表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/99

春の章・8 取り敢えず採用決定

修正版8話です。

「山田さん?」

「あ、わ! す、すみません!」


 びくっと身を震わせ、ひなたは「気を付け」の姿勢になる。まるで悪戯をして先生に注意をされた直後の小学生のようだ。


「もしかしたら体調が優れないのでは?」


 相手を気遣うよな言葉で本当は「この仕事に対してやる気がないのでは?」と言いたいところではあるが、もしかしたら本当に体調が悪い可能性もある。


「いえ! あの! 元気です!」

 慌てふためきつつも勢い良く答える。確かに元気そうではある。


 元気です、か。

 やはり返事までも小学生のようだ。頭の中身まで小学生では無ければいいがと訝しんだ時だった。


「元気ですって、ひなたちゃん。その返事、小学生みたい」

 まるで誉の思考を読んだかのように、順也も笑いながら言った。


「え、小学生?」

 さっきまで蒼ざめていた顔色が、今度はほんのりと赤味を帯びる。そしてこの後に続くひと言で、ひなたの顔色は劇的に変化した。


「うん。なんか可愛い」

「――――っ!」


 見事なくらい赤くなった。まるでリトマス試験紙のようだ。

 確かに順也のように見目麗しい青年に「可愛い」などと言われてら、赤くもなるもの当然であろう。もし誉が同じセリフを口にしても、絶対にこうはならない。それどころか、気でも違ったのかと思われるのが関の山……まあ、そんなことはどうでもいい。


 それにしてもだ。さっきから話が逸れてばかりで、なかなか前へ進まない。

 絆創膏が貼られた眉間をそっと擦ると、力を抜くように息を吐き、できるだけ穏やかに声を発した。


「……元気があるなら、話を進めたいのだが、いいかな?」

「は、はい」


 ひなたは、まだ赤味が残る頬を引き締め、しゃんと背筋を伸ばす。どうやら話を聞く気はあるらしい。


「業務はほぼ雑用。コピー取りや入力作業が主になる。だいたい週に二、三度の一日五時間前後。時間帯は……月に一度、希望日時を提出することになっている」


 必要事項を一気に並べ立てると、すでに用意してあった書類一式を差し出した。戸惑いながら、ひなたが書類を受け取ると、大人しくこちらの様子を傍観している順也に視線を投げる。


「――詳しくは小原くんから説明してくれるから、後は彼に聞いて欲しい」

 順也も他の教員の元でアルバイトをしていた経験がある。自分よりもむしろ彼の方が事務手続きは詳しいだろう。しかし。


「それは駄目ですよ、先生」

 ニコリとしたまま、誉の頼みを撥ね退ける。


「篠原さんからの伝言です。手続きはちゃんと自分でやってくださいね、とのことですから」


 ……篠原め。

 思わず眉をしかめる。

 誉が面倒な手続きを順也に頼むだろうと見越してのことであろう。だが、篠原の読みは正しかったわけである。非常に癪に障るが、奴の言い分は間違ってはいない。


「…………わかった。申し訳ない」

 誉は咳払いで決まり悪さを誤魔化すと、改めてひなたの方へと向き直った。


「では私の方から手続きの説明を……」

「あ、あの!」

 遠慮がちだが誉の言葉を遮ると、ひなたは物言いたげな視線を向ける。


「あの……」


 あの……の次に続く言葉を待つが、なかなかその後が続かない。誉は辛抱強く待ってみるが「あの、その」ばかりで待てど暮らせど、その続きが出てこようとしない。


「何か言いたいことがあるなら、言いなさい」

「す、すみませんっ!」


 強い口調で言ったつもりはなかったが、ひなたはまるで叱られたかのように身を縮こまらせると、怯えの色が浮かんだ目を伏せてしまう。


 一体、何なのだろう。彼女は誉の一挙一動に怯えているようにしか思えなかった。

 やはり己の鉄面皮のせいなのか。こんなことだったら篠原が言っていた「スマイルレッスン」を受けておくべきだったのか。

 ふと、空色の傘の少女のことが甦り、途端に苦い思いも甦る。


「あの……わたし」

 ひなたは膝の上でスカートを握り締めると、蚊の鳴くような声を振り絞る。


「わたし、採用ってことでいいのでしょうか?」

 誉は目を瞬いた。


「もちろん、そのつもりだが……」

 すっかり採用のつもりで話を進めていたが、きちんと彼女に採用だと伝えていなかったかもしれない。


「申し訳ない。できれば今月からお願いしたいのだが」

 よっぽど問題がありそうな相手でない限り断るつもりは無かった。少々引っ込み思案なところはあるようだが、大した問題ではない。

 だが、ひなた自身がやりたくないようだったら話は別だ。


「もし……山田さん、君自身が乗り気では無いなら遠慮なく言って欲しい」

「いいえ!」


 意外にも強い口調で言い切ると、覚悟を決めたように顔を上げる。


「乗り気じゃなく無いです。やります……やらせてください!」


 やる気満々というよりも、追い詰められたような感じがするのは気のせいであろうか……?


 思わず順也の顔を見ると、彼もまた首を傾げてから、軽く肩を竦めてみせる。

 本当に大丈夫なのかと思いつつ、新たに人員を見つけるのも面倒だった。

 彼女がやると言うのなら、こちらから断る必要はない……よし。


「山田さん。それではよろしくお願いします」


 椅子から立ち上がり、軽く会釈をする。するとひなたも弾かれたように立ち上がると、角度六十度くらいに深く腰を折る。


「よろしく、お願いしますっ」

 ――さて、どのくらい続くやら……。



 一抹の不安を覚えつつ、取り敢えずアルバイトの学生が決まって安堵する誉であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