優柔不断は厳禁です
「そんなもの、俺の知ったことか」
暁が、サキの言葉をばっさりと切る。サキは衝撃のあまり、固まってしまった。そんなサキのことはお構いなしにと暁は片手を腰に当て、話を続ける。
「なぜ俺が、おまえのこれからを決めなくてはいけない?おまえの人生だろう、そのくらい自分で考えろ。俺に聞くな、頼るな。おまえがどんなふうに育ってきたかは知らないが、自分のことくらい自分で決めろ」
少なくとも俺はそうして生きてきた。というその声が、サキにはなぜだか少し悲しげに聞こえた。
「……貴方に、私の何がわかるのですか」
サキは、ほとばしる感情のままに唸った。荒れ狂うように激しい感情が、サキの躰を駆け巡る。自分で自分の気持ちが押さえきれそうになかった。
「邪神とはいえ神の眷属として生を受けた貴方に、神魔として生まれた私の何がっ……」
激情のあまり、どうにかなってしまいそうだった。そして、頭の片隅で、主に激をとばした自分は死が確定だなと冷静に考えていた。
そんなサキに対して、暁はただただ静かに言った。
「では聞くが、おまえは一度でも自分の運命に逆らおうとしたことはあるか。自分の気持ちを、意思を周りに伝えたか」
「っ……」
途端、サキは冷水を被せられたように頭が冷え、息を飲み、固まった。そんなサキに、暁は静かに言葉を畳みかけた。
「おまえは確かに苦労したんだろう。俺には想像もつかないくらい辛い思いもしてきたんだろう。だが、いままで周りに流されていたくせに、いまになってあれこれ言うな。自分の気持ちをちゃんと言わなかったくせに、後になって言うなどただの卑怯者だ。いまからでも遅くない。自分のことくらい自分で決めろ」
暁の真っ直ぐな瞳が、言葉が、サキの心を射貫く。サキはその瞳に気圧されながらも、暁の言葉を頭の中で何度も反芻していた。
(自分ことは、自分で決めろ……か)
いままで他人に決められたように生き、歩んできた。抗っても無駄だと思って、諦めていた。けれど、暁は自分の人生は自分で決めろという。諦める必要はないのだと、その瞳が物語っている。
(諦めなくても、いいのか……それが赦されるのだろうか)
サキは生まれて初めて心から悩んだ。自分のこれからに。そして、自分の在り方に……
(もし、自分で決めてもいいというのなら。私は……)
葛藤するサキの耳に、暁の声が響いた。
「おまえがこれからどうするかは知らないが、自分で決めたなら最後まで貫き通せ。自分で選んだ道ならば、何があっても後悔は少ないだろう」
とそのまま去ろうとした暁の背中に、サキは言葉を投げかけた。
「お待ちくださいアキラ様」
そう呼び止めるサキに、暁はまだ何かあるのかと振り返った。
「なんだ。俺はもう話すことなどないんだが…」
そう言って渋る暁の顔を真っ直ぐに見つめ、サキは話し始めた。
「アキラ様。私を忘れていますよ」
そう言ってうっすらと笑うサキの顔を見て、暁は虚をつかれたような顔をした。
「は?ちょっと待っ……」
動揺する暁に、サキはさらりと言ってみせた。
「何を動揺なさっているのですか。貴方が自分で決めろと仰ったのでしょう。ですから、決めました」
そう言うと、先ほどとは違ってはっきりと思いを言葉に乗せた。
「アキラ様、私は生涯貴方についていきます。たとえ逃げたとしても、地獄の果てまで追いかけるのでそのつもりでいてくださいませ」
私から逃げ仰せると思わないでくださいね、という声が聞こえた気がして若干後悔するも、時はすでに遅し。
「アキラ様、お覚悟ください。この身が朽ち果てるその時まで、責任は取っていただきますのでそのお積りで」
「っ、はぁーっ!こうなったら、なるようになるだ」
完全に吹っ切れた。こうなったら最後まで付き合ってもらおうではないかと腹を括った。なってしまったものは仕様がない。そう覚悟を決め、いざこれからというところで、暁にとって不愉快な声が聞こえた。
『━━あぁ、見つけた。我がロキよ』
暁とサキは、瞬時にその場を飛び退けた。すると、先ほどまで暁たちがいたところに空から強い光が射し込み、ひとつのシルエットを映し出した。
「おまえは……ルビアス」
暁は強い嫌悪感を隠すことなく、ルビアスを鋭く睨みつける。
「随分と、歓迎されたものだな。ロキよ」
「呼んだ覚えはない」
今日は本当に運がないと思った……まぁ、間抜けな死に方をした時点で運も何もないのだが、この一日でいろいろありすぎて頭が追いつかない。この世界のことを含め、まともな話をあまり聞いていないしな。
そんなことを考えていると、ルビアスが不意に真面目な顔をしてこう言った。
「そう険しい顔をするな。折角まともな顔をしているというに、阿呆に見えるぞ」
この、ナル男が━━━━━━
「変な顔で悪かったな。俺のことは放っておけ、ナルシストが」
サキが冷めた目で見てくるのがわかる………そんなことを言っている場合じゃないってことはわかっている。が、仕方が無いではないか。これだけは譲れなかったのだ。
暁がサキに目で言い訳をしているとき、ルビアスは別のところに考えがいったらしい。
「………ロキよ」
暁が身構える。が、そんなことはお構いなしにルビアスは問うてきた。
「…………なるしすと、とはなんだ?」
暁はがくりと肩を落とした。この状況でそんなことを気にするなど、マイペースにも程がある。妙な脱力感を覚えた暁は、もはや説明する気力すら湧き出てこなかった。
読んでくださり、ありがとうございますm(__)m