世界の不思議
「ところで、アキラ殿はアヴィス族についてはどれくらい知ってますかね?」
「……ほとんど知らないが、それがなんだ」
「いえ、知らないのなら言っておいたほうがいいと思いましてね。アヴィス族、光の具現と称された、世界でもっとも特殊な一族だということを」
光翼族━━━人族最古の民であると同時に、人間という弱小の種族において、唯一の力ある一族の名称。彼らが力を行使する際には、瞳に不思議な紋様が現れ、背中から光の翼が生えるという。一応人間である彼らは、同じ人間でありながら力なき同族である人間を護るために力を使っていた。
しかし人間たちは、彼らを異端の一族として軽蔑し、魔術や呪術など力を得られるようになると光翼族を迫害するようになった。
「確か10年ほど前、廃光翼族滅殺事件というのがありましてね。詳しい内容までは知りませんが、その事件が切っ掛けで、ただでさえ数が少なかった一族は完全に滅亡したという話です。しかも、それまで秘密裏に一族が封じてきた強力な魔物たちの封印が解かれ、大惨事になったと言われているんですよ。確か、未だに封じられておらず、現在も大きな脅威として人々に警戒されていたと思います」
アヴィス族も愚かですよね、自分たちの一族を軽蔑した人間どものために魔物を封じたりなんだりと尽くすなんて。とアカネが呆れたように言う。そして、ふいに視線を鋭くして眉を寄せながら聞いていた暁を見た。
「アキラ殿が主と仰いでいる姫さんは、アヴィス族の生き残り。彼の一族の長の愛娘。つまり、アヴィス族の姫なんですよ。……なあ、アキラ殿。あんたに彼女を支えることができるか?人間たちのなかでは異端と扱われる厄介な姫さんを、護れるか?」
あっけからんとした口調でティルカの事情を暴露したアカネは、最後に聞いたこともないくらい真面目な口調で問い詰めてきた。その時、一瞬だけアカネの瞳が翳るのを暁は見逃さなかった。しかし、それには敢えて触れずに淡々と告げた。
「……アヴィス族の姫だとか、異端だとか。そんなこと俺の知ったことじゃない。なぜ、お前が彼奴の事情を詳しく知っているのかもな。だが、以前にも言ったが彼奴は彼奴だ。彼奴がなんであれ、俺には関係ない。それに、どうもお前はひとつ勘違いをしているようだ。いつ、俺がティルカのことを護ると言った?」
冷酷ともとれる表情で、暁が静かに言った。しかし、それよりも暁が言った言葉にアカネは驚いた。そして顔から表情が抜け落ちる。
「……護らないと?」
「俺たちはあいつのお守りをしているんじゃない、共に闘っているんだ。助力や助言ならするが、深窓のお姫様みたいに大事に抱えて闘うなど冗談じゃない」
アカネにむかって言いながらも、その実、暁は己れ自身にも言い聞かせていた。ティルカは後ろで護る対象ではなく、隣で共に闘う仲間であると。
「時間が惜しい。ティルカを気絶させれば力の暴走は収まるのだろう?」
「……まあ、そうですがね。さて、首の後ろに手刀を入れるか、鳩尾に一発入れるか……」
暁の言葉にアカネが不満げな顔をしながら答える。それに気づいていながら敢えて気づいていないふりをして、暁はティルカの方を向いた。
「……できるだけティルカに負担がかからないほうがいい。首の後ろに手刀を入れる」
「確かに、後のことも考えればそれが一番穏便ですかね」
暁の言葉にアカネが同意する。やるべきことが決まると、次への行動は早かった。
瞬時に暁はティルカの後ろに周り、首の後ろに手刀を落とした。その瞬間、意識を手放しがくりと膝をついたティルカを、アカネが咄嗟に支えた。ティルカが纏っていた光は消失していた。
すべてが終わったかと思われたその時、ティルカの気絶と共に一度は消えた光が再び溢れだした。
暁とアカネは顔を強ばらせ、ティルカから一瞬で距離をとる。
「どういうことだ!?」
「っ!まさか、姫さんと力は連動していないのか!?だから姫さんの意識とは関係なく力が暴走して……」
