冬の章・5 恋愛対象の可能性
子供の頃のクリスマスは、ホールケーキとご馳走が出てきて、サンタクロースからのプレゼントが貰える特別な日だと思っていた。少し大人に近づいた今は、恋人と過ごす特別な日と認識している人が周囲には多いようだ。
山田家では、サンタからのプレゼントはなくなったものの、相変わらず「ホールケーキとご馳走」が出てくる日のままだ。
「何言ってるのよ、先生は? 先生と過ごさないの?」
人もまばらな学食の一角での遅い昼食。いつも人気で売り切れになってしまうショコラ・オレンジデニッシュを運良く入手できて、ウキウキな気分でかぶりついた時だった。
「な、何言ってるの智美ちゃん?」
最初の一口を吹き出しそうになってしまった。辛うじて飲み込むと、頬が赤らむのを自覚しながら声をあげた。
「あれ? 付き合ってるんじゃなかったの?」
「付き合ってません!」
「ちまたで噂になってるけど?」
「ちまたって、智美ちゃんと小原くんだけでしょ」
バレたか、と智美は小さく舌を覗かせる。
「でも、ひなたは好きなんでしょ? 先」
先生のこと。と智美が言うのを慌てて遮る。
「付き合ってないし、ネタになるような話は一切ありません!」
「本当に本当?」
「ホントにほんと! もうホントにやめてね。根も葉ふもない噂。先生にも失礼だってば」
万が一、飛沢の耳に届いたら。想像しただけでも血の気が引いていく。この思いを知られてしまったら、飛沢はどんな顔をするだろう。
困った顔?
知らんぷり?
避けられる?
それとも……興味も持たれない?
「全然そんなんじゃないし。迷惑だよ、きっと」
飛沢との出会いは最悪だった。しかも色々醜態を晒している。
そもそも年も結構離れているし、いまだに中学生と間違われるくらい子供っぽく見られている。精神的に大人であればと思うが、どうすれば成長できるのかもわからない。残念なことに容姿も十人並み。異性として意識してもらえる要素が見当たらない。
「ひなた?」
「あ、ごめん……」
つい卑屈モードになってしまった。智美だって軽い気持ちで振った話題だろう。なのに過剰に反応して、馬鹿みたいだ。
「えーっと、智美ちゃんは? 彼氏とどこかに出かけるの?」
「わたし? まあね、付き合ってから初めてのクリスマスだし。ちょっと遠出しようかなって計画しているんだ」
「わあ、いいね」
はにかむように微笑む智美を見ていると、ちょっと羨ましい。好きな人と一緒に過ごせるなんて。当たり前のように約束できるなんて。
いいな、智美ちゃん。
彼の方が智美に一目惚れだったという。最初は「友達のつもりだったから、考えてもみなかった」と告白された後も、しばらくは友達の関係が続けていたようだが、熱心なアプローチを受けてとうとう折れたらしい。
仕方がなく付き合ったと当初は言っていたが、今となっては「仕方がなく」なんて空気は微塵も感じられない。
「それにしても、お母さんよく許してくれたね」
たしか智美の両親が、特に母親が門限に厳しかったはず。高校の頃から少し部活で遅くなっただけでも、厳しく注意されたとよく口をこぼしていたものだ。
「やっだあ。ホントのことなんて言えるわけないじゃない。彼氏とお泊まりなんて言ったら、ママに殺されちゃうよ」
「じゃあどうするの?」
智美は軽く宙を睨むと、ゆっくりとひなたに視線を合わせる。
もしやこれは。嫌な予感が走る。
「ひなたと明美んちに泊まるってことにしちゃった」
「わたしとって……そもそも明美ちゃんって誰か知らないよ」
「サークルの友達。駅の近くに高級マンションができたでしょ?」
「うん」
遠目からしか見たことがないが、広くて天井の高いエントランスは見たことがないがないくらいお洒落な感じがした。上手く言えないが、庶民には敷居が高い雰囲気が漂っている。通りから見るとそこまで広くは感じないが、奥行きがある敷地らしく、公園やゲストハウスもあるらしい。
「そのマンションの一室を親が買ってくれて、お姉さんと住んでるんだ」
「へえ、すごいね!」
「っていう設定」
「……え?」
きょとん、としていると、智美は「ごめん!」と手を合わせる。
「クリスマスイブの日は、わたしと一緒に明美んちに泊まったってことにして欲しいの。お願い!」




