自分の言葉は返ってくる
「よぅ、なんか楽しそうなことやってんじゃねぇか」
サキの真上から、機嫌の良さそうな声が聞こえた。ルビアス相手に話しかけているようだが。
(━━━最悪だ)
サキとしては、複雑な気持ちだった。危険要素が増えてしまったからである。
「ふむ、シェルティスか。久しいな、だが少しそこで待っておれ。いま、取り込み中だ」
「はっ、なぁに余裕ぶっこいてんだ。防戦一方のくせに!それに、朋友のピンチを察知してわざわざ出向いてやったんだ。感謝してくれても、バチは当たんねぇぜ!」
軽いやり取りがされている中、サキはこの上なく焦っていた。
(まずい、まずいまずいまずい━━━)
サキは、先ほどから冷や汗を掻きっぱなしである。何せ、ルビアスと並ぶほどの力を持つ邪神がもうひと柱現れたのである。
(幾らアキラ様でも、邪神をふた柱相手にするとなると分が悪すぎる。なんとかしなければ)
そう思いつつ暁のほうを見ると、別の意味で冷や汗が出そうになった。
(アキラ様が、正気に戻っておられる━━━)
つい先ほどまではそうなるよう願っていたが、いまとしてはピンチでしかない。正気の暁ではルビアスとまともな戦闘をすることすら出来ないのだから。
(━━━何をしてるんだ、俺)
ルビアスに突っ込んでいった辺りからの記憶がまったくない。気がつけば目の前にルビアスがいるし、遠くに見えるサキの真上には見知らぬ男がいて、ルビアスと親しげに話をしている。
「一体何がどうなって……うわぁぁぁぁっ!?」
辺りを見回すと一面の草がなくなっており、所々キラキラと光っていた。
「……まさか、俺がこんなふうにしたなんてことは━━━」
「そのまさかではあるが、だからどうした」
ルビアスの顔が暁の視界いっぱいに広がる。それに驚いた暁はズサーッと思い切り後ずさった。
「近い!そこまで近づかなくとも見えている」
「そうか……ああ、先ほどの話に戻るが。これはお主がしたことなのだぞ?」
「なっ……!?」
暁は確認するかのように、再び辺りを見回した。しかし、先ほど見た通りの景色が広がっていた。
「ふむ、原因はわからんがお主の中にあった闘争本能が引き出されたようであるな。素晴らしい力だ。先が楽しみだな」
ふふふ、と笑うルビアスの言葉が暁の頭の中で反響していた。
(俺が……こんなことをしたなんて……)
激しい後悔に襲われると共に、強い恐怖に駆られた。
自分がこんなふうにしたということは、それほどの力が自分にあるということである。ひとが持ち得ない、異質な力が。
(俺は、本当に……もう…人間じゃ、ないのか……)
いままで漠然としていたことが、このような形で知らしめられ暁の心を深く抉る。
人間であったときの記憶はいまでも残っている。何せ、多分つい昨日までは人間だったのだから。それなのに、この身はもうひとではないのだ。
(俺は、どうすれば……)
どうしようもない気持ちになった暁の頭の中に突然、声が聞こえた。
『アキラ様、私がいます』
サキだった。先ほど、自分が偉そうに言った言葉が甦ってきそうだった。
そんな暁に、サキは一生懸命呼びかけていた。
『アキラ様、私は貴方とどこまでも共にいくと決めました。その言葉に偽りはありません。そして、貴方は仰ったではありませんか。自分のことは自分で決めろと、あの言葉をそっくりそのままお返し致します。貴方は、貴方の好きなようになさればいい。私は、勝手にそれについて行きますから』
そう言うと、サキは深く息を吸って遠くに見える暁に向かって叫んだ。
「いつまで悩んでいるのですか!あまり私に心配をかけないでください!」
ぴくっと暁の身体が反応した。そして、頭を軽く振った。
そうだ、悩んでる暇なんてない。そんな時間は勿体ないだけだ。
そして、暁は吹っ切れたような顔をしてサキのほうを向いた。
「……言うようになったな、サキ」
「貴方と付き合っていくには、これくらい図太くならないといけないと気づいたんです」
そうやって言い合うふたりは、とても晴れやかな顔をしていた。
まだまだこれからだ。今の人生は始まったばかりなのだ。精一杯楽しまなければ、その分損でしかない。
そうして強い絆が生まれた瞬間、サキの真上からから声が割って入ってきた。
「オレ様を無視するなんざいい度胸じゃねぇか」
その声と同時に凄まじい爆発が起こった。慌ててサキのもとに向かおうとしたが、暁の前をルビアスが立ちはだかった。
「我のことを無視してもらっても困るな」
そう言って暁の前に手をかざすと、そこから強い風が吹き出し、暁の身体を吹き飛ばした。
「っ、うわあぁぁっ!」
ドンと、背中に何かがあたった。振り返ると、そこにはサキが無傷で暁の身体を支えていた。
「なぜ……」
そこにいるのか、と聞こうとした声をルビアスのつまらなそうな声が遮った。
「ふん、転送陣を使ったのか」
その言葉を聞いて、暁ははっとする。そういえば暁もその陣に助けられたことがあった。ルビアスの前から逃亡する際に。
「おまえ、怪我は!」
「ご覧の通り、かすり傷ひとつありません」
「……よかった」
ほっと息をつく暁に、サキは優しく微笑んだ。すると突然、ふとサキが下を見、その顔が驚愕に彩られた。
「……これは」
暁が問いかけようと身を乗り出した途端、サキは素早く顔を反らした。
「ちっ、勘のいい奴だな」
もうひと柱の邪神、シェルティスが悔しそうな顔をしていた。彼の人指し指がサキのほうを向いているということは、やはりサキが思った通り、何か攻撃を仕掛けられそうになっていたのだ。
「まぁ、いいか。なぁルビアス、今度はオレ様にも参加させてくれよ」
そういって、シェルティスが残忍な笑みを浮かべたその時━━━
暁とサキの真下にあった、ひとつの魔法陣が発動した。
「魔法陣!?まさか……」
「いいえ、私ではありません……これは」
強い光が溢れ、サキの声が途中で途切れた。光が消えると、そこにはもうふたりの姿はなかった。
「あ~あ、消えちまったな。ルビアス、どうすんだ?」
「あれは人間からの召喚であろう?我らにはどうすることもできん。探し出すことも、連れ戻すことさえもな」
そういった話を交わすなか、シェルティスがあることに気づいた。
「ん?なぁ、ルビアス。お前、今回の戦闘で氷を使ったのか?」
「何を言っている、我が不得手なのを知っていて言っておるのか?」
シェルティスの問いにそう答えるルビアスに、だよなぁ?と言いつつ無言の下で考えていた。
(……ルビアスはあぁ言ってるし、神魔はオレ様の近くにいて転送陣しか使ってねぇし……となると)
シェルティスは再びルビアスに問いかけた。
「なぁ、お前が闘ってた奴は氷が使えるか?」
そういったシェルティスに、ルビアスは意味がわからないといった顔で答えた。
「最初から盗み見ていたお主なら知っているだろう?あれの属性は炎だ。対極に位置する水と関わりの深い氷なぞ扱えるわけがなかろうて」
またまた、だよなぁ~と答えるシェルティスは、頭をフル回転させていた。
(だが、この神気は間違いようがない。しかし、そんなことがあるのか?)
考え込んでいるシェルティスの下で、半分は灰と化し、もう半分がカチカチに凍った同じ神気が漂う光闇草が数多く転がっていた。