ふたりめ
その人は豚まんじゅうと呼ばれていた。
もちろんあだ名で、誰がつけたのか知らないけどぴったりだと思う。
全然、格好良くない。
むしろ、ちょっとカッコ悪い。
だから、それが恋だと気付いたのは、かなり後になってからだった。
私にとっては二番目の、そして彼女にとっては最初の、そして唯一無二の恋だった。
例えば、自分が死んでしまった事に気づいていない女の子がいたとして、その恋が成就する事はあるのだろうか。
相変わらず、朝一番の講義には顔を出さない蒼介とは、二番目の授業で会うものの、かなり気まずくなってしまい、全く口を効かない日も少なくなかった。
ある日、思い切って話しかけてみると、意外にも彼の方から話題を振ってきた。
「この前の話なんだけどさ」
「この前ってあの話?」
「あぁ、あれからどう?」
「どうって、私に聞かれても」
「違う違う、姉貴に会ったって話」
自分の事は棚にあげて、気になる事を聞く無神経さに少し腹が立ったが、もう気にしない事にした。
「あれから会ってないけど。お姉さんがどうかしたの?」
「勘違い、じゃなければ、あの日君は姉貴と会って話しをしたんだよね」
「だから、そうだって言ってるでしょ」
「姉貴、どんな格好だった?」
随分と歯切れが悪い上に要領を¥得ない切り出し方だった。
「白いサマードレスだったかな、靴はエナメルの黒。綺麗だったなぁ。あの細いウエストも羨ましいよ」
ついこの間の出来事だったが、今ではその記憶も夢のように曖昧だった。
「そんな訳……ないはずなんだよ」
「だから、嘘じゃないっての」
「姉貴が交通事故で死んだ時、確かに白いサマードレスを着てた。でもあれは、もう一年も前だ。ちゃんと葬式もしたから間違うはずがない」
とても冗談を言っている風には見えなかった。
でも、確かに私はあの日、お姉さんと出会ってしまったのだ。
「じゃあ、あれはお姉さんの幽霊? 私は幽霊に助けられたの?」
「分からない。けれど、そうとしか言いようがない」
「もしかしたら、同姓同名の茜さんで、その人の弟も蒼介だった。なんて訳ないか」
「姉貴……まだ、忘れられないのかな」
「何を?」
「何でもないよ。でも、それなら何で俺の所じゃなく、アイツの所でもなく橙子の所に現れたんだ?」
「知らないわよ。貴方があまりにもどうしようもないクズだから、気になって戻ってきたんじゃない? 」
「……そうなのか?」
皮肉で言ったつもりだったが、そうは聞こえなかったらしい。
「橙子が姉貴にそっくりだったから。だから、ちょっと俺、気になってて」
「また適当な事を言ってるし。結局、見境無しに女の子を追いかけてるんでしょうが」
実際、茜さんと私は全然似ていないと思う。
スタイルも顔立ちも、私はあんな風にはなれない。
「私は貴方のお姉さんじゃない。私は私。いい加減な事ばかり言わないで」
「ああ、ごめん」
急にしおらしくなった彼をこれ以上、責める気にもならない。
「ほんとに、しっかりしなさいよ」
やはり、彼はシスコンなのだろう。
確かに、あんなに綺麗なお姉さんを亡くしたなら、少なからず私も彼のように落ち込むだろう。
少し気持ちは分かる。