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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
背徳の功罪
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呑気な冒険者たちシリーズ読者さんのための背徳の功罪エピローグ

『セクアナ自治領主暗殺未遂事件』のページを開き、フランツは文字を目で追った。

『ハーマン伯爵とメイソン男爵によって起こされた、ジェレミー・ガルシア侯爵および、エドワード王太子、ジェラルド・モーガン、精霊族リッツ・アルスターの暗殺計画。

 ガルシア侯を害し、セクアナ自治領主の座を奪い取ろうと画策したハーマンを、ルーイビルとセクアナの併合を企むメイソンがそそのかし、セクアナの北部同盟加盟のために訪れていた王太子もろとも自治領主を弑虐しようと企んだ事件である。

 ハーマン、メイソン側は、偽王の証書を持っており、当時セクアナを実質支配していたルーイビルの自治領主を通し、スチュワート偽王がエドワード王太子の暗殺を狙ったとする説もあるが、実証はされていない。

 この事件での死者は、二十人に及ぶ。

 そのほとんどがハーマンの私兵であり、革命軍にひとりの死者も出なかったことから、絶対的な計画性のなさが知られている。

 ハーマン、メイソンとも浅慮であり、この暗殺未遂事件は、突発的な犯行であったとの説が有力である。

 また一部歴史家の間では、この暗殺未遂事件がなかったならば、セクアナの北部同盟加盟は成り立たなかったとの説もある。

 彼らの見方ではデューイ・メイソンは、浅慮な反乱者ではなく、ガルシア侯の忠実な部下として、セクアナの未来を守ったとされているが、こちらの物証も乏しく、実証はされていない』

 続いてフランツが開いたのは、リッツとエドワードに、ほぼ同じ時期に起きたこととして語られた、オスト伯爵襲撃事件だった。

『オスト伯爵家襲撃事件

 当時、シアーズ軍は、人材が極端に不足しており、直轄区内から若者を狩り集めていた。これに反対した近隣の村の住民たちが、革命軍の遊撃部隊を受け入れ、抵抗を始めたのが事件の始まりである。

 遊撃隊の活動により、オスト伯は王族からの指令通りに人材を集めることができなくなった。

 そこでオスト伯が考え出したのが、自らの支配する村を焼き討ちにし、遊撃隊員を追い返すことであった。

 オスト伯は当初、遊撃隊を追い返し、村を住めない状態にすれば、自然に村人たちがオストに住む事になり、否応なくオスト伯の命令に従うであろうと考えたようだが、これが逆効果となる。

 近隣の三村人たちが、若者を狩り集めた上に、村に火を放った伯爵を、怒りにまかせて襲撃するに至ったのである。

 この事件により、オスト伯を含む、オストの貴族たち三十名の内、二十名までもが、村人たちの怒りで命を落とした。

 対する村人の死者は五人に過ぎなかった。

 これは歴史上、支配者階級である貴族から、被支配者階級である平民が、自らの力でつかみ取った、記念すべき最初の勝利とも言えよう。

 この事件で有名なのは、精霊族リッツ・アルスターの言葉である。

 かの英雄の片腕は『貴族の命を奪い、復讐を連鎖させることに何の意味があるか。貴族も平民も同じ人として生きてこそ、互いを初めて顧みることが出来るのではないか』と、貴族と村人の間でお互いを説き伏せ、戦いを終わらせたのだという。

 これ以後オストでは、いち早く民衆による街長の選定が行われた場所となった』

 フランツは小さく溜息をついて顔を上げた。

 話が終わった後、いつも通りにリッツの回りにアンナがまとわりつき、エドワードがリッツをからかうと言う構図ができている。

 年下の恋人にまとわりつかれて、締まらない顔で笑っているのがかの英雄の片割れでオスト伯襲撃事件を治めたという精霊族のリッツ・アルスターだ。

 そしてワイングラス片手に、人の悪そうな顔をして、相棒をからかっているのが、ガルシア侯暗殺未遂事件で命を狙われた、エドワード王太子本人である。

 歴史書を見る限り、申し訳ないが目の前の二人と、歴史書の中の二人が同一人物であるとは、とても思えない。

 ではリッツとエドワードの語る話が、現在の二人とぴったり一致するかと言われれば、それも違う。

 何となくフランツは妙な気分になった。何だか二人が、もう一組いるような気がしたのだ。

 世間知らずで、少々抜けているのは置いておいても、すぐにいじけて、落ち込んで自分の闇にずるずる落ちていくリッツは、リッツらしいと言えるが、過去のエドワードと今のエドワードが、フランツの中で上手く繋がらない。

