それは称賛に値する
「さて、私にとっていま、この瞬間、一分一秒が限りなく惜しいです。時間がもったいありませんので、早く終わらせましょう」
暁の後を早く追いかけたくて仕方がないサキは、モリアスを急かす。
(それにしても、まさかアキラ様が私のことをあんなふうに思っていてくださっていたなんて……)
信頼していると言っていた暁の姿がサキの頭から離れない。そして、自分が暁に向かって言ったことを当たり前のように覚えていてくれていたことを。
(アキラ様……不肖サキ、地獄の果てまでもお供致します)
前に言った言葉を心のなかで繰り返す。サキの中で暁の存在は日々大きくなるばかりである。
つい先ほどの出来事に幸せそうな顔で浸っていたサキにモリアスが「あの……」と声をかけた。
「力量をはかりますので……そろそろ、お願いできますか。サキど━━━」
━━━━ザシュッ
「っ!?」
モリアスが言い終わる前にその炎の刃は飛んできた。モリアスの背中から冷や汗が流れる。炎の刃はモリアスの急所すれすれを貫いていた。
「何を……」
するのですか、と言おうとしたが途中で口を閉じる。サキが冷徹な目でモリアスを見据えていたからだ。
サキはモリアスを睥睨すると、忌々しげに口を開いた。
「……人間。貴様にアキラ様と同じ呼び方を赦した覚えはない。今後、私のことはアズールと呼べ。此度は無知であったがゆえ赦す。だが、次があれば即座に首をはねる……心しておけ」
「……っ」
咄嗟のことに声が出ないモリアスを無視し、さっさと力を解放して直ぐにその場を立ち去った。モリアスを含む白ローブたちは、暫くその場から動くことができなかった。
「……ん?」
「ど、うかしましたか?」
どもらないように気をつけているのだろうか。少々おかしかったが、改善しようというのはいいことだ……ではなくて。
「……いや、いまサキの気配が一瞬揺れたような気がしたんだが……気のせいか」
まさかその頃、サキがモリアスを脅しているなどと露にも思わず平然と再び歩き始めた。
「え、学校にいるアズールさんの気配を読めるんですか!?」
ティルカは驚きを隠せないようだった。顔に全て出ている。
「前から思っていたんですが、アキラさんて一体…何者なんですか?アズールさんも、アキラさんのことをアキラ様って呼んでいましたし……」
小さくなっていった語尾を、途中で戻す。改善しようというのは(以下略)
暁は少し悩んだ。邪神の眷属ということは黙っていた方がティルカの精神衛生上よいと思われるのだが、いかんせんこの世界のことはよく知らないので、暁としては判断がつきにくい。
どうすればいいかと思案していると「アキラ様」と暁を呼ぶサキの声が聞こえた。
続いて姿を現したサキは、暁とティルカから微妙な空気を感じ取り詳細を尋ねた。
「あぁ、そういうことでしたか」
暁から先ほどのやり取りを聞き、現状を把握したサキは、突然、暁とティルカを異空間へ放り出した……とはいっても、ティルカと違い暁は丁寧に降ろされたのだが。
「うぅぅ、痛い……」
「……サキ、どういうことだ」
涙目になりながらお尻を擦るティルカとは対照に暁は少々不機嫌そうな顔をしていた。
サキは、申し訳ないといった顔で詫びる。
「申し訳ありません。その話は、あまりひとのいるところでする話ではありませんので……」
しょんぼりとしたサキに、暁はふぅっと息をつく。
「次からはひと言くらいれろ。突然こんなことをされてもわからないだろう」
「次からは善処致します」
「そうしてくれ」
このやり取りを、なぜかティルカが羨ましげに見つめていた……わけがわからん。
「さて、アキラ様のことですが」
「!はい」
「できれば何も聞かないで頂けるとありがたいです」
「……え?」
驚いた顔でサキを見つめる。それはそうだ、わざわざ異空間にまで連れてきたのだから話してくれるものだと思っていたのだろう。
「それは、どういう……」
ことですか、と聞こうとしたティルカの言葉を「ですが」というサキの言葉が遮った。
「代わりと言ってはなんですが、私のことをお話し致しますので……どうか」
「っ、いいえ!」
今度はティルカがサキの言葉を遮った。はっきりと放たれたその言葉に、サキは目を開く。
「アズールさんのことではありません。私は、アキラさんのことを聞いているんです!」
顔を真っ赤にさせて、ほとんど叫ぶように言ったティルカはその瞳に涙を浮かべていた。
黙ってサキとティルカのやり取りを聞いていた暁は口角をあげ、唖然としているサキのほうを向いた。
「サキ、俺のために言ったのはわかっている。だが、真正面からぶつかってきたティルカに誤魔化すようなことを言うのは失礼だ。無論、お前が代わりに己れのことを話すと言ったときの気持ちが生半可なものじゃ無いことぐらい俺でもわかる。だから、俺自身のことは俺が話そう。それが筋というものだ」
「アキラ様……」
サキにとって自分が神魔であることを知られるのがどれだけ苦しいことか暁は理解していた。だからこそ、ティルカの問いかけをいい加減に扱わず、代わりに己れの出生を告白しようとしたのだろう。
しかし、サキにとって暁が大切なように暁にとってもサキは大切だ。それに、ティルカのいままでにないはっきりとした意思を拒絶することもできなかった。
ティルカは暁に真正面から対峙したのだ。こちらがきちんとした態度で相手をするに値すると暁は思った。
……たとえ、それからティルカにどう思われることになっても。
サキの想いを汲んでやることはできないが、だからといってティルカの想いを汲まぬことはできない。
恐らくティルカにとって驚愕であろう事実を話すために、暁はゆっくりと口を開いた。
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