出会ってしまったから
気が付くと、空が明るくなり始めていた。
流すべきものは涙も鼻水も全部流れて、喉が渇いた。
「どしたの、お姉ちゃん酔っ払っちゃった?」
やけに親しげな口調で、にやついた顔の男が近づいてきて、はっと気付いた。
パーカーなので、上はそうでもなかったが、スカートの裾がはだけていた。
誰も居ないし、見えないだろうと油断していた。
「だ、大丈夫です」
少し怖くなって小声で言う。
「いやいや、大丈夫じゃないでしょ。起こしてあげるからさ」
嫌らしさを隠そうとすらしていない、その様子に身体が強張る。
簡単に、立ち上がれるのに、よろめいて後ずさる。
「止めて下さい」
「あぁ? 親切で声をかけてやったのに。何だって?」
凄みを利かせば言うことを聞くと思ったのか、なで声が野太くなる。
通勤や通学の時間までは人があまり通らず、この男の他には、人影はなかった。
「止めて下さい」
今度はさっきよりも大きな声が出た。
「そんなナリして本当は男を誘ってるんだろ?仲良くしぶふぁー」
確かに誰も居なかったはずなのに、目の前で、男が殴られてぶっ飛ばされる。
拳に何かが当たったような気がした。
「大丈夫? 立てる?」
動揺して気が付かなかったのか、そばにスラリと背の高い女の人が立っていた。
「おい、下衆野郎。警察が来る前にとっとと失せな」
女の人が叫ぶ前に男は逃げていった。
「ありがとうございます」
「あぁ、間一髪ね。この辺りはああいうのも居るから気をつけなさいよ」
きっと女の人が男を殴ったから、吹っ飛んでいったのだろう。
「まだ、具合悪そうだからそっちで休みましょうか」
「いえ、お構いなく。ちょっとびっくりして立てなかっただけですから」
「でも、貴女すごく顔色が悪いわ」
私はその時、自分の事よりも、あまりにも彼女が綺麗で見とれてしまっていた。
透き通るような真っ白い肌とぷっくりとした肉厚の唇。
その唇が真っ赤な炎のように艶やかだった。
「ん? どうしたの?」
「いえ、何でもないんです」
同性相手に、今まで一度も感じた事がない妙な気持ちを抱いた自分に戸惑う。
「私の名前は、茜よ。貴女の名前は?」
「橙子です。だいだいに子どもの子でとうこと言います。」
「別に畏まらなくていいのよ。年もそんなに離れていないようだし」
大きな黒い瞳に吸い込まれそうで、直視出来ない。
「もしかして、違ったら申し訳ないんだけど、うちの蒼介と同じ学部じゃない?」
「え、なんで、そんな事って………蒼介のお姉さんなんですか?」
「ええ、蒼介とは離れ暮らしているけど、話の中に確かそんな名前も聞いた気がして」
あまりにも、奇妙な偶然に私は驚きを隠せずにいた。
そして、つい数時間前の出来事を思い出す。
「弟が橙子ちゃんに何かしたのね」
機敏に何かを感じたのか、茜さんは憤りを露わにした。
「いえ、違うんです。私が勝手に舞い上がって1人で落ち込んだだけなんです」
庇うつもりではなく、気が付くとそう口にしていた。
「それでも女の子をこんな夜の街に放り出して泣かせた事に変わりないわ。許せない」
誰かが自分の為に、こんなにも怒ってくれているという事実に私の心は落ち着きを取り戻した。
「ありがとうございます。私、もう一度蒼介くんと会ってちゃんと話します」
「分かったわ。でも、何かあったら私がキツいお仕置きをしてやるから、遠慮なく言いなさい」
「はい。その時はお願いします」
私はそう言って、笑った。
笑う事が出来た。