さすがに声を荒げる暁と驚愕の表情を浮かべるアカネの前で、突然ティルカの身体に纏わりついていた光が形を為して顕現する。
鳳凰のような鳥の形をしており、暁たちを睥睨するように見てきた。
「……あれ、なんかこっち睨んでません?」
「……俺たちのことを、ティルカを害する敵だと認識したんじゃないか?というか、あれに自我なんてものがあるのか。末恐ろしいな」
盛大に顔をひきつらせるアカネに、暁が辟易したように呟いた。すると、暁の言葉に反応したかのように光鳥が威嚇し始めた。光が火の粉のように飛び交い、地面をジリジリと焼き付ける。
「アキラ殿、なんとかしてくださいよ。なんかあの光、火の粉みたいなのでアキラ殿ならどうにか相手できるんじゃありません?」
「……絶対にあり得ない理屈だと思うが、取り敢えずやってみるか」
アカネに屁理屈で頼まれ、今度は暁が顔を引き攣らせながら応じる。よもや、主の力と闘うはめになるとは予想だにしなかった。
光鳥の反応は凄まじかった。暁が挑んでくるとわかると、翼を大きく広げ、羽を銃弾のように撃ち込んできた。暁はその攻撃を瞬時に見切り、すべてかわした。しかし
「っ、こいつ以外と頭がいい。そして、強い」
かわした銃弾が焼いた地面に奇妙な図式が刻まれていた。暁がその図式の丁度中心に降り立つと、怪しげな光を放ち、発動した。
黒い光が槍の形を為して暁を串刺しにする。咄嗟に回避したがすべてを回避することはできず、肩と脇腹、そして背中に刺さり、暁は片膝をついた。
一方、光鳥は益々力を増幅させ、生み出した光の球を辺りに飛ばして破壊し始めた。それを見て、暁はこめかみに青筋をたてる。
「っ、いい加減に……しろーーーーーー!」
吼えるように暁が叫んだ。すると、暁の身体を凄まじい火焔が駆け巡り、空まで届くほど大きく広がった。その際に光鳥が生み出した光の球を焼きつくし、光鳥の翼の端を少し掠めた。それに対して怒り狂った光鳥は、爆発的に力を解放させ、暁に挑みかかった。
「おっと、危なっ。アキラ殿ー、もう少しこちらに気を配ってくれません?」
転がっていたサキの身体を拾い上げて、アカネが大きく跳躍する。先ほどまでアカネとサキがいた場所に火柱が立ち上る。
そのせいか、アカネの声は暁にはちっとも届いておらず、勢いは益々激しくなっていくばかりだった。
「ったく、聞こえちゃいねー。アキラ殿、大丈夫なのかね?」
ふぅ、と溜め息をつくアカネの前では光鳥と暁の攻防戦が続いていた。アカネは近くの物に腰を下ろし、見物することにした。そうして見ていると。
「これで……どうだーーーー!」
「クオォォォォォォォォン!」
これで決着をつけるつもりなのだろう。暁が力を振り絞り、光鳥にむかって強大な火焔を放った。光鳥も負けじと甲高い咆哮をあげ、嘴から光の球を放った。
ふたつの強大な力は拮抗しあっているのだろう。互いに一歩も譲らず、地面を抉り、小石を辺りに撒き散らしている……しかし
「っ、なんだあれ?」
アカネがおかしなことに気づき、僅かに目を見張る。暁の火焔と光鳥の光の球が丁度ぶつかり合っているところから、煙があがっているのだ。
「火焔は当然だが熱、そして光も属するのは炎だから熱。同属の力がぶつかり合った際に生まれるのは凄まじい破壊力。にもかかわらず、あの煙はなんだ?あれじゃ、まるで……」
アカネがぶつぶつと呟いていたが、突如消える。アカネの前で、あり得ない出来事が起こっていた。
「……………………氷!?」
暁のが放った火焔の先から、光鳥の光の球を密接している部分を凍らせている。光鳥もさすがに驚いたのか、光の球に多くの力を注いでいたが、その勢いをなくすことはできなかった。
「グ、ガアァァァァァァァァァァ!」
やがて、それは光の球をすべて凍らせ、光鳥を氷漬けにした。そして最後は、火焔によって消滅した。




