冬の章・13 恋なのかわからない
無事クリスマス会はお開きとなった。
「この後、二次会あるけど、二人はどうする?」
店を出たひなたと智美に、順也が声を掛けてきた。恐らく二次会があるだろうという、智美の読みが当たった。ひなたは準備していた台詞を口にする。
「あ、あのね。これから智美ちゃんと、智美ちゃんの友達んちでお泊りクリスマスパーティなんだ」
「へえ、楽しそうだね」
「そうそう。たまには女同士で過ごすのもいいかもねって」
そうそう、と頷く。
順也にまで嘘を吐く必要はあるのだろうかと思うが、これも完璧なアリバイ作りに必要と言われたら、言う通りにするしかない。乗り掛かった船というやつだ。
「あれ、智美ちゃん。彼氏いなかったっけ?」
順也の質問にも、さらりと智美は答える。
「実は今留学中でさ」
「ふうん、そっかあ」
ひなたは内心、下を巻く。
智美はこの日のために、女友達と過ごすクリスマスの設定を考えてきたのだろう。彼氏とクリスマスを一緒に過ごすためには、根回しが必要なのだと思い知った。
自分には真似出来そうにないと思うが、そもそも相手がいないのに……と思うと、途端に虚しくなってしまう。
もし、先生が日本にいたら、どんなクリスマスをすごすのかな? 仏教徒だから関係ないとかいいそうだな、と想像してこっそりと笑う。
「じゃあ、二人とも今日はありがとうね。よいクリスマスを」
年末の挨拶みたいと思いつつ、順也にならって「よいクリスマスを!」と返す。二次会へと行くべく順也と数人の姿を見送ると、智美は安堵の息を吐く。
「……でさ、ひなたはこの後どうするの?」
「うん、予定通り隣駅の漫画喫茶」
「本気だったんだ」
「うん、レディースルームがあるみたいでね、結構良さそうなの。シャワールームもあるし、今から楽しみ」
「そっか。ひなたが楽しそうなら、何よりだよ」
曖昧な笑みを浮かべると、バッグの中をごそごそ手を入れる。何やら探しているようだ。ようやく、小さな袋を取り出した。
「これ、ささやかだけど今日のお礼」
「え、そんな。いいのに」
「ホントにささやかだから。よかったら受け取って」
手のひらにのるサイズの紙袋をひなたに押し付けるように渡す。小さいが、ずっしりと重い。
「ありがとう」
「じゃあ、ひなたも気をつけてね」
「ううん。彼と楽しんできてね」
「ん、ありがとう!」
智美とも別れると、ひにたはひとり駅に向かう。ふと、辺りを見渡すと、やはりカップルが多い気がする。そんな中、ひとりで漫画喫茶に向かう。少し寂しいとは思いつつ、滅多にないチャンスだ。楽しまなければと、心で何度も繰り返した。
※ ※ ※
残念ながら目当てのレディースルームは満席だったが、幸い半個室のような席が空いていた。結構夜中の漫画喫茶は賑わっているようだ。
読みたかった漫画を全巻書棚から取り出し、自分の席まで持って行くと、今度はドリンクバーへと足を運ぶ。甘いカフェオレをカップに注ぎ席へと戻る。
そういえば、智美からのプレゼントは何だったのだろう。小さな紙袋を開けると、チョコレートボンボンだった。口に入れたらいっぱいになってしまいそうな大きさだ。
ひとつだけいただいて、後は家でいただくことにする。パーティーではあまり食べられなかったから、ちょうど小腹が空き始めていたところだった。
うん、美味しい。
たまにはこんなクリスマスも良い…………。
不意に、鼻の奥がツンとなる。
なんて……良いわけがない。
どうしてわたし、ひとりでこんなところにいるんだろう。
チョコレートの甘さが沁みたせいだろうか。急に寂しさが甦る。
クリスマスの夜に、どうしてこんなところで、ひとりで過ごしているのだろう。智美にはいつもお世話になっているから、彼氏とクリスマスを過ごせるよう協力しなくてはいけないと思ったのに、急に恨めしい気持ちになってしまう。
でも智美も話を決める前に、相談してくれてもよかったのではなかろうか。そもそも、飛沢と一緒に過ごせばいいなんて無責任なことを言ってくれる。
もし、飛沢の出張が無かったとしても、一緒に過ごせるわけがないというのに。
ふと、ワインバーで見た女性を思い出し、キリキリと胸が痛くなる。
もし飛沢がクリスマス会に出席していたら、もし一晩漫画喫茶で過ごさなければならない事情を話したら、同情して一緒に漫画喫茶で過ごしてくれたかもしれない。実は飛沢はああ見えて、結構面倒見がいい。
先生は研究室でも、よく甘いものを飲んでいたな。でも甘いチョコレートがあったら、ブラックコーヒーかな。
先生は漫画とか読むのかな? でも、なにもしないで寝ちゃってそうだなあ……。
ここに先生がいたらいいのに。
気が付けば飛沢のことばかり考えてしまう。
でもそれは、飛沢のことが好きだからなのか、単に今の状況が寂しいからなのか、考えてもやはりわからなかった。




