのような戦闘が起きているのか、噂だけは名高いエドワード王太子なる人物が、本当にシアーズを救ってくれるのか、それすらも分からない。

 目にするもの全てが、人々の不安の種であった。

 最初に逃げ込んできたランディアの負傷兵たちは、とうにこの街から姿を消している。炎に焼かれた者、血を流した者たちの行列は、真っ直ぐにシアーズを抜け港へ向かっていったのである。

 大門から帰還する負傷兵たちはその後も続々と数を増やし、戦場のすさまじさを街の人々に伝えている。

 太陽は姿を消し、薄闇が帳を下ろしつつある頃には、すでに敗残兵たちしか見ることができない状態になった。無事でいる者を探すことの方が困難な状態だ。

 だがそんな悲壮な状況に更なる追い打ちがかけられた。スチュワートにより、大門の閉門が命じられたのである。

「閉門! 閉門せよ!」

 その叫び声と、閉門のラッパが高々と鳴り響いた一瞬、水を打ったように大門広場は静まりかえり、次の瞬間には更なる大混乱に陥った。

 怪我をして運び込まれる兵士を押しのけ、我先にと門内に雪崩れ込もうとする貴族。

 その貴族を更に上位の貴族が踏みつける。

 貴族同士互いに怒声を浴びせながらのその光景は、無様を通り過ぎてもはや滑稽ともいえた。

 貴族たちの争いを避けるように、兵士たちが必死で門をくぐろうと大声を上げていた。

 怪我を負った兵士が、より重い怪我の兵士を背負っている状況で彼らが上げるのは、貴族への怨嗟の声だ。

 先ほどまで味方であった貴族をののしる兵士の声は徐々に数を増していた。だが混乱を極める貴族たちがそれに気付くそぶりもない。

 彼らの中で平民の兵士は駒でしかない。駒の苦情よりも、自分が如何に王城まで逃げ込むかの方が重要なのである。

「閉門せよ! 閉門である!」

 平穏な日々においては大きく開け放たれている大門が、幾人もの警備兵たちにほぼ閉じられつつあった。

「待て! まだ怪我人が!」

「黙れ黙れ! 命令は絶対だ!」

 中に逃げ込もうとする者と、命令に怯えて閉ざそうとする者の間で小競り合いが起きていた。

 どちらも同じ制服を身につけ、いがみ合うその光景は醜悪だ。

 ここまで崩壊した軍は、もう戦えないだろう。それは誰から見ても自明の理である。

 ごった返した大門広場では、重傷を負ったものが踏みにじられ、規則正しく敷き詰められた石畳を暗紅色に染めていた。

 人が人の尊厳を失い、互いに踏みつけ合いのの知り合うその光景は、想像上の死者の国を思い起こさせた。

 闇に支配されし死者の国は、咎人に残虐な罰を与え、恐怖で支配するといわれる。

 目の前で更なる混乱を極めていくこの光景が、死者の国とどれほど違うというのだろう。

 数十分のせめぎ合いの後、貴族のわめき声で大門の内側から外側に向かって一斉に矢が射かけられた。

「国王陛下の命ぞ! 扉を閉めよ、抵抗する者は殺せ!」

 それは異様な光景だった。

 城門内からの攻撃という予期せぬ事態に、怒号が飛び交うも、扉は沢山の兵士たちを門外に残したまま無情にも閉じられる。

 扉を叩く音、泣き叫ぶ声が大門の分厚い扉の向こうからうねるような重さで響いている。

「またも自分の首を絞めるようなことを」

 混乱と怨嗟の声が響き渡る大門広場の片隅で、グレイグは呟いた。

 国王を名乗るのならば、それなりに兵士を救う手立てを講じるべきだろう。だがそれすらも放棄して彼らは自分だけを守ろうとしている。

 最初から末期症状であったこの王国も、ついに最後の瞬間を迎えようとしているのかもしれない。

 そう考えつつも、苦笑する。

 記憶を取り戻すまではそれに荷担していた身だった。今思えば、嘆かわしいことこの上ない。おかげで唯一の身内には、死ねと言われてしまった。

 死ねなかったが。

 怒りに震える水色の瞳、引き締められた薄い唇。

 ルイーズそっくりだった。

「グレイグ」

 声をかけられて振り返ると、男性兵士の服装をしたグレタがいた。グレタは無言のまま、顎で自分の後ろを示した。

「バルディアさん」

 そこには革命軍シアーズ改革派の数人が、ユリスラ軍の軍服を着て控えている。皆一様に顔色が悪い。彼らの貴族のやり口に嫌悪を覚えているのだ。

「酷いことになったな」

「はっ……」

「すまないが、もう少し堪えてくれ」

「……了解しております。ですが……」

 男たちが押し黙る。

「あまりに悲惨すぎる……」

 あの扉の前で行われた軍にあるまじき残虐で無様な恐慌により、悲惨にも踏みにじられているのは、ユリスラ軍人であっても平民だ。

 ここに居るシアーズ改革派と、ほんの少し前まで共に国を守っていた同志なのだ。

「次の作戦が決行されたら、兵士たちを救護所に収容する。救護所の手配はすんでいるな?」

 声をかけた後方の救護兵は、力強く頷いた。

「民間の宿泊所を一棟借り上げています。町医者と我々救護兵が待機済みです」

「あとは君の連絡次第ということだな?」

「はいバルディアさん」

「よし」

 救護所は表向き、この革命にて怪我をした全て者のための救護所だ。

 だが貴族に見捨てられ、怪我を負いつつ放置された兵士たちにとって救いになることだけは間違いない。

 何しろ貴族たちは門をくぐったあと、兵士たちを放置して一斉に王城まで逃げたのだ。

 見捨てられた兵士たちは、従来ならば革命軍が進攻してきた際、皆殺しになる。敵を壊滅させる、それが戦争だ。

 だが彼らは絶対にそれをしない。それどころか救おうと考えているのだ。

 当然、無償の思いやりではない。

 施療院は兵士たちを見捨てずに助けることで彼らに感謝の気持ちを持たせ、エドワードに忠誠を誓う気持ちを起こさせるための意識改革の場である。

 貴族ならばそれを偽善だと言うだろうか?