 自らの重圧の中で押しつぶされそうになる自我を、自分の相棒と過ごすことを頼みに乗り越えてきた、繊細な過去のエドワードが、このロープよりも図太い神経を持った、老練な大公エドワードと結びつかないのである。

 もしかして、エドワードは二重人格なのだろうか。

 本当のエドワードはどちらなのだろう。

 楽しげにワインを口に運び、リッツとアンナのじゃれ合いを眺めている姿を疑惑の目で眺めていると、視線に気がついたのか、エドワードはこちらを向いて問いかけてきた。

「妙な顔をしているな、フランツ。私の顔になにかついているか?」

「いえ」

「ではどうした?」

「陛下は、二重人格者ですか?」

 率直に訊ねると、エドワードは思い切り不審な顔をした。

「……何?」

「ですから、二重人格者ですかと」

 いつものエドワードらしくないえもいわれぬ顔をしたエドワードに、リッツが吹き出した。

「エドを知らないと、そう思うよな~」

 笑いながらリッツに肩を叩かれ、エドワードは憮然としている。

 怒らせたのかとはらはらしたが、リッツがエドワードの代わりに、笑いを残しつつフランツに向き直った。

「つまりお前は、昔のエドと今のエドが結びつかないっていいたいんだろ?」

「ああ。昔の陛下はその……繊細そうで……」

「だよな。でもな、実は変わってなかったりするんだぜ。今はアンナやお前相手に、ちょっと格好付けてるだけなんだ」

 わざとらしく声を潜めたリッツに、エドワードが不機嫌そうに警告する。

「聞こえているぞ、リッツ」

「あれ、おっかしいなぁ~。こっそり話してるつもりだったんだけどな」

「お前のこっそりは、どれだけでかいんだ」

「お前が地獄耳なんだ」

「ほう。私の耳が地獄耳ならば、世間一般的な人間全てが地獄耳になるが?」

 また関係ないことになっていきそうな話の中れに、フランツは溜息をついた。

 リッツとエドワードは、大体こうして言い合いをしている印象が強い。

 だが過去の物語の中の二人が、こうして言い合いをしている印象はあまりない。

 どちらかと言えば、お互いが大切で、いつも互いを想い合っている印象がある。

 今回の話など特にそうだった。

 リッツが信頼できない人間を配下に加えたエドワードが、リッツに気を遣いすぎて結局友を裏切るようなことになってしまったのである。

 そしてリッツは今のリッツでは考えられないが、そのことに傷ついて、エドワードとやり合うこともなく、エドワードの元から逃げ出してしまう。

 あのシチュエーションが現在のリッツとエドワードだったらどうなるか、簡単に想像が付く。

 ますリッツが気にくわない者を、エドワードが配下に加えたとする。

 するとリッツは軽く言うのだろう。

『ま、お前が考えたことだ。俺はそれでいいよ』

 そしてそれを聞いたエドワードは苦笑しながら『悪いな。そんなわけだから頼む』というのだ。

 するとやはりリッツは笑いながら『ああ。頼まれた』と軽く受け止める。

 この『頼まれた』は二人の間で色々な言葉に変わっている。

 何かあったら、そいつの処分を任せるであったり、何かがあったら相応の対応をそいつにしてくれであったり、報告してくれると助かるであったりするのだ。

 そんな二人の言葉に出さない信頼は、共に旅をしてきた二年の間、幾度も見てきた。

 だから余計、今の二人と、過去の二人が同一人物に見えないのである。

「あのね、フランツ。私はこう思うんだけど」

 声をかけられて我に返ると、しょうも無い言い合いをしているリッツとエドワードの代わりに、アンナが目の前に座っていた。

「何?」

「きっとね、リッツとエドさんは全部を乗り越えきったから今の二人なんだと思うよ」

「全部を乗り越えきったから?」

「うん。信頼すること、大切な存在だってお互いに確認し合うこと、ぶつかり合っても理解し合えるって思うこと、全部を乗り越えたから今の二人なんだよ」

 いつものように暖かく笑うアンナに、それでもフランツは首を傾げる。

「でも人格が違いすぎないかな?」

「そうかな? あ、でも昔の二人と今の二人が違うのはきっと、一番の障害を乗り越えて、今一緒にいるからだと思うよ」

「一番の障害?」

「うん。リッツとエドさんは、会いたくても会えない苦しい三十五年を乗り越えたんだもん。きっともうお互いに、何の遠慮もいらないぐらいの信頼を手にしたんだよ」

 自信満々に他人の二人をそう語ったアンナに、感心ししそうになったその時、アンナの頭に乗せられたのはリッツの手だった。

「……当事者に聞かずに当事者を語るなよな」

 苦笑しながらのリッツを見上げつつ、アンナはにっこりと笑いかけた。

「合ってるよね?」

「どうだエド?」

「確かに昔以上に、リッツに対して遠慮は無いな、私の場合は。だがリッツは再会当初、私相手にびくびくし通しだったぞ?」

「……え?」

 アンナとフランツの声がかぶった。

「おい、エド!」

「年を取った私を私と認めてくれたが、すぐに『自分が年を取らないから、置いて行かれる』だの何だのとぐちぐちし始めたな? だから自分は所詮、傭兵だし、だの何だのといいわけを連呼して、昔のように抱きついたり飛びついてこなかった。あれは恥ずかしくてではなく、私が年を取ったのを認めるのが怖かったのだろう? 遠慮しまくられているのは分かっていたから、余計に私はリッツに対して遠慮無くぶつかるしかなかったのさ」

「エド!」

「まあ、再会したときに昔のようにリッツを抱きしめて『よく戻ってきたな。待っていたぞ』と言えば、リッツを泣かせる自信はあったのだが、それはアンナとフランツの手前やめてやった。今考えればあの時に元のお前に戻しておけば、後の苦労はなかった気もするな。だがそれをやってしまったら、お前は私から巣立って、アンナの所へ飛んでいかなかっただろう? また私をお前の一番にされると、それも困る。ありがたいことに、私の暗殺事件以後、自覚もしていないくせにアンナへの想いでめちゃくちゃになっていたしな、お前は」

「やめてくれ! 昔の俺ならともかく、今の俺を全部暴露するのはやめてくれ!」

 蕩々と語るエドワードに、リッツが慌てふためいている。

 どうやらリッツは今までエドワードに全て読まれて接しられていたことに、気がついていなかったようだ。

 頭を抱えるリッツと、それを笑顔で見下すエドワードに溜息をつきつつ、フランツは口を開いた。

「……つまり陛下は今も昔も変わらないけれど、リッツの反応で接し方を変えているだけということですか?」

「その通りだ。つまりリッツは鏡を見ているのさ。リッツが素直に私に接すれば、私は昔のまま接するし、意地を張れば張るほど、ずかずかと土足でリッツの心に押し入るだけのことだ」

