秋の章・10 いざ合コン!
十分程度、約束の時間に遅れてようやく到着した店は大層込み合っていた。篠原が人気の店で予約を取るのが大変だったと、耳にタコができるくらい言っていたのは頷ける。
店は活気に溢れていた。店内に足を踏み入れた途端、美味そうな匂いが店中に漂っている。狭い店内を占める弧を描いたカウンターの中に、五、六人の店員が忙しそうに調理する姿。肩を寄せ合うように込み合ったカウンター席は人気のようだ。
少ないテーブル席は店の一番奥にあるようだ。どのテーブルかは、二つしかないからすぐにわかった。
「誉くん、遅いよ!」
「すまん」
誉以外は全員揃っているようだ。女性三人、男性は誉を入れて三人。ほぼ全員同年代であろう。篠原の隣に座る男性は知らない顔だ。女性陣もほぼ知らない顔だった。
ただ一人除いては。
「加藤、さん?」
誉の目の前に座る女性を目にした途端、反射的に身構えた。
「飛沢くん、お久しぶりー」
小柄なふんわりとした雰囲気を纏う女性は、にこりと微笑むが油断できない。
加藤眞子。篠原の大学時代の友人で何度か顔を合わせたことはあるものの、個人的な接触は皆無である。
ただ、篠原主催の会合には必ず彼女がいる。そしてなぜだかわからないが、顔を合わせるたびに辛辣な言葉の洗礼が待っている。彼女が持つ柔らかな雰囲気とは相反した、棘と毒を隠し持った恐るべき存在だ。
「お久しぶりです」
恐れを隠して会釈をすると、彼女は「にこり」と「ニヤリ」の中間くらいの笑みを浮かべる。
「ちょっと篠原」
険しい表情で篠原を睨むのは、眞子の隣に座る女性だった。
「何でしょうか。御堂さん」
「どうしてあんたの開く合コンは、メンバーが代わり映えしなの?」
「さあどうしてでしょう?」
篠原がとぼけると、代わりに眞子が答える。
「友達が少ないからでしょ。あ、いないからの間違いだった」
「眞子さん……相変わらずだね」
「そう?」
「うん、まあいいじゃない。楽しければ」
篠原の言葉に、彼女は一瞬冷めた目になる。
「合コン主催するのやめたら? いつも知った顔で集まってても仕方がないしね」
「ひでー」
篠原は傷ついた顔をする。しかし、ただのポーズだと一目瞭然だ。
「だって本当のことじゃない」
篠原と眞子のやり取りを聞きながら、御堂と呼ばれた女性はわざとらしくため息をつく。
「ホント、適当なんだから」
どうやらこの御堂という女性も、篠原の大学時代の友人であるらしい。
「……ところで、そろそろ注文しないか?」
ずっと黙って三人のやり取りを聞いていた男性が、ぼそりと発言する。すると、彼と同じく黙って様子を見守っていた女性も大きく頷いた。
飲み物と食べ物を注文してから、篠原が改めてメンバーを紹介した。
「誉くんと野上さん以外は、みんな大学からの付き合いなんだ」
毒舌の加藤眞子、キャリアウーマン風の御堂理央、折り目正しい好青年風の大森幸平は、篠原の大学時代からの友人。
このカテゴリから外れているのは、誉と野上芽衣。篠原も初対面だという彼女は、理央の職場の友人であるという。
「合コンという名の飲み会だって御堂さんが言っていたから」
彼女は既婚者であるが、そう言われて理央に誘われたらしい。確かに左薬指にはシンプルな結婚指輪がはまっている。
篠原は不服そうに理央をねめつけるが、諦めたように小さく肩を竦める。直後、頃合いを見計らったかのように、店員が登場した。
「お待たせしました」
ワイングラスが人数分テーブルに置かれ、次にワインボトルがどんと置かれる。最初は続いて厚く切られたパテとピクルスが乗った皿、生ハムがふんだんに乗ったサラダ、こんがりと焼かれたガーリックトースト。
「では乾杯!」
篠原が乾杯の音頭を取ると、すかさず理央が突っ込んできた。
「ではって、何に乾杯?」
「えーと、じゃあ『君の瞳に』」
「きもい!」
女性陣全員から声が上がる。その様子を眺めながら幸平は、すでにグラスを空けようとしていた。
恐らく学生の頃からこんな調子だったのだろう。ゼミでの学生たちと大して変わらないノリに、誉は込み上げる笑いをかみ殺した。
美味い酒と肴が揃い、全員年齢も近く酒好きだった。次第に誉もくつろいだ気分になり、この会を楽しんでいる自分に気が付く。合コンというよりは、気の知れた友人と飲んでいるような雰囲気だからであろう。
頼んだワインボトルが空になり、四本目を注文した時だった。飲んでいるにも関わらず、まったく顔色を変えない眞子が言った。
「飛沢くん、前よりカッコよくなった?」
はい?
予想だにしない発言の主は眞子であった。驚きのあまり思わず目を瞠るが、冷静な部分が「彼女は恐らく酔っているのだろう」という結論を下す。
「……それはどうも」
まったく酔った様子が、彼女から見受けられない。ということは、からかわれたに違いない。気にせずグラスに残ったワインを飲み干した。
この会話はこれにて終了だと思っていたら、篠原が食いついてきた。
「眞子さん、やっぱりわかる?」
篠原は痛いくらい肩を何度か叩いてくるから堪らない。
「恋する男ですからねー。誉くんは」
篠原のとんでもない発言に、完全に固まった。
自分の恋愛について、だれかに語ったことなどないはずだ。篠原になんて以ての外。スピーカーもどきの篠原に話でもしたら最後だということくらい、嫌というほどかわっている。
「え! それって、どういう意味?!」
興味津々な女性陣は前のめりの姿勢になる。
「どういう意味もなにも、言葉の通り。誉くんは研究室によく来る学生さんにホの字なんだよね」
ホの字とは最近はめっきり耳にしない言い回しだな……いや、そうじゃなくて!
何をバカなことを言っているんだ。
勝手な話を捏造するな。学生など対象外だ。
否定する言葉はいくらでもあったはずだ。しかし、浮かんだ言葉は何一つ口にすることができなかった。
「あれ……誉くん、顔赤くない?」
篠原がしげしげと顔を覗き込む。
「赤いわけないだろう」
すかさず否定するが、眞子がそれを否定する。
「赤いよ顔。真っ赤っか」
眞子はからかうように、誉を指さして「ニヤリ」と笑った。