 だが戦略としてこれは最も正しい戦力補充である。人心掌握に長けたエドワードらしい策だ。

 ジェラルドからの書状によればエドワードは無駄な死を好まない。最上策は戦わずして勝つことだと考えているようだった。

 だが現実として内戦状態の今それは難しい。自軍を増やし敵軍を減らすのに最適解を探した結果、巨大救護所の設置になったのだろう。

 革命軍に正式な軍人は少ない。その正式な軍人の忠誠を得ることは今後の国家運営に重要だと思われるからだ。

 大門広場から、徐々に貴族たちや動ける兵士たちが減り、怪我をした者、呆然と動けない者、元々大門を警備していた者だけが残されていく。

 大門の外からは、変わることなく革命軍の鬨の声や、王国軍の悲壮な叫びが聞こえているというのに、この静寂は不気味でもあった。

 まだか。まだなのか。

 一刻も早く人々を解放したいという思いはあるし、広場に倒れ込む重傷者を運びたい気持ちもある。

 だが今のまま扉を開ける手段がない。扉を開閉するには多数の人員が必要であるし、そのための仕組みも城壁の中だ。

「グレイグ」

 小さくも鋭いグレタの声がグレイグを呼ぶ。振り向くと待ちかねていたことが起きていた。

 すっかり帳の降りた夜の闇の中で、西門が赤々と燃え上がっていたのだ。炎は徐々に広がりを見せていく。

 それは遠目に見れば門自体が燃やされているように見えるだろう。

 これを待っていた。

「……動くぞ」

 短く告げたグレイグに、従う数人の兵士が頷く。「王太子殿下とユリスラのために」

「王太子殿下とユリスラのために!」

 一同が小さく唱和し、思い思いの武器を手に、大声を上げながら大門に走る。当然ながら警備兵が行く手を阻んだ。

「何をしているか!」

 警備兵の叱咤に、グレイグは大声で告げた。

「もうしあげます! 西門、陥落! 西門が陥落しました!」

 どよめきが一瞬静まった。次の瞬間には怒濤のように動揺が広がる。

「西門から革命軍が攻めてきております! このままここに止まれば、我々は逃げ場がありません!」

「早く王城へ!」

 グレイグたちの更なる大声が、苦痛の呻きに支配された大門広場に響き渡った。

「西門が落ちた! 革命軍が来る!」

「門を守っても意味が無い!」

「ここはもう駄目です! 早く逃げなければ終わりです!」

「西門から敵が! 敵が入り込んできます!」

「西門から王城まで真っ直ぐだぞ!」

「逃げ道がなくなる!」

 最初はグレイグを含めて数人だった叫びが、混乱の中で幾人もの人間を経て、激しいざわめきへと変わる。

 途端に飛び出してきたのは城門を守る貴族たちだった。この大門の警備兵たちを束ねていた指揮官たちだ。

 勿論先ほど兵士たちを弓で射かけて殺し、城門を閉ざすように命じた者たちだ。

「どこへ参られますか!」

 動揺す警備兵の呼びかけに応えず、恐慌状態となって貴族たちはばらばらと大門から離れていく。同じく警備兵たちの一部も逃げ出し始めた。

 グレイグは部下たちに視線を送る。心得たように彼らは頷き、更に混乱を振りまいた。

「西門を突破したのは、ダグラス中将の模様!」

「ダグラス中将が来ます!」

 恐慌状態が起きた。人々は口々にギルバートの名を呼び、それが大きなうねりとなった。