「ひでぇよ、エド」

「酷いのはどっちだ馬鹿め」

 二人が睨み合った間に、アンナが割って入った。

「は~い、はいはいっ!」

「何だアンナ?」

「じゃあリッツが素直になったら、エドさんは穏やかな昔のエドさんに戻るって事ですよね? リッツ、やってみたら?」

 興味津々の顔で瞳を輝かせながらアンナに見上げられたリッツは、本気で困惑している。

 だがフランツもエドワードも知っているが、アンナのこのキラキラ攻撃から逃れる術はない。

「む、無理無理! 昔の俺はお前みたいなんだぞ? 今更戻れるか!」

「なんで? 私の前では凄く素直なのに? 甘え上手だし、笑顔もとっても可愛いのに?」

「お前も暴露するか! 今晩はなんだ、俺の暴露大会か!?」

 叫んだリッツに、エドワードが吹き出した。

 それからおもむろに、エドワードはリッツを見上げる。

「リッツ」

「何だよ!」

「本当にお前を大切に思っているよ。ここにいてくれてとても嬉しい」

 穏やかにそういったエドワードが浮かべた微笑みは、今まで見たリッツとやり合っているときの笑顔じゃなかった。

 まさに今まで語られていた、繊細で穏やかなエドワードだったのだ。

 なるほど、確かに同一人物かもしれない。

 そう思ったフランツだったが、その笑顔に思い切り戦いたのは、リッツだった。

「やめろエド! 何だか悪いことをした気分になる!」

「……」

「何だか分かんないけど、ごめんなさいの気分だ」

「お前の中で私のイメージはどうなっているんだ」

 溜息交じりのエドワードは、軽く肩をすくめてフランツへ目を向けた。

「どうだ? 昔の私と同一人物に見えたかね?」

「はい」

「人というのは、歴史と同じで一面から見ても理解できないものだ。私にもあいつにも、様々な面からみた、様々な人格がある。フランツ、いつものその本には、今日の話はどう書かれていた?」

