俺の勘はよく当たる
『隙をつくってください』
そう声がしたのは、暁が邪神に首を捕まれていたときだった。
(……誰だ、おまえは)
次から次へと訳のわからないことになっていく。邪神も然り、頭のなかに響くこの声もまた然り。
『それは、またあとで話しましょう。時間がありません。お願いします、どうか私の言をお聞きいれください』
淡々と言い募る声に、暁は冷静に心の中で答える。
(隙をつくって、どうするんだ)
警戒をしながらもそう答えた俺に、謎の声が告げる。
『貴方様の近くに、転移の魔法陣をご用意させていただいております。急ぎ用意しましたので複数になってしまい、申し訳ございません。そしてそれはすべて別々の場所に繋がっておりますので、隙をみてその陣のいずれかにお入りください』
(どこに繋がっているか、わからないのか?)
『……はい、時間があまりなかったものですから』
何かキナ臭さを感じなくもないが、それ以外できることはなかった。だから、その声に従うことにした。
(こいつの性格からして…………)
変わった反応をすることに興味を持たれた挙げ句、気に入られた暁である。この場合、奴の隙をつくには━━━━
━━━━━━にやり
暁は、邪神に向かって笑った。すると思った通り、奴は一瞬だけ隙をつくった。
その隙に、顎を蹴り飛ばして四つほどあった魔法陣のうち左から二番目の魔法陣の中に入った。なんとなくこれに入ったら、さっき頭の中に響いた声の主に会えると思ったからだ。
「っ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
強い光に包まれ、叫び声をあげている途中で暁は気を失った。
「………まさか、頭のなかに話しかけただけで私の魔力を覚え、魔法陣のなかに僅かに含まれていた私の気配と魔力を感知するとは」
青年は目の前で気を失っている暁を見つめ、ぼそりと呟いた。
青年は暁に対してひとつだけ嘘をついていた。仮にも邪神の眷属たる魔将に仕えることを赦された従者である。上級魔術を詠唱なしで使える彼にとって、特殊能力とはいえ中級魔術である転移魔術の構成は朝飯前なのである
にも拘らず、あんな嘘をついたのはその実力を見極めるためである。四つのうちふたつは異空間に繋がっており、入れば幾ら魔将とはいえただではすまなかっただろう。残りのふたつは青年のところに繋がっているものと、この世のどこかに繋がっているものだ。
邪神とのやり取りをすべて見ていた青年は、普通の魔将とは異なる存在であるのなら、後者の陣に入れば及第点だと思っていた。
しかし、青年の予測に反し、暁は前者の陣に入っていったのだ。彼は偶然かと思ったが、その表情を見た感じそうでもなさそうだった。
(これが、私の主ですか)
感情の起伏が見えない青年の前で、暁が緩慢に目を開けて起き上がる。
どこにいるのか理解できなかった暁は、目の前に見知らぬ青年がいることに気づいた。
青年は、紅色の長い髪を背中で緩く束ねており、翡翠色の宝玉のような目をしていた。
(まさか、こいつが━━━━━)
哀愁を帯びた美しい顔が、頭の中に響いた穏やかな声と重なる。
呆然と見つめていると、青年が胸に手をあてて優雅に礼をする。
「お初にお目にかかります、ロキ様。私は魔将に仕える従者で、この度は貴方様にお仕えすることになりました。至らぬところもありますでしょうが、どうかこれからよろしくお願い致します」
静かに礼をする青年に、咄嗟に礼を返した。
「初めまして。俺の名はロキ(らしい)さっきは助かった。ありがとう」
礼をするロキに、青年は思い出したかのように言う。
「私の名はアズールと申します」
これから、よろしくお願い致しますという青年━━━アズールの顔を見て、暁は僅かに違和感を感じていた。
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