この世に偶然はありません
遅くなってしまい、すみません。
楽しんでいただけたら幸いです。
『━━━わぁぁぁぁ。綺麗なひとたち、なの』
「っ、誰だ!」
しんみりとした雰囲気を破ったのは、溌剌とした少女の声だった。反射的に返すと、周りを見まわした。いつの間にか森の中にいた。どういうことかとサキの方を見ると、サキも訝しげな様子で下を見ていた。よく見ると、魔法陣の名残がある。
『おっ?だぁれ~でしょっ♪なの』
「……おちょくっているのか」
暁が不機嫌そうな声を出す。少女の声はくすくすと笑いながら、楽しそうに続けた。
『もしかして聞こえてるの~なの。でも、そんなに怒っちゃやだーなの。折角の美人さんが台無し~なの』
『あら、殿方に美人さんなんて言うものではありませんわよ?』
今度は大人びた少女の声がした。しかし、やはりどこにいるのかわからない。
「……いい加減に」
「アキラ様、あれを」
怒鳴りそうになる暁を制するように、サキが空を指す。暁がその指を辿っていくと、そこにはふたつの光の球がぷかぷかと浮かんでいた。金色の光の球と橙色の光の球である。
「……なんだあれは」
怪訝そうな顔つきで問いかけた暁の疑問に答えようとしたサキの言葉を、光の球が遮った。
『すっごーい!なの。わたしたちの声が聞こえるだけじゃなくて、姿まで見えてるなんて!なの』
『そうですわね。わたくしたち妖精の姿を捉えることができるなんて、滅多におりませんものね』
「……お前たち、妖精だったのか」
『え!なんで知ってるの!なの。凄い、なの!』
ついいましがた、大人びた声の少女が言ったというのに、なんとも間抜けな妖精である。
『……コホン、申し遅れましたわ。わたくし、妖精のリリィーアと申します。以後、お見知りおきを』
おバカ発言をフォローするように、金色の光の球がくるりと回りながら言った。
『わたしは、ヴェリラ!なの。リリィーアとは幼馴染み、なの!』
おバカ発言をした橙色の光の球が、ぴょんぴょんと跳ねながら言った。
そして、ふたつの光の球は徐々に凝縮されて、羽根の生えた小人くらいの大きさになった。
「……お前たちが妖精だということはわかった。だが、妖精が俺たちに一体何用だ」
サキの様子からして、どうやら故意にこちらへと喚ばれたらしい。しかし、それは暁にとってあまり心地いいものではなかった。
『……そうでしたわ。こんな悠長なことをしている暇はありませんわ!ちょっと、来てくださいまし』
『そうなの!来てほしい、なの!』
そんな暁の様子には気づかず、妖精たちは暁たちを連れていこうと手を伸ばして掴んできた。
しかし、暁はその妖精たちの手を、容赦なく振りほどいた。妖精たちの顔が驚愕に彩られる。
「いい加減にしろ。俺たちはお前たちの友達でもなんでもない。突然喚びだした挙げ句、説明もなしに連れていこうとするなど……少しは礼儀をわきまえたらどうだ。妖精」
『っ……』
口を開きかけたリリィーアが、暁の顔を見て押し黙る。その時の暁は、反論の一切を赦さないような険しい表情をしていた。
ヴェリラは怯えたような顔をして、リリィーアの後ろに隠れていた。しかし、その程度のことで暁が黙るわけがなかった。
「俺たちがお前たちの事情に付き合ってやる義務も義理もない。最も、礼儀知らずな妖精の我が儘に付き合うつもりもないが」
いきなり妖精たちに喚びだされた挙げ句、来てくれと言われて、はいそうですかとホイホイついていくほど暁はばかじゃない。それに、聖人君子でもお人好しでもないのだ。ゆえに、言いたいことはとことん言う。
「なにか用があるというのなら、それ相応の態度を示せ。用がないのなら、このまま帰らせてもらう」
『……どうやって帰るとおっしゃいますの?』
それまで押し黙っていたリリィーアが、息を吹き返したかのように話しだした。そのしっとりとした顔には似合わない、不適な笑みを浮かべる。
『ここはわたくしたち妖精の世界。わたくしたちの許可がない限り、そう簡単に行き来できるところではありませんわ。諦めになったほうがよろしいですわよ。いま謝れば、好待遇でお迎えして差し上げないこともありませんけれど……』
如何なさいますか、というリリィーアの声は暁が界と界を繋げたことによって掻き消えた。リリィーアの顔が有り得ないものを見るような顔つきになっている。ヴェリラなどは、顔が蒼白になっていた。
『な……』
「……お前の耳障りな話は飽きた。俺たちは帰る。おまえたちのことなど、俺たちには関係ない。サキ、ティルカ、行くぞ」
妖精たちのことを鋭く切り捨てると、まるで何事もなかったかのように帰ろうとする。リリィーアは何か言おうとしたが、喉が引き攣って声が出なかった。
(こんなところで……)
悔しげに歪められたリリィーアの顔を見たヴェリラは、拳をギュッと握りしめて覚悟を決めると暁たちのほうへと飛んでいった……その瞳に涙を溜めて。