 さすがギルバート・ダグラス。名前だけだというのにこの恐慌のしよう。隻眼の怪物健在だ。

 その途端堰を切ったように敗走が始まった。

 再び大門広場は混乱に陥る。人々は逃げることに必死で、大門へ注意を払う者はもうすでにいない。

 逃げ出していく人々を尻目に、グレイグたちは大門にたどり着いた。大門を封じているのは、鉄でできた巨大な二本のかんぬきだけだ。

 これさえ外してしまえば、大門は外から押し開けられる。数人がかりでしかかけられない鉄のかんぬきを、グレイグ以外の部下たちが押し上げる。

「! 何をしているんだ!」

 叫び声を上げたのは気がついた警備兵だった。貴族ではなく、平民なのだろう。先ほどの騒ぎで酷い傷を負っている。

「扉を開けること、許さぬぞ!」

 流れ落ちる血を吹きつつ声を荒げた兵士に、グレイグは冷静に訪ねた。

「何故だ?」

「……何故……?」

「お前は何故扉を閉ざしておきたいんだ?」

「! それが命令だからだ!」

「お前たちを見捨てて王城まで逃げた貴族たちのか?」

 兵士は唇を噛みしめて俯いた。握りしめた拳が震えている。

「我々は……警備兵だ」

「何を守っているのだ?」

「……シアーズの安全を……」

「笑止だな。貴族が人を狩るこの王都が平穏だと?味方を踏みつけ見殺しにするこの軍隊が平和を守れると?」

 俯く男の後ろから数人の男たちが無言で歩み寄って来る。彼らは皆怪我を負っていた。

「我々はこの大門を開く。貴族に従い、偽王の指示にあくまでも従い、我らの邪魔立てをするならば、ここで戦うまでだ」

 ゆっくりと相手に考える時間を与えつつ、槍を構える。

「……さあ、どうする?」

 いつの間にか大門の外側が静かになっている。こちらの静まり方と同様に。気がつくとグレタが剣を握ってグレイグの隣に立っていた。

「選ぶがいい。平民を捨て駒とする貴族と共に生きるのか、エドワード王太子殿下と共に新たな時代を生きるのかを!」

 堂々と宣言すると、兵士たちは俯きがちだった顔を上げた。

「あなたはいったい……」

「私は革命軍シアーズ派グレイグ・バルディアだ」

 警備兵は息を呑んだ。

「では……」

「そう、シュヴァリエ夫人に殺されたルイーズ・バルディアの兄にして、シアーズ派を統率する者である」

「バルディア夫人の……兄……」

「そうだ。もう貴族は逃げ落ちた。まだ傷ついた兵士たちが取り残されているはずだ。貴官たちは仲間を救いたくはないのか?」

「我々は……」

「我らには彼らを救護する準備がある」

 男の手がゆっくりと力を失った。後ろの男たちも同様に手にしていた武器をしまった。

「戦いはもう終わるのか?」

 警備兵の呼びかけに、グレイグは頷いた。

「終わる」

「こんな……命をかけても何も報われぬ時代も終わるのか?」

「終わる! エドワード王太子殿下がこのような世を変えてくれる」

 力強く宣言すると、警備兵は真っ直ぐにこちらを見つめた。

「信じてもいいのだな?」

「王太子殿下を信じろ。彼は精霊族の戦士に選ばれた誠の王だ」

 静かに剣を納め、警備兵は回りの部下たちを見渡した。彼らも一様に武器をしまい、この場で最も上位らしき警備兵を見つめている。