 とっさに振られて、フランツは先ほどの文章を思い出す。

「はい。メイソン男爵の反乱は、メイソン男爵が画策した反乱で、悪く書かれています。オストの反乱は平民による勝利だと……」

「だが私たちが話した真実はどうだった?」

「メイソンは、自治領区を救うために、自ら反乱分子をまとめて犠牲になった……」

「そうだ。同じ歴史が語られているのに、誰から見るかによって、全くその側面は異なる。人と同じだ」

「……何となく分かってきました」

「そうかね?」

「つまり陛下は、リッツから見た時と、僕やアンナから観た時、グレイグや国王陛下から観た時、全てが違う陛下なんですね? それでも陛下であることに変わりは無い」

 率直に答えると、エドワードは満足げに頷いた。

 こんな時のエドワードは、教育者を思わせる顔をする。

 きっとこれがローレン・セロシアと同じ表情なのだろう。

「そういうことだ。私の素を知っているのは、結局こいつとパティだけなのかもしれない。セクアナの事件の真実を知るものが少ないようにな」

 リッツが溜息交じりに両肘をテーブルに付いた。

「まあ、そうだな。デューイの意思もあって、俺たちも今までデューイの本心を明かしてないし」

「だがもう戦乱から三十七年になるんだから、許して貰おう。真実はなんであるか、そろそろ広まってもいいだろう」

 二人の言葉で分かった。

 フランツやアンナ、ジョーにこの話をしたことはつまり、三人がデューイ・メイソンが何者だったかを口にしていいと言うことだった。

 歴史を知り、それを広める許可を貰った。

 その重みに言葉が出ない。

 アンナも同様のことを感じているのか、至極真面目な顔で、エドワードを見上げた。

「でもでも、それを私たちが話しちゃったら、大変なことになりませんか?」

 珍しく常識的なアンナに、エドワードが柔らかく微笑んだ。

「ならないとも。君は軍学校に提出している書類上、前大臣リッツ・アルスターの養女だ。フランツも書類上、前大臣の養子だろう?」

 実はそうなのだ。

 これは立派な書類偽造だと、シャスタがかなり怒っていたことを思い出す。

 二人とも親からの許可があって学校に入ったわけではないから、この街での保証人が必要だった。

 保証人との続柄を色々と調べられるのは面倒だからと、リッツは二人を前大臣の養子にしてしまったのである。

「養い子である君たちが、現場に居合わせたアルスター老人から、過去の話を聞いてもおかしくない」

「アルスター老人って……」

 リッツが苦笑する。

 前大臣のリッツは、エドワードと同じぐらいの老人で通っているのである。

「これでようやくメイソンの名誉を回復できるのならば、問題などないさ。そうだろう、リッツ?」

 そう問いかけられたリッツは、少しだけ黙ってから、いつものように肩をすくめて笑う。

「デューイは、名誉なんて欲しがってなかった。だからきっと、自分の評価が変わって驚くだけだ」

 口ではそう言いながらも、リッツの目は微かに嬉しそうに細められている。

 リッツに取ってメイソンは、印象深い人物だったのだろう。

 だが不意にリッツが真顔になった。

「だがハウエルの事は秘密だ」

「何で? 三十七年経ったから、こっちも話して大丈夫じゃないの?」

 アンナが丸い目を更に丸くした。

「駄目に決まってんだろ。貴族の失策で民衆が蜂起した話になってるのに、それを提案して実行させたのが革命軍幹部だなんて言えるかよ」

 憮然としつつも、当たり前のようにリッツはそういった。

「そっか。そうだよね~。オストの貴族が、凄く酷いことを考えてたからやったんだって、いいわけだもんね」

「その通りだ。それにエドの名に傷が付く」

 そういったリッツに、アンナはしみじみと納得したようだった。

 だがエドワードはそれがおかしかったようで吹き出した。

