冬の章・23 これからのこと
今夜の天気予報は、晴れのち曇。ところによって、夜は雪がちらつくらしい。
だから、夜ともなれば更に冷え込んでいるはずだ。しかし不思議なことに、まったくと言っていいほど寒さを感じない。
あたたかい。
互いの体温と心音があまりにも心地好く、ここが大学の敷地内だということを忘れそうになる。
いくら暗がりで、人気がないからとはいえ……不味い。ずっとこうしていたいが、そろそろ終わりにしなければ。
声を掛けようとしたその時、ひなたのバッグから携帯電話の振動音が響いてきた。
「電話、じゃないのか?」
彼女の耳元で囁くと、「あ……」と、思い出したような声を洩らした。
「いえ、あの、大丈夫です」
「出たほうがいい。約束していたのだろう?」
一瞬躊躇ったが、すぐにコクりと頷いた。
「はい……」
肩にもたれていた顔を上げると、不安げに誉を見つめる。ひなたの頭に、ぽんと手を乗せて微笑んでみせる。
「店が決まったのかもしれないな」
「……はい。でも」
言葉を濁して俯くと、飛沢のコートを指先で掴む。
「あと少しだけ……一緒にいたい、です」
誉は一瞬息を呑む。
なんてことを言ってくれるんだ。堪らず、長いため息を吐いた。
「すみません、今のはなかったことに……」
「いや、そうではなくて」
またいらぬ誤解をさせてしまう。恥ずかしいが仕方がない。ごほん、と咳払いをすると、正直な気持ちをそのまま告げる。
「そんなに可愛いことを、今は言わないで欲しい」
「すみません…………って、え、え?」
柄でもない台詞を口にしてしまった自覚はあった。固まってしまったひなたの細い肩に、ぽんと手を乗せる。
「近いうちに連絡を……携帯にしてもいいだろうか」
「携帯、ですか? 先生ご存じでしたっけ?」
「履歴書に書いてあった」
「あ……そうでした」
ふふ、と彼女は小さく笑う。もしかして赤らんだ顔を見られたかもしれない。
「……はい。連絡待ってます」
ひなたを見送った後、残された誉は地面に落ちたままのペットボトルを拾い上げた。
さっきまであんなに温かかったのに、今は冬の夜風が貫くように冷たい。新たに小銭を自販機に放り込むと、今度は温かいコーヒーのボタンを押す。しばらく誰にも買われなかったコーヒーは、ひどく熱くなっていた。
ふう、とコーヒーで暖まった息が白く染まる。空を仰ぐと、ぽつん、と冷たいものが頬に落ちてきた。
「雪、か」
さあ、これからどうしようか。
小さな雪がちらつく空を見つめながら、まだ熱が冷めやらぬため息を吐き出した。




