会えない理由
結局その日、私と蒼介は授業をサボって街をブラブラ歩いてみたが茜さんを見つける事はできなかった。
「変なことに巻き込んでごめんな」
「謝る理由が間違ってる。もっと他に謝る事があるでしょ」
「ごめん」
「もういいよ。諦めてるから」
私の好意はうやむやにされ、忘れ去られていく。
でも、不思議と何とも思わなかった。
「それじゃあ私帰るね」
「ああ、またな」
誰かの一番好きな人でいることはとても難しい。
蒼介の一番はきっと今もお姉さんで、お姉さんの一番は先生なのだ。
私はまだ、そんな風に誰かを好きにはなれていない。
そんな事を思いながら帰り道を歩いていた。
「あ、橙子ちゃん? 今学校の帰り?」
見覚えのある白いドレスが視界に入ってきて私は苦笑した。
「茜さん、なんで居るんですか? もう会わないと思っていたのに」
「何だか橙子ちゃんが呼んでいる気がして、気付いたらまた会えたわね」
「もう少し早ければ蒼介も近くに居たのに。というか二人で探していたんですよ」
「また、あの子迷惑かけてるんじゃないでしょうね」
その通りだった。
「そんなことより、私なんかに構わず他に会うべき人がいるんじゃないですか?」
「どういうことかしら? 言ってる意味が分からないけど」
茜さんは真顔でそう言った。
茜さんは今、自分が幽霊だと自覚してはいないようだった。
それに、先生に会うという目的も忘れていた。
「えーと、じゃあ蒼介くんに連絡しますね。ちょっと待って下さいね」
「蒼介に? 分かったわ」
電話をしてる間に消えてしまうんじゃないかと思ったが、彼女はまだ目の前に居る。
「どうした? 何かあった?」
「今、お姉さんに代わるから、目の前に居るの」
「え? 嘘だろ」
携帯電話を渡そうと手を伸ばす。
茜さんも受け取ろうと手を伸ばした。
しかし、それは出来なかった。
「あれ? おかしいわね。触れない」
「おい、姉貴。そこに………居るのか?」
受話器から声が聞こえる。
「茜さん、そのままでいいので喋って下さい」
「蒼介? 何か用事?」
「ちょっと待って、今喋ってるのは姉貴なのか? 姉貴。今、どこにいるんだよ」
「駅の近くよ。ばったり橙子ちゃんに会って、そしたら蒼介に電話するって言うから」
「……一つ聞いてもいいか?」
「何よ、改まって」
「俺の昔のあだ名、覚えてるかな?」
「昔って、いつよ。蒼ちゃん? 蒼坊?」
「違う。もっと最近のやつ」
「あぁ、ソーセージね。それがどうかしたの? 変な事聞くわね」
「………。姉貴、橙子に代わってくれ」
「もういいの? 何なのよもう 」
「ごめん橙子」
「え、何? 聞こえなかった」
「お前が喋ってた」
「どういうこと?」
「確かに喋ってるのは姉貴に間違いない。でも声は橙子、君の声なんだ」
「私が喋ってる?」
「姉貴に伝えてくれ、最後に喋れてよかったって」
「最後って。訳わかんないよ。今なら目の前にお姉さんが居るのに」
「もういいんだ。きっと俺は姉貴には会えない。そういう仕組みなんだ」
受話器の向こう側の声は少し涙声だった。
「ちょっと待ってよ。何なのよもう」
その瞬間、茜さんの姿が突然消えてしまった。