いろいろな好きの形
いつもより早く講義が終わったので、あまり行かない研究室のある棟に向かった。
尼崎先生の研究室は二階の突き当たりの部屋だった。
講義の準備などで忙しい先生方は、研究室に居ない事も多かったので期待はしていなかったが、プレートを見ると部屋には居るようだった。
こっそりと中を覗きこむと、先生は窓を半分位開けて煙草を吸っていた。
「先生、ここ禁煙ですよ」
余計なお世話かと思いつつも声をかける。
急に現れた私を見た先生の顔は、まるで幽霊でも遭遇したかのような驚きかただった。
「驚いたな。ノックぐらいしてから入りなさい」
「すみません。お忙しいのに、邪魔してしまって」
「それは構わないが、煙草のことは総務課には黙っておいてくれないかな」
次の講義までは時間があったので、思い切って尋ねてみる事にした。
「先生は茜さんと付き合っていたんですか? 」
「いきなりだなぁ。これ、吸い終わってからでいいかな」
「すみません。私、まったく関係ないのに、変なこと聞いてますよね」
先生は頻繁に隠れて煙草を吸っているようで、灰皿代わりの空き缶が引き出しに入っていた。
「確かに茜のことは気にかけていたが、そういうのとは少し違う。慕ってくれているのは分かってはいたが、あくまでも先生と生徒の関係だ」
「茜さんの事、呼び捨てなんですね? 」
「まぁ、相談を受けたり、プライベートでも付き合いがあったから妹みたいに思っていたのはある。だが、恋人かと問われれば違うと断言出来る」
「お二人は仲はいいんですね」
「彼女のご両親とは同級生でね。蒼介が小さい時からよく遊びにいっていた。たまたま、 この大学で講師として雇われて茜が入学してきたんだ」
「そうだったんですか」
茜さんはやはり、先生を好きだったのだろう。
けれど生徒で妹みたいに思われていた。
「茜と同じくらい蒼介のことも大切に思っている。だから最近のあいつの様子が気になっていたんだ」
いろいろな事がようやく分かってきた。
けれど、肝心の彼女の未練についてはまだ解決出来そうになかった。