「今更私の名に傷が付いたところで、何も変わらんかもしれんぞ、リッツ。私の立場を大切にしてくれたことには感謝するが」

「変わるだろうよ。お前は今も伝説の英雄王だ。この期に及んで評価を下げてどうするんだよ。そんなことしたら、ジェラルドが困るだろう」

 焦ったようにエドワードの名誉について言ったことをジェラルドの事にすり替えたリッツのだったが、全員が今もリッツは本当にエドワードが好きで大切にしていることが丸わかりだった。

 そんな全員の視線に耐えかねたのか、リッツは立ち上がった。

「ちょっと散歩行ってくる。適当に切り上げろよな」

 談話室を大股に出て行ったリッツに、アンナが吹き出した。

「もう、照れちゃって。可愛いんだから」

「本当だな」

 珍しくエドワードがアンナに同意した。

 二人は楽しげに顔を見合わせて笑っている。

 どうやらアンナとエドワードから観れば、リッツは可愛い存在なのだろう。

「ところで陛下」

「何だね?」

「ピーター・ハウエルは、現在どうしているんですか? もう亡くなられたのですか?」

 リッツの天敵の存在を訊ねると、エドワードは肩をすくめて笑う。

「実はまだ生きている。サラディオ自治領区にすんでいるんだ」

「! サラディオに?」

「といってもサラディオの街ではないぞ。サラディオの街からシーデナの森の方へ入った、丘の上に家を建ててひっそりと一人で暮らしているようだな。精霊族コレクターの偏屈な老人として有名だ。精霊族の工芸品や、精霊族が描かれた各国の美術品、それから……」

「それから?」

「内戦時のリッツに関する文献や、絵画も沢山所有しているはずだ。もしかしたらあいつの持っていたものも幾つか所有しているかもしれん。何しろ精霊族の交渉担当者と知り合いらしいから」

「……それって……」

「おそらく、リッツの父親だろう」

「うわ……」

 思わずそんな声が漏れた。

「リッツには内緒にしておいてくれ。ハウエルはもう八十になるんだ。先は長くない。それなのにあいつが知ったら殴り込みに行って、自分に関連するものをたたき壊してくるかもしれないからな」

 妙に真剣なエドワードに、いつもは秘密は駄目というアンナですらも真面目な顔で頷いた。

 リッツなら本当にやりかねないからだ。

「……本当に精霊族が大好きなんですね」

「ああ。特にリッツがお気に入りなんだ」

 妙なところで妙に愛されているリッツに、フランツは同情を禁じ得ない。

 当時の危うげな少年然とした線の細いリッツは、さぞかしハウエルの琴糸に響いたのだろう。

 今のあまりにも精霊族とかけ離れたリッツを観たら、きっと衝撃を受けるに違いない。

「リッツもいないし、今日はお開きとしよう。アンナ、ジョーを起こして連れて帰るんだよ」

 笑顔でエドワードがアンナに言うのを聞いて、初めて爆睡しているジョーの存在に気がついた。

 静かだったはずだ。

 毎朝毎晩、学校でもリッツに挑み続けているのだから、疲れるに決まっている。

「ではまた来週」

 防寒具を着て、洒落た帽子をかぶったエドワードは、笑顔で去って行った。

 その姿が消え、談話室のガラス越しに、扉から出て行くのが見えた。

 エドワードの後ろに、誰かがそっとついて行く。

 照らされたランプに振り返ったエドワードが、後ろを付いてくる人に向かって、満足そうな、幸せそうな笑顔を向けた。

 だからそれが誰かなんてすぐ分かる。

 エドワードは付いてきたリッツと言葉を交わし、二人は連れだって出て行った。

 飲み直しに行くのだろう。

 ふと今日の話を思い出す。

『俺について来いよ、リッツ』

『当たり前だ』

 二人の背に背負われた歴史が、フランツには眩かった。

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