 やがて彼らの視線の中で警備兵は頷いた。

「大門を解放する」

 重々しい言葉に、グレイグは心から頭を下げた。

「……感謝する」

「バルディア夫人の兄君に頭を下げられるなど……」

「何を言うんだ。ルイーズも私もグレインの農民さ」

 静かに微笑むと、警備兵も微かに微笑んだ。

「……そうでしたね」

 鉄のかんぬきが石畳に叩き付けられた。

 気がつけば幾人もの兵士たちがかんぬきに手をかけている。二本目のかんぬきが石畳に落ちると、大門がゆっくりと外側から開かれる。

 雪崩れ込んできた傷ついた兵士たちを乗り越え、扉の外に残されていた貴族たちが先へと逃げていく。残された怪我人に向かって、グレイグは大きく声を上げた。

「我々は革命軍シアーズ派だ! 貴族は逃げ去った! 怪我人を見捨て、君たちを門外に置き去りにした貴族をまだ守る気があるのなら、王城へ行くがいい。だがもう貴族たちから離れ、エドワード王太子と共に希望のユリスラを見たいものは降伏せよ!」

 不意に打ち込まれた弓矢を槍でたたき落とし、斬りかかってきた貴族を槍で貫いた。隣で舞うようにグレタが剣を振るった。

「殺せ! 革命軍を切り捨てよ!」

 貴族は更に兵士たちにグレイグを倒すように命じる。ゆっくりと剣を手にその貴族に立ちはだかったのは、グレタだった。

「黙るのは貴官のようだ」

「何……?」

「周りを見よ」

「周り?」

 貴族は誰もが疲れ切ったように動かない兵士たちに気がつく。

「何をしているか! 殺せ!」

「……嫌です」

「何だと!?」

 兵士たちも気がついたのだ。革命軍がシアーズに来た今、家族を殺されることを恐れて貴族に従う必要がないと言うことに。

「平民の……平民の分際でっ!」

 叫んだ貴族の前で、グレタはゆっくりと剣を構えた。

「貴様っ!」

「小官はハロルド王直属の査察官だ。ハロルド王の最後の命により貴官を排除する」

「査察官だと? 馬鹿なっ……」

 最後まで言葉を発することなく、貴族は腹から血を吹き出す。グレタの剣の一突き同様に、数本の剣が貴族に突き立っている。

 その剣は兵士たちの剣だった。

「我々は平民だ。だが奴隷ではない!」

 兵士たちが剣を引くと、貴族は音を立ててその場に倒れた。その目は見開かれており、自分の死が未だ信じられぬというように見える。

「グレイグ」

 グレタに促され、グレイグは残った兵士たちに向かって高らかに宣言する。

「我々革命軍には、怪我人を受け入れる準備がある。エドワード王太子殿下と共に新たなユリスラに生きたい者は、降伏せよ! 革命軍シアーズ派代表グレイグ・バルディアの名において貴官らに暖かいベッドと手当を約束しよう!」

 グレイグの宣言に、一斉に声が上がった。

「エドワード王太子殿下に忠誠を!」

「エドワード王太子殿下に忠誠を!」

 エドワードの名を叫ぶ兵士たちの間を、貴族たちが恐れて逃げていく。

 命じる者と命じられる者、戦う相手が、一瞬にしてその立場を変えたのだ。

 それは兵士たちの大半が、偽王スチュワート軍の貴族を捨て、エドワードについた瞬間だった